幽鬼の兵士が、つぎつぎと倒れ伏す。魔弾に頭を撃ち抜かれ、遠距離魔法になぎ倒され、実体なき肉体が露と消える。
ひとつは、攻撃方法が刀剣による斬撃と徒手空拳のみ。もうひとつは、実体がないゆえ、非常に脆い。
ゆえに、
彼女は今、中央後方──味方を広く見渡せる位置に陣取っていた。彼女の意思でそうしているのではなく、ジルに指示されたのだ。
「命中した。射撃上手いな、カナ」
賞賛したのはジル・アイリス──の思念体である。カナを補佐するためにこの場にいるわけだが、魔法を一切使えないうえに、武器を持つことすらできない。
たいして役に立たないように思えるが、「‶
カナは、持っているライフルをちらりと見た。
「ねぇ、ドスケベエロ顔面」
「まさかと思うが、私のことを言っているのか?」
「これ、何か細工してる?」
ライフルの
「あんたに撃ち方、教わったけどさ。ど素人がこんなにばかすか当たるはずない」
「ああ、気付いたか」
ジルはあっさり認めた。
「誘導性を
「いや、あんた、簡単に言うけどさ…」
カナは何とも言えない顔つきになる。
前世は、発明家か何かだったのか? とても
いったいどこで知識と経験を積んできたのだ? それに、大量に作ったうえで保管していたことも気になる。
あとで売りさばくつもりだったのか、それとも何か別の理由が──
「カナ、後退だ」
ジルの声が、カナの思考を現実に引き戻された。
ジョゼが作戦を変え、召喚する
幽鬼の軍勢がなだれのように押し寄せてくる。
恐怖を感じないゆえか、特攻のようにまっすぐ突き進むだけだが、こうも数が多いとすべて撃破することは難しい。
カナは声を張り上げた。
「皆、後退だ!! 下がれぇッ!!」
彼女の
手はず通りに、後退しはじめる。
怪我人や、足の遅い者は魔道四輪に乗り、
「逃がすか!」
とジョゼは魔力をみなぎらせた。
ただ、術者は
真正面にある妖精の
それでも、多少の時間稼ぎになっただけで、街へ後退したカナたちに
「ギルダーツシフト!!!」
カナがそう叫んだ瞬間、街が文字通り、
マグノリアの街の床に大掛かりな仕掛けが施されていたらしい。
まるで
カナたちはその大道を渡って、奥へ進んでいく。臆せず、
だが、高い壁の上に、多くの住民が集まっていった。
皆、ルーシィのために戦うと志願した者たちだ。住民たちは爆弾
爆弾や魔弾が雨のように降りそそぐ。
壁を登ることも、どこかへ隠れることもできない
──うわ、えっぐ…。
遠くで
相手は実体を持たない兵士だから特に罪悪感を覚えないが、もし人間だったら一方的な虐殺だ。
まさか放浪癖の不良中年のために用意された街の仕掛けが、こんなことに使われるとは。
「やはり、カナはひとをまとめるのが上手いな」
同じく、爆撃と銃撃にさらされる
カナは少し嬉しくなった。
「え? そう?」
「ああ。君の声と指示に、皆がしっかりと反応した。誰もができることじゃない」
「私は、あんたみたいに頭回んないよ。こんな作戦、思いつかないって」
「私は悪知恵しか働かん」
ジルの言葉は謙遜というより、自虐のようだった。
「レビィだったら、もっと良い策が思いついたはずだ。彼女は私よりもずっと頭が良い。ジェットとドロイもいれば、なお良かったんだが」
──認めるところはちゃんと認めるんだよな、こいつ…。
カナは密かに思った。
ジルは仲間たちを批判することはあっても、ラクサスのように誰かを見下すような発言はしない。
たとえS級魔導士でなくとも、個々の能力を認め、その人間の特長を見つけようとする。
それは果たして、仲間想いといえるのかは判断が難しいが、少なくともカナはジルのことを心の底から嫌いにはなれなかった。
「私たちのこともいいけどさ。ミラのことも褒めてやんな。あんな良い女、どこ探してもいないんだから」
友人想いのカナがそう言うと、喪服の男が非常に冷めた返しをする。
「思念体に言っても無駄だと思うがな?」
「
◇
エルザたちは無事、城への進入に成功したようだ。見届けたジルは懐から小瓶を出した。錠剤を口に含んでから、水筒の水で一気に流しこんだ。
それを見たジークレインはさすがに少し心配になった。
「なんだ、どこか身体が悪いのか?」
「…ただのビタミン剤だ」
下手な嘘をつかれ、追及する気にもなれなかった。
「それじゃあ、おれたちも向かおう。一応できるかぎり守ってはやるが、道中死ぬのだけは勘弁してくれよ?」
「…いや、少し待ってくれ」
何かを見つけたのか、街の一角を見ながらジルは足早に歩きだした。
ジークレインもついていくと、建物の陰でふたりの女が何やら話し合っていた。ルーシィとミラジェーンだ。
ルーシィが抵抗の意思を見せると、ミラジェーンが手をかざした。
眠りの魔法だ。ルーシィが倒れこむと、ミラジェーンは抱きとめ、リーダスに指示を出す。
彼は
自身の大きく出っ張った腹に直接絵を描くと、大きな馬車が出現した。
「ふっ、随分ともったいないことをするんだな」
建物の陰から、ジークレインは冷笑を浮かべた。
「おれだったら、彼女の存在をチラつかせて魔導砲の抑止力に使うがな?」
「いや、あれはあれで悪くない」
ルーシィを乗せた馬車が走り去っていくのを眺めながら、ジルはつぶやく。
「ジョゼはまず、何としてでもルーシィを確保しておきたいはず。だが、雑兵は送らない。向かわせるとしたら、耳と鼻が利く
「意地の悪いことだな」
秀麗な男ふたりがそんなやり取りをしていると、ミラジェーンの‶姿〟を見て、ジルは訝しげな表情を浮かべた。
──…何をしている?
