「舐めるなぁッ!」
アタシは前転回避や扇回移動を駆使してバルファルクの攻撃を往なしつつ、麻痺弾を叩き込んで行く。
『クォオオオン!』
「くっ、流石に直ぐには無理か!」
まぁ、古龍を相手に“麻痺させるだけの簡単なお仕事です”とはいかないだろう。身体が大きいから、毒の回りも悪いだろうしね。流石にガムート程の威容は無いけど。
しかし、何度でも言ってやる。アタシたちは独りじゃない。
「てぁああっ!」『コギャォオオオオス!?』
追撃を繰り出そうとしていたバルファルクに、イオリくんのスラアクが唸る。今回本来の得物であるチャアクで無いのは、百竜夜行は嫌でも乱闘になるからだろう。チャアクは変形の際にスラアク以上に隙が出来易い上に、一時的に翔蟲が使えないので、乱痴気騒ぎの最中だと被弾した後の立て直しが難しい。良いチョイスだ。
ただ、どうして「剣斧ノ折形【桜吹雪】」を担いで来たのかは分からない。「百竜剣斧」でも良かったじゃん。
『コァアアオオオオォォッ!』「フンッ!」
奇襲に近い金剛連斧で出来た後隙を狙った、バルファルクの翼脚による叩き付けを、イオリくんはスラッシュチャージャーで受け流しつつゲージを溜め切り、更なるラッシュからの属性解放フィニッシュに繋げた。
「はぁっ!」『ギュァアアアッ!』
さらに、シュヴァルのとても痛そうなハードバッシュ連携と旋刈り、レイアの二連続サマーソルトが決まる。
『ギャアアアアッ!』
それらの手痛い連撃により、バルファルクの角と左翼脚が破壊された。やはり死体だからか、もしくは完成されていないが故か、想像以上に脆い。扱いなれない身体に振り回される姿は、いっそ哀愁すら誘う。
所詮、仮初の命と借り物の力しか持たない、この奇しき赫耀は、何処まで行っても虚仮脅しだった。
「よし、止めを――――――」
さっさと楽にしてやろうと、超爆竜弾を撃ち込む体勢に入った、その瞬間。
――――――ドワォオオオオオッ!
「うごぁっ!?」「ぐふぅっ!?」「ズワォッ!?」
何処からともなく龍属性が渦巻く風の塊が飛来し、アタシたちを盛大に吹っ飛ばした。
《我は狂飆……天津を濯ぐ禍ツ神也……!》
そして、第1砦に舞い降りる、誰も見た事の無い巨大な古龍。ゴムとも甲殻ともつかない青白い皮膚で覆われ、珊瑚のような角の生えた頭部、獲物を逃さぬ為の二重構造の顎、太い前脚に対して鰭しか残っていない後ろ脚、長大な尻尾と、海竜種……と言うか深海魚を思わせる姿をしている。
また、腕や背中には先程の風を吹き出したであろう特殊な器官があり、それにより常時逆さまに浮遊しているという、「生物としてどうなの?」としか言い様のない格好でゆっくりと降りて来る様は、神秘的ではあるが同時に非生物のような不気味さを醸し出していた。
「………………!」
さらに、吹き飛ばされた時に出来た、このカマイタチにでも遭ったかのような裂傷。おそらくだが、あの古龍が百竜夜行の元凶である。あいつがモンスターを力尽くで追い立て、ヌシたちはその時のトラウマにより本物の怪物へと変貌したのだ。
つまり、奴を倒せば一先ず百竜夜行は終息する。そうなれば、残る厄介事である白銀のバルファルクにも集中出来るだろう。
何より、あいつは遣り過ぎた。何が目的で百竜夜行を引き起こしているかは不明だが、巻き込まれた方は堪った物じゃないんだよ。絶対に生きては還さないぞ。
『ガァァヴィイイイアアアアアアッ!』
「「「ぐぅっ!?」」」『グゥッ……!』
しかし、あの古龍が現れた途端、這う這うの体だったバルファルクが急に活気付いた。
『ギャヴォオオオオオオッ!』
「ぐあぁっ!?」「アヤメさん!」「アヤメ!」
