抜きゲの鬼畜竿役に転生したけど、ヒロインの子に不束者ですがよろしくお願いされてしまった。 作:ソナラ
このゲームのバッドエンドは、その展開自体は非常に単純だ。
嫉妬から風加子猫を束縛するようになった木竹竿役は、段々とその行動すらも制限していくようになっていく。一度は軟化した態度も、再び厳しいものへと変化していく。
だが、その中において最も大きな変化は、風加子猫がそれを受け入れ始めたことだ。
風加子猫は木竹竿役という人間を理解し始めていた。一度は緩くなった束縛が、再び自分を雁字搦めにしていくことの理由も理解できてしまった。
少しずつ、彼女は木竹竿役を愛し始めていたのである。
故に彼女はその束縛を受け入れた。
何もなかった人生に、初めて与えられた嫉妬という愛を彼女は嬉しく思った。自分のことを所有物だといった木竹竿役が、自分だけを見ていくようになることに悦びを覚えたのだ。
二人は少しずつ共依存の檻へと沈んでいった。
一日中を性行為に費やし、禄に食事も取らない生活。汚くなった服は使われていない部屋に放り捨てられ、二人はついに服すら着ることはなくなった。
現代の、文化的な街の片隅に、あまりにも原始的で、原初的な愛の営みがそこにはあった。
二人は知らず、気づくことすら無く破滅していく。
お互いだけを見て、お互いがお互いのことを見ていると疑わない。刹那の退廃が永遠の微睡みであると幻想し、無限の牢獄が瞬きに二人を閉じ込める。
やがて、起きている時間よりも眠っている時間の方が多くなり、現実を認識していることもできなくなってまで、二人は交わり続けて。
その終わりは、幻想的な夜の世界だった。
裸でつながったまま、眠りについた木竹竿役に、風加子猫は愛をささやく。
――後で知った話だが、原作には風加子猫から愛をささやくシーンはここにしか存在しないのだという。風加子猫が木竹竿役に想いを寄せるようになる頃には、お互いの関係は言葉が必要ないほど親密になっていたからだ。
逆に、グッドルートでは唯一木竹竿役が風加子猫に愛していると告げるシーンがあるそうだが、正直覚えていない。
それくらい、このバッドエンドは印象的だったのだ。
それまで、あまり癖を感じさせなかった文体が一気に退廃的で甘美なものへと変化していく。それまで二人の関係を追い続けてきたプレイヤーに、これでもかというほど幸福に破滅していく二人を見せつける。
どこにでも有るエロゲーを、少しだけ印象に残るバッドエンドゲーに変えるくらいにはその堕落は魅力的だった。
そんなバッドエンドが好きだと、だから木竹竿役が推しなのだと風加さんは言う。
彼女の来歴と、俺でも覚えているくらいの衝撃的なあのエンドを思い返せば、納得としか言いようがないほどに。
風加さんという女性の人生に、それはたしかに刺さるだろうと俺は思った。
――すでに空は完全な漆黒に包まれて、月と星あかりだけが空に描かれている。
昼に降った雨は完全にどこかへ消えて、空に雲は一つもないのだろう。それくらい、空には何者のジャマもなかった。
木竹邸の前で、俺と風加さんが向かい合っている。
お互いを照らすのは、もはや街頭の明かりくらいのものだ。
暗がりに、風加さんの姿だけが浮かんでいる。
俺と風加さんだけが、そこにいる。
まるで、それは――
「だから、アタシは――」
――風加子猫と木竹竿役が破滅していく世界のようで。
「――そんな世界で、死にたかったんですね」
退廃への誘いだと、俺は思った。
もしも、もしも。
今もその願いを風加さんが抱いているのだとしたら。こうして俺に話をしたのが、それを俺に伝えるためだとしたら。
――果たしてそれは悪か?
否定するべきことか? 間違っていることか?
