悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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第六話:ルーシィ・ハートフィリア

 マスター・マカロフが率いる妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーほぼ全員が今ごろ幽鬼の支配者(ファントムロード)の支部に攻めこんでいることだろう。

 ギルドの地下室で待機しているのは看板娘──ミラジェーン・ストラウスと、マカロフに謹慎を言いわたされたジル・アイリスのふたりだけだった。

 

「ジル。私に眠りの魔法を使うのはやめてね?」

 

 ミラジェーンに釘をさされ、テーブルの下で腰に手をのばしていたジルは小さくため息をついた。

 

「もう勝手なことしないで。今度こそ破門されるわよ?」

「ギルドの危機に比べれば、私ひとりが破門されたところで世人(せじん)は嘆かんさ」

 

 冷めた返しをされ、ミラジェーンは目に角を立てた。

 どこまでもギルド、ギルド、と少しは自分のことも大切にすればいいのに。

 叱咤しそうになったが、何を言っても無駄と思い、言葉を吞みこんだ。

 

 それからふたりは沈黙した。

 数秒たったのち、落ち着かなくなってきたミラジェーンは、気を紛らわせるためにコーヒーを淹れる。

 

 目の前に差しだされたジルは芳ばしい匂いを立てる黒い水面をじっと見たあと、

 

「…ファントムはなぜ、今このタイミングで抗争を仕掛けてきたと思う?」

 

 突然、そんな疑問を投げかけた。 

 

 問われた看板娘は思考を巡らす。

 抗争じたいの理由は大したものではないだろう。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入る以前から不仲であると聞いている。

 それで建物(ギルド)を破壊され、レビィたちが襲われ、ジルが権謀術数を行使することになったかと思うと、怒りを通り越してもの悲しい。

 

「…タイミングに関しては見当もつかないわ。戦力的に、今なら潰せると思ったんじゃない?」

「戦力なら、何年も前から十分蓄えられている。ここ最近あった出来事で、何かきっかけ(・・・・)があったはずだ」

「…何が言いたいの?」

 

 ミラジェーンの顔が険しくなる。

 それとは対照的に、ジルの表情に一切の感情がない。コーヒーをすすってから一言つぶやいた。

 

「ルーシィ」

「なんですって…?」

 

 一瞬、聞き間違えかと思った。何故、そこで新人の名が出てくる?

 一度おさまった苛立ちが再び湧きあがってくる。

 

「ジル、あなた…! ルーシィがファントムのスパイかなんかだと疑ってるの…!?」

「そこまでは思わん。ただ、彼女の素性に関して少し妙に思っている」

 

 トン。トン。トン。と手袋をはめた指先がテーブルを突く。

 

「観察してみて、彼女の物腰が上品過ぎる(・・・・・)ときがある。特に歩き方。まるで貴族の令嬢のような、な。ああいう所作は自然と身につけられるものではない。あれは矯正されたものだ」

 

 思い当たる節があり、ミラジェーンの言葉が詰まる。

 ジルは続ける。

 

「しかも、住民も含め、誰も彼女の姓を知らないらしい。名乗れば、自分がどこの家の人間なのかすぐにバレてしまうからなのか。それとも、自分の家から逃げだしたときに姓を捨てたのか。娘を連れ戻すために、親族がファントムに依頼したというのであれば、チープだがなかなか出来のいい筋書きとは思わんか?」

「そうやってすぐに詮索したり、憶測でものを言うのやめなさい。本当はそこまで他人に興味ないんでしょ?」

(し か) り 。」

 

 〝首無し妖精(デュラハン)〟は即答した。

 

「興味の有無ではなく、ギルドにとって‶無害〟か、‶有害〟か。前者であれば放っておくし、後者であれば排除する。それ以外のことは、それこそ興味がない。何なら生きてても死んでてもどうでもいい」

 

 昨日、ルーシィと笑顔で会話していた男とは思えない発言。彼は他人も自分もあざむき、舞台役者のごとく演じていたにすぎない。

 

「とにかく、今回のことは彼女が無関係だとは思えない」

「根拠は?」

「勘だ」

 

 ミラジェーンは頭を抱えたくなった。

 彼の直感は、親友の占いのようによく当たる。

 だが、ルーシィの素性など、ミラジェーンにとってそれこそどうでもよかった。誰にだって言いたくないことはあるし、後ろめたい過去がある。

 自分も、目の前にいる男も。

 

