話は15分前までさかのぼる。
ジークレインとジョゼが戦っている
「何を、するつもりだ?」
「君の魔力を回復させ、身体の痛覚を一時的に止める」
「…あとで何か副作用が出るわけではあるまいな?」
「そんなものはない」
ジルが端的に返したあと、「ただ…」と付け加える。
「これから約15分間、君の意識は完全に停止し、仮死状態になる」
「は…!!?」
「姿を隠したり、障壁で守れればいいんだが。そこまでしてやる時間はない」
「おい、ふざけるな…!!」
エルザは目くじらを立てた。
瓦礫の陰に隠れているとはいえ、すぐ近くにジョゼというのに、15分間も無防備な状態で放置されたらたまったものではない。
「安心しろ。15分の時間稼ぎなど、私とジークレインで十分過ぎる」
「だったら尚更だ…!」
エルザは、これからジルが何をするつもりなのか、容易に察することができた。
彼の弱さも、能力も、性格も知っている。だからこそ、彼の行動を認めるわけにはいかなった。
「今すぐ、その魔法をやめろ…! 私の魔力を回復させなくとも、三人で一緒に戦えば…! たとえ勝てなくとも、あとでマスターが──」
「私としては、ただ勝てばよいというものではないし、希望的観測もあまり好きではないな」
ジルは‶エルの書〟を広げた。
魔法を阻止しようとしたエルザだったが、その前に黒い光に包まれ、身体の自由を奪われた。
「ま、待て…!」
「おれはお前たちと違って、命を懸けることができない。いくら死んでも死ねないし、肉体的な苦痛などどうでもいい」
「やめろ…! ジ、ル…!」
「お前がジョゼを仕留めるんだ。おれでも、ジークレインでも、マスターでもなく。お前がだ」
遠のいていく意識の中、エルザはジルの言葉を最後まで聞くことができなかった。
「お前でなくては、
◇
突如、瓦礫が爆発し、ジョゼは後ろを振り返った。
漆黒の騎士が、そこにいた。
重々しく、攻撃的なデザインの黒鎧を着込んだ、紅髪の女剣士──‶
彼女の手に持っているのは、一振りの大剣。だが、それを剣と呼ぶには、あまりにも原始的な造形であった。
巨大にして、重厚──ただただ、それだけ。大きければ大きいほど、重ければ重いほど威力が増すという安直な考えから生み出された武器。
純粋な破壊力のみを追求し、何とか剣の形に押しとどめた、鉄の塊。
‶煉獄の鎧〟──彼女の所有する、数多の鎧の中で最も攻撃力に優れた、最強の鎧である。
「…ふっ、‶
ジョゼはせせら笑った。
エルザの魔力が回復していることに気付いてはいたが、それでも余裕感は変わらない。見たところ、魔力は回復しても傷は癒えていないようだ。
エルザはジョゼの挑発を無視し、ちらりと彼の足元を見た。喪服の男が、血まみれになって倒れている。
それに気付いたジョゼはもう一度笑う。
「ああ、彼か。彼は面白い能力を持っているな。いくら殺しても死なないんだよ。今は気絶しているがね。
爆発音が響いた。
エルザが床を蹴り砕いた。それだけでも、彼女の足元で小爆発が起きたのだ。
重い鎧を着ていながら、凄まじい跳躍力で、一気にジョゼとの間合いを詰めた。
速い、とジョゼは驚いた。身体の痛みを感じていないのだろうか?
だが、驚いたのはほんの一瞬。振り下ろされた大剣を、後ろへ飛んで躱す。
獲物を捉え損ねた鉄塊が床を破裂させた。残骸が周囲に飛び散る。
床に刻まれた剣撃の痕だけでも、どれだけの破壊力かうかがえる。
だが、ジョゼにとってはどうと言うことはない。
彼は魔力を練り上げた。
本当は対マカロフ用に隠し持っていたものだが、あの老人のことだ。たとえ
動揺させるために、奴の前で死体の山を並べてもいい。ルーシィを人質に取ってもいい。
血の繋がっていない赤の他人を‶家族〟などと叫ぶような、非合理的な愚か者に何ができよう?
