悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

18 / 45
第十話:現実主義者

 幽鬼の兵士が、つぎつぎと倒れ伏す。魔弾に頭を撃ち抜かれ、遠距離魔法になぎ倒され、実体なき肉体が露と消える。

 

 幽兵(シェイド)のおそろしさは恐怖を感じないことと、術者の魔力が尽きるまで幾度もわいて出ることだが、いくつか弱点がある。

 ひとつは、攻撃方法が刀剣による斬撃と徒手空拳のみ。もうひとつは、実体がないゆえ、非常に脆い。

 ゆえに、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の徹底した遠距離攻撃のまえに、幽兵(シェイド)の群れは手も足も出せなかった。

 

 魔水晶(ラクリマ)付きライフルを持ったカナ・アルベローナが狙いを定め、引き金をひく。発射された魔力の弾丸が幽兵(シェイド)の額に吸いこまれ、見事脳天を貫いた。

 彼女は今、中央後方──味方を広く見渡せる位置に陣取っていた。彼女の意思でそうしているのではなく、ジルに指示されたのだ。

 

「命中した。射撃上手いな、カナ」

 

 賞賛したのはジル・アイリス──の思念体である。カナを補佐するためにこの場にいるわけだが、魔法を一切使えないうえに、武器を持つことすらできない。

 たいして役に立たないように思えるが、「‶首無し妖精(デュラハン)〟の本体は頭部(・・)であり、首から下はともかく、首から上が動くだけでもそれなりに厄介(・・・・・・・)」と‶妖精女王(ティターニア)〟は語っている。

 

 カナは、持っているライフルをちらりと見た。

 

「ねぇ、ドスケベエロ顔面」

「まさかと思うが、私のことを言っているのか?」

「これ、何か細工してる?」

 

 ライフルの魔水晶(ラクリマ)を軽く小突く。

 

「あんたに撃ち方、教わったけどさ。ど素人がこんなにばかすか当たるはずない」

「ああ、気付いたか」

 

 ジルはあっさり認めた。

 

「誘導性を付加(・・)した。ある程度狙いをつけてくれれば、外れることはない。威力を落とすことにはなってしまったが、幽兵(シェイド)には有効だったようだ」

「いや、あんた、簡単に言うけどさ…」

 

 カナは何とも言えない顔つきになる。

 

 前世は、発明家か何かだったのか? とても趣味で(・・・)作ったとは思えないほどの完成度(クオリティ)だ。

 いったいどこで知識と経験を積んできたのだ? それに、大量に作ったうえで保管していたことも気になる。

 あとで売りさばくつもりだったのか、それとも何か別の理由が──

 

「カナ、後退だ」

 

 ジルの声が、カナの思考を現実に引き戻された。

 

 ジョゼが作戦を変え、召喚する幽兵(シェイド)の数を増やしてきたようだ。

 幽鬼の軍勢がなだれのように押し寄せてくる。

 恐怖を感じないゆえか、特攻のようにまっすぐ突き進むだけだが、こうも数が多いとすべて撃破することは難しい。

 

 カナは声を張り上げた。

 

「皆、後退だ!! 下がれぇッ!!」

 

 彼女の大音声(だいおんじょう)が仲間たちの耳に届く。

 

 手はず通りに、後退しはじめる。

 怪我人や、足の遅い者は魔道四輪に乗り、妖精の尻尾(フェアリーテイル)とルーンナイトは建物(ギルド)の残骸を迂回して、街の方へ向かっていく。

 

「逃がすか!」

 

 とジョゼは魔力をみなぎらせた。

 幽兵(シェイド)の足が速くなる。強化された幽鬼の兵士が、妖精たちを追いかける。

 ただ、術者は幽兵(シェイド)に対して、細かい操作や指示はできないようだ。

 

 真正面にある妖精の建物(ギルド)の残骸が巨大な障害物となり、敵を倒すことしか頭にない幽兵(シェイド)は迂回せずにわざわざ登って渡ろうとしていた。

 それでも、多少の時間稼ぎになっただけで、街へ後退したカナたちに幽兵(シェイド)の魔の手が迫り──

 

「ギルダーツシフト!!!」

 

 カナがそう叫んだ瞬間、街が文字通り、割れた(・・・)

 

