転移で連れて来られたのは列車の駅近くにある軍の駐屯所だった。
アリアが説明を始める。
「アヤナ様にはこれから列車でハルベーラ国まで行ってもらいます」
「中央諸国にあるほぼ北側の国ですよね。そこまで線路が引かれたんですか?」
「戦争が終わって5年。各国が協力的でしたので」
彩那が知る限り、ホーランドから列車で移動出来たのは精々大陸中央の南側まで。
しかし戦争終結後、各国は手を取り合い、移動をスムーズにする為に線路を繋げた。
これで乗り継ぎ有りとはいえ、列車で大陸の7割近く移動出来るようになった。
それを聞けただけでもあの戦いは無駄ではなかったと思えてくる。
「旅支度はこちらで整えてあります。私も一緒に向かいますので、どうか御心を安らかに」
「えぇ。お願いします」
アリアとは初陣の頃からの付き合いで、他の者よりは気疲れしない関係だ。
「12日間列車での移動を行い、北側の領土に入ったら、マリアルイズ殿が背に乗せて旧帝国領へと移動して貰います。大陸と繋がっていた橋は今も再建されてませんから」
「特等席ね」
基本は人間の問題に首を突っ込まないマリアルイズが手を貸すと言うのだ。
世界の危機が本当なのだと予見させる。
「先ずは2日間、移動します。最高級の個人部屋も取ってありますので」
「至れり尽くせりね」
この世界で列車の最高級個人部屋を取るのは地球で飛行機のファーストクラスに相当する金がかかる。
死刑囚は最期に希望する食事を用意されるらしいが、それを連想した。
「出発は30分後。もう乗車は可能ですが、どうしますか?」
「乗りましょう。揉め事に巻き込まれても面倒ですから」
今更やる事もないのだ。精々退屈な旅を満喫するとしよう。
アリアの案内で取っていた部屋に案内される彩那。
中にあるベッドに体重を預ける。
「今頃皆、怒ってるだろうな……」
なのは以外にはなにも言わずに別れる形となった。
「私はどう思われても仕方ないしね」
彼女らが彩那を救う為に動いているのを知りつつも、それを裏切る形となったのだ。
怒っていても仕方ない。
最後に見たなのはの泣きそうな顔を思い返す。
あんな顔をさせる為に一緒に過ごしていた訳ではないのに、そうなってしまった。
「だけど……」
時折考える事がある。
八神はやてという存在は、闇の書の悲劇を終わらせる為に配置されたのではないかと。
彼女の性格や精神性。そして魔法の才。
あの結末に辿り着く為に、配置されたのが彩那達。
運命とか、世界の意思。
そういう存在が介入しなければ、あの状況はあまりにも出来過ぎていた。
だからこそ。
「この世界を救う為のパーツが私だった……」
運命論など信じたくはないが、そう思わなければやってられない。
そう思えるくらい、あの子達との時間は楽しく、大切だったから。
思った以上に疲れを感じて彩那は目を閉じた。
バインドをされたままなのはがホーランドの兵士達と一緒に屋敷へ戻って来た。
なのはの瞳は虚ろだった。
それを見たフェイト達は思わず臨戦態勢となる。
しかしそれを見た兵士が手で制す。
「こちらに戦闘の意思ははない。私はただ、この者を屋敷までお連れするよう、勇者アヤナに言われただけだ」
そこでなのはにかけられていたバインドが解ける。
支えを失うように数歩前を歩いて倒れそうになるなのは。
「なのはっ!?」
フェイトが前に出てなのはを支える。
泣きそうな顔で震えるなのはを見て、ヴィータが待機状態のアイゼンを強く握り兵士達を睨む。
「テメェら、なのはになにしやがった……!」
返答によってはこの場で戦闘になるのも辞さない覚悟で問う。
ヴィータの問いに1番階級の上らしき男が答える。
「繰り返すが、我々は彼女になにもしていない。この娘を拘束したのは勇者アヤナだ」
「彩那が?」
そういえばこの場に彼女だけ居ない事に気付く。
すずかが震える声で質問する。
「彩那ちゃんは、何処に……?」
分かっているのに、頭が理解を拒んでいる。
すずかの質問に兵士が答える。
「あの方は国王の命で北に向かった。我々はそれ以外聞かされていない」
サーッと全員の血の気が引く。
はやてが慌てて問い詰める。
「待ってください!
