天魔開焉ノ時 衰星龍ト共ニ 再ビ目覚メン
――――――ウケツケジョーが見付けた壁画の碑文、「闇黒ノ章」より一部を抜粋
――――――カムラの里より数キロ離れた上空。
「シュヴァル!」
「やはり来たか」
先行して古龍を追尾していたシュヴァルとレイアに、彼の幼馴染にして心友であるリュートとレウスが合流した。彼もまた、飛び去った古龍を追いかけて来たのだろう。
そう、あの哀れで満身創痍な古龍を逃がす訳にはいかない。如何なる理由が有ろうと、奴は遣り過ぎた。その落とし前は付けて貰う。
「何処へ行くつもりだろう?」
「さぁな。女の所にでも駆け込むんじゃないか?」
冗談半分に言ったシュヴァルだったが、案外間違いではないんじゃないかと思っている。血の涙を流しながら必死に逃げ惑う後姿は、まさしく何もかもを失ってどうしようもなくなった情けない男そのものである。
「方角的には大社跡に向かってるみたいだけど」
「とりあえず、様子を見よう。棲み処が分かるなら、それに越した事は無い」
だが、容赦はしない。しっかりと寝床まで案内して貰って、そこで永遠の眠りに就いて頂こうか。
「……大丈夫か?」
「何が?」
「いや……」
「俺だって何時までも子供じゃない。お前こそ、無茶はするなよ」
どうやら、リュートの心配し過ぎだったようだ。
シュヴァルは過去に、凶気化したナルガクルガに母親を殺されており、一時は完全な復讐鬼となっていた。それこそ、相棒のレイアでさえ道具扱いする程に酷い有様だった。
しかし、それはあくまで過去の話。幾多もの窮地を乗り越え、人の心を取り戻した今の彼が、暴走するような事にはならないだろう。立派な大人になったのだから。
というか、シュヴァルの言う通り、どちらかと言うと心配なのはリュートである。彼もまた大人には成ったが、無鉄砲な所は相変わらずであり、友や家族の為なら身を捨てる覚悟を常に持っている。
だからこそ怖い。和解した今に至ってさえ、とてもとても。
(頼むから、“俺に任せて先に行け”なんて真似は止してくれよ……)
シュヴァルは不安でいっぱいの視線をリュートに送った。
「………………」
「おい、こっち向けよ」
リュートは目を逸らした。そういうとこやぞ。
『まぁまぁ、そんな真似はオレがさせないぜ!』
「いや、何も言って無いんだけど……」
『いやいや、相棒の考えてる事は大体分かるぜ! 何せ、オレはナビルーだからな! 相棒が馬鹿な真似をしそうになったら、ぶん殴ってでも止めてやるさ!』
すると、リュートの背中にくっ付いて来たナビルーが、何時もの偉そうな口ぶりで宣った。大体彼の察した通りだから困る……。
『ギュアッ!』
「どうした、レウス?」
『おい、あれ見てみろよ!』
レウスが鳴き、ナビルーが指差した方向――――――つまり、古龍の行く先を見ると、
「雲?」
巨大な古龍もスッポリと呑み込んでしまいそうな、闇よりも黒い暗雲が立ち込めていた。雷雲なのか、バリバリと稲妻が迸っている。
だが、さっきまであんな雲は無かった筈だが……?
と、その時。
『クオォオオッ!?』
突如として暗雲の中から馬鹿デカい鎌足が飛び出し、ボロボロの古龍をガッシリと捕らえた。
『ギカァァアアアァオッ!』
そして、雲を突き抜け現れたるは、古龍を遥かに上回る巨躯を誇る甲虫種。遠目に見ても細部が確認出来る程に大きく、超巨大古龍にも迫る勢いであった。
「あれは……「アトラル・カ」か!?」
その姿は閣蟷螂「アトラル・カ」によく似ているのだが、
「いや、色も大きさも違い過ぎる!」
『それに、アトラル・カが空を飛ぶなんて、聞いた事無いぞ!?』
彼らの知る、閣螳螂とは大分違う。
先ず通常種は金色の甲殻に青紫色の模様が付いているのだが、あの蟷螂は白金の甲殻に黄金のラインが描かれている。瞳の色は共通だが、心なしかこちらの方が赤みが強いようにも見える。他にも、胸郭の襟飾りの側面に複数の節足が発生し、腹部が山なりで撃龍槍のような突起が3対伸びているなど、細部の意匠もかなり異なる。
さらに、通常種には存在しなかった巨大な翅が生えていて、バチバチと帯電しながら力強く飛んでいる。滑空ではなく、完全な飛翔だ。蟷螂では絶対に有り得ない。
だが、やはり最大の相違点は、その大きさだろう。全長がジエン・モーランどころかゾラ・マグダラオスに匹敵する程の巨体であり、今し方捕らえた古龍が小魚に見える程の体格差である。
そんな規格外の螳螂は、しかしてリュートたちを気にする素振りは無く、
『ギカァアアォォオ! ……グルァッ!』『カァッ……!』
「あ、あいつ……」「古龍を……」『食いやがった……!』
目の前でバリバリと古龍を食べ始めた。肉を引き裂き、骨を噛み砕く様は、まさしく獲物を食い散らかす蟷螂に相応しい姿だ。
『――――――って、あれ見ろよ! 姿が変わっていく……!』
その上、食った傍から変異を始め、襟飾りの後ろから大鎌を彷彿とさせる一本角が生え、脚や突起の形状がより鋭角的になった。古龍の力を取り込んだのだろう。
まるで、噂に聞く白銀のバルファルクのようだ。
「どうする……?」
目の前で起こっている信じ難い光景に、リュートが息を飲む。かつて黒い凶気を退けた彼でさえ、あのアトラル・カのようなナニカの姿は衝撃的だったようである。
「見守る訳にもいかないだろう。……とりあえず、威力偵察だけは試す!」
それはシュヴァルも同様だが、こんな化け物を座して見過ごす訳にも行かないので、ちゃっかり持って来たライトボウガンで威嚇射撃を試みた。先ずは通常弾、次いで貫通弾、最後に徹甲榴弾を発射する。
――――――ガキガキガキガキィン!