それどころか、背中の触手から無数の光刃を乱れ撃ちしながら、物凄い速さで翼槍を繰り出してくるなど、明らかに動きが早くなっている。
まるで、探し物が見つかった子供のように。無邪気にはしゃいで、邪悪な連撃をかましてくる。「そこを退け、彼に会えない」とばかりに。
『ガヴィァアヴォオオッ!』
「ぐぶはっ!?」
そして、今度は尻尾の先からビームを出して来るという、意味不明過ぎる攻撃が避け切れず、腹を抉られた。高出力かつ高熱を帯びているが故に出血こそしなかったが、小腸と大腸の殆どが蒸発した。
「あ、ぅ……あ……か……」
「アヤメさん! 今、粉塵を――――――ぐはっ!?」「イオリくん! ……がはっ!」
『ギギャヴォオオオオッ!』
慌ててイオリくんとシュヴァルさんが回復しようとしてくれたが、そんな事は絶対に許さないバルファルクの攻撃で吹き飛ばされてしまった。レイアも必死に止めようとしているものの、箍が外れているのか、バルファルクは見向きもしない。
『ガァァヴィィイアアアアアアッ!』
さらに、脳味噌と言わず全部融けちゃえとばかりに翼脚を合掌し、龍気砲の構えを取る。マズい、これは誰も耐えられない。
というか、その前にアタシが死ぬ。腸どころか横隔膜まで消し飛んだようで、肺が全く機能していない。
……嫌だ。こんな苦しみ抜いて死ぬなんて。誰か、助け――――――。
『グヴォァアア……ゴギャァオォッ!?』
『まったく! 世話が焼けるぬーっ!』『コカカカカッ!』
だが、止めの一撃は来なかった。発射直前のバルファルクを、何かが殴り倒したのだ。
いや、何かではない。あれは、
『リハビリに来たのに、こうも毎回死に掛けてたら、前と何も変わらないぬー』『コキャキャキャ♪』
「ク……ス……」
鎌を携えたクスネと、何処からかライトボウガンを拾って石代わりに使っているクルルヤック亜種だった。さっきの爆発は撃ち込んだ3発の超爆竜弾を鎌で誘爆させたのか。遣り方がえげつない……。
『ウツシの奴が頼むから来てみれば……おら、無駄なお喋りしている暇が有ったら、これでも食らってろぬー』
「……ッ、はぁっ!」
クスネの持って来た回復アイテムの雨あられのおかげで、アタシはどうにか持ち直した。毎度思うけど、これは薬効が凄いのか自分がおかしいのか分からなくなる。超回復を半ば暴走状態にしているんだろうけど、それでも普通なら絶対に死んでるだろ、この傷は。
しかし、失った血液まで戻って来ないので、アタシは立ち上がる事さえ出来なくなっていた。イオリくんとシュヴァルさんも未だ気絶から目覚めないし、レイアは龍気に中てられて動きが鈍っている。
こうなったらもう、
『コァアアアアアッ!』
『煩い魚だぬー。料理してやろうか!』『クルァッ!』
そして、怒りに満ち満ちたバルファルクと、クスネたちが激突した。
『ギャヴォオオオッ!』
『甘いぬー!』『クケケケ♪』
バルファルクが目にも止まらぬ速さで翼槍を繰り出して来るが、当たらない。クスネもクルルヤックも動きが俊敏な上に小柄なので、冷静に対処すれば簡単に避けられるのである。アタシたちには出来ない芸当だ。
『せいっ!』『グギャッ!?』
さらに、クスネの投げた鎌が正確にバルファルクの右眼を射抜いて怯ませ、
『ヤックル!』『クカカカッ!』
翔蟲をバルファルクの頭へ飛ばしたかと思うと、クルルヤック(ヤックルと言うらしい)からライトボウガンを受け取り、徹甲榴弾を速射で撃ち込みながら反動でグググっと自らを引き絞り、
『死ねっ!』『グァアアアアッ!』
パチンコ玉の如く飛び掛かり、空中で刺さっている鎌を掴み、そのままバルファルクの脳天をかち割った。
『クケケケケッ!』『ギャアアアッ!』