「まずはお前からだ、‶
ジョゼは魔法を完成させた。
「消えろ! 塵となって歴史上から消滅しろ、フェアリーテ──」
その瞬間、エルザに向けて撃ちだそうとした魔法が消滅した。
「………は?」
ジョゼは素っ頓狂な声をあげた。
確かに魔力を練り上げ、魔法を完成させた。何も間違っていない。だが、どういうことだ? 発動する前に、消滅した。
エルザの攻撃を躱しながら、ジョゼはもう一度試す。しかし、結果は同じ。いくら魔力を込めても、宙で飛散する。
ジョゼは血走った目で、床の死体を睨んだ。
──あの小僧…!!! やはり、私に
どういう原理かは知らないが、魔法を封じるための状態異常をかけられたようだ。だが、この手の魔法には時間制限があるはずだ。
ジョゼはエルザから背を向けて、走りだした。
敵前逃亡──ではない。時間稼ぎだ。効果が切れるまで逃げ回らなくとも、ここは自分の城だ。どこかに身を潜んで、いくらでも不意打ちできる。
だが、そのとき、神の悪戯か、ジョゼの足がもつれた。
体勢を立て直すことができず、そのまま床の上に転がった。
──がっ…! く、くそ、足が…!
ジョゼはもう一度立ち上がろうとしたが、足に力が入らない。
相殺したと思っていたジル・アイリスの
「く、くそ…! くそくそ、早く立て…!! くそったれ…!!!」
後ろから、漆黒の剣鬼が迫っている。ジョゼは芋虫のように床を這い、悪態をつきながら逃げ惑う。
──だから私は! お前のことが嫌いなんだ!!
大剣を肩に担いだエルザは、重々しい足音を響かせながらジョゼを追いかける。
だが、その心中は、ひとりの仲間への苛立ちだけだった。
ジル・アイリスは、自分の命に無頓着だった。
死ぬことができないからと平気で自分自身を捨て駒にし、危険をかえりみない。
情けなくも、それで助けられたことは一度や、二度ではない。だが、だから言って、それを良しとする理由にはならない。
だからエルザはジルを嫌う。
頼まれたわけでもないのに自ら嫌われ役を担い、手を汚し、喫煙感覚で自分の肉体と精神を傷付ける。
しかも、それを誇りに想っていたり、周囲に評価されたいという欲求が皆無なのだから尚更、たちが悪い。
ジルがいつまでもそうしたいのであれば、勝手にすればいい。自業自得である。
ただ、
──お前がそんなボロボロの状態にさせられたとあっては…!! 私は、ミラに何て言えばいい!!?
エルザは大剣を振り上げた。
重厚な刃が、断罪するギロチンのごとく、床に這いつくばる幽鬼の王へ狙いを定める。
「こ、この私がクソギルドごときに──」
絶叫は、振り下ろされた鉄塊に遮られた。
◇
「煙草が吸いたい」
「ダメに決まってるでしょ」
病室内で紫煙を欲する恋人に対して、ミラジェーン・ストラウスは無情に且つ愛情を以て一蹴した。
ジルが目を覚ましたとき、すでに戦いは終結していた。
‶
今回の戦いで
それからジークレインとルーンナイトが改めて、
ジルから届けられた映像
ただ、ジークレインの言った通り、厳重注意だけで大した罰則はなく、マスターのマカロフも評議院裁判に出廷する必要もないであろう。
「お願いだから…もう無茶はしないで」
ミラジェーンは弱々しく呟いた。今でも泣き腫らした目元が赤くなっている。
だが、そんな彼女に向けて、ジルは自嘲するように返した。
「死にたくても、死ねない身体なんでな」
「そんなこと言わないで…!」
ジルは心配するなという意味で言ったのだが、ミラジェーンは反射的に拒絶した。
言われるまでもなく、
だが、不死だからといって、安心できるはずがないし、傷付く姿を見て何も思わないはずがない。この男は、他人以上に自分に優しくしようとしない。
魔導士を辞めるべきだと何度も勧めた。しかし、ジルは頑なに拒否した。必要悪として己の役目を全うしたいのか、それ以外の理由なのか。
何度話し合っても平行線を辿るばかりで、結局何の解決にもならぬまま、
──もし…私が戦っていたら、ジルはこんなに傷付くことはなかった…?
