悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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第十二話:三人の悪党

 ジルの予想通り、エレメント4の全滅及び‶煉獄砕破(アビスブレイク)〟の発動を阻止することに成功した。しかし、最大の難関が妖精の尻尾(フェアリーテイル)の前に立ちはだかった。

 

 幽鬼の支配者(ファントムロード)のマスター──ジョゼ・ポーラ。たったひとりとはいえ、彼は〝聖十大魔道(せいてんだいまどう)〟の称号を与えられた実力者だ。

 エレメント4との戦いで疲弊していたとはいえ、主力メンバーのグレイとエルフマンをたった一撃で撃破し、唯一のS級魔導士であるエルザ・スカーレットを苦戦させていた。

 

「クク…よく暴れ回る(ドラゴン)だ」

 

 自らの(ギルド)の一部が崩壊する音を聞きながら、ジョゼは薄ら笑みを浮かべた。

 ふたりの滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)──ナツとガジルの決着が着き、どうやら後者の方が敗北したようだ。

 しかし、ジョゼにとってはどうでもいい。ガジルが勝ったとしても負けたとしても、どの道自分ひとりの力で妖精の尻尾(フェアリーテイル)を完膚なきまでに叩き潰すのだから。

 

「ナツの戦闘力を計算できていなかったようだな…。私と同等か、それ以上の力を持っているということを…」

 

 エルザが口を開く。

 息も絶え絶えで、身体中の生傷が痛ましい。だが、彼女の鋭い瞳に一切の弱気の色がない。

 

「謙遜はよしたまえ、‶妖精女王(ティターニア)〟」

 

 対して、ジョゼは無傷。

 エルザも妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強候補と言われるほどの戦闘力を持ってはいるが、ジョゼにとってはまだまだ実力不足の赤子でしかなかった。

 

「君の魔力は素晴らしい。現に、この私との戦いでここまで持ちこたえた魔導士は初めてだ。そんな強大な魔導士がねぇ…」

 

 手をかざす。

 

「マカロフのギルドに他にもいたとあっては気に食わんのですよ!!」

 

 魔力の閃光がほとばしった。

 エルザは痛む身体に鞭打って何とか躱すが、ジョゼが次々と魔力の波動を撃ち放つ。

 

幽鬼の支配者(ファントムロード)はずっと一番だった…!!」

 

 幽鬼の王の、怨嗟の声が木霊する。

 

「この国で一番の魔力と、一番の人材と、一番の金があった!! が、ここ数年で妖精の尻尾(フェアリーテイル)が急激に力をつけ、いつしかこの国を代表するギルドまで上り詰めた!! 気に入らんのだよ、元々クソみてぇな弱っちいギルドのくせに!!」

 

 ジョゼの妬みの声を無視し、エルザは魔導波を避けつつ剣の間合いまで距離を詰める。研ぎ澄まされた剣閃を何度か打ちこむ。

 しかし、中年男性とは思えないほどの切れのある体捌きで、全て躱された。かすりもしない。

 

──くっ…これが聖十(せいてん)か…!!

 

 エルザは歯噛みする。

 

 言っていることもやっていることもただの子供のひがみでしかないが、最高の称号を持つにふさわしい実力は認めざるをえない。

 何か一つ秀でてさえいれば、〝聖十大魔道(せいてんだいまどう)〟になれるわけではない。高い魔力だけでなく、肉弾戦に対応できる身体能力、幻術を見破れる眼力(がんりき)、冷静且つ的確な状況判断能力など──その全てが揃ってこそ、初めて得られる称号なのだ。

 魔力も、実力も、経験も何もかも遠く及ばない。若さを言い訳にしたくはないが、自分もまだ実力不足の若輩者だと痛感せずにはいられない。

 

──くそ…! ジルはいったい何をしているんだ…!?

 

 エルザは何故か、この場にいない人の形をした有害物質のことを思い出した。

 

 弱くて、姑息で、男のくせに髪が長くて、普通に性格悪くて、そのくせ彼女持ちで、顔以外ブスの喫煙者だが必ずどんな困難な状況でも打開してくれる男だ。

 仲間を平気で見捨てるような男を頼るなど気に入らないが、彼ならばどうにかしてくれるのではないかと期待してしまっていた。

 

 しかし、彼は本当にどこで何をしているのだろうか?

