「うぅぅ……!」
轟々と燃え盛り、内部を曝け出した百式からくり蛙のコクピットで、イオリは意識を取り戻した。乗組は大体が脱出したようだが、逃げ遅れた(もしくは攻撃が直撃した)オトモたちが、真っ赤な焔の中で息絶えていた。
「クソッ……!」
イオリは憎しみに満ちた表情で、事を起こした張本人を見上げる。
『キィィカァアアアアアアアアアアッ!』
そこでは、すっかり名前通りの闇黒螳螂と化したハバエナスが、通常のアトラル・カの物とよく似た鳴き声を上げながら、怒り狂っていた。部位破壊された個所から刺胞動物のように糸の触手を生やし、あらゆる物も焼き切り、破壊している。余波だけで大勢の里守隊やライダーが細切れにされ、巨大なヨツミワドウですら全身を傷だらけにされていた。
どう見ても、まるで勝ち目が無い。カムラの里が陥落するのも時間の問題だろう。
「……ユウタくん」
そんな化け物を相手に、無謀ではあるが、勇気を振り絞って立ち向かった、小さな英雄はもういない。ハバエナスの無慈悲な攻撃に晒され、真っ赤な血花となって散ってしまった。
「そうだ、まだ終わりじゃない」
ここで自分が諦めれば、ユウタの……ひいては、殉職して行った者たちの死が無意味になる。それだけは駄目だ。
「……ごめん、お父さん、お母さん、お爺ちゃん」
イオリは一言だけ今ここに居ない家族に謝り、
「これで最後だ。僕らは、未来へ向かって脱出する!」
そして、百式からくり蛙に隠され、最終兵器を起動した。
《ケロァアアアアッ!》
『キェエアアアアッ!』
突如、起き上り小法師の如く起き上った、満身創痍の百式からくり蛙に、ハバエナスは一瞬驚きつつも、すぐさま容赦なく触手を差し向ける。それはまるで光の洪水であり、壊れかけの百式からくり蛙を一気にスクラップへと変えた。
「うぁあああああっ!」
だが、百式からくり蛙は止まらない。展開した1度限りのブースト機構によって、ハバエナスの猛攻を受けながらも、その懐に飛び込んで見せた。
「気焔万丈ぉっ!」
『………………!』
さらに、ガッツリと四つ身を決めて抑え込み、動力炉を暴走させる。即ち、“自爆”である。
――――――…………ォオオオオオオオオオオンッ!
瓦礫だらけとなった第2関門を蒸発させながら、消えていく百式からくり蛙。
「イオリくん……!」『おちゃぁ……!』『ゲコァァ……!』
ギリギリで退避していたアヤメとヨツミワドウ親子も、少なくないダメージを負った。
『ギャギャギャギャギャ……ッ!』
それでも、ハバエナスはまだ死なない。装甲の大部分が融解しながらも、未だに生きていた。消失したのは、精々40%程度か。これでは致命傷には程遠いだろう。ハバエナスの本体は、中心で脈打つアトラル・カなのだから。
「……悪いけど、命を捨ててちょうだい」
『………………』
悔しそうに懇願するアヤメを、巨大ヨツミワドウが一瞬だけ見つめる。
『ままぁ……』
それから、己の愛の結晶を。ヨツミワドウは、腹を決めた。
『ゲコァアアアアアアアヴァアアアアアアアアアアアッ!』
巨大ヨツミワドウが大気を振るわせる程の雄叫びを上げ、腹部に光を灯し始めた。過去に取り込んだ熔山龍の宝玉に全エネルギーを集中させ、暴走状態に移行したのだ。
しかし、これは単なる自爆に非ず。腹が破れ、内臓が蒸発し、確実に命を落とす代わりに、“腹の穴”という狭い空間を通る事で、壮絶な破壊力を持つビームとして発射出来るのである。核兵器並みの威力を持つ百式からくり蛙の自爆でさえ致命傷に至らなかったハバエナスを斃すには、最早これしか方法がない。
『キァアアアアア!』
だが、エネルギーの充填中に、ハバエナスが復活。
『シィィィイイイイイイネェエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエエッ!』
持ち得る力の全てを込めた、極太のビームを発射して来た。
(駄目だ、間に合わない……!)
