悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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第十六話:ジルとミラジェーン

 ルーシィ・ハートフィリアは今、感激に震えていた。

 ついこの間まで〝楽園の塔〟にて、ジェラール・フェルナンデス──思念体ジークレインの本体──の悪事に巻きこまれ、一時絶体絶命の危機に瀕したが、辛くも彼の野望を打ち砕き、我が家である妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドへ帰還することができた。

 

 その間、すっかり建物(ギルド)が立て直されていた。ただ立て直しただけではなく、近頃ギルドメンバーの数が多くなってきたため以前のものよりも豪壮な作りとなっている。

 さらにオープンカフェやプール、遊戯場も作られ、メンバー全員が大いに満喫している。

 ちなみにS級魔導士しか足を踏み入れることが許されなかった〝2階〟は、S級魔導士でなくても上がれることが許可された。

 またナツたちが掟を破ったことをきっかけに、S級クエストの参加条件が見直され、S級魔導士が同行していれば誰でも参加可能となった。

 

 そして、特にルーシィを喜ばせたのは、元幽鬼の支配者(ファントムロード)の一員であるジュビア・ロクサーが正式に妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入団したことだ。元々敵同士ではあったのだが、〝楽園の塔〟で一度協力し合った仲だ。反対する気持ちは一切ない。

 ただ、何故か〝グレイを取り合う恋敵〟として認識され、そこだけは迷惑以外の何ものでもなかった。そもそもグレイに対して恋愛感情は抱いていないため、どうぞ勝手にどぅえきてぇ(巻き舌)くださいといった感じだ。

 

 だが、ひとつだけ納得いかないことがあった。

 それはジュビアと同じ元幽鬼の支配者(ファントムロード)──鉄の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)、ガジル・レッドフォックスまで仲間に入ったことだった。

 建物(ギルド)を破壊しただけでなく、レビィたちを手にかけた張本人だ。ルーシィだけでなく、ナツたちも納得できないのは当然であった。

 ガジルの入団を許可したマスター・マカロフはいつもの飄々とした様子で「あのときはジョゼの命令で仕方なくやったこと。昨日の敵は今日の友」と言ってはいるが、それであっさりと過去のことを水に流すことなど到底できない。

 だが、妖精の(おさ)が決めたことだ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属している以上、決定に従う他はなかった。

 

 そうこうしていると、何やら催し物があるらしく、カナに着席を促された。

 大広間の明かりがぱっと消え、ステージにスポットライトが当てられる。

 そこにいたのは美しい女と麗しい男──ミラジェーン・ストラウスとジル・アイリスの姿であった。

 ミラジェーンは椅子に腰掛けながらギターを抱え、その傍らに立っているジルはヴァイオリンを手に持っている。

 

「…ん? あの野郎…」

 

 それまで、所在なげに席に着いていたガジルが鼻をひくつかせ、喪服の男を不審な目で睨んだ。いったい何を思ったのか。明らかに様子が変わってはいたが、それに気付く者は誰もいなかった。

 一方、ルーシィは対照的な一組の男女の登場に目を丸くさせた。

 

「ミラさんとジルさん…珍しい組み合わせだね」

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)の新人が意外そうにそう口にすると、向かい側に座っているグレイが「珍しい?」と片眉を上げた。

 

「お前、ミラちゃんとジルが付き合ってんの知らねぇのかよ」

「え、うそ…!? あのふたりが…!?」

 

 ルーシィは声を抑えつつ、驚きの声をあげた。ミラジェーンに恋人がいることは本人の口から聞かされてはいたが、相手が誰かまでは知らなかった。そのときはまだ、ジルと知り合う前であったからだ。

 

「いやいや、いつもふたりで話してるし、一緒に買い出しに行っての見てんだろ?」

「いや…ミラさん優しいから、ボランティア精神でジルさんの相手をしてあげてんのかと…」

「…お前、エルザ並みに酷いこと言うのな」

 

 グレイは呆れたように言った──ちなみにいつの間にか、上着が消えている──。

 そうは言われても、ルーシィはどうしても納得できなかった。

 あの無感情でドライなジルが、まさか恋人を作るなどと──、

 

 つぎの瞬間、ルーシィの思考を遮ったのは超絶技巧の旋律であった。音の正体は、喪服の麗人が奏でるヴァイオリンの音色。

 ひそやかな麗音が一瞬にして、大広間にいるすべての人間の心を鷲掴みにし、先程まで新しくなったギルドの居心地の悪さにそわそわしていたナツでさえ、ジルを食い入るように見つめている。

 

「うまっ…!」

 

 ルーシィは感嘆の声をあげた。

 ハートフィリア家の令嬢として10年ほどヴァイオリンを習わされていたが、彼女自身才能がなかったのと、そもそも好きでもない習い事に対するモチベーションがなかったため、人並み程度の腕しかない。

 だが、そんな彼女から見ても、ジルのヴァイオリンテクニックは明らかに達人(プロ)の域に達していた。正確さも、間も、強弱も完璧である。

 

「ジルさん、ヴァイオリン弾けたんだ…何年ぐらいやってるの?」

 

 ルーシィがグレイ──穿いていたジーンズがどこかへ消えている──に尋ねると、驚きの回答が返ってきた。

 

「確か一年ちょいだったかな。ほぼ独学だってよ」

「い、一年…!? 独学…!?」

「まぁ、さすがにイチから独学ってのは無理だぜ? 音楽の先生にわからないこと聞いたりしてたらしいけど」

「いやいや、それでもすごいから…!」

 