 マグノリアの街の床に大掛かりな仕掛けが施されていたらしい。

 まるで何か(・・)を避けるかのように街の家屋などが左右に動き、高い壁を作りながら上へあがり、ひとつの巨大な道ができあがった。

 カナたちはその大道を渡って、奥へ進んでいく。臆せず、幽兵(シェイド)も追いかける。

 

 だが、高い壁の上に、多くの住民が集まっていった。

 皆、ルーシィのために戦うと志願した者たちだ。住民たちは爆弾魔水晶(ラクリマ)や、魔水晶(ラクリマ)付きライフルを構え、眼下にいる幽兵(シェイド)に攻撃を仕掛けた。

 

 爆弾や魔弾が雨のように降りそそぐ。

 壁を登ることも、どこかへ隠れることもできない幽兵(シェイド)は一方的に撃破されていった。

 

──うわ、えっぐ…。

 

 遠くで幽兵(シェイド)が攻撃されていく様を眺めながら、カナは絶句した。

 相手は実体を持たない兵士だから特に罪悪感を覚えないが、もし人間だったら一方的な虐殺だ。

 まさか放浪癖の不良中年のために用意された街の仕掛けが、こんなことに使われるとは。

 

「やはり、カナはひとをまとめるのが上手いな」

 

 同じく、爆撃と銃撃にさらされる幽兵(シェイド)を見ながら、ジルがそんなことを言ってきた。

 カナは少し嬉しくなった。

 

「え? そう?」

「ああ。君の声と指示に、皆がしっかりと反応した。誰もができることじゃない」

「私は、あんたみたいに頭回んないよ。こんな作戦、思いつかないって」

「私は悪知恵しか働かん」

 

 ジルの言葉は謙遜というより、自虐のようだった。

 

「レビィだったら、もっと良い策が思いついたはずだ。彼女は私よりもずっと頭が良い。ジェットとドロイもいれば、なお良かったんだが」

 

──認めるところはちゃんと認めるんだよな、こいつ…。

 

 カナは密かに思った。

 

 ジルは仲間たちを批判することはあっても、ラクサスのように誰かを見下すような発言はしない。

 たとえS級魔導士でなくとも、個々の能力を認め、その人間の特長を見つけようとする。

 それは果たして、仲間想いといえるのかは判断が難しいが、少なくともカナはジルのことを心の底から嫌いにはなれなかった。

 

「私たちのこともいいけどさ。ミラのことも褒めてやんな。あんな良い女、どこ探してもいないんだから」

 

 友人想いのカナがそう言うと、喪服の男が非常に冷めた返しをする。

 

「思念体に言っても無駄だと思うがな?」

本人(ほんたい)も聞いてんだろうが!!!」

 

 

 

 エルザたちは無事、城への進入に成功したようだ。見届けたジルは懐から小瓶を出した。錠剤を口に含んでから、水筒の水で一気に流しこんだ。

 それを見たジークレインはさすがに少し心配になった。

 

「なんだ、どこか身体が悪いのか?」

「…ただのビタミン剤だ」

 

 下手な嘘をつかれ、追及する気にもなれなかった。

 

「それじゃあ、おれたちも向かおう。一応できるかぎり守ってはやるが、道中死ぬのだけは勘弁してくれよ?」

「…いや、少し待ってくれ」

 

 何かを見つけたのか、街の一角を見ながらジルは足早に歩きだした。

 ジークレインもついていくと、建物の陰でふたりの女が何やら話し合っていた。ルーシィとミラジェーンだ。

 ルーシィが抵抗の意思を見せると、ミラジェーンが手をかざした。

 眠りの魔法だ。ルーシィが倒れこむと、ミラジェーンは抱きとめ、リーダスに指示を出す。

 彼は絵画魔法(ピクトマジック)の使い手で、自分の身体に描いたものを自在に動かせる能力を持っている。

 自身の大きく出っ張った腹に直接絵を描くと、大きな馬車が出現した。

 

「ふっ、随分ともったいないことをするんだな」

 

 建物の陰から、ジークレインは冷笑を浮かべた。

 

「おれだったら、彼女の存在をチラつかせて魔導砲の抑止力に使うがな?」

「いや、あれはあれで悪くない」

 

 ルーシィを乗せた馬車が走り去っていくのを眺めながら、ジルはつぶやく。

 

「ジョゼはまず、何としてでもルーシィを確保しておきたいはず。だが、雑兵は送らない。向かわせるとしたら、耳と鼻が利く鉄竜(くろがね)のガジルだ。戦力が分散している間に、城の制圧が楽になるだろう」

「意地の悪いことだな」

 

 秀麗な男ふたりがそんなやり取りをしていると、ミラジェーンの‶姿〟を見て、ジルは訝しげな表情を浮かべた。

 

──…何をしている?

