ナツ、ルーシィ、エルザ、グレイ、ハッピー、そして気絶から覚めたジルが地下へ下りる。すでにギルドのメンバーが多く集まっており、皆口々に建物を半壊させた犯人に対して怒りの声をあげていた。
「おかえりなさい、皆」
出迎えたのは看板娘──ミラジェーン・ストラウスだった。彼女もまた、沈鬱な表情を浮かべている。
「ミラ、いったい何があったんだ? 誰があんなことを?」
エルザが質問すると、ミラジェーンは「ファントムよ」と短く答えた。
彼らとは昔からちょっとした小競り合いがあったが、直接的な攻撃は今回が初めてだった。
宣戦布告と捉えてもいいだろう。
だが、
「よっ、おかえり!」
ナツたちの顔を見るなり、ひとりの老人が陽気に挨拶してきた。
「じっちゃん! 酒なんか飲んでる場合じゃねーだろ!!」
「そんなことより、お前たち! 勝手にS級クエストなんかに行きおってからにー!」
マスターの言葉に、ナツたちは困惑の表情を浮かべた。
S級クエストを無断で行ったことも問題だが、何よりも大きな問題は
だが、マカロフは構わずに‶罰〟を決行する。魔法で腕を伸ばし、ナツとグレイとハッピーの脳天に軽くチョップしたあと、ルーシィの尻をスパンキングした。
「マスター! 今がどんな事態かわかっているのですか!!?」
「ギルドが壊されたんだぞ!!」
当然のごとくエルザとナツが声を張り上げて抗議するが、マカロフは全く聞く耳をもたない。
「ファントムだぁ? あんなバカタレ共にはこれが限界じゃ。誰もいねぇギルド狙って何が嬉しいのやら」
襲われたのは夜中だったため、幸いにも怪我人はひとりもいなかった。
「不意打ちしかできんような奴らにめくじらを立てることはねぇ、この話は終わりじゃ。上が直るまで仕事の受注はここでやるぞい」
「仕事なんかしてる場合じゃねぇよ!! 俺はあいつらを潰さなきゃ気がすまねぇ!!」
「ワシはおしっこしないと気がすまない!!」
怒気を漲らせるナツだが、マカロフはあくまで
トイレに駆け込む老人の背中を見ながら、ナツたちは納得のいかない表情を浮かべた。
「ナツ…悔しいのはマスターも一緒なのよ」
ミラジェーンが沈んだ表情のまま、静かに口を開く。もちろん、彼女も今回の
だが、そもそもギルド間の武力抗争は評議会で禁止されている。それに
しかも、
もちろん、
──だが、ファントムはこちらから仕掛けてくることを望んでいる。
ジル・アイリスは、自分のギルドの強み──および、それと表裏一体である〝弱点〟を熟知していた。
ゆえに、
だが、あえてそれを仲間にもマスターにも、ミラジェーンにも告げない。
〝
◇
「だからそんなに心配しなくって良いって、姉ちゃん…」
大柄な体格が特徴的な青年がげんなりとした表情を浮かべた。
男の名はエルフマン・ストラウス──ミラジェーンの弟だ。彼は今、姉と姉の恋人が同棲するアパートの一室に来ていた。いや、姉に無理やり連れ込まれたのだ。
「ダメよ、エルフマン。ファントムに今度は寝込みを襲われるかもしれないでしょ?」
ミラジェーンはそう言いながら
「だ~からって、何で私らがあんたらの愛の巣に寝泊まりしなきゃなんないのさ」
つまらなそうな顔で酒を呷ったのはカナ・アルベローナだった。
彼女もエルフマンと同じ理由でこの場にいるわけだが、一時的とはいえ男と同棲している女の家に泊るのは正直気が引ける。何より、彼氏募集中の身として全く面白くないのが本音だった。
嫉妬を肴に酒を飲み続ける友人の姿を見ながら、ミラジェーンは苦笑いした。
「もう~、そんなにむくれないでよカナ。ベッドとか好きに使っていいから」
「さっきから嫌味!? あんたたちが
「カナ? それ、面白いと思って言ってる?」
ミラジェーンとカナがそんな和やかなやり取りをしていると、
「…姉ちゃん」
エルフマンが静かに、それでいてはっきりと声に出した。
「…俺は、あいつのことを好きになれない」
しばしの沈黙が流れた。〝あいつ〟とは誰かのことを指しているのか、それをわかったうえでの沈黙だった。
「…はぁ~、やだやだ」
最初に破ったのはカナだった。
「漢、漢、って言ってるやつが本人のいないところで陰口かい。男のくせに女々しいったらないよ」
「…なんだと?」
エルフマンの目の色が変わる。
「あいつは…! リサーナの葬式どころか、墓参りにも──」
「やめてやめて」
ミラジェーンが割って入る。
「カナ。性別でもの言われるのは、あなたも大っ嫌いなはずよ。自分までやってしまったら、あなたの嫌う人と同類じゃない」
