‶ジュピター〟の第二射を阻止するため、ハッピーの俊敏な飛行速度のおかげで真っ先に城内に到着したナツだったが、膨大な魔力を集束するための巨大
名は
だが、後から到着したエルザ、エルフマン、グレイの三人が参戦することによって形勢は逆転。
多勢に無勢──エレメント4といえど
しかし、喜びも束の間。ジョゼは新たな一手を投じた。何と
巨人が発動しようとしている魔法の名は‶
もちろん、それだけ強力な魔法をすぐに行使することはできない。しかし、制限時間は10分。
一難去ってまた一難。魔導巨人の動力源を探るべく、ナツたちは手分けして
「ぬぉおぉおおおぉおおぉッ!!! 漢エルフマン!!
暑苦しい雄叫びをあげながら廊下を走っているのは、ミラジェーンの弟──エルフマン・ストラウス。己のギルドを守るために自らを奮い立たせている彼の前に、エレメント4のひとりが立ちはだかった。
「
地面から、片眼鏡をかけた紳士が文字通り湧いて出てきた。身体を大きく傾けながら友好的に挨拶してきたが、人を食ったように薄ら笑みを浮かべている。
「私はエレメント4のひとり──ソル。ムッシュ・ソルとお呼びください」
「…ちょうどいい。この巨人の止め方を吐かせてやる」
若者の巨漢は上着を脱ぎ捨て、右腕に力と魔力を込めた。すると腕全体の皮膚や神経、細胞が一度分解し、黒く太い魔腕へ再構成した。
「ビーストアーム‶黒牛〟!!」
これがエルフマンの魔法──
「おや?
ムッシュ・ソルがわざとらしく言い放つ。片腕を変身させることから‶ビーストアーム〟と呼ばれているエルフマンだが、ムッシュ・ソルは知っている。片腕
「あの噂は本当だったのですね? あなたは昔、全身
「──ッ!!?」
エルフマンの表情が引きつった。だが、それも一瞬。すぐさま思考を切り替えた彼は黒牛の腕でムッシュ・ソルに殴りかかった。
「ノンノンノン」
しかし、紳士が身軽な動きでひらりと躱す。獲物を捉え損なった魔獣の鉄拳が廊下の石床を粉砕する。
ムッシュ・ソルは華麗に着地すると、魔法で砂塵を巻き上げた。彼は土を司るエレメント4。土や石などを操作する魔法を扱う。
視界を奪われ、エルフマンが怯む。その隙にムッシュ・ソルは続けて魔法を発動する。
「
先程エルフマンが砕いた床の残骸を操り、石の砲弾として飛来させた。拳大の石の雨をもろに受けてしまったエルフマンだが、すぐに次の攻撃へ転ずる。打たれ強さも、彼の強みのひとつだ。
「ビーストアーム‶鉄牛〟!!!」
今度は鋼鉄化した腕を振りかぶった。しかし、紳士の細身が地面へ潜り、鉄拳が空を切る。
ムッシュ・ソルが再び地表に浮上すると、全身を不気味なくらいに柔らかくしならせた。土系の魔法を扱えるだけでなく、肉体を変化させることもできるらしい。ひも状と化した紳士の身体が、まるで蛇のように巨漢の腕に巻き付く。
エルフマンは剛腕を以て引き剥がそうとしたが、ムッシュ・ソルが再び肉体を元の状態に戻し、流れるような動きで首筋に蹴りを放った。首筋とはいえ、いったい細すぎる身体のどこに膂力があるのか、エルフマンが堪らず怯む。ムッシュ・ソルは追い打ちをかけ、男の巨体を蹴り飛ばした。
──こいつ、見かけによらず強ぇ…!!
エルフマンは口元から血を垂らしながら戦慄した。
雑兵相手なら片腕
残された手は──
──やるしかねぇ…!!!