『嘘だろ!?』
「徹甲榴弾が刺さりもしないとは……」
しかし、傷一つ負わす事すら叶わず、全て甲殻に弾かれた。
「だったら、こっちも試す!」『ギャヴォッ!』『ギュァアアッ!』
それならばと、こっちも何気に持って来たヘビィボウガンでリュートが狙撃し、レウスとレイアも火球で援護射撃する。
――――――バチィイイイン!
だが、やはり弾かれてしまった。何か見えない壁が張り巡らされているようだ。
『クォァァァ……』
すると、突然アトラル・カが急降下し、姿を晦ませた。
「逃げた!?」
『いや、何かヤバい! ヒゲがビリビリする! “加速”しろ、相棒!』
「………………!」
そして、これまた何時の間にか帯電状態になっていたナビルーに促され、レウスとレイアを加速させた、その瞬間、
『ギコォォォアァアアアヴヴヴゥッ!』
「「うわっと!?」」『下から来たか!』
雲海を突き破って、アトラル・カが襲い掛かって来た。ナビルーの言う通りにしなければ、今頃下から突き上げられていただろう。
『ギカァアアアアアッ!』
『ぐっ!?』「ナビルー!」
さらに、アトラル・カの鎌が振るわれ、ナビルーの背中を掠めた。正確にはソニックブームが少し撫ぜたのだが、それだけで背骨や肋骨が露出する程の重傷を負ってしまった。
『オレは良い……! それより、アイツが触手みたいなので攻撃して来るぞ!』
「うぉぁっ!?」「化け物め!」
しかし、休んでいる暇は無いようで、アトラル・カが腹部の撃龍槍のような突起を先端とした“電磁の触手”を伸ばしてきた。
――――――ビシュゥウウウウンッ!
しかも、矛先から龍属性のビームを発射。雲海をかち割り、大地に十字架の光柱を築き上げた。あんな物を食らえば、弱点がどうこうではなく、粒子レベルで分解される。
「ナビルー、この事を、カムラの里に!」『……悪い! 相棒も無理はするなよ!』
持ち合わせの回復薬で即死を免れたナビルーだが、これ以上の継戦は不可能と判断したリュートが彼に脱出を促す。ナビルーもそれは重々承知だったようで、即席パラシュートでレウスの背中から飛び降りた。無理をさせて悪いとは思うけれど、こんな重大情報を伝えずに未帰還となる訳にはいかない。
『ギカァァアアヴォゥウゥウウ!』
「この野郎!」「クソッタレが!」
こうなれば、もはやナビルーが無事に逃げ延びる事を祈りつつ、撤退するのみ。
だが、翼を畳み尻尾を高速振動させつつ先端から熱気を放つ事でバルファルク並みの加速をしているレウスやレイアでさえ、アトラル・カを撒く事が出来ない。単純に大きさが違い過ぎる。蟻が幾ら全速力で走ろうと、象の一歩から逃れる事が出来ないのと同じである。
むろん、無抵抗で殺されるつもりは毛頭無いので、リュートもシュヴァルも反撃しているが、もちろん何の効果も無く、無駄弾でお茶を濁しつつ、光線を避けながら逃げるのが精一杯だった。
そして、その無駄な抵抗も、やがては通じなくなるだろう。レウスとレイアの体力も無限では無いのだから。今の所はギリギリ避けているが、何発かは掠めているし、何時かは直撃する未来しか見えない。眼下に広がる無数の輝く十字架が“ここがお前の墓場だ”と言っているようにさえ思えた。
「……先に行け!」
「馬鹿、よせっ!」
そんな暗いビジョンが頭を過ぎったからか、レウスの息が上がって来た事を肌で感じたからか、リュートはレウスと目配せすると、一気に反転、アトラル・カに突撃した。懸念していた事を、見事にやってくれやがった。
「ここから先は――――――うわっ!?」『ギュァア!?』
『ギゴォォォアヴヴヴヴッ!』『キカァァアアォォ!?』
しかし、勇気を振り絞って玉砕しようとしたリュートの行く手を、新たな飛行物体が遮る。
「白銀の、バルファルク……!」
雲の下から白銀のバルファルクが現れ、アトラル・カを突き上げたのだ。
だが、助けに来てくれた訳ではあるまい。こいつもまた、リュートたちには目もくれず、アトラル・カと対峙した事からも、それが分かる。
「今の内に逃げるぞ、リュート!」「あ、ああ……」
とは言え、チャンスである事には変わりなく、リュートたちは漸くアトラル・カの魔手を振り切った。
――――――ガン!