正論を言われ、カナはけっと吐き捨てるしかなかった。
注意をしたミラジェーンだったが、自分の代わりに怒ってくれた友人の気持ちに少しだけ感謝した。
「…エルフマン」
つぎに、弟に眼差しを向ける。
「ごめんね…あなたの気持ちをわかったうえで、彼と少しでも仲良くなってほしいと思って、私が無理に連れてきちゃったから」
「あ、いや…」
まさか逆に謝れるのは思わず、エルフマンは口ごもった。
「…すまん、姉ちゃん」
「ううん。誰かを嫌うことは悪いことじゃないわ。私だって嫌いな人はいるもの」
正直、悲しい気持ちにはなったが、恋人の性格からしてそれは無理のないことだった。
ジル本人も、他人に理解されようなどと思っていないようだから。
「──さっ。食事にしましょ。ジルもまだ帰ってきそうにないようだし」
場を和ませるため、ミラジェーンは柔らかく微笑んだ。
看板娘らしく、女らしく。
◇
エルフマンの大きな寝息だけが響いている。
もうすぐ日が変わろうとしているが、ジルは帰ってこない。寝間着姿のミラジェーンはいまだ食事が並べられたテーブルの前に座っており、恋人の帰りを待ちわびていた。
「…まだ起きてんの?」
先ほどまで酔いつぶれていたカナが声をかけてきた。片手に酒瓶を持っている。
一瞥したミラジェーンは小さく頷いた。
「...うん。帰ってくるまで起きてようと思って」
「別にあの顔面18禁はそこまで期待してないんじゃない? 勝手に帰ってきて、勝手に風呂入って寝るでしょ?」
「そうかもだけど…あと何回、彼のことを出迎えられるかなって思ってね」
「熟年夫婦かよ」
カナはミラジェーンの正面にどかっと席に着く。
「あと、
数年前は男勝りで、言葉遣いが乱暴だったミラジェーンをカナは知っている。
だが、看板娘は苦笑して首を振った。
「あの人を支えるのに、
「…そう」
カナは酒を呷る。
それ以上は何も言わなかったが、ジルのためだけではないことを何となく察した。
思い起こすのはミラジェーンの実妹──リサーナ・ストラウス。
容姿は可憐さに恵まれた姉に似ているが、人柄は昔のミラジェーンと正反対。庇護欲をかき立てるほどの愛くるしい性格をしていた。
そのリサーナは二年前、とある
それと同時期にミラジェーンはジルと恋仲関係になり、見た目も性格も変わった。
ジルを支えるためと言いつつも、カナの予想ではリサーナも強く影響しているのではと思った。
表情も、格好も、性格も模倣することで、
なにもそこまでしなくてもいいのに、とは思ったが、親友がそうしたいのであれば、それを止める権利はない。
「…探しに行こうかしら」
ミラジェーンが時計を見ながらそんなことを言うと、カナは呆れたように返す。
「あのね…お泊り会の意味がないじゃん。第一どこにいるのか見当ついてないでしょ?」
「いや、でも…あの人、弱いじゃない。もしファントムに襲われてたら…」
「はっきり言うね…。弱くってもあいつはただで負けるほど間抜けじゃないし、死にはしないって」
死にはしない──カナが言った、その言葉の真の意味をミラジェーンは嫌というほど理解していた。だが、だからといって心配しない理由にはならない。
なおも言いよどむと、カナは冷静に説き伏せる。
「…多分さ。ジルは今、ファントムのことで色々動いてくれてるんじゃない? そりゃ、経費として酒飲んだくらいでチクチク言ってくることはあるけど。いつもギルドのために行動してんじゃん、あいつ」
「…確かにね。あと、経費と偽ってお酒飲んじゃうのは10:0でカナが悪いよ?」
「なんでいつもバレるんだろ?」
「なんでバレないと思った?」
ミラジェーンは冷静に返したあと、「…でも、カナの言う通りね」と椅子から立ち上がった。
〝ジルはギルドのために行動している〟──その言葉を親友の口から聞いて安心することができた。親友と、恋人を信じよう。
「じゃあ、私、先に寝るね。…カナ、ベッド使う?」
「だから使わないって。ミラが使って」
友人のしかめっ面を見ながら、ミラジェーンはくすりと笑った。
「ありがとうね。…おやすみ」
「んっ」
酒瓶を咥え込んだまま、カナは手をあげて答えた。
「あんまり飲み過ぎないようにね」と今更なことを言い聞かせてからミラジェーンは寝床についた。
〝ジルはギルドのために行動している〟──カナの言った言葉は紛れもない事実であった。
だが、それが
一番面白いのは?
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