エルフマンは片腕ではなく、全身に力を込めながら魔力を行きわたらせた。己の中に眠る魔獣の力を覚醒させ、肉体の隅々まで遺伝子配列を作り替え──
「エルフ兄ちゃん!」
突如、少女の声がエルフマンの耳朶を打った。
「リ、リサーナ…?」
いつの間にか、目の前に銀色の髪の少女が立っていた。
その声、その顔、その姿──間違いない。妹のリサーナ・ストラウスだった。
いったい何故、こんな所に…?
いや、違う。
リサーナは、すでに──
「あなたの記憶の断層を読ませていただきました」
リサーナ──を模した傀儡の後ろで、ムッシュ・ソルが人を食ったような笑みを浮かべた。
「よく出来ているでしょう? 私の魔法はこんなこともできるんです。姿形も、仕草も、雰囲気も、亡くなった妹様を完全に再現しております」
「て、てめぇ…!!!」
死者を──それも妹を冒涜するような行為に、エルフマンはこめかみに青筋を立てた。頭の血管が破裂しそうな怒りに身を任せ、全身
「さぁ、もうお家へ帰ろう。エルフ兄ちゃん」
エルフマンの思考が停止した。
魔獣に意識を乗っ取られ、暴走した兄を止めるためにリサーナは全く怖れることなく、最期まで優しく語り掛けてくれた。
そんな妹に何をした?
何の感慨もなく──巨獣の一撃の
手に、感覚が蘇る。骨を砕き、肉を潰し、一つの命を葬った感覚が。
──リ…リサー、ナ…。
無理やり掘り起こされた大きなトラウマと罪悪感がエルフマンの戦意を完全に喪失させた。魔力が大幅に消耗し、身体から力が抜けていく。
「ん~~~、紳士たるものとどめは最大の魔法でさしてあげましょう!」
勝利を確信したムッシュ・ソルが魔力を練り上げる。周囲にある砂や石などを集束させ、巨大な岩の握り拳を形成する。
自身の危機を目の前にしても、エルフマンは動けずにいた。いや、もはや抵抗する気がなかった。
妹を死なせてしまった自分が生きていていいのだろうか? いっそ償いのために、このまま死んだ方がマシなのではないか?
巨漢は両膝をついて項垂れ、断罪を求めるかのように敵の攻撃を無防備に受け入れようとしたその時であった。
火薬が弾ける破裂音が鳴り響いた。
「
紳士が驚きの声をあげた。自身の傍らに佇んでいた、リサーナ・ストラウスの作り物の頭部が爆散したのだ。石で作られているため、当然血や脳漿は飛び散らない。その代わりに石の残骸が弾け飛んだ。
いったい何が起こった!? ムッシュ・ソルがそう思ったときには、二回目の爆音が響いた。すると、足に力が入らなくなり、茶色のスーツを纏った紳士の身体が地面に倒れ込む。
そして、右足に走る激痛を自覚した。
「ぐッ、ぁああぁああ…!!!」
足を抱えながら、ムッシュ・ソルは優雅さの欠片もなく喚いた。脳に痛みの危険信号を送る右足に小さな穴が開いており、そこから血が溢れ出ていた。
「良かった。ちゃんと当たりましたね」
悲鳴をあげる紳士とは対照的に、酷く落ち着いた第三者の低音が響く。激痛に呻きつつ、ムッシュ・ソルは声のした方向へ血走った目を向けた。
そこには──長い黒髪を腰まで伸ばした美しい男が立っていた。着用しているのは喪服のような漆黒のスーツ。足元に銀色のアタッシュケースが置いてある。一見地味に見えて、華があるこの男の存在は知っている。
ジル・アイリス──‶
その男を視界に入れたムッシュ・ソルは目を大きく見開いた。
正確には、男の両手に収まった銀色の光──小口径
この男は
ジルとしては、何も魔導士だからといって、攻撃手段を魔法に限定しなければいけない理由などない。魔力を節約するために所持しているのだ。
ジルは床に這いつくばる紳士を無視し、首無しの
「いったいどうしたんだ、エルフマン? 君らしくもない。いつも勇猛果敢な君は、どこに行った?」