 

 何と彼女は、得意の変身魔法を使って、ルーシィに化けたのだ。

 顔も体格も、本人と瓜二つ。だが、ジルにとって、似てる似てないは問題ではない。

 いてもたってもいられず、ジルはミラジェーンの前に立ちはだかった。

 

「ミラジェーン。何をするつもりだ?」

「ジル…」

 

 ルーシィと同じ顔で、看板娘の表情がこわばる。

 

「ファントムの前に出て、少しでも時間稼ぎをするわ。私にできることといったら…これくらいしかないから」

「やめておけ」

 

 喪服の男は間を置かずに却下した。

 

聖十(せいてん)の眼力を甘くみるな。他の者はともかく、ジョゼの目は誤魔化せん。標的になるのがオチだ」

「…ッ…」

 

 ミラジェーンは反論できなかった。実際、以前にマカオの変身魔法で皆が騙されている中、聖十(マカロフ)だけがあっさり看破したことがあった。

 

 ならばと、ミラジェーンは手を震わせながら決意する。

 

「…じゃあ、だったら、私も戦うわ」

 

 ‶魔人〟ミラジェーン・ストラウス──妖精の尻尾(フェアリーテイル)看板娘の、もうひとつの顔。

 普段の姿からは想像もできないが、最強候補と言われているほどの実力を持つ元S級魔導士だ。

 

 ブランクはあるが、もし彼女が戦線を復帰すれば、大きな戦力になるだろう。だが、

 

「それこそ、やめておけ」

 

 またしても、ジルは却下する。煙草をくわえ、ライターで火をつける。

 

あれから(・・・・)どれだけの時間がたったと思っている? 接収(テイクオーバー)したところで長くは──」

「じゃあ、どうすればいいって言うのよッ!!?」

 

 溜まりに溜まった憤まんがついに爆発し、看板娘は怒りの声をあげた。変身魔法を解いた彼女の表情(かお)は怒りと、悲しみで満ちていた。

 

 皆が戦い、傷付いている。

 ジルもジルで、周囲に罵声を浴びせられながらも、汚れ役を買ってでている。

 そんな中、自分だけ、何もせずにじっとしているわけにはいかなかった。

 

「私に、何かできることをしたいのよ…。何で、そこで、あなたは戦えって言わないの…? あなたらしく、合理的に考えれば──」

「戦場の空気にあてられて、震えた手で何ができる?」

 

 喪服の男の返答は、どこまでも冷静で、淡々としていた。

 

 合理的に考えればこそ、元‶魔人〟が戦うことを、ジルは是としない──それを察したミラジェーンは、自分は役立たずなんだと認識させられた。

 

「お前はおとなしくしていろ」

 

 慰めもせず、無情に告げたジルは返事も聞かずに(きびす)を返した。

 

 微かに、嗚咽が聞こえたような気がした。だが、早歩きの足音にかき消され、結局のところわからなかった。

 ジルが戻ると、ジークレインが楽しそうに微笑んでいた。

 

「仲間を見捨てることはできても、自分の女は大事か。‶首無し妖精(デュラハン)〟の頭にも、ついに血が巡りはじめたかな?」

 

 男の皮肉に対して、ジルの表情は変わらない。歩みを止めず、いつも通りに冷徹に返す。

 

「役立たずに、戦場を引っかき回されたくないだけだ」

「ふっ、どうだかな?」

 

 刺青の男は意地悪く、唇の端をつり上げた。

 

「‶大義のためならば、多少の犠牲はやむなし〟──と現実主義者どもはいつだってそう言う。だが、その犠牲となるものが自分の大切なものになったら、あっさりと手のひらを返す──そんな半端者ばっかりだ」

「………」

「合理主義、取捨選択、大いに結構。おれは、お前のそういうところがひどく気に入っている(・・・・・・・)。だが、お前の数少ない友人として忠告してやる」

 

 ミラジェーンとは対照的な、ジル・アイリスのもうひとりの理解者は悪魔のように囁く。

 

「お前にも、必ず選ぶときが来る」

 

 ジークレインの、いい加減とも言えるこの予言は、ジルの心に深く、深く突き刺さったのだった。




竹一

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。