 魔力切れを起こして、敵兵にリンチされているのか? それはそれで夢のような状況だが、あの詐欺師がそう簡単に脱落するとは思えない。

 彼の実力は未だ未知数な部分があり、まだ仲間たちに明かしていない能力も──

 

「どうした! 集中できていないぞ、‶妖精女王(ティターニア)〟!!!」

 

 雑念にとらわれてしまっていたエルザの隙をつき、ジョゼは手をかざした。

 魔力の塊が、帯のような形状へ変化する。それが女剣士の身体に巻きつき、宙で拘束する。

 

「しまった…!」

「なに、すぐには殺さんよ。ひとりずつ、時間をかけて痛めつけ、戻ってきたマカロフに絶望を味わわせてやる。まぁ、生きてたらの話だがな」

 

 ジョゼは腕を大きく振りかぶった。

 拘束されたまま、エルザの身体が投げだされる。

 向かう先は、石の壁。頭から激突すれば、間違いなく死ぬ。

 受け身をとれない、換装も間に合わない。叩きつけられたあとに、はたして戦うどころか、立っていられるかどうか…。

 

──申し訳ございません、マスター…! 私では、お役に──

 

 エルザが半ば諦めかけた、そのときであった。

 待っていたのは、痛みではなかった。壁に激突する前に、誰かに抱きとめられた。

 いったい誰だ? エルザは顔をあげた。

 

「なんだ、随分と派手にやられたな、エルザ」

 

 刺青の美貌が見下ろしていた。

 エルザを抱きとめたのは、ジークレインだった。彼は冷笑を浮かべ、その後ろで、喪服の男がシケモクをくわえている。

 顔は良いが、性格が悪すぎる──エルザが嫌悪する二名の登場であった。

 

「気分はどうだ?」

「…今すぐ手を放さないと、鼻を叩き折る」

「それは怖い」

 

 ジークレインは苦笑して、エルザを床に下ろした。

 すると、くつくつと男の低い笑い声が響いた。

 

「まさか、こうして貴殿と戦う日が来るとはな」

 

 ジョゼが、にたりと笑っていた。幽鬼(ファントム)のような冷たい魔力を周囲に漂わせている。

 

「天変地異を望むというのか」

「大袈裟だな。悪党二、三人がじゃれ合うだけだ」

 

 ジョゼとジークレイン──悪の聖十大魔道(せいてんだいまどう)の二人に間で、一触即発の雰囲気が支配する。

 瞬間、激突した。

 強大な魔力同士がぶつかり合い、突風のような衝撃波が周囲に吹き荒ぶ。

 

  天変地異──それは決して、大仰な言い回しではなかった。

 

 滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)同士の戦いでさえ、城が崩れかかっているのだ。聖十(せいてん)級の魔導士であれば、城どころではない。

 本気で戦えば、辺り一帯が更地と化すであろう。苛烈な戦いを横目で見ながら、ジルはエルザを抱えて瓦礫の陰に隠れた。

 

「エルザ。怪我はどうだ?」

「大したものじゃない。あばら一本折れてるかもしれん」

「…十分、大したものだ」

 

 ‶妖精女王(ティターニア)〟の精神力の頑強さに感心する。

 ジルは床にチョークを走らせ、魔法陣を書きはじめた。

 

 魔力を乗せた拳が交錯する。ジョゼとジークレイン──年齢は倍ほどかけ離れているが、体裁きや、拳打のキレはほぼ互角であった。

 近接戦闘を交えながら、魔力の塊を撃ち出す。相手を拘束しようと、魔法を行使する。だが、躱し、躱されての繰り返し。

 どれも決定打に欠け、お互い無傷のまま、時間ばかりが過ぎていった。

 

 ふたりは一旦距離を置くと、口を開いたのは、訝しんだ顔をしたジョゼであった。

 

「…貴様、思念体か」

「さすが。もう気付いたか」

 

 美男子があっさり認めると、ジョゼは青筋を立てた。

 

「どこまでもナメやがって。思念体風情が、この私の相手になるか…!」

「そう、つれないこと言うな。せいぜい楽しんでけよ」

 