「ジ、ジル…」
上から見下ろしてくる、濁った灰色の瞳をエルフマンは直視することができなかった。
「ダメだ…。ダメなんだ、ジル…。リサーナを死なせちまったおれは…もう…戦えない…」
「…そうか」
静かにつぶやいたジルは片膝をつき、エルフマンと目線を合わせた。
「お前…まさか、自分が許されるとでも思っているのか?」
「──ッ!!?」
エルフマンは、自分の胸にずっぷりとナイフが突き刺さるような感覚を覚えた。
喪服の男はさらに追い打ちをかける。
「どこかで思っていたんじゃないのか? ‶あれは事故だ〟と、‶暴走してしまったから自分のせいではない〟と言い訳して、他人に慰めてもらって、罪の意識から逃れたかったのではないか? 辛気臭い顔でアピールしていれば、皆が許してくれると思ったのではないか? 自分の気持ちを楽にさせたいがために」
「ち、違う…! ちがう、そんなことは…!」
口では否定するエルフマンだが、声に力が無い。全身が震え、呼吸が浅くなり、汗が噴きだし、心臓が激しく脈動する。
精神を追いつめられ、見るからに挙動がおかしくなる男を見ても、ジルはなおも容赦しない。心に突き刺したナイフをぐりぐり抉る。
「そういえば、君は面白いことを言っていたな。リサーナの葬儀にも、墓参りにも行かなかった私のことが嫌いだと。まぁ、私としては、嫌われるのはかまわん。だが、批判しつつも、君は安心していただろう? 反省し、罪を償おうとしている自分の方がまだマシだと」
「そ、それは…」
「どんな理由があっても、君は自分自身の手でリサーナを殺したのだ。彼女から生きる喜びも、生きる苦しみも──お前は無慈悲に叩き潰した。わかるか? お前は一生、その罪から逃れられん」
「あ、ああ…ぁ…ああ…」
「だが、勘違いするな。全員、君のことをとっくに許している。私も、ミラジェーンも許している。
一旦言葉を切ってから、喪服の男は淡々と紡ぐ。
「自分だけは、決して自分を許していけない」
「────」
それまで、罪悪感に悶えていた巨漢の乱れた呼吸が、何故か治まった。
‶お前のせいではない〟とか、‶いつまでも悲しむな〟などと言われたが、‶自分を許すな〟と言ってくれる人間が今まで一人もいなかった。
厳格な言葉ではあったが、エルフマンの腑を綺麗に落としこむことができた。
「お前は、妹を殺した者を許せるか?」
美しい男が問う。
「ゆ、許さねぇ…許せるはずがねぇ…」
エルフマンが怒りに震える。リサーナの死を利用したムッシュ・ソルに対するものとは違う、自分自身への憤怒。
「ならば、全てを
男の美貌に、虚構の笑みが浮かぶ。
「自分を殺す気にかかれば、何もかもあっという間に終わる」
「──────ッ!!!!!!」
男は、絶叫にも似た雄叫びをあげた。
罪悪感という名の檻を殴り壊し、その中に眠っている魔獣を──愛する妹を死に追いやった
そして、全身の細胞が変貌する。強靭化し、増殖し、一度壊しては別のものへと再構築する。
エルフマンのメタモルフォーゼを眺めながら、喪服の男はくすりと微笑む。
「‶人にとって、人以上に恐怖となる獣は世界に存在しない〟──なに、心配するな。君が獣になったところで世界にとって取るに足らん」
巨獣が吠えた。
全身
二足歩行の魔獣は、喪服の男を見た。生気のない瞳でこちらを見上げながら無防備に佇んでいる。すると、何を思ったのか、ジルの方を見ながら巨大な握り拳を作った。
巨獣が再び咆哮する。一人の人間を一瞬で葬る破壊の一撃を振りかぶった。
「──なんだ。やれば、できるじゃないか」
黒髪が、風圧でなびいた。
ジルを狙ったと思われた豪拳は彼にではなく、背後から不意打ちしようとしたムッシュ・ソルに叩き込んのだ。