ミラジェーンは、ふとそんなこと思ったが、すぐに否定した。
ジルの言った通り──元・S級魔導士とはいえ、数年のブランクがある。仮に〝魔人〟になったとしても、
ジルはそれを全て見越して、〝魔人〟に戻ることを否定したのだ。それは合理的な判断であると同時に、彼なりの優しさなのかもしれない。
──私は…何て無力なの…。
囮になることも、戦うこともできない。皆が戦い、傷付き、ギルドを破壊されたときも悲劇のヒロインの如く嘆いているばかりだったではないか。
──もし…また、今回と同じようなことが起きるようなら…私は…。
「…ミラジェーン」
低い声が、ミラジェーンの思考を現実に引き戻された。
顔を上げると、ジルが窓から外の景色を眺めていた。表情は見えない。
そして、一言。
「──戻りたいのか?」
と。
それは考えるまでもなく、‶魔人〟に戻りたいのかという、問い。
彼女はしばらく考えたあと、
「…わからない」
と悲しげな表情で返した。
今度こそ〝魔人〟に戻らなくてはいけない──そう思うが、その一歩がどうしても踏み出せない。
かつては、自身の力に誇りを持っていた。
他者から怖れられた悪魔の力でも、誰かの役に立てられることを知った。〝魔人〟に変貌した、醜くおぞましい姿を見ても、ジルは全く怖れなかった。
故に、悪魔を宿す自分のことを少し好きになれた。
だが、
戦いたくない。だが、戦わなければ愛する人すら守れない。──その二律背反の中でのたうち回り、ミラジェーン・ストラウスは未だに〝魔人ミラジェーン〟に戻ることを躊躇った。
「…そうか」
景色を眺めたまま、ジルも短く返した。
いったい何を考えているのか、ミラジェーンにもわからなかった。
すると、病室のドアがノックされた。
「失礼する。…おっと、お邪魔だったかな?」
顔を出したのは、評議員のジークレインだった。手には、何やら紙袋を持っている。
怪しげな客人が現れたことでミラジェーンは一瞬警戒したが、すぐに看板娘の皮を被って小さく微笑んだ。
「いえ、全然。…じゃあ、ジル。明日も見舞いに来るからね」
ミラジェーンはさっさと荷物をまとめ、にこやかに退室していった。それを一瞥したジークレインは、にやりと笑った。
「良い女じゃないか。お前にはもったいないくらいだ」
そう言いながら紙袋から、小さな植木鉢を出した。橙色の実を宿した多年草が植えられている。
「ホオズキって言うんだが、知っているか? 本当は生け花を持ってくるべきなんだが、あまりにもこの実が可愛らしくてな。
「それよりも報告することがあるんじゃないか?」
いつの間にか、ジルが顔を向けていた。「ああ、そうだったな」とジークレインは肩をすくめ、椅子に腰を下ろす。
「
「感謝するも何も、大した働きもしない機関に我々が普段から高い税金を払っているんだ。当然の処置だ。それに、今回のことで
「没収と言ってくれ。まぁ、マシな言い方に変えただけだがな」
ジークレインは声に出して笑った。
「あと
ジルが危惧していることは大勢の怪我人がいる中で、
だが、心配には及ばないであろう。病み上がりとはいえ
もうすぐラクサスが帰ってくるし、ミストガンも周囲を警戒すると約束してくれた。それでも一応、念には念をだ。
「だが、皮肉なものだな。陰ながらとはいえ、今回の件で誰よりも功績をあげたのはお前だ。だが、誰も認めようとしない」
ジークレインは言う。
半壊していたとはいえ、作戦のために
ジル本人としても、別に評価されたいとも、感謝されたいとも思っていない。
「だが、それだけじゃないな。お前は飛びっきり、顔が良いからな。しかも、クズのくせにきちんと結果を出し、おまけにあの看板娘の恋人ときた。嫉妬してくれと言っているようなものだ」
「あなたを見ていると、それがよくわかる」
「否定はせんがな」
美女をはべらせている、眉目秀麗の天才児はくつくつと笑った。
