それが、キラキラドキドキするものじゃなかったら
そう、例えば……
「うーっ、寒っ」
蔵練を終えて、五人は外に出てきていた。もう冬至も近いこの時期は、午後六時ともなると真っ暗で、寒さがグッと身に染みる。香澄の吐く息は、真っ白だった。続いて出てきた四人も震えている。
「こんなときは……あ〜りさっ!」
「だーっ! くっつくな香澄ー!」
香澄は、これを好機と有咲にくっつく。好機というか、いつものことだが。
「はーなーれーろー!」
「ふふふ~ん、あ〜り~さぁ」
「あははっ」
「沙綾も笑ってないでどうにかしろぉー!」
そんな状態でも、やっぱりおたえはマイペースだった。
「星、綺麗だよ」
「ほんとだ~」
りみも、空を見上げて言った。都会の明るい環境下でも、冬の澄んだ空気に、雲がほとんどない状況なら、明るく光る星がよく見える。香澄も、有咲から一旦離れて夜空を見上げた。
「……!」
「どうした香澄!?」
突然、香澄が地面にへたりこんだ。急いで有咲が駆け寄る。ゆっくりとあげられた香澄の顔を見て、四人は驚いた。泣いているのだ。
「どうしたの、香澄? 大丈夫?」
沙綾が慌てて尋ねる。しかし、香澄はイヤイヤする子どものように、首を横に振るだけで何も言わない。
「ほんとにどうしたの……香澄ちゃん?」
「香澄……」
りみ、おたえもそう言って顔を見合わせた。
「香澄……言ってくれないと分からないだろ……」
有咲が困惑しながらそう言うと、
「……星……が……」
ゆっくりと香澄が口を開いた。
「ゴーって……怒ってる……みたいに……心が……ギューって……」
香澄は途切れ途切れになりながらそう言った。最近、香澄語(?)の翻訳ができるようになってきた思っていた有咲でも、その言葉の意味を完全に理解することは、出来なかった。ただ、それでも香澄が大きな恐怖を感じているということは分かった。
「一体、どういうことだよ……」
有咲のつぶやきに応えてくれる者は、誰もいなかった。
「ふぅ」
ようやく飛行機での長旅を終え、
「……ちっ」
その情けない姿から目を逸らした。そんな顔をしているのは、なにも長旅の疲れだけではない。
(どんな顔して会えばいいのだろう)
家族に久しぶりに会える喜びより、不安が彼を支配していた。
電車はどんどん都心へと近づいていく。気がつけば乗り換えだ。あれよあれよと目的の駅に着いてしまう。ここからは、少し歩きだ。スーツケースを引きながら住宅街へ入っていく。
「着いた……」
遂に辿り着いてしまった。六年ぶりに見る家。特に変わりは無い。記憶の中の家がそのまま建っていた。
インターホンを鳴らす。
ドッドッドッと慌てて出てくる音。ガチャッと開いたドアから顔を出したのは、明日香だった。
「ただいま」
「おかえり……拓海兄さん! ほら、早く入って!」
嬉しそうに明日香は手招きする。荷物は一旦玄関に置いて、リビングへと向かった。
「おかえり。拓海」
「ただいま。母さん、父さん。ごめん、いきなりで」
「大丈夫よ。メールもらったときはびっくりしたけど」
「やつれているようだが……大丈夫か?」
「……ありがとう。うん、大丈夫だよ」
あぁ。なんて温かいんだろう。身勝手にも「今から日本に帰る」だけメッセージを送って、急に帰って来たのに……。思わず、涙が出そうになった。
「……ところで、香澄は?」
ただ、ひとつ気になったことがある。なぜか香澄がいないことだ。香澄なら皆と一緒にいると思ったのだが。三人は困った顔をした。
「……それが、部屋から出て来ないの」
母がそう答えた。
「どうして?」
「そこがよくわからなくて……。友達の前で急に泣き出したらしいよ。その人たちに送ってもらってから、部屋にこもりきりなの」
明日香が説明する。
「ちょっと香澄のこと、見てくるよ」
どうしたのだろう? いつもニコニコして元気な子で、俺もその姿に何度となく救われてきた。
「香澄……?」
部屋のドアをノックする。しかし返事は無い。
「入るよ……」
部屋に入ると真っ暗だった。開けたドアから入った光が、うっすらと部屋の様子を見せる。香澄はベッドに座り込んでいた。俯いているので表情は見えない。
「香澄」
名前を呼んでさらに近づく。香澄がゆっくりと顔を上げた。
「たく兄……ちゃん……?」
その顔には涙が光っていた。
「ただいま、香澄」
そう言って抱きしめる。
「うっ……ぅぅぅぅ」
拓海は、香澄が泣き止むまでなだめ続けた。昔のように……。
……ねぇたく兄。
どうしたの、香澄?