そして、そこへ叩き込まれるヤックルの嘴連打。ただでさえ割れている頭が完全に壊れ、脳と右の眼球が零れ落ちる。元より生ける屍だったバルファルクは、いよいよ以て完璧なゾンビになった。これでもまだ死ねないとは、逆に可哀想ですらある。
『お前に生きる価値は無い。死んだ古龍だけが良い古龍だ。今まで奪ってきた分、苦しみに苦しみ抜いて、それからもう一度死ね』『クカカカカカッ♪』
『グギァアアアアアアアアアアアッ!』
だが、大泥棒(自称)クスネは容赦しない。相棒のヤックルと共に、返り血塗れになりながら、バルファルクの命を盗み取っていく。切り裂き、引き千切り、傷口を押し広げ続けるような戦いっぷりは、死神と言うより悪魔だった。
『カッ……!』
翼をもがれ、内臓を引き摺り出されて、そこら中を血肉の海に沈めた辺りで、ようやくバルファルクの仮初の命が尽きた。
『ヴァァアアアア……ァアアアアアァァ……アアアアアアアアアアアアアッ!』
それでも、全てが消えるその瞬間まで、バルファルクは藻掻き苦しむしかない。致命傷でも事切れる事すら許されていないのだ、この命は。
残った眼から血を吹き出し、天に向かって何かを掴むようにのた打ち回る姿は、捨てられて泣き喚くしかない赤ん坊のようにも思えた。
『………………』
そんなバルファルクを、まるで何の価値も無い粗大ゴミを見るかのように見下ろすクスネは、やっぱり死神であった。「命をくすね取る死神」の異名は伊達じゃないな。
『グゥゥゥ……!』
さらに、丁度バルファルクが見上げる空で、あの古龍がボロ雑巾のようになって逃げていくのが見えた。一瞬、かの古龍とバルファルクの目が合ったような気がするが、どちらも最早どうしようもない。空の古龍は「どうしてこうなった」という表情を隠しもせずに飛び去り、
『アァァ……ヴゥッ!』
散々に苦しみ抜いたバルファルクは、最期に虚空へ手を伸ばし、それっきり二度と再び動かなくなった。辺りが静寂に包まれる。
「……済まない、助かった」
と、気絶から抜け出したシュヴァルがクスネに頭を下げる。イオリくんも目を覚ましたし、レイアも龍気を克服したようで何よりである。
『礼は良いから、さっさと事態の“尻”を拭えぬー』
「分かっている。行くぞ、レイア」『ギュアァッ!』
しかし、クスネはぶっきら棒に返し、だがシュヴァルは気にせず、レイアに跨って飛翔した。あの古龍の行方を追うのだろう。
「まだまだだな、アタシは……」
結局、アタシは自力で里の脅威を退ける事は出来なかった。それが、何とも悔しい。
『言ってる暇があるなら、行動しろぬー』
「分かってるわよ」
だが、後悔するだけでは意味が無い事も分かっている。次に繋げる為にも、もっと努力しなくちゃね。
こうして、異形なバルファルクの討滅と風を操る古龍の撃退を以て、第3次百竜夜行は幕を閉じた。
――――――かに思えたのだが、まさかあんな恐ろしい事が起こるとは。
◆クスネ
ユクモ村出身のメラルーで、自称「大泥棒」。非常にがめつい上に事なかれ主義であり、余程の事が無ければ故郷が滅ぶような事態になっても動かない、割とドライな性格をしている。一方で気に入った人物には結構肩入れするようで、今回の百竜夜行にもアヤメとセイハクが参加している為、急遽参戦した。
普段はやる気の欠片も無い言動が目立つが、戦闘となると一変し、悪魔もドン引きするような残虐ファイトを繰り広げる。その実力は単騎でジンオウガを狩るどころか古龍すら返り討ちにする程であり、界隈では「命をくすね取る死神」として恐れられている。
ちなみに一端のライダーでもあり、未発見のクルルヤック亜種と、ガーグァの超進化態を使役する。どちらの性格も主人に似ており、嗤いながら敵を嬲り殺しにするタイプである。