「…あなたが何と言おうと、ルーシィは妖精の尻尾(フェアリーテイル)にとって大切な人間よ。ギルドの皆も、住民も、皆あの子を慕ってる。悪い噂なんてひとつもない」

「彼女の人格など関係ない」

「そうじゃない…! 私が言いた、い、のは…」

 

 反論しようしたミラジェーンだったが、突然言葉がたどたどしくなった。

 

「あ、れ…私…」

「…どうした?」

 

 ジルは不審がりながら、ミラジェーンを見る。

 足元がふらつき、まぶたが重たく下がってくる。やがて立ってもいられなくなり、テーブルに手をついた。

 

──眠りの魔法か…!

 

 ジルは席を立って、倒れこむミラジェーンを抱きとめた。胸の中で、看板娘が静かに寝息を立てている。

 

「──ミラジェーンにこんな真似をしてすまない。ジル」

 

 突然。後ろから、若い男の声が聞こえた。

 気配を感じることなく、背後を取られていた。それだけで、後ろにいる男がかなりの手練れであることがうかがえる。

 そして、一瞬にして対象を眠りへと(いざな)う強力な魔法。それができるのはジルが知るかぎり、ひとりしかいない。

 

「ミストガン、ですね?」

 

 ジルは振りむかずに言った。

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のS級魔導士──ミストガン。常に覆面で顔を隠し、ギルドを出入りする際、その場にいる者全員を一旦眠りにつかせるほど、自分の正体を隠したがる男だ。

 声と体格で、男であることは間違いないだろうが、それ以外の情報は一切不明。ジルでさえも、今初めて会話したくらいだ。

 ただ、有害な存在ではない──ジルの勘はそう告げている。

 

「そのままで聞いてくれ。マスターが敵の枯渇(ドレイン)を受けて重体になった。今、治癒魔導士のポーリュシカのところで静養している」

 

 枯渇(ドレイン)とは、対象者から魔力を流出させてしまう魔法だ。魔導士にとって魔力は生命の源──魔力が高い者ほど大きな苦痛がともなう。ただでさえ、マカロフは高い魔力を持っているうえに、高齢だ──下手をすれば命にかかわるだろう。

 

「…敵の損害は?」

「支部にいた兵隊はほぼ全滅。ただエレメント4と、鉄竜(くろがね)のガジル、マスター・ジョゼは健在。先にマスターが倒れたため、瓦解をおそれてエルザが皆を撤退させた」

 

 ミラジェーンを抱きとめていなければ、ジルは目頭を押さえていたことだろう。

 引き際をわきまえている〝妖精女王(ティターニア)〟には感謝したが、せめて幹部のひとりやふたりを撃破できればよいものを。惨敗ではないか。

 

 あの〝巨人〟がただで敗れるはずがない。恐らく、相手がマカロフの心理を上手く利用したうえで騙し討ちでもしたのだろう。レビィたちのこともあり、冷静でなかったのも要因だ。

 

「…こちらの損害は?」

「重傷者が数名。それ以外の者は軽傷で済んでいる。もうすぐここへ戻ってくるだろう」

 

 状況は芳しくない。マカロフが重体で、ギルダーツもラクサスもいない。

 幽鬼の支配者(ファントムロード)の恐ろしさはジョゼたちの存在だけではない、圧倒的な魔導士の数だ。

 支部がいくつもあり、幽鬼の支配者(ファントムロード)に所属する魔導士が一気になだれ込んで来たら妖精の尻尾(フェアリーテイル)は滅亡の一途をたどるであろう。

 だが、ジルの懸念はすぐに払拭されることになる。

 

「ジル。私はこれから、空気中に漂うマスターの魔力を回収しながら、ファントムの支部を全て潰してくる」

「何…?」

 

 一瞬、ミストガンが何を言っているのかわからなかった。

 幽鬼の支配者(ファントムロード)の支部は何十にもおよぶ。それをすべて、たったひとりで潰してまわるというのか? マカロフの失われた魔力を回収することと同時進行で?