どうしてみんな「ホシノコドウ」が聴こえないの?
みんな、嘘だって、気の所為だって馬鹿にするの……
……みんな、知らないだけだと思うよ。
え?
きっとそう言う人って、知っているふりをしようと、自分が知っていることに結びつけて「ホシノコドウ」が無いって言ってるんだ。
……本当に無いかなんて、わかんないのにね。
香澄は、ちょっと物知りなだけだよ。
(何だか、懐かしい夢を見ていた気がする)
香澄は、目を開いてそう思った。起き上がって下に降りる。
「おはよう。お姉ちゃん」
「おはよう。あっちゃん」
明日香が席に座って朝食を食べていた。
「香澄ー。朝ごはん先に食べちゃいなさい。遅刻しちゃうわよー」
母の言う通り朝食を食べる。
(昨日、たく兄がいた気がする)
ふとそう思った。拓海は海外で研究をしているので、そんなはず無いのに。
「おはよう」
香澄は驚いて声の方に顔を向けた。拓海が立っているのだ。
「たく兄!」
思わず嬉しくなって香澄は拓海に飛びついた。
「なんでいるの!? 研究で海外じゃ……」
「昨日、帰って来たんだ。というか昨日、俺、香澄の部屋に行ったけど……」
「……えへへ。夢だと思ってた」
「まったく……。ハハッ。ほら、早くご飯食べないと」
「あっ、そうだった!」
拓海に言われて、香澄は慌てて朝食を再開する。身支度や髪のセットをしていたら、時間ギリギリだ。
「行ってきまーす!」
「行ってらっしゃい」
拓海は、昔と変わらないニカッとした笑顔で送り出してくれた。
拓海は、どうやら休暇で、しばらくこちらにいるとのことだった。
だから、帰って来たら、いつも拓海が笑顔で「おかえり」と迎えてくれる。香澄はとても嬉しかった。何せ、拓海は今まで多忙だったので、日本に全く帰って来れず、たまに手紙を出したり、短い時間でビデオ通話をしたりするだけしか出来なかったからだ。
「ただいまぁー……あれ? たく兄とあっちゃんは?」
ある日、香澄がバンド練習から家に帰って来ると、二人がいなかった。
「明日香なら拓海に勉強を見てもらってるわよ」
階段を上がって明日香の部屋に向かう。そして、そっとドアを開けた。
「うーんとどうしてこの式になるの……?」
「えーっとここは」
明日香の右に、真剣な顔で教える拓海がいた。
「こうなってるのか……! ありがとう! 拓海兄さん!」
「解決できたならよかった」
「……あれ? お姉ちゃん?」
明日香が気づく。
「……わ、私も、教えてもらう!」
(もっと、たく兄と話したい)
その意思が香澄を動かした。
「……わかった。明日香。他はもう無い?」
「一応……ないけど」
「じゃあ夕飯の後にね」
「やったぁ!」
(ホント、拓海兄さんはお姉ちゃんに甘いなぁ)
明日香は少し香澄のことを妬いた。
夕食後、言っていた通り、香澄は拓海に勉強を教わっていた。のだが……。
「もうダメー」
「まだ少ししかやってないぞー」
香澄は音を上げていた。何せ香澄にとって、勉強は拓海と一緒にいる口実でしかないから。
「ねぇたく兄」
「ん?」
「少し話そ」
本当の目的は、拓海とおしゃべりをすることだ。
「……少し話したらまた始める?」
「うん!」
「しょうがないなぁ」
渋々そう言いながらも、すぐ笑顔になって香澄の提案に応じてしまうのだから、明日香にああ思われても仕方がないだろう。
香澄は色々なことを話す。学校でのこと。バンドのこと。特に、バンド活動で得たキラキラドキドキを、拓海とも共有したくて。
そして、二ヶ月後に大きなライブがあることも。
しかし、それを話した瞬間、拓海の表情が微妙に変わった。何かを憂うように。
「……たく兄?」
「……そうか、再来月にライブかぁー」
「たく兄も来れる?」
「……それ……は、難しいかな」
やはり、さっきより拓海の表情がわずかだが強ばっている。
「たく兄。大丈夫?」
「何が?」
「さっきから顔が険しいよ」
「……なんでもないよ。ほら、他にも話したいことあるんだろ」
少し不審に思いつつ、香澄は話を続けることにした。
「あっ。そういえば」
ここで、この間のバンド練習の後の話をすることにした。なぜか、夜空から感じたキラキラドキドキ以外の、何だかどす黒く、恐怖を覚えたあのこと。拓海に話せば、何か分かる気がしたからだ。
