悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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第五話:必要悪

 幽鬼の支配者(ファントムロード)建物(ギルド)を襲撃された翌日の早朝──早速、新たな事件が発生した。

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバー──レビィ、ジェット、ドロイの三名が病院に運び込まれた。

 この三人はシャドウギアという名でチームを組んでおり、仕事(クエスト)のときもプライベートのときも一緒に行動することが多い。

 

 そこへ、またしても幽鬼の支配者(ファントムロード)に襲撃されたのだ。

 彼女たちを病院に運んだのは第一発見者のジル・アイリスだった。彼がいうには、大怪我を負わされたレビィたちが公園の大木に磔にされていたとのこと。

 そして、その大木の幹に幽鬼の支配者(ファントムロード)の刻印が刻まれていたのだ。憎き妖精たちを挑発するように。

 

 

「ボロ酒場までは我慢できたんじゃがな…」

 

 杖をついた老人が病院の外へ出た。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター──マカロフだ。

 見るも無残な姿に変えられたレビィたちをその目に焼きつけた彼は、ついに決心した。

 

「ガキの血を見て、黙ってる親はいねぇんだよ…!!!」

 

 バキリッ…!!、と強靭な握力で杖が粉砕する。

 

「戦争じゃ…!!!」

 

 つい昨日まで自分の気持ちを誤魔化すように酒をあおり、 好々爺然とした老人の姿などどこにもいなかった。

 

 まさに怒髪天を衝くほどの形相。

 

 小柄で、巨大な修羅──聖十大魔道(せいてんだいまどう)マカロフ・ドレアーの真の姿がそこにあった。

 

 そんな中、

 

 

「マスター、お待ちください」

 

 憤るマカロフとは対照的な──ひどく落ち着いた声が響いた。

 彼の背後に立っていたのは喪服を着た美青年──ジル・アイリス。

 呼び止められたマカロフは首だけ振り返る。

 

「…なんじゃ?」

 

 猛り狂う怒りを必死になって押さえ込んだ男の表情。身体は小柄でもそこから滲みでる巨大な圧迫感だけで、大抵の者は押し黙るであろう。

 だが、ジルはいつも通りの無表情、いつも通りの淡々として口調で直言する。

 

「これは敵の罠です。幽鬼の支配者(ファントムロード)は明らかにこちらから攻めこむのを待ちかまえておりましょう」

「んなことはお前に言われんでもわかっておる!! だからといって、自分のガキをあんなことされて黙ってるわけにはいかねぇだろ…!!」

「いいえ、なりません」

 

 喪服の麗人は頑として譲らない。

 

仇討(あだう)ちをしようとする、そのお気持ちは(・・・・・)ご立派です。ですが、戦うことじたい、こちらにとって非常に危険なのです。ギルダーツは100年クエストの最中。ミストガンは神出鬼没。ラクサスと雷神衆は不在──いや、そもそもラクサスに関しては協力的かどうかもあやしいところ。こんな状態で彼らと戦うと?」

「ワシらがあんな奴らに負けるとでも思っているのか!?」

「私が危惧していることは、彼らとの勝ち負けではございません。ファントムも確かに脅威でしょう。ですが、問題はその先(・・・)です」

 

 ジルは説明する。

 

 いま現在の妖精の尻尾(フェアリーテイル)の戦力は半減していると言ってもいい。数のうえで有利な幽鬼の支配者(ファントムロード)との差はほぼ互角の状態──余裕をもった勝利はのぞめない。

 ひとたび戦火を交えれば、たとえ勝てたとしても(・・・・・・・)戦ったあとの傷は決して小さいものではない。

 

「その機に乗じ、第三勢力(・・・・)に攻めこまれないとも限りますまい。そう、例えば大鴉の尻尾(レイヴンテイル)とか」

「…ッ…」

 

 マカロフは押し黙った。

 大鴉の尻尾(レイヴンテイル)とは、実の息子──イワンが立ち上げたギルドだ。そのイワンはかつて危険分子と見なされて、マカロフ直々に破門されている。

 

 攻めこむ理由が破門された恨みだけならば、マカロフは即座に否定できたであろう。だが、自分の息子が妖精の尻尾(フェアリーテイル)を狙う理由(・・)が怨恨以外にあることをマカロフは知っている。

 

「彼らは決して規模の大きいギルドではないですが、弱りきった我々を蹂躙するのに大した手間にはならないでしょう。この間も鉄の森(アイゼンバルト)を潰した話も聞いております。残党もしくは、六魔将軍(オラシオンセイス)傘下の闇ギルドが報復しに来る可能性も否定できません。ファントムと戦っても確かに勝てるでしょう──ですが、勝てばよいというものではございません」

「小賢しい口を利くなッ!!」

 

 マカロフは一喝した。

 

「ワシらが今我慢したとしても、奴らはまた次から次へとガキ共を襲ってくるだろ! そうなる前に、こちらから動くべきではないのか!?」

「いえ、彼らに関しては評議院に弾劾してもらいます」

「評議院…?」

 

 マカロフは訝しんだ。

 何故、そこで評議院が出てくる?