 ジークレインは文字通り、流星(・・)と化した。

 

 身の危険を感じたジョゼがおびただしい量の魔弾を撃ち放つが、ジークレインの速度が上回る。速いうえに、小回りも利く。

 上下左右に飛び回って、ジョゼの魔法をかいくぐる。

 

──ふん…暗黒の楽園(アルテアリス)も、七星剣(グランシャリオ)も威力が高すぎる、か。

 

 ジークレインは心の中で嘆息した。

 いずれも、城を崩壊させてしまうほどの高威力・高範囲の天体魔法。

 思念体だから威力は落ちるが、一評議員が殺人を犯すわけにもいかないし、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士──特にエルザまで巻き込んでしまっては計画(・・)に狂いが生じる。

 何より、俗物とはいえ聖十(ジョゼ)相手に簡単に発動させてくれるかどうかも怪しいところ。

 

 ジークレインは背後に回り、魔法の光条を放つ。ジョゼも振り返って、これを迎撃する。だが、そのときにはジークレインは急旋回し、また背後に回っていた。

 一瞬で肉薄し、拳を強く握る。

 握り拳に魔力を行き渡らせ、ジョゼの背中に叩きこんだ。

 

 だが、届かなかった。

 

 いや、阻まれた。左右から伸びた第三者の、ふたつの手が、ジークレインの腕を止めたのだ。

 幽兵(シェイド)だ。ジークレインは後ろへ飛び退こうとしたが、床から生えた幽兵(シェイド)の手に足を捕まれた。

 

「デッドウェイブ」

 

 振り返って、ジョゼは哄笑した。

 

 闇の荒波が、ジークレインを飲み込んだ。彼はあくまで思念体だが、ある程度の痛みが、はるか彼方にいる本体(・・)にまで届く。

 ノイズが走ったかのように、ジークレインの姿が何度か乱れる。

 

「思念体でなければ、もう少しマシな戦いができたであろうな」

 

 勝利を確信したジョゼは嘲笑いながら、端正な顔を殴りつけた。ジークレインは後ろによろめいたが、それでも立っている。

 追い打ちをかけて、もう一度殴る。何度も、何度も。煽られた仕返しに、何度も。骨が砕ける音、血が弾く音が響く。

 

「おら、どうした!? この程度で終わりか、青二才!! いつものようにニヤつきながら、さえずって見ろ!! この私を侮辱して、ただで済むと──」

 

 

《死肉のかがり火は赤い焔をたてて燃えており、死神の吐く息は、流された血潮の照り返し》

 

 

 ぞくり…とした。

 

 

《おびただしい赤子のはらわたに引かれて、妖魔の軍勢がおし寄せる》

 

 

 亡霊の魔法を扱うジョゼですら、全身の血が凍えるほどの禍々しい魔力が肌を刺してくるのを感じた。

 ジョゼは、後ろを振り返った。

 

 そこには──黒い本を広げた、喪服の男。

 男か、女か、一瞬判別に迷うほどの美しい顔立ちと、長い黒髪。灰色の瞳がどんよりと濁っており、生気を感じられない。

 

 そして、

 

《美しく澄んだ月がさし昇り、民への虐殺を明るく照らす》

 

 シケモクをくわえた唇で、恐ろしい詠唱を紡いでいる。

 

 なんだ、この男は──とジョゼは戸惑いを覚えた。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士か? だが、妖精の群れの中に、はたしてこんな男がいただろうか?

 男の存在を思い出そうとしつつ、ジョゼは迎撃しようとした。だが、それよりも早く、後ろから羽交い絞めされた。

 

「言っただろう。せいぜい楽しんでけよ(・・・・・・)、と」

 

 唇から鮮血を滴らせながら、刺青の男は微笑んだ。

 

「逆さ星に祟られよ」

 

 

《天幕の幻は消え、火は蒼く燃えている》

 

 

 詠唱が、完了した。

 喪服の男の目の前に、黒い光の円が浮かぶ。そこに、白銀の線が走る。斜めに、真っすぐに、鋭い角度に曲がる。

 白銀の線は、ひとつの逆五芒星(デビルスター)を描いた。

 

 

《‶エルの書〟ページ44──アルヴァンの拳》

 

 

 光の奔流がほとばしった。

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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