「……!」
今度は、明らかに動揺した。
「たく兄? ホントに大丈夫?」
「……大丈夫、大丈夫……だから」
「体調悪いの?」
そう言って香澄は、拓海の額に自分の額を当てる。香澄は自分でそうしておいて少しドキリとした。
「少し、熱っぽいかも……? 早く寝た方がいいよ」
「そっか……。じゃあごめん、そうするよ」
拓海の声が心なしか、震えている。そそくさと拓海は自室に入って行った。
香澄は、このことの前から拓海の異変を感じていた。
例えば、いつも家族の前で、ニコニコしているけれど、目の下には隈があって疲れているように見える。さらにテレビでニュースを見ている時、いつも苦い顔をしている。「なんで?」と聞いても「なんでもない」といって教えてくれない。
昨日も変だった。
「ありがとう。みんな」
ある日の夕飯中、いきなり拓海に感謝を伝えられて全員、戸惑った。
「どうしたの? 急に」
母のその言葉は家族の総意だった。
「お袋と親父が亡くなった時、俺をこの家で引き取ってくれて」
拓海の
「お陰でこうしていられる。本当にありがとう」
拓海は深く頭を下げた。
「たく兄!」
「香澄……?」
「いなくならないよね……大丈夫だよね?」
香澄が思わずそう聞いた。家族に感謝を伝える拓海は、なぜか目の前からいなくなってしまいそうに思えた。
「……大丈夫。……一緒にいるから」
(どうしたかな……たく兄……)
香澄は不安だった。
拓海は、香澄と明日香の母の姉、つまり香澄と明日香の伯母の子どもで、
拓海の両親と、香澄と明日香の両親は仲が良く、よく遊びに行ったり、逆に遊びに来たりしていた。そのおかげで、香澄と拓海は昔から仲がよかった。その影響で、香澄は拓海に星のことをよく教えて貰っていた。
拓海は、両親の事故死で最初は塞ぎこんでいたが、戸山家に引き取られ、だんだん心を開いてからは、香澄と明日香のいい兄になった。頭がよく、星空への知的好奇心に溢れていた拓海は、大学で天文学を研究するようになる。そして、大学卒業とともに、海外での研究を決めて渡航した。
香澄にとって拓海は、自慢の兄で、良き理解者だ。
数日後、拓海は突然いなくなった。
朝、誰かから電話を受けたと思ったら、「後で連絡する」とだけ言って消息が分からなくなった。その日の夕方、テレビ局の記者たちが大勢、家を尋ねてきた。ちょうど、テレビで大型隕石が地球に衝突するというニュースが流れ始めた頃だった。記者は揃って拓海の名前を口にした。隕石の衝突について、
「ごめん」
一言目がそれだった。記者が戸山家を尋ねてきたことについてだった。そして、そこで全てを知らされた。
隕石が、小型で地球に衝突しても大きく影響はないという報道は嘘だということ。本当は超大型で、地球にぶつかれば、間違いなく人類は滅亡すること。その事実を社会の混乱を避けるため、拓海や拓海の所属する研究所が隠蔽していたこと。それが、国際犯罪者集団のハッカーたちの研究所ハッキングによって明るみに出たこと。
そして、隕石が衝突するまで、残り三日であること。
拓海の説明を聞いて、戸山家全員が絶望した。
人類滅亡。そんなフィクションのようなことが有り得るのかと。
一通り説明し終えた拓海は、泣きながら謝っていた。
「迷惑かけて……ごめん。最期の刻は……家族で過ごしてくれ」
「たく兄も家族だよ! 帰ってきて!」
香澄の叫びが届く前に、電話は切られてしまった。
「お袋、親父」
ここはほとんど明かりが無く、真っ暗だ。
「久しぶり」
よっこいせと拓海は
「こんなことになって、ここに来るとはね」
ここに最後に来たのは、大学を卒業する少し前だった。研究に忙しく、日本に帰国していなかったから。
両親の眠る墓石を背に、拓海は空を見上げた。ここは山の中にあるために、市街地の明かりの影響をさほど受けない。だから、夜空が綺麗だ。最期を両親の墓の側で、この空を眺めながら逝くのも悪くない。
……そう思おうとした。しかし、どうしても香澄たちの姿がチラつく。
隕石の衝突で人類の滅亡が確実とわかって、頭に真っ先に浮かんだのは、自分を受け入れてくれた戸山家の皆だった。