 そして、つぎの瞬間、ジルが残酷な言葉を口にした。

 

「昨夜、レビィたちが襲われているところを録画した映像魔水晶(ラクリマ)を評議員の知人に送りました。今頃、緊急評議会を開いて審議していることでしょう。しばらく時間はかかるでしょうが、ファントムのことは評議院にお任せください。我々は戦わずして──」

 

 そこでジルの言葉が途切れた。マカロフの伸びた手が喪服の胸ぐらを掴み、近くの木に叩きつけた。

 

「てめぇ…!! てめぇ、やりやがったな(・・・・・・・)ッ!!!」

 

 老人の目が、憤怒で血走っていた。

 

「レビィたちがやられるのを黙って見てやがったってのか!!? 途中でいくらでも助けるチャンスはあったのに、あえて何もしなかったのか!!!」

「中途半端な映像を見せたところで、いつもの小競り合いだと判断される可能性もありましたので」

 

 ジルは懐から出した煙草をくわえ、ジッポライターで火をつける。

 

「マスターもよくわかっているかと存じますが、評議院はどうにかして、あれこれ理由をつけて面倒事を避けようとするでしょう。ならば、そうさせないほどのものを提示する必要がある。ボロ雑巾になるまで暴行をくわえられたレビィたちの姿を見ておきながら、法を遵守する者として無下にするわけにもいかないでしょう」

「てめぇ…!!!」

「マスター。相手に合わせて、わざわざ殴り返す必要などありますまい」

 

 美青年は紫煙を吐き出した。

 

 〝喪服の悪魔(メフィスト)〟〝妖精の黒狐〟〝首無し妖精(デュラハン)〟──ジル・アイリスは数々の異名で呼ばれている。

 だが、そのどれもが彼の魔導士としての力量からではなく、理に適っていればどんな手段もいとわない合理主義から由来している悪名なのだ。

 

「たった三名の血だけで敵対勢力ひとつ潰せるのであれば、これほど楽な戦いはないでしょう。ギルドの被害を最小限に抑えるため、ときにはこういったことも必要です。それをお考えくだ──」

 

 渇いた音が響いた。

 

 頬を張られたジルの唇から煙草が落ちる。

 

「………」

 

 灰色の瞳の先には、繊手をしならせた少女の姿があった。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の看板娘──ミラジェーン・ストラウス。

 愛する男の頬を打った彼女は怒りとも悲しみともつかない表情を浮かべていた。涙をこらえ、蒼氷色(アイス・ブルー)の瞳を潤ませたあと、

 

「マスター、申し訳ありません…!!」

 

 マカロフに振り返り、深々と頭を下げた。

 

「こんなことを二度としないよう、私の方から強く言っておきます…! ですから、どうか…!」

「…………」

 

 血も涙もない男を必死になってかばう女の姿を、老人は怒りの形相のまま睨みつけた。

 頭を下げ続ける女と、落ちた煙草の火を消している男に対して物言いたげに沈黙していたが、それも長くは続かなかった。

 

「ミラに感謝するんだな」

 

 マカロフは〝喪服の悪魔(メフィスト)〟に処分を下す。

 

「ジル。お前は今からしばらく謹慎だ。その間に馬鹿な自分と向き合っているんだな」

「…ファントムのことはどうなさるおつもりで?」

「何も変わらん。はらわたが煮えくり返っているのはワシだけではないからな。評議院の対応なんか待っていたら時間がかかる」

 

 〝巨人〟の瞳孔が開く。

 

「速攻でケリを着けてやる。お前の言うように被害を最小限に抑えてな。それなら文句ねぇだろ?」

 

 ジルは何も答えなかった。

 マカロフの言葉に納得したのか。もはや何を言っても無駄と判断したのか。

 彼は無言のまま、(きびす)を返して歩きだした。それを見てミラジェーンはマカロフにいま一度頭を下げてから、すぐに追いかけた。

 

「お願いだから、本当にやめて…! あなた、今ので破門されてもおかしくなったのよ…!?」

 

 いったい何を考えているのか。謹慎で済んだだけでも幸運だ。

 

 だが、ジルは目を合わせないまま、切れ味のいい答えを返した。

 

「そんなにも同胞の血が見たいのであれば、私から言うことは何もないよ」

「...ッ...」

 

 ミラジェーンは絶句するしかなかった。

 

 ジル・アイリスの数少ない理解者である彼女は、彼の言っていることを理解できた。

 

 幽鬼の支配者(ファントムロード)と戦えば、多くの血が流れることは必定。そうならないためにレビィたちの犠牲だけで戦いを避けられるならば、それに越したことはないだろう。幸いにも、彼女たちに命の別状はなかった。

 だが、いったい誰が納得できないよう? 数字のうえでの合理性だけで、温かみの欠けらもないではないか?

 

 ジルのしたことは残酷であると同時に、ある種の優しさかもしれない。

 

 多くの仲間が傷付くことをおそれて数名を見捨てることと、多くの仲間が傷付くことを承知で仇討(あだう)ちのために戦いにおもむくこと──はたして、どちらが正しくて、どちらが残酷なのだろう?

 

 答えは出ない。否、答えを出したくない。

 

──私は…あなたに、他の皆と同じようになってほしいだけなのに…。

 

 合理性や、正しさなど、そんなことはミラジェーンにとってどうでもよかった。

 

 どれだけ非合理的でも、格好悪くても、間違ってても──ジルには同じ妖精(ギルド)の仲間として一緒に笑い合い、誰かのために怒り、誰かのために悲しんでほしかった。

 

 だが、彼は仲間であろうと他人にたいして、一歩距離を置いている。踏みこまれることを許さない、絶対的な拒絶。

 まるで、自らを孤独に追いこむように。

 

 自分なら変えられる、とミラジェーンは思っていた。

 自分がジルを愛することで──親の愛情も知らずに育ってきた彼が皆に心を開き、誰よりも優しい人間になれると思っていた。

 

 だが、結局彼は何も変わらなかった。いや、変えることができなかった。

 

 ミラジェーン・ストラウスにとって、それがとても悔しくてたまらなかった。

 

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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