終焉の威光が、最後の抵抗を試みるカムラの里の勇士たちに襲い掛かる。
◆◆◆◆◆◆
《残念だったわね。キミの人生は、もう終わったの》
いや、まだだよ。今死んで終わる訳にはいかない。里の皆が、アヤメさんがピンチなんだ。
《今更のこのこ出て行ってどうなるワケ? そもそも、そんな義理がある? 結局、キミはカムラの里の住人にはなれなかった。幾ら皮だけ人間の振りをしても、所詮はモンスター。本当の悪魔と分かり合える日なんて来ないよ》
例えそうでも、ボクはボク自身の意志で、彼女たちを守りたい。その気持ちに、偽りは無いからさ。
だから、ボクを行かせてくれよ。このままだと、皆みんな死んじゃうんだ。そんなの、もう嫌なんだよ。
《そう。なら、好きにしなさいな、“人間”くん》
◆◆◆◆◆◆
「……えっ!?」
しかし、滅びの光はアヤメたちに到達する事は無かった。
『ヴォオオオオオオオオオオオオッ!』
何時の間にか目の前に立ち塞がった、巨大なゴシャハギに阻まれたのだ。
「ユウタ!」
それを見た、アヤメが叫ぶ。
「えっ……今、アタシ……ユウタって……?」
無意識の内に、そう呼んでいた。無数の瓦礫と遺骸が龍気ウイルスの粒子で繋ぎ止め形を成しただけの、ゴシャハギのような物体の事を差して。
「――――――落ち着け、アタシ!」
そうだ、自分はハンターだ。あるものはすべて使え。利用出来る物は残らず利用しろ。どんな手を使おうが、最終的に勝てばそれでよかろうなのだ。
目の前の“コレ”が何かは分からないが、守ってくれるというのなら、有難く壁にさせて貰う。
そして、巨大ヨツミワドウの犠牲を以て、最後の抵抗をする闇黒螳螂を、細胞の一片さえ残さずに消滅させるのである。それが今の自分に出来る、最大にして唯一の役目だ。
《世界よ、今こそ全ての命の時を止めよ! 「
「滅鬼刃、零ノ型! 「新月」!」『ブゲァアアアアアアッ!』
さらに、第1砦の方角で空が赫く染まり、次いで激しい衝撃波と魂の叫びが第2関門まで届く。チラリと見てみれば、オゾンより上から問題なく降り注いだ赫々しい隕石と、蒼い光の矢が激突していた。
……アトラファルクと、セイハクたちが最後の決戦をしているのだろう。
これは、こちらも負けてられない。
――――――ォォォ……!
『………………』
光が途切れ、残骸の雪鬼が跡形も無く大地へ還り、
「行けぇええええええっ!」『おままぁああっ!』
『……ゲォルァアアアアアアアアアアアアアッ!』
そして、無事にチャージを終えた巨大ヨツミワドウが最期の大技を放つ。レンズフレアが発生する程の閃光と、原子を軒並み電離させてしまう極限の熱線が、音すら蒸発させながら、真っ直ぐにハバエナスに発射された。
『キェアアアアアッ!?』
ハバエナスは慌てて触手や瓦礫でガードしようとするが、そのどれもが全く効果が無く、完全に無防備な状態で直撃する。
『キァアアアアヴォォォォ……ガギグガゴァアアアアアアアアアアアアアアアアアッ!』
だが、それでも死なない。ハバエナスは生への執着心だけで、ヨツミワドウの命の輝きを、文字通り身体を張って受け止めていた。
『シネッ! シネッ! シネェアアアアアッ!』
さらに、執念で周りに残っていた何本かの撃龍槍を糸で掴み、弾丸の如く撃ち放つ。死なば諸共……否、お前だけ死ねと言わんばかりの、最後の悪足掻きであった。
しかし、カムラの里もまた終わらない。生き物は最後の瞬間まで、生きる事を諦めないからである。
『グヴルヴォオオオッ!』『グキキキキィッ!』
リベロとイソネミクニ亜種が身を挺して弾き、
「させませんッ!」『ゴバアアアアアアアア!』
主を失い、ウケツケジョーに駆られる事を選んだ、オトモンのイビルジョーの極太な龍属性ブレスが壊し、
「タイガの仇ィイイイイッ!」「アヤメぇええええっ!」
タイシとウツシの師弟コンビが打ち落とした。
……最早、ハバエナスに打つ手は無い。
『ガ、グ、ギ……キ……チィクショォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッ!』
遂に耐えられなくなったハバエナスが、怨嗟の断末魔を残して、闇黒の光に還った。
『ゲコォ……』
と、全てを出し切ったヨツミワドウが、どうと倒れ伏す。それきり、二度と再び動く事は無かった。
「ありがとう」『ちゃま……』
