抜きゲの鬼畜竿役に転生したけど、ヒロインの子に不束者ですがよろしくお願いされてしまった。 作:ソナラ
更に数日が経って、風加さんの登校の日が迫ってきた。
例の嫉妬以来、俺の風加さんに対する態度は若干の変化があったことを俺は自覚していた。よそよそしくなったという風ではないが、風加さんのことを知りたいと思う自分がいることは疑いようがなかった。
それに風加さんは気付いていないのだろうか、それとも変わらずに接してくれているのだろうか。どちらにせよ日常そのものは変わらず進んでいく。俺は家事を何とか覚えようと風加さんの指導を受けているものの、全くおぼつかないのが現状だ。
やり方は覚えた、だけれども効率化がうまくいかない。二十年以上のニート生活と、五十年近い家事未経験のブランクがここで響いてきた。
そんなある日のことだった。
風加さんが、外出したいと言い出したのは。
「どうしてもリアルで買わないと手に入らないモノがあるんです」
そんな切り出しとともに、話は始まった。
何でもネット通販をどれだけ探しても見つからないものがあるらしい。学生生活に必要な小物で、外に買いに行けば簡単に手に入るがネットではにっちもさっちもいかないのだそうだ。
ともあれそれは、風加さんがこの家に来て初めての外出要請であった。
何だかんだ、この家に暮らしているのは根っからのオタク二人、出不精が揃えば自然と家からは出なくなる。ごちそうが食べたいなら出前を頼めばいい、娯楽なら外よりも家の中のほうが充実している。
そんな環境で、出かける理由のないオタクは完全に引きこもりの態勢に入っていた。
「あー、どこまで行くんだ?」
「二駅となりのショッピングモールまで足を運ぼうかと、せっかく出かけるなら他にもみたいものがありますし」
「あそこかぁ……」
このあたりで大きなショッピングモールといえば、知らないものはいない。今は春休み、多くの学生が休日の暇を潰すためにそこでは屯していることだろう。
ある意味、風加さんもその一人となるのだ。
「どうする? 一緒についていったほうがいいか?」
「ついてきてくれるんですか!?」
そんなわけだから出た俺の発言に、風加さんは驚いたように、机を叩きながらこっちに乗り出してくる。リビングのテーブルはそこそこ広いのだが、それをまたぐようにしていて、距離が近い。
近い、とても近い。
俺は思わず視線を反らしてしまった。まるでやっぱり外に出るのが嫌だと言わんばかりに。
本当の理由は違うのだが、それはそれとして風加さんの顔は近かった。顔のいい少女が間近に迫っていた。
「む、むぅ……やっぱりそうですよね。やっぱり外に出るってなると抵抗がありますよね」
「い、いやそんなことはないぞ!? ここ最近は出てないけど、昔は普通に外に出てたし。役所に届け出を出す時とか!」
「事務的じゃないですかー!」
正直、俺は家の外に出たくはない。でもその出たくないというのは、言ってしまえば子供のわがまま。すねているようなもの……と言えなくもない。
風加が外出するといった時、自然と一緒についていくかと聞いたくらいには外に出る抵抗は薄い……はずだ。
周りに干渉されたくなくて引きこもったのではなく、周りの干渉に嫌気が差したから引きこもったと、そういう感じだ。
少なくとも、この家に引きこもり始めた時はそうだった。
「とはいえ……流石にコレだけの年月を引きこもって生活してると、外に出るっていう実感が沸かなくなってくるなぁ、実際どうなんだろうな」
「……やっぱり、難しいですかねぇ、外出」
どこか寂しげに、風加さんは言った。
――いや、俺はそんな顔をさせたいわけではないのだ。悲しませたりがっかりさせたり、そういうことは嫌だ、ゴメンだ。
だから、
「いきなり外に出るっていうのも、無理な話でしたよね。……ごめんなさい、やっぱりアタシ一人で――」
「いや、行く! 俺もついていく!」
思わず、食い気味に叫んでいた。
何だってこんなヤケになって叫ぶ必要があるんだ? 本当に子供じみている。外に出たくないというのもそうだが、俺は子供のわがままを言っているだけなんじゃないか?