何と彼女は、得意の変身魔法を使って、ルーシィに化けたのだ。
顔も体格も、本人と瓜二つ。だが、ジルにとって、似てる似てないは問題ではない。
いてもたってもいられず、ジルはミラジェーンの前に立ちはだかった。
「ミラジェーン。何をするつもりだ?」
「ジル…」
ルーシィと同じ顔で、看板娘の表情がこわばる。
「ファントムの前に出て、少しでも時間稼ぎをするわ。私にできることといったら…これくらいしかないから」
「やめておけ」
喪服の男は間を置かずに却下した。
「
「…ッ…」
ミラジェーンは反論できなかった。実際、以前にマカオの変身魔法で皆が騙されている中、
ならばと、ミラジェーンは手を震わせながら決意する。
「…じゃあ、だったら、私も戦うわ」
‶魔人〟ミラジェーン・ストラウス──
普段の姿からは想像もできないが、最強候補と言われているほどの実力を持つ元S級魔導士だ。
ブランクはあるが、もし彼女が戦線を復帰すれば、大きな戦力になるだろう。だが、
「それこそ、やめておけ」
またしても、ジルは却下する。煙草をくわえ、ライターで火をつける。
「
「じゃあ、どうすればいいって言うのよッ!!?」
溜まりに溜まった憤まんがついに爆発し、看板娘は怒りの声をあげた。変身魔法を解いた彼女の
皆が戦い、傷付いている。
ジルもジルで、周囲に罵声を浴びせられながらも、汚れ役を買ってでている。
そんな中、自分だけ、何もせずにじっとしているわけにはいかなかった。
「私に、何かできることをしたいのよ…。何で、そこで、あなたは戦えって言わないの…? あなたらしく、合理的に考えれば──」
「戦場の空気にあてられて、震えた手で何ができる?」
喪服の男の返答は、どこまでも冷静で、淡々としていた。
合理的に考えればこそ、元‶魔人〟が戦うことを、ジルは是としない──それを察したミラジェーンは、自分は役立たずなんだと認識させられた。
「お前はおとなしくしていろ」
慰めもせず、無情に告げたジルは返事も聞かずに
微かに、嗚咽が聞こえたような気がした。だが、早歩きの足音にかき消され、結局のところわからなかった。
ジルが戻ると、ジークレインが楽しそうに微笑んでいた。
「仲間を見捨てることはできても、自分の女は大事か。‶
男の皮肉に対して、ジルの表情は変わらない。歩みを止めず、いつも通りに冷徹に返す。
「役立たずに、戦場を引っかき回されたくないだけだ」
「ふっ、どうだかな?」
刺青の男は意地悪く、唇の端をつり上げた。
「‶大義のためならば、多少の犠牲はやむなし〟──と現実主義者どもはいつだってそう言う。だが、その犠牲となるものが自分の大切なものになったら、あっさりと手のひらを返す──そんな半端者ばっかりだ」
「………」
「合理主義、取捨選択、大いに結構。おれは、お前のそういうところがひどく
ミラジェーンとは対照的な、ジル・アイリスのもうひとりの理解者は悪魔のように囁く。
「お前にも、必ず選ぶときが来る」
ジークレインの、いい加減とも言えるこの予言は、ジルの心に深く、深く突き刺さったのだった。
竹一
一番面白いのは?
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幽鬼の支配者編
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バトル・オブ・フェアリーテイル編
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過去編①x780年
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過去編②x782年 喪に服す