第二話:
それは、〝少年〟が
ミラジェーンがいつものようにギルドに足を運ぶと、5、6人の少年たちが輪になってボール遊びをしていた。
その中には、彼女が密かに気になっている少年の姿もあった。羽織っているパーカーのフードを目深に被り、黒髪を肩まで伸ばしていた。まるで、自分の顔を隠すように。
だが、そこから覗く顔立ちは端正で、中性的。
いつ見ても綺麗な顔と、ミラジェーンは思った。
美貌だけではない。彼は
すべてのものを持っているくせに、それが逆に重荷となって、苦しんでいるようだった。だが、そんな儚くて、弱々しいところも、愛おしく感じてもいた。
「ジル! 行っくぞーーーーー!!!」
ひとりの少年の声が響いた。逆立った桜色の髪が印象的な少年がボールを蹴った。
全力で蹴りつけたボールが剛速球となり、向かい側にいた美しい少年──ジルに肉薄する。少年は落ち着いていた。
向かってきたボールを胸で受け止めようとして、顔面で受け止めた。
乾いた音とともにボールが真上へ跳ね上がり、ジルが尻もちをついた。
それを見て、他の少年たちは腹を抱えて笑った。
「また顔面かよ、ジル! いつになったら上手くなるんだよ!?」
「ミラの馬鹿力だったら首ぶっ飛んでるぞ!!」
「んだとコラァアアァアアァアァアア~~~!!!」
突然、自分の名前を出されたミラジェーンは、ジルを嘲笑する少年たちに憎悪を向けた、
そこでようやく、彼女の存在に気が付いた少年たちは恐怖で引きつった。
「やっべ、ミラだ!!!」
「逃げろ逃げろ!! また殺されるぞ!!!」
「いや、
少年たちは蜘蛛の子を散らすように退散していった。追いかけようとも思ったが、ジルを心配するほうが先だ。
「大丈夫、ジル?」
「ああ、少し痛かっただけだ」
落ちたボールを手に取った少年は無表情だった。
ボールが柔らかかったため、特に怪我はなかったが、少しだけ顔が赤くなっている。ミラジェーンはそんなところが可愛らしくも思ったが、逃げていった少年たちに怒りを覚えた。
「あいつら、ジルのことバカにしやがって…! 戻ってきたら覚悟しろよ…!」
「いや、彼らにそんな気はないさ。悪意があるかないかくらいはわかる」
「だからってさ…! ジルが運動神経ゼロだってことわかっててやってんだよ」
「お前もはっきり言うな」
冷静に返したジルであったが、自覚しているのか、特に傷付いた様子ではなかった。
「…ミラジェーン」
「ん?」
ボールに視線を落としながら、少年は静かにつぶやいた。
「…おれは、この場所が好きかもしれない」
ジルの口から出た突然の言葉に、ミラジェーンは思わず呆けた顔をした。
いつも無表情で、自分の気持ちをほとんど語ることがなかった彼が初めて、
「…そっか」
ミラジェーンは安心したように、微笑んだ。
「ずっと、ここにいなよ。呪いが解けてもさ。ここだけが、ジルの居場所なんだから」
ミラジェーンは遠回しに、ずっと自分のそばにいてほしいと伝えた。自分の気持ちを直接伝えようにも、まだその勇気がなかった。
ジルは何も答えなかった。
変わらず無表情だったが、どこか悲しそうだった。
◇
「ん…。ぁ、あれ…私…寝ちゃってた…?」
女が夢から覚めると、テーブルのうえに生けられた
腰まである美しい銀髪と、
なつかしい過去から目を覚ました彼女は時計を見る。時刻は21時を回ろうとしていた。
「…いつ帰ってくるのかしら」
アパートの一室でひとり寂しくつぶやいた。
彼女には恋人がいる。相手の名はジル・アイリス。〝
彼は何週間も前から家から出ている。仕事のためでもあるが、それと同時並行で自身の呪いを解くために大陸中を旅しているのだ。
数日前に、近々帰るという旨の手紙が届いた。もちろん、大いに喜んだが、具体的な日付が記されていなかったため、今か今かと待ちわびていた。
「…今日も帰ってきそうにないわね」
今度こそ寝ようかと思った瞬間、インターホンの軽快な音が鳴った。
「…ジル?」
この時間帯に訪ねてくる人間はかぎられる。ときどき、失恋した親友が泥酔した状態で突撃訪問してくることはあるが…。
ミラジェーンはパタパタと玄関に向かう。鍵を外し、不審者に警戒しながらドアをゆっくり開ける。すると、煙草の香りがミラジェーンの鼻腔をくすぐった。
この匂いは、彼が愛飲している煙草の銘柄だ。
「おかえりなさい、ジル!」
ミラジェーンは顔をほころばせた。
大きく扉を開けた先には、ひとりの男が立っていた。180cmの長身を喪服で包みこみ、黒髪の長さが腰まで届いている。
そして、髪の下に存在する、その顔立ちは艶やかさを感じさせた。ジル・アイリス──ミラジェーン以上の美貌を有する男だった。
ジルは、笑顔で出迎えてくれたミラジェーンを生気のない瞳で一瞥したあと、銀髪の頭を軽く撫でた。
それだけだった。
笑い返さず、何か言葉をかけることもせず、自分の家のリビングにさっさと入っていった。
不愛想な態度だったが、ミラジェーンは変わらずニコニコしていた。彼が無事に帰ってきてくれただけでも嬉しいのだ。