だが、それでも後悔はなかった。
なにせ――
「ホントですか!?」
そうやってこちらの言葉に嬉しそうにする風加さんを見れたなら、俺は“それでいい”と思えたんだから。
◆
「すいません、準備に時間がかかるのでしばらくお待ち下さい!」
と言われたのが今から一時間ほど前。
出かけるのは思い立ったが吉日ということになり、早速決まったその日に出かけることとなった。現在時刻は午前の十一時、出かけるにはちょうどいい時間であるとも言える。
今日はショッピングモールの他にも、その近くにあるオタショップが色々とテナントで入ってるビルなどを見ていくことになった。
これこそ通販で頼めばいいような代物だが、オタショップが近くにあれば吸い寄せられてしまうのがオタクの性であるからして。
もう何年も外でオタ活をしてこなかった俺も、それはすんなりと受け入れられた。
何より、風加さんが是非行きたいと興奮気味に語っていたから、断る理由もなかったのだが。
「しかし、本当に時間かかるものだなぁ」
女性の準備は時間がかかるというが、風加さんのそれは一際長いように感じられた。一時間、何だかデートの前みたいでソワソワしてしまって、さらに時間は感覚的に引き伸ばされる。
そして、時間が伸ばされれば伸ばされるほど、俺の緊張は更に加速していく。
――やばいな、一瞬でも自分を冷静に(冷静じゃない)に振り返ってしまえば、即座にこの緊張が胃にダイレクトに来そうだ。
努めて冷静でいるために、溜まっているソシャゲのデイリーを消化しながら何とか俺は正気を保った。
でも、今にして思えばむしろ緊張していたほうがよかったのかもしれない。
覚悟が足りていなかったのだ。想像しておくべきだった、彼女が準備をするということはつまりそれは――
「お、おまたせしました!」
「ああ、いやだいじょう――」
想像を絶する美少女が、そこにいた。
「ぶ……」
何とか最後まで言葉を絞り出せたのは、むしろ彼女を目の当たりにしたことで溜まっていたものが抜け出てしまったからだろう。
それくらい、衝撃的だった。
後には、言葉が残らない俺がそこにいた。
服装は、当然いつものブレザーではない。どちらかというとボーイッシュなまとめ方をしているだろうか。おしゃれな小物が散りばめられたTシャツとショートパンツを、まだ春になりきらない陽気を体に溜め込むための上着でまとめたラフな服装だ。
ボンボンのついたニット帽と合わせて、それまでの楚々とした風加さんではなく活動的で如何にも陽キャと言うような感じの魅力的な女性がそこにいた。
個人的には、ニーソックスとショートパンツの絶対領域に目が行ってしまうのだがコレはオタクの悲しき習性というべきだろうか。
「ど、どうでしょう……」
俺が言葉を失ってしまったからか、風加さんは何だか気恥ずかしそうにそのコーデの感想を求めてくる。多分、流行のファッションかなにかなのだろう。
荷解きを手伝っているときに、こういうファッション誌が荷物の中にあったことは把握している。
だが、それにしても――印象が変わりすぎたというのが、実際なところ。
ああでも、なんというか。
「……俺は、制服姿より、私服の方が好き……かもしれないな」
「あ……!」
正直、そのセリフが正解だったのかは客観的に判断することはできなかったが、
「ありがとうございます!」
少なくとも風加さんは、嬉しそうに微笑んでくれた。
だから、この場ではこれが正解だった……んだと、思う。
◆
「い、行きますよぉ……出ますよぉ!」
「いや、なんで俺じゃなくて風加さんのほうが緊張してるんだよ」
玄関。
俺の家の扉に手をかけて、何度か深呼吸をするように風加さんが精神を集中させている。思いっきり緊張している様子の彼女を見ると俺は逆に冷静になることができた。
いや、でも本当になんだってそんな緊張しているというのか。