 正直、ミストガンの実力がどの程度かはわからない。だが、最強候補といわれているほどだ。可能なのかもしれない。

 何より、後ろから聞こえてくる声音に自信と覇気が伝わってくる。

 

「こんな大変なときでも、私にできるのはここまでだ。君たちには本当に申し訳ない」

「いえ、そんなにかしこまらないでください。感謝します、ミストガン」

 

 これから幽鬼の支配者(ファントムロード)の主力と戦う自分たちも決して楽な状況ではない。だが、不安要素のひとつを排除してくれたミストガンに心から感謝した。

 

「では、私はこれで」

 

 背後の気配が消えた。

 

 現れるときも、消えるときも、霧のような男であった。

 

 

 ジルが予測していた通り、今回の一連の騒動の発端はルーシィによるものだった。

 否。正確には間接的(・・・)で、資産家として有名な彼女の父──ジュード・ハートフィリアが娘を連れ戻すために幽鬼の支配者(ファントムロード)に依頼したことからはじまった。

 ルーシィは昔から父親と折り合いが悪く、一年前に家出してからハートフィリア家の娘であることを口に出さなかったのだ。

 

「本当にごめん…あたしが家に戻れば済む話だよね…」

 

 ギルドの地下一階で、幽鬼の支配者(ファントムロード)の再戦の準備をしている仲間たちを横目で見ながらルーシィは謝罪した。

 何を思ったのか、急に父親が娘を連れ戻そうとした。そのせいで友人のレビィや、マカロフたちが傷付き、建物(ギルド)も破壊された。もとをただせば、自分が家出したことからはじまったのだとルーシィは自責の念に苛まれた。

 

「そんなことよりもルーシィ、訊きたいことがある」

「そ、そんなことより…?」

 

 慰めようとも、貶そうともしないジルに、ルーシィは良くも悪くも拍子抜けした。

 昨日はあんなにも笑顔で話しかけてきてくれたのに、まるで人格が変わっているではないか。

 ショックを受けるルーシィにかまわず、ジルは質問する。

 

「私はジョゼと面識がない。彼と(じか)にコミュニケーションをとったことがあるのはマスター以外で君だけだ。彼と話して、何を感じた(・・・・・)? 率直に思ったこと、何でもいい」

 

 何故、そんなことを知りたいのだろう? 疑問に思ったルーシィだったが、数時間前の記憶をたどってみる。

 

「物腰は紳士だけど…心の中にあるドス黒い感情が滲みでてる感じがしました。ああいう人は、何人も見てきたから」

 

 大富豪の家に生まれ育ったルーシィの表情(かお)に嫌悪感のベールがはりついている。

 

「あと、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に対してすごい恨みを持ってた。実際、ギルドを攻撃したりしたのも私を連れ去るついで(・・・)と言ってました。でも、きっと逆恨み。あんな酷いことをたくさんしておいて、ちゃんとした理由なんてあるはずがない」

「…ふむ」

 

 訊き終えたジルは自分のこめかみを指先で叩いた。

 

「それだけ訊ければ十分」

 

 もう興味がないとばかりに、ジルは一瞥もくれずにルーシィのもとから立ち去った。

 

「…ルーシィをファントムに差しだすとか思っているんじゃないだろうな?」

 

 声をかけてきたのは〝妖精女王(ティターニア)〟こと、エルザ・スカーレットだった。

 (つるぎ)のような眼光に射抜かれたジルは肩をすくめる。

 

「それでこんなくだらない戦いを終わらせられるなら、とっくにそうしている。だが、ファントムはいい加減、我々と決着をつけたいようだ。それにルーシィは黄道十二門を所持している星霊魔導士──手放すのはもったいない」

「本来ならば、お前の力など借りたくもない…!」

 

 鎧女は目を吊り上げた。

 

 ジルがいま現在謹慎している理由を、本人とミラジェーンから聞いた。

 ギルドのためとはいえ、仲間を見捨てるなど許されざる行為だ。即刻破門しても文句は言えまい。

 だが、このことを他のメンバーに言うつもりはないし、マスターが破門する気がないなら、それに従おう。

 そして、今は少しでも戦力が欲しい。やり方は気に入らないが、〝喪服の悪魔(メフィスト)〟はかならず結果を出す男だ。

 

「マスターに叱責されることを承知で、今だけは謹慎を解除してやる。お前のカラス並み(・・・・・)の知能でどうにかしてみせろ」

「言われるまでもない」

 

 ‶喪服の悪魔(メフィスト)〟ジル・アイリスは戦いの準備をはじめた。

 

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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