一瞬、何かが砕かれるような音が響いた後、50キロ台の細身が砲弾のように大きく吹き飛んだ。真っすぐ続く長い廊下に人間の身体がシュールに飛来する。やがて徐々に失速し、床の上に何度か転がったあと、ムッシュ・ソルはそのまま動かなくなった。
「あ…ぁ、あ…リサーナ…リサー、ナ…」
理性を持った
漢らしい男になることを目標にしている者としては情けない姿でもあったが、彼は本当の意味で妹の死を克服することができた。もう二度と暴走することはないだろう。
ジルはムッシュ・ソルに歩み寄る。
気絶しているが、命に別状はない。エルフマンの理性が、彼を生かしたのだ。ただ足の銃創から血が溢れている。出血多量で死なれては罪に問われる可能性があるため、簡単な応急処置をする。
「済んだようだな」
後ろからジークレインが声をかけてきた。ムッシュ・ソルをちらりと見て、不憫そうに苦笑した。
「お前に不意打ちされ、義理の弟に簡単に倒されるようじゃ、エレメント4もたかが知れているな」
「まったくだ。あと、義理の弟ではない」
ジルが冷静に返していると、
『──ジル、聞こえる?』
突然、‶エルの書〟からミラジェーンの声が響いた。
ジルは特に驚かず、ホルスターから魔本を取り出し、特定のページを開いて床に放り投げる。ムッシュ・ソルの応急処置を続けながら、口を開く。
「聞こえる、どうした?」
‶エルの書〟には通信用の魔法が何種類かある。今発動しているのは媒体を介して、‶エルの書〟所有者と通信する魔法だ。何か報告したいことがあったときのために、ジルは以前からミラジェーンに媒体を渡していた。
『‶
「…ああ、つい先程。それが何か?」
ジルが肯定すると、ミラジェーンはやっぱり…と小さく呟いた。
『巨人を見てて思ったんだけど、‶
それと、エレメント4に何の関係があるというのだ?
疑問に思ったジルだったが、それも一瞬。そもそも‶
兎兎丸、ムッシュ・ソル──
「エレメント4を全員撃破すれば、‶
『ええ、あとふたり。発動まで、まだ10分以上時間がある』
「わかった。報告助かる」
ミラジェーンの勘の鋭さに感謝しつつ、ジルは通信を切った。
それとほぼ同時に、ジークレインが口を開く。
「エレメント4はいいとして、
提案すると、ジルは少しだけ考えたあと、首を振った。
「いや、同じ
「…ほう、随分とナツ・ドラグニルを買ってるんだな?」
ナツの戦闘力はある程度知ってはいるが、それでもエルザに遠く及ばない。
だが、ジルとて何の確証なしに、他者を評価したりしない。
ジークレインが問おうとすると、ジルがいつも持ち歩いているアタッシュケースを開けた。中には数種類の鉱石、薬品、小瓶に入った生きたムカデなどが収納されていた。
「ジークレイン。ジョゼと戦う前に
「別に構わんが、術式よりもずっと使い勝手が悪いな。そんなにたくさん小道具を揃えないと発動できないのか?」
「いつも言っているだろう」
ジルの取り出したナイフが鈍い色を放つ。
「‶エルの書〟に限らず、制約や条件もなしに力を発揮することはできない。どんな魔法であっても、どんな存在であっても、どんな世界であっても、それは変わらないさ」
一番面白いのは?
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幽鬼の支配者編
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バトル・オブ・フェアリーテイル編
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過去編①x780年
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過去編②x782年 喪に服す