安全圏まで退避した所で、リュートの頭に何かがぶつかる。シュヴァルが弾を一発ぶん投げたのである。
「二度とするな、馬鹿野郎……!」
その声は震えており、表情こそ窺い知れないが、その姿は母親を失った時の彼を彷彿とさせた。
「……悪かった。もうしないよ」
リュートは、そう答えるしかなかった。
『グヴヴウゥン!』『ゴヴルァッ!』
一方、2人が退避した後も、アトラル・カとバルファルクは壮絶な空中戦を展開していた。
先ずはアトラル・カが龍属性ビームを放つが、バルファルクに龍属性攻撃は殆ど効果が無い為、白銀の装甲に弾かれてしまう。
しかし、お返しとばかりにバルファルクが口から光刃を発射したものの、単純に硬過ぎる白金の甲殻を傷付ける事は出来ず、互いに膠着状態となった。
『キカァアアヴォッ!』
それならばと、物理的に貫通してやろうと、アトラル・カが触手を伸ばすが、
『ギゴォォアヴヴヴッ!』
バルファルクは片翼だけを前に向けたかと思うと、円盤のように回転して撃龍槍を全て跳ね返し、そのままエッジの付いた翼槍でガリガリと体当たりをかました。
『ギガァアアアッ!』
流石にこれは効いたようで、アトラル・カが悲鳴を上げた――――――のも束の間、襟飾りの上端が展開し、後ろの角と併せてエネルギーをチャージして、
――――――ビシャアアアアアアン!
『ゴヴァッ!?』
ラージャンの気光ブレスと同じ、無属性の純然たる破滅の光を零距離で浴びせ掛ける事で、力尽くでバルファルクを吹き飛ばした。
だが、バルファルクも黙ってやられはしない。
――――――ドギャルァアアアアアッ!
『ギガァアアヴォッ!?』
奇しき赫耀たちも使っていた、両翼を合わせた龍気砲でアトラル・カに手痛いダメージを与える。
これで戦いは仕切り直し……かと思われた、その時。
『ガヴォルァアアアアアアアッ!』
『ゴヴァォッ!?』『ギカァアア!?』
ひっそりと戦いを見守っていた、新たな風神龍が不意打ちをかました。龍属性の通じないバルファルクは尻尾で叩き落し、硬いだけのアトラル・カには全力の龍属性ブレスを浴びせ掛け、見事に両者共に撃墜する。
『フォフォフォフォッ!』
さらに、2つの脅威が離散した事を確認すると、風神龍は高笑いしながら姿を消した。
◆◆◆◆◆◆
その後、ハンターズギルドは百竜夜行の元凶たる古龍を「イブシマキヒコ」、砂原で目撃されたよく似た存在を「ナルハタタヒメ」と命名し――――――、
帰還したライダー2人の意見により、ウケツケジョーの調べ上げた壁画や碑文を参考に、
☆白銀のバルファルクを、
★白金のアトラル・カを、
……と、呼称する事となったのであった。
◆アトラル・カ(闇黒螳螂:ハバエナス)
甲虫目閣螳螂亜目アトラル科に属する甲虫種。別名は「閣螳螂」。
見た目は完全に黄金色のニセハナマオウカマキリ。ただし、翅が無く糸を吐くなど、当然ながら相違点も多い。
モンハンXXのラスボスを務めた異形の甲虫種であり、本体の大きさこそ普通の大型モンスター程度だが、吐いた糸で瓦礫を組み合わせる事で「アトラル・ネセト」という巨大な龍型の機動要塞を造る能力を持ち、それ故人工物を求めて国や町を襲撃する事もある危険生物である。作中に登場した個体の築いた“巣”でさえ未完成の発展途上であり、放っておけば更なる脅威と化していただろう。
……と、この様に、本来のアトラル・カは巣がデカいだけで、本体は少し大きいだけの甲虫種に過ぎない筈なのだが、カムラの里周辺に出現した個体は体色が異なるばかりか、完全な飛翔能力とゾラ・マグダラオス並みの巨躯を誇り、その上ビーム兵器まで携えているなど、あまりにも異常な特性を有しており、ハンターズギルドは別種として扱う事を決定。
壁画の伝承と併せて、蠅声為邪神(読み:サバエナスアシキカミ)を統べる覇王、「闇黒螳螂:ハバエナス」と呼称する事と相成った。