そんな彼女に、アヤメとヨッちゃんが黙祷を捧げる。共に戦ってくれて、ありがとうと。
「……ならば、残るは――――――」
だが、まだ終わりではない。
第1砦上空の光は消えているが、龍宮砦跡の燈火は未だに燃え盛り、狂飆と霹靂を逆巻かせている。
「行こう。これが最後だ」
皆それが分かっているのか、生き残った全ての者が傷付いた身体に鞭を打って、地獄のような戦場へと向かって行く。たった2人の最終戦争をしている、猛き焔たちを援護する為に。
「行って来るわね、ユウタ」
何も残らぬ虚空に一言だけ、行ってきますの挨拶を送って……。
◆◆◆◆◆◆
『うさうさー』
「……う、ん……朝か」
と、アタシはウサラ(極小ウルクスス)に揺さぶられて目を覚ました。
……はいはい、アタシだよ。いい加減ゆっくりしたいと、叶わぬ望みを夢見る最上位ハンター、アヤメだよ。
あれから数ヵ月の時が経った。色々と問題もあったが、どうにか里も復興しつつある。埋葬やお通夜も済んだし、建物の修繕も終わった。逝ってしまった彼らも、今頃は草葉の陰で笑みを浮かべている事だろう。
余談だけど、ヨッちゃんは母親に似て馬鹿デカくなったので、里周りの河川で暮らしており、室内のペット枠はウサラになっている。こいつもすっかり野性を失くしてるなぁ……。
「あ、アヤメさん。おはようございます」
「……おはよう、イオリくん」
家から出た所で、イオリくんにご挨拶された。
閃光の中に消えたと思った彼だったが、大爆発する直前まで気絶していたオトモたちに咥えられ、ギリギリで真下に開いていた“大穴”に飛び込み、どうにか助かったそうな。
まぁ、爆風から逃れる為、わざと入り口を崩落させたせいで、暫くの間、地下生活を営む破目になったらしいけど。
「それじゃあ、また後で」
「はいはい……」
アタシはイオリくんと別れると、船着場へ向かった。今日は色んな奴らが里を旅立つ日だからだ。
「今までお世話になりましたッ! 機会が有れば、また会いましょう、“相棒”ッ!」
先ずはウケツケジョー。無事に記憶を取り戻し、仲間との合流も果たした今、何時までも居座っている程暇ではない彼女は、やって来た時と同じように、彗星の勢いで出立した。
もちろん、エヴァも一緒なのだが……そのイビルジョー、何処で手に入れたんだよ。どうでも良いけどさ。
「……また会おう」「それじゃあね」『また遊びに来るからよー』『最後まで騒がしいわね……』
続いて、シュヴァルたちライダー御一行様。元々救援で来た彼らも、里に留まる理由は無い。
今回の1件で世間的なライダーへのイメージが変わった為、一部の人は新天地を求めて故郷と別れを告げた者も居たようだが、それはそれだろう。
是非とも偶には観光に来て欲しいね。
『そんじゃ、行くぬー』
お次は、風来嬢のクスネ。コイツに関しては昔からだから、全然寂しさは無かった。早く行け。
「アヤメさん、今度来る時は異国土産を持って来ますね!」「もちろん、貰う物は貰うがな!」『バイバイにゃ~』『ぐぇ~ん♪』
最後はメラルたち交易組。彼女たちはロンディーネさんと共に、これから世界を巡るのである。
里長によれば、メラルはハンターが居なくなる事を危惧していたようだが、何故かアタシの名前を上げて送り出したらしい。何でや。
ちなみに、王国へは“彼”が行くようだ。
「さてと……」
見送りも済んだ事だし、集会所にでも行くか。
「おや、アヤメじゃないか」
何か嫌な奴に会っちゃった。言うまでも無く、ウツシである。
「これからクエストかい? 精が出るね」
「……働かざる者、食うべからず、だよ」
「別にニートでも問題ないくらいにお金は有るじゃないか」
「人を穀潰しにさせようとするなよ」
この男は……。
「――――――そんな事になったら、ユウタに顔向け出来ないでしょうが」
「………………」
アタシの言葉に、ウツシは何も答えなかった。
……まぁ、気持ちは分かる。
しかし、おかしくなった訳ではない。ここはユウタの帰って来る里で、アタシの家は彼の家だから、守って行きたいと、そう思っただけだ。
だが、何時かユウタが戻って来るんじゃないかとも思っている。確信は無いけど、そんな気がしてならないのである。
だから、今日もアタシは儚い希望を信じて、狩りに赴く。
何時の日か、あの楽しかった日々がやって来ると、自分に言い訳しながら……。
◆◆◆◆◆◆
「………………」
ここは何処だろう?