「ご飯は?」
「いや、いらない」
短いやり取りをしたあと、ジルは持っていたアタッシュケースを床に置き、腰にぶら下げたホルスターから古ぼけた本を引き抜いた。
‶エルの書〟──ゼレフ書の
「解呪できそうな人見つかった?」
リビングに来たミラジェーンは隣に座り、
受け取ったジルはひと口すすってから返答する。
「いや、ダメだった」
何度も繰り返している会話。
ジルは大陸中を旅し、解呪の魔法を扱う魔導士を尋ねては、‶エルの書〟の呪いを解こうとした。
だが、解呪に精通するあらゆる魔導士が匙を投げた。よほど強固な呪いなのか、それ以外の理由があるのか。原因もわからぬまま、気がつけば数年の時がたっている。
「…そう」
ミラジェーンは悲しげに顔を曇らせた。呪いがいまだ解けないことは確かに悲しいが、それに安心している自分もいた。
もし、解呪されたら、彼は──
「…あ、そういえばね! ジルが留守にしている間に
ミラジェーンはあえてジルを慰めたり、励まそうとはしなかった。何の確証もないのに‶大丈夫、かならず呪いは解ける〟とどの口が言えよう?
だが、だからといって何もしないのは彼女の主義に反した。明るい話題を振って、場を和ませようとする。
「ルーシィっていってね。私たちの二個下だったかな? とっても良い子よ」
「そうなのか。今度挨拶しなければな」
「全っ然興味ないでしょ…」
全く感情が動いていない横顔を見ながらミラジェーンは苦笑した。
「ああ、でも、今は多分無理かな…。ルーシィがね、掟破ってナツとハッピーと一緒に勝手にS級クエストのガルナ島に行っちゃったのよ」
S級クエストとは、高額な報酬の代わりに命を落とすリスクがある危険なクエストだ。
そのため、
ちなみにジルはS級魔導士ではない。彼自身の能力もさることながら、そもそも本人はなる気がなく、試験に推薦されたときがあっても自ら辞退している。
S級魔導士という肩書きだけで相手に警戒されるし、S級クエストを受けたいほど金に困っているわけでもなく、特にメリットを感じられなかったからだ。
「連れ戻しに行ったはずのグレイも結局帰ってこなくて…。で、今度はエルザが行ったから明日か明後日ぐらいに帰ってくると思うけど…」
「エルザ、怒っていただろう?」
「ええ、もうカンカン」
ミラジェーンはくすくす笑った。
〝
ただ、怒らせると手がつけられなくなるのが玉にきずだった。非常に暴力的になるうえに、
掟を破ったルーシィたちは半殺しにされるであろう。ジルは心の中で冥福を祈った。
「ジルもあんまりエルザと喧嘩しちゃダメよ? 色々聞かされているんだから」
「向こうが勝手に怒っているだけなんだがな」
「煙草の匂いが大嫌いなの知ってて、隣で吸われたそりゃ怒るわよ」
口喧嘩を何回も見せられているミラジェーンは呆れたように言った。
その時であった。突然、外から耳をつんざくような轟音が響きわたった。
一度だけではない。二度、三度、四度、連続して。
ジルとミラジェーンは弾かれたように窓の方を見た。
「今の音…」
「ギルドの方角だな」
ふたりが住むアパートのすぐ近くには
嫌な予感に襲われながらジルは〝エルの書〟を手にし、玄関に向かう。すると、後ろからミラジェーンがついてくる。
「お前は中にいろ」
ジルが戻るよう言うと、看板娘は「嫌よ」と首を振った。
「ジルだけ危ないところに行かせるわけにはいかないわ。あなた、
「………」
〝
だが、ミラジェーンの言葉を否定できないのも確かであった。
戦えない者を連れてきても何も変わらないだろうにと思いつつも、急いで外に出る。近隣住民も何ごとと思い、窓から顔を出している。
「ひどい…」
看板娘は絶句した。
半壊された
ミラジェーンが悲しげに顔を曇らせている横で、ジルは生気のない瞳で眺めた。
──鉄の造形魔法? だが、質量が大きすぎる。余程高位の魔導士だな。
自分の所属するギルドの建物を壊されてもなお、喪服の男は冷静であった。そして、心の中にあるものは悲しみでも怒りでもない。
ただただ疑問のみ。いったい誰がこんなことを? 何の目的があって?
思考を巡らせていると、あるものが目についた。建物の外壁にペンキのようなもので殴り書きされた、その刻印は
「
メフィストフェレスの意味の俗説。
・光を愛せざる者
・悪臭を愛する者
・嘘をつく破壊者
一番面白いのは?
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幽鬼の支配者編
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バトル・オブ・フェアリーテイル編
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過去編①x780年
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過去編②x782年 喪に服す