「そろそろ、身の振り方を考えてみたらどうだ? お前が
ジークレインがそう前置きしてから、
「どうだ? おれと組まないか?」
と持ちかけてきた。
邪悪な笑みを見ながら、ジルは心の中で嘆息した。自身の名高い悪名ゆえ、こうして闇ギルドや怪しげな連中に口説かれるのは一度や二度ではない。
「いったい何が目的で?」
ジルは単刀直入に問う。どちらにせよ断るつもりだが、一応理由を聞いてみる。
よくぞ聞いてくれたと言わんばかりに、ジークレインは楽しげに笑う。
「黒魔導士ゼレフを復活させ、彼とともに真の自由国家を造りあげる。復活方法の準備も、すでに整えてつつある」
「…史上最悪の黒魔導士が復活することで、どう真の自由国家とやらを造るというのだ?」
「圧倒的な力による支配だよ。彼と、お前と、おれとで世界を席巻し、本当の自由を手に入れるんだ」
──…話にならんな。
ジルは呆れるしかなかった。
何とも意味不明で、抽象的で、論理的でない。
だが、ジークレインらしくない。本来の彼ならば、こんな言い回しはしないはずだが…。
──もしや、洗脳されている…?
彼の言動からそう推察したジルであったが、他人がどうなろうと興味がないため、それ以上考えるのをやめた。
そのうえで、ジョゼのときと同じように断った。最後まで聞いたジークレインは特に気分を害さず、神妙な顔を頷いた。
「…そうか。自分で必要悪を名乗るのはご立派なことだ。だが、おれとしては、どうも腑に落ちない」
「何のことだ?」
ジルが問うと、ジークレインは意地悪く唇の端をつり上げた。
「
「………」
「ファントムは、お前たちほどではないが、普段からそこそこ問題があった。ただ、あれでもデカい魔導士ギルドだからな。色々思いつつも、民衆たちは彼らに頼るしかなかった。だが、あの映像を見せびらかせば、どうだ? ファントムが正義もクソもない絶対悪のギルドだと知らしめ、信用度は一気に失墜。
「…それは思いつかなかった」
「照れんなよ。おれでも気付いているくらいだ、お前が気付かないはずがない」
ジルは再度黙る。
「自分の仲間をさらし者にするのを躊躇ったんだろう? ‶
「………」
ただ、仲間たちからあらゆる非難を受けても全く意に介さない──それどころか、絶対零度の反論してくる彼が、今回ばかりは何も言い返すことができなかった。
当然、そのことに気付いているジークレインは見透かしたように追い打ちをかける。
「お前がどうしようもないクズ野郎であることに変わりはない。だがな、
パキン…!! とテーブルに置かれた植木鉢が真っ二つに割れた。
「言 葉 を 慎 め」
一瞬、死んだかと思った。
ジルが──にっこりと微笑んでいた。
ただ、瞳から血の涙を流している。目の端から垂れた紅涙が頬を伝い、病衣と毛布にぱたぱたと落ちていく。
「死ぬか、黙るか、どっちかにしろ」
美しい青年が微笑みながら、泣きながら、
ジークレインは自分が思念体であることを忘れ、命の危険を感じた。依然、唇の端をつり上げてはいたが、あぶら汗が止まらない。
「すまん。調子に乗りすぎた。悪かった。許してくれ」
心臓がけたたましく脈打つのを感じながら、刺青の男は逃げるように椅子から立った。
ジル・アイリスの逆鱗に触れてしまったが、あの男の
──まぁ、こいつが妖精の群れの中でどうあがくか、それはそれで面白そうだ。
そう思いながら、ジークレインは部屋から退室した。
残されたのは、血の涙が止まったジルのみ。
彼は不気味な笑顔からいつもの無表情に切り替わり、しばらくじっと動かなかった。
黙ったまま、ジークレインの言葉と、レビィたちのことを頭の中で反芻した。
そのあと、枕の下に手を入れた。取り出したのは、いつも服用している薬の瓶。蓋を開け、中身の錠剤を一気に口へ流し込んだ。
一番面白いのは?
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