「キキキ、目が覚めたかぁ~?」
「おお、目覚めたか、ご主人!」
あと、この少女たちは誰だろう?
「誰……?」
「おいおい、オレの事を忘れたのか? オマエに散々痛い目に遭わされた、イソネミクニ亜種
「酷いです、ご主人! わたしです、貴方のオトモ、リベロです! しかし、酷い貴方も嫌いではありませんよ!?」
「………………」
色々と突っ込見所はあるが……女の子だったんだね、君ら。よく見ると、それっぽい装備付けてるし。
「――――――じゃあ、ここは何処?」
ついでに私は誰、とも聞きたい。消失した筈の人間としての肉体が有るし、普通にぺらぺら喋れてるし。マジでどういう状況なの、これ?
「……招待状、持ってるだろう?」
ミクネ亜種に促されて手元を見ると、確かに白い女の子から貰った、あの招待状が握られていた。試しに開いてみると、
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うふふ、あなたハンターなんでしょ?
ある場所まで一緒に来て欲しいの……素敵な所よ。
白い光が綺羅星のように舞い散って……。
退屈なんてさせないんだから……♪
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いや、デートかよ。何考えてんだ、あの人。
「……で、結局ここは何処なの?」
「さぁね。そこの人たちに聞いてみれば?」
「………………!」
ミクネ女子に言われて振り返ると、悪魔の2本角と天使の翼を生やした、2人の男女が居た。彼らの背後には地獄のような門が、貝よりも硬く口を閉じている。
『僕らは満足してるけど、君たちはもっと生きたいんでしょ?』
『なら、この門を潜ってお進み下さい。“彼女”が待っています』
すると、閉じ切っていた門が急に開き、潜った先には天国へ至れそうな長い長い階段が続く。
「「「………………」」」
言われるがまま、1段1段、只管に上って行くと、非常に見覚えのある廃城の広場に出た。空には闇黒が渦巻き、異次元へのゲートが展開されている。
さらに、そのど真ん中に例の白い女の子が、恋人を待ち侘びたような笑みを浮かべて立っていた。
《ようやく来たわねぇ、ユウタくん。……さぁ、始めましょうか、“人間ども”。退屈なんて、させないんだから》
しかし、瞬きする間に姿を消し、
《フォオオオォォォォォン!》
ゲートの向こうから、赫い稲妻を纏った白き龍が現れた。自分が知っている、どの古龍とも違う、神々しくも触れてはならない危うさも併せ持つ、独特な雰囲気のモンスターだ。
何だか良く分からんけど、そんな物は何時もの事。ハンターは常に未知との戦いを迫られているのである。
――――――ボクの人生に立ちはだかると言うなら、お前は敵だ。
「はぁあああああああああああッ!」
「行くぜ行くぜ行くぜオラオラァ!」
「一生ついて行きますよ、ご主人!」
そして、ボクたちは己が武器を手に、白き龍へ挑み掛かった。思わず涙を浮かべながら。
……ボクたちの人生は、これからだ!
◆「泣いた雪鬼」
カムラの里に伝わる昔話。
内容は“人間になる事を夢見た雪鬼が、ある日人間の姿となり、カムラの里で暮らし始め、後に降り掛かった災厄の数々を命懸けで守った”という物。
その後、命を賭した雪鬼がどうなったのかは描かれておらず、誰が何時書いたのかも釈然としていない。