倫理的に考えれば、普通のことだ。
だが、今の俺達はそういった倫理とは少しズレた場所に生きている。普通に考えて何の繋がりもない女子高生の少女と成人男性が同居することが、倫理的に正しいなんてことあるはずなかった。
だったら、俺はその退廃を間違いだとは言えない。言ってはならないと思う。何よりどうしようもなく。
――魅力的だと、思うのだ。
この世界がクソであることを。どうしようもない世界であるということを俺は嫌というほど見せられてきた。親戚が、クラスの同級生が、たっぷりとそれを俺に教えてくれた。
すでに道を踏み外してしまった後の俺に、堕落だの、破滅だのという言葉は似合わない。
だって、通り過ぎた後の言葉なのだから。
風加さんだって、何も残せないまま病に倒れ、生まれ変わってすら母に虐げられた。そんな人が、心に闇を抱えるのは自然なことだ。
そう、ゲームの風加子猫がそうだったように。
今でも脳裏にこびりつく、バッドエンドの“スチル”が思い出される。
何も身に着けない姿のまま、ありのままに自分をさらけ出し、愛をささやく淫靡な少女。人を堕落させる蠱惑の笑みを浮かべて、そしてやがて己もまた眠りにつく。
――終わりを象徴する彼女の姿を、今も俺は覚えている。
否、ここ数日で嫌というほど思い出された。
目の前に、その少女と同じ顔の少女がいて、俺がその一枚絵の中にいるのだと自覚させられるたびに。木竹竿役であると思い出すたびに。
その時は、それでも創作だと割り切った。
その選択はたしかに美しいけれど、間違っていると。俺とは関係のない誰かの選択であると、画面の向こうに思いをはせた。
だが、今は違う。
俺は木竹竿役になって、その人生を追いかけた。ゲームの木竹竿役が俺と同じことを思って、俺と同じように振る舞ったことはありえない。
でも、スタートは同じで、そして今。
終わってしまってもいい、そう思う気持ちは同一だった。
だが、それはあくまで俺だけの話だ。俺が木竹竿役だったとして、木竹竿役になってしまったとして。
それは自分だけの心の話。誰かに共有できるものではなく、誰かと共有できるものではない。
けど、俺の目の前には風加さんがいた。
風加子猫。ゲームに於けるヒロイン。
風加さん。ゲームと同じようにともに暮らすこととなった、俺の唯一の同郷。
理解者、と言うのはおこがましいだろうか。
だからそうした時。
同じことが、俺たちにはできる。
共に破滅していくことが。
共に退廃へと落ちていくことが、俺たちにはできる。
してしまっても、いいんじゃないか?
まるで誘うように言葉を紡ぐ風加さん。
それを受け入れてしまってもいいと思っている俺。
ゲームの二人がそうであったように。
このまま二人で、このクソッタレな世界から別れを告げて、死ぬまで惰眠を貪ったって、誰も責やしないんじゃないか?
そう思った時、脳裏の淫靡な風加子猫の姿と、
眼の前のどこか儚げな風加さんの姿が、
ゆっくりと近づいていく。
それまで輪郭がぼやけていて、全く異なる二つのものが一つの台の上に立っているような状況だったのがゆっくりと一つに還っていくのだ。
戻っていく、と。
重なっていくと、言い換えてもいい。
俺は、そうだ。
口を開いていた。
ゆっくりと一つになる風加さんと風加子猫へ、俺を退廃へと誘う少女へ。
「俺は――」
そして、二つは、
風加さんと風加子猫は、
「――それは、ダメだと思う」
重なら、なかった。
不思議と、二つになりそうだった輪郭が、もう一度ぼやけて離れていく。どころか、俺の目の前に立つ少女は風加さんただ一人。
――風加子猫は、ゆっくりと風加さんから離れていった。
「その世界は、たしかに美しいけれど。その世界は、たしかに魅力的だけど」
「…………!」
思わず、目を丸くして。
「風加さんには、生きてほしいって俺は思う」
それから、風加さんはどこか嬉しそうに、穏やかな笑みを浮かべた。
「何より、その世界は木竹竿役と風加子猫のものだ。俺たちはそういうふうにはなれないし、あれは二人の間にだけ存在するべきものだと思う」
確かに、木竹竿役と風加子猫の破滅は美しい。
それが彼らの真の結末ではないかと思ってしまうくらいに。だが、だとしても、だからこそ。二人の世界を美しいと思えば思うほど。
そして、何より。
「君は風加さんであって、風加子猫じゃないだろ?」
俺は、どうしたって、何があったって。
「俺は、風加さんが好きなんだ。他の誰でもない、風加子猫でもない。君だから好きなんだ」
――そうだ。
とても、とても単純なこと。
風加さんは木竹竿役が推しであるように、俺は風加さんが好きなのだ。
ゲームのキャラクターではなく、風加さんという個人を好きになったからこそ、彼女と一緒にいたいと思ったのだ。
守らなくてはいけないという義務感ではなく、自分からそうしたいという願いでもって。
俺は風加さんを受け入れた。
だったら、声を大にして言わないと。
「――じゃあ、木竹さんはアタシが、好きなんですね?」
「ああ、そうだ」
何度でも言ってやる。
――冷静になる前に、正気に戻る前に。
言ってしまったという後悔の前よりも先に、何度だって。
「俺は、キミが好きだ。――愛してる」
この告白を、やりきってしまえ。
――今度こそ、完全に沈黙が生まれた。
風も、音も、声も。なにもかもが停止して、その一瞬に何もない刹那を生み出した。
それはもはや沈黙という言葉では足りない。“空白”ということばが正しいくらいの、何もない、真っ白な時間だった。
沈黙を破ったのも、また白だった。
はぁ、と吐息が漏れる。
風加さんのそれは、空気を白く染めていた。寒さが、俺たち二人をいつの間にか包んでいる。だってのに、どうしてか。
俺の身体は、どうにかなっちまったんじゃないかってくらい、熱い。
煮えたぎるような感覚、それでもまっすぐと前を見る。
そして、風加さんは。
――風加さんは、笑っていた。
「――――はい」
嬉しそうに、幸せそうに。
推しを尊いと口にするときのそれとは違う。どこか照れたように、気恥ずかしげに。
「アタシも、木竹さんのことが、好きです」
――かつて、幾度かみたことのあるどこか大人びた穏やかな笑みで、そう答えた。