言い終える前に兵士がそれを遮った。
「我々は何も聞いていない。時期が来れば、国王から呼び出しもあるだろう。それまで大人しくしていろ」
それで役目は終わったとばかりに立ち去っていく。
はやて達が呼び出された時。それはつまり、彩那が遺跡のコアとして封印された後という事だ。
兵士達が去った後にアリサが我慢できずに壁に拳を打ち付ける。
「あいつ、あたし達に黙って……!!」
行ってしまったのだ。なにも言わずに。
その事が腹立たしい。
シグナムがはやてに問う。
「主はやて。我々はどうしますか?」
今すぐに彩那を追うのか。
それとも静観するのか。
「……」
はやても怒りを抑えて思考する。
本当なら今すぐにでも追いかけたい。
彩那を引っ叩いてでも連れ戻したい。
しかし。
「すぐにリインフォースとユーノ君に連絡を取ろか。すれ違わんように、何処かで落ち合って……」
2人と合流するのは必須だ。
地図や交通機関を見る限り、そんなすぐに旧帝国領に着く訳ではないのは調べてある。
最南のホーランドで2人を待つより、移動しながら合流した方が良い筈だ。
不安要素は、はやて達がこの世界の交通機関に詳しくない事だが、二の足を踏んでいたら本当に取り返しのつかない事となる。
それにこの時間はまだ調べ物をしていてユーノ達と連絡は取れないだろう。
その間に旅支度を整える必要がある。
視線を横に向けてなのはを見た。
「……」
今は生気を失ったような顔でフェイトに支えられている。
あそこまで意気消沈したなのはをはやては見た事がない。
「それじゃあ皆、すぐに旅支度始めよか────」
しかしそこで狼の嗅覚で優れた感知能力を持つザフィーラが言う。
「主、この屋敷は今、囲まれております」
「え?」
驚くはやて達の前にマーサが現れた。
「マーサ、さん?」
「……皆様、どうかこの屋敷から出ないようお願いします」
「どういう意味ですか?」
フェイトが問い返す。
シグナムとヴィータははやてをいつでも守れる位置に移動する。
「言葉通りの意味です。全てがつつがなく終わるまで皆様にはここに居ていただきます」
全てが終わるまで。
それは彩那が封印されるまでという事だ。
「王様の命令ですか? いえ、貴女は彩那ちゃんがどうなるか全部知ってるんですね?」
はやての質問に対してマーサはなにも答えず、現状だけを説明する。
「現在、屋敷の周りにはホーランドの兵士達が取り囲んでおります。皆様が一歩でもこの屋敷から出れば、死に物狂いで足留めする為に」
「どういうことよ?」
いきなりの事にアリサは頭がついてこれずにいる。
「ユーノ・スクライア様とリインフォース・アインス様にはすぐにこちらへ戻っていただくよう既に使いの者を出しております」
マーサの口振りから全てを知っている事を察してすずかが震える声で問う。
「彩那ちゃんがどうなってもいいって言うんですか?」
マーサは彩那とその友達がこの世界に来た時から世話になった人だと聞いた。
ずっと彩那を含めた勇者達を見てきた筈なのに、彼女を生贄にするような真似を是とするのか。
そう訴えるすずかにマーサが感情を抑えた事務的な声音で返す。
「わたくしは王の命じるままに動くだけです。それに勇者アヤナ自身もこのことは納得しています」
「まだ彩那に全部押し付けるのは早いと思わないんですか!」
彩那に全てを押し付けられる程にこの人達はこれから起こる災害に対して抗ったとは思えない。
まだ時間があるのに1人に全てを押し付けるなど間違っている。
「早くに解決するのなら、それに越したことはありません。何度も言いますが、勇者アヤナ自身が納得しています。どうかどうか、余計なことはなさらないよう願います」
それだけ言うとマーサはその場を立ち去って行く。
なのははそれを感情の灯らない瞳で見ていた。
「う〜ん。やっぱり無限書庫みたいにはいかないね。資料を探すのが難しいよ」
「いや、この短時間である程度当たりを付けられているのに驚いているのだが……」
ノティスの図書館でユーノはアインスと共にホーランドと北の遺跡に関して調べていた。
僅か数日とは思えない程に調べる資料を絞っている。
「国によって資料が纏められているからね。そこら辺は無限書庫より楽なんだけど、索敵魔法が使えないのは痛いよ」
基本図書館内ではあらゆる魔法は使用禁止。
特に戦闘魔法や姿を偽る系の魔法を使ったとバレれば一発で都市から永久追放される。
あまりにも本に対する厳重な警備体制で、この都市に入った時にサインした説明書類を見た時は目を疑った。
ただ、そこら辺が緩いところのある管理局の人間としては見習いたい部分もある。
(向こうに帰って司書長としての仕事として、セキュリティを一部参考にしようかな?)
そんなことを考える。
僅か1週間。
大急ぎで資料を集めて必要な箇所だけを手書きで纏める。
こうした書き写しでさえ、申請が必要であり、コンピューター系の端末は基本使用不可という制約の中で2人は脳をフル回転させて必要な情報を集める。
そんな2人に見知らぬ人物が数人近付いてくる。
「ユーノ・スクライアとリインフォース・アインスだな?」
着ている服に縫われた国章から、それがホーランド王国の物であると瞬時に察した。
「あなた達は」
「一緒に来てもらおう。抵抗はしないでいただきたい」
拒否を許さない声音でホーランドの兵士は2人を見下ろした。
「アヤナお姉様は北の遺跡に向かわれたのね」
執事のヴォイスからの報告にエリザは息を吐いた。
「酷い
そう口にしながら、んーっと考える素振り見せる。
「どうなさいますか、姫」
「なら、アヤナお姉様のお友達の手をお借りしましょう。きっとあの方達も今回の件に納得していない筈だわ」
きっと今頃甲斐甲斐しくも綾瀬彩那をどう奪還するのか頭を悩ませている筈。
当然父は監視くらい置くだろうが、かつてヒンメル王国に属した闇の書の騎士とそれに匹敵する魔導師が居るのだ。簡単に蹂躙出来るだろう。
窓から見える王都の街を見下ろしてエリザは妖しく笑う。
「待っていてくださいね……アヤナお姉様。貴女をこれ以上お父様達に利用なんてさせませんから」