(皆に、香澄たちに会いたい)
そう思って、ほぼ衝動的に日本へ向かっていた。
日本に帰ってからは、まるで終活だった。昼は学生時代の友人や恩師に、片っ端から会いに行き、お礼を言いに回った。香澄や明日香、父さんの帰ってくる夜は必ず家族団欒を楽しんだり、今までのお礼を言ったりした。
大型隕石のことは誰にも一切言っていない。研究所の方針として小型隕石が接近しているというふうに発表していた。大型隕石のことを公表すれば、社会が大混乱に陥ることが誰の目にも明らかだからだ。しかし、その情報の嘘は暴かれ、今、社会は大混乱だ。各国政府は何とか隕石衝突のことを、当初の小型隕石だということにして火消しを図ろうとしている。しかし、一度燃え上がった火は止められなかった。日本でも各地で暴動や犯罪が頻繁し、警察だけでなく自衛隊も動員して対応しているようだ。その不安定な社会情勢のため、学校や店などは軒並み休んでいるようだ。
最期は、戸山家の皆と過ごすつもりだった。しかし、研究所から、隕石の事実が漏れると同時に、俺の名前も漏れていたらしい。それを嗅ぎつけてマスコミたちが戸山家に乗り込んで来たようだ。俺はその情報をいち早く掴んだ友達に匿ってもらった。俺は、戸山家の皆にそんな迷惑をかけて、さらに今まで隕石衝突のことについて隠していたのだ。今更帰ることは出来ない。
ボーッとしているうちに隕石の衝突まで二時間に迫っていた。
(香澄たち、大丈夫かな)
もうすでに携帯は充電切れだ。連絡手段は無い。
大型隕石の前では、自分が全く無力であることを実感する。
空には、隕石らしき物体が浮かんでいた。それを、もうなんの感情も無くボーッと眺めていた。
「たく兄」
その声で、頭を殴られるような衝撃を覚えるとともに感情が復帰した。
「か……すみ……」
(どうして……ここに?)
香澄がなぜここにいるのかや溢れ出す感情やらで、頭がショートしそうだった。
「たく兄の机に、たく兄の友達の電話番号のメモがあったから、そこに電話してここを教えてもらったんだ」
拓海の疑問を先取りするように、香澄はそう言った。
「母さんたちには言ったのか……?」
香澄は首を横に振った。
「家族一緒にいられるのは、もう最後なん……」
「たく兄も!」
拓海の非難は、香澄の大きな声に遮られた。
「たく兄も……家族……なんだ……よ」
涙を流しながら話す香澄の姿に、拓海は黙り込んだ。
「……だから、もう……いなくならないで」
泣きじゃくる香澄を抱きしめながら、拓海も泣いた。
(何してんだろ……。一緒にいるって言ったのは、俺なのに)
香澄は拓海にもたれかかりながら言った。
「私があの時感じたのって……あれのことだったのかな」
「きっと、そうだろうね」
科学的根拠なんてものは無い。だけど、香澄が感じたものが巨大隕石のことだと言われれば、拓海は信じるだろう。この世には、説明できないことが腐るほどあるのだから。
「たく兄にこの話した時、すごい顔してたよ」
「あちゃ」
「たく兄って昔からわかりやすいし」
「ははは! そっか」
香澄が昔の拓海の話をし始めると、そこからお互い、昔話に花を咲かせた。笑いあい、香澄が天然さを出せば、拓海が突っ込んで、突っ込まれすぎて香澄がむくれて、拓海が慌ててなだめて……こんな楽しい時間もあと僅かになった。空を見上げれば巨大隕石が大気圏寸前まで迫っていた。
「たく兄、ちょっと寒い」
「上着貸す……」
「そうじゃなくて……ギュッてして」
香澄が手を広げた。拓海はそれに応えて香澄を抱きしめた。お互いの温もりがほんのり伝わって来る。香澄が頭を動かした。
「心臓、ドキドキしてる」
香澄は、拓海の心音に聞き入っていた。
「香澄。ここに来てくれて、ありがとう」
拓海は香澄に耳打ちする。
「生まれ変わったら、今度はたく兄の彼女さんになりたいな……」
香澄は、拓海の胸の中でそう呟いた。
「そりゃ、楽しそうだ」
拓海は、柔らかく笑って言った。
隕石が大気圏に入った。もう少しで全てが終わってしまう。この最期の空の下で、あと少し、伝えることがある。
「たく兄」
「香澄」
「「大好き!」」