風加さんの引きこもり日数はせいぜい10日足らず、外に出ることに緊張を覚えるような日数ではないだろう。何より俺と違って、引きこもっている間は俺と常にコミュニケーションが発生していたんだから。
ともあれ、そこまで緊張していては流石に俺も見ていられない。
適当に、話を振ることにした。
「にしても、外に出る時が私服で家じゃ制服っていうのも、変な感じだな」
「え? い、いや私はむしろ家だと制服じゃないと落ち着かないといいますか! だって聖地ですよ!? 風加子猫ですよ!? 制服以外の私服は基本屋内では解釈違いなんです!」
「そこまで!?」
「逆に、家の外で制服も解釈違いです!」
それはまた難儀な。
学校に通う時はどうするのだろう。
「学校に通う時は、それ専用の制服を着ますよ。学校は割りと制服改造の許容度が高いので、ゲームの風加子猫が着ている制服のイメージから離れたものを用意しています!」
「まってキミ制服何着用意してるの?」
「家用三着、学校用二着ですかね」
「家用の方が多い!」
――なんて話をすれば、風加さんの調子はいつものそれに戻っていた。
打てば響く。こういう会話をしている時が、俺は一番楽しいかもしれないと最近思い始めていた。
「とにかく行こう、ここで喋っていると日が暮れる」
予定的に、今日の外出は一日仕事だ。昼は軽めに済ませて、夜はそこそこいいものを食べるつもりでいる。これ以上足踏みをしていると、帰る頃には完全に日が暮れているかもしれなかった。
そう思って、俺は何気なく扉に手を伸ばす。
自分が引きこもりであるなんてことを、すっかり忘れて当たり前のように。
「あ――」
ガチャリ、と聞き慣れない、しかし聞こえて当たり前の音がして、
俺は一歩、外に出た。
――正直。外に出ることの躊躇いなんてまったくないとは思っていた。別に世界が憎いわけではない。怖いと思ったこともない。
だから当たり前に外には出れるし、むしろ風加さんには余計なことに気を使わせてしまったと思っていた。
でも、違ったのだ。
いや、それは悪い意味ではなく。むしろいい意味で。
この季節、春が近づく今頃はとにかく風が強い。扉を開ければ、外の風が飛び込んでくるなんてごくごく当たり前のことで。
けれども部屋を締め切ってエアコンに環境の変化を委ねていた俺は、そんな自然に飛び込んでくる風のことなんてこれっぽっちも意識してはいなかったのだ。
吹き込んだ風は、思った以上に心地よかった。
空を見上げれば、雲の切れ間に太陽が見える。ついさっきまで雨が降っていたのだと、俺はその太陽と足元の水たまりで初めて気がついた。
その水の反射も相まって、空は必要以上に眩しく思えた。
なんだって、これほどまでに眩しいのだろうか。世界に、そんな変化はなかったはずなのに。
いや――
「あ、えっと」
慌てた様子で、外に出た俺の隣に風加さんがやってくる。
……いや、変化はあった。外ではなく、俺の隣に。
「――行きましょうか、木竹さん!」
「……ああ」
彼女が俺を変えたのだ。
風加さんという女性は、俺に優しく微笑んで、それから手を取るようにして――俺を家の外へと引っ張り出した。
ゲームにおいて、風加子猫が家の外に出ることはない。
風加さん自身、風加子猫が家の外に出るというのは、なんだか解釈違いのようだった。風加さんと風加子猫は違う。
でも、違うからこそ意識せざるを得なかった。
ゲームでは、外の世界に出ることのなかった二人。
現実では、俺たちは当たり前のように外出し、生活を送っていく。まるでそれは、ゲームの中から俺たちが飛び出してしまったかのようで。
言う慣れば、さながら。
風加子猫は逃げ出した。
ゲームという檻の中から。
木竹竿役の家という監獄から。
鼻歌交じりに、スキップをしながら。
“俺”を連れて、逃げ出したのだ。