 たかだか一年、しかもほぼ独学でハイレベルな技術を習得できるものなのだろうか? 次元がかけ離れすぎて、嘘なのかと思ってしまう。

 だが、ジルの楽器奏者としてのは逸話はそれだけに留まらなかった。

 

「プロの音楽団のヘルプだったり、曲の提供だったりであちこち飛び回って結構稼いでるらしいぜ? 本人は目立つことはしたくないからって言って、名前と顔を変えてるみてぇだけど。あとピアノも独学で、この前遊び感覚でコンテストに応募したら入賞──」

「ご、ごめん、グレイ…。凄すぎて、ミラさんの歌が全然入ってこない…」

 

 先程からミラジェーンの歌声が心地よく耳をくすぐられているが、ジルの悪魔じみた才能話のせいで感動が半減されてしまっていた。

 

「前世は音楽家だったんかね。何故かギターとかドラムとかは全然上達しなかったけどな。…って、ナツ!! 暴れんじゃねぇッ!!!」

 

 突然、何故かナツが怒号を発してテーブルをひっくり返してきたためグレイ──とうとう下着まで消えた──は当然の如く怒りの形相で掴みかかった。

 すると、今度はエルフマンが姉の歌を邪魔する不届き者たちに鉄拳制裁した。その拍子に、エルザが今まさに食べようとしていた、大好物のイチゴのショートケーキが床に落ち、見るも無惨な姿に変えられた。

 食べ物の恨みは恐ろしいとはよくいったもので、ケーキ一つで修羅と化した妖精女王(ティターニア)が周囲にいる人間を手当り次第に八つ裂きにした。

 それが波及効果となり、ある者は怒り、ある者は楽しんで暴れ回った。自由を謳歌することをモットーとしている妖精の尻尾(フェアリーテイル)の悪癖が出てしまったのである。

 

「バラードなんか歌ってる場合じゃないわね」

 

 目の前で繰り広げられる、無秩序で解放的な饗宴を見て、ミラジェーンはくすりと笑った。そして、ジルの方に顔を向ける。

 

「ジル! ロックで行きましょ?」

「ん? いや…ロックは──」

「変身ーーー!!!」

 

 相手の返答を待たずして、ミラジェーンは変身魔法で衣装を変えた。黒革のロックコスチュームにドレスアップした彼女はギターの音色を歪ませ、仲間たちの喧騒に合わせてハードロックのフレーズを奏ではじめた。

 ひとり取り残された喪服の青年は大きく肩を竦め、ロックは苦手だと言わんばかりにそのまま静かにステージから立ち去っていった。

 

 

「ミラさんって、ジルさんと付き合ってるって本当ですか?」

 

 場にようやく落ち着きを取り戻した頃、カウンター席に座ったルーシィは早速ミラジェーンにジルとの関係を尋ねた。

 

「あら、言ってなかった?」

「いえ、全くの初耳です!」

 

 恋人がいることは知ってはいたが、相手が誰かまでは知らなかった。

 しかし、改めて本人から聞かされても、やはり違和感が拭えない。妖精の尻尾(フェアリーテイル)看板娘(アイドル)と、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の嫌われ者──正反対の二人が交際しているなど。

 

「ミラさんって、ジルさんのどこが好きなんですか? 正直、周りから良い噂聞かないですよ?」

「ルーシィ? あんまり他人の噂だけで人を判断しちゃダメよ?」

「あ、いや…ごめんなさいっ」

 

 優しい口調で言われたが、どこか棘を感じ、ルーシィは迂闊なことを言ってしまった自分に自嘲し、謝罪した。

 しかし、良い噂を聞かないのはまぎれもない事実であった。

 特にエルザ・スカーレットの、ジルへの誹謗中傷は容赦なかった。「騙されるなよ、ルーシィ。奴は顔だけの男だ。卑怯で姑息で、正論を口にするが倫理性が全くない。おまけに喫煙者で、嘘つきで、他人がどうなろうとどうでもいいと思っているクズだ。顔だけだ。顔だけが唯一の取り柄なんだ。もう少しモラルあれば、良い男なんだがな。あの顔は本当に宝の持ち腐れだ」

 とりあえず性格は嫌いだが、顔だけは物凄く好きだってことがわかった。

 話を聞かされたミラジェーンは大きく笑った。

 

「あははっ! エルザはああ言うけど、なんだかんだジルのことが好きなのよ。ジルもジルで、エルザみたいなタイプの方がやり易いんだと思う。すっごく仲良しよ。ナツとグレイみたいな関係だと思ってくれればいいわ」

「それ、仲良しなんですか?」

 

 ナツたちで例えられると余計に仲の悪い関係に思えてしまう。ミラジェーンにしかわからない感覚なのだろう。

 それはさて置き、ルーシィは改めてジルのどこに惚れたのかと尋ねると、ミラジェーンは神妙な顔つきになった。

 

「今思えば…一目惚れ、だったのかな。見た目──というより、雰囲気がね」

 

 悪魔(メフィスト)を愛する少女は、出会ったばかりの頃を思い出して、小さく笑った。

 

「不愛想で、無口で、自分も周りも冷めた目で見てて。だけど、たまに可愛らしくて、不器用で、不安定で…ほっとけないのよね」

 

 ルーシィは相槌することも忘れて聞き入っている。

 

「皆はあの人のことを酷い人だと言っているし…間違ってはいない。だけど、あの人は、本質的には優しい人──いや、ある意味(・・・・)誰よりも優しかった。だから…ああなって(・・・・・)しまった」

 

 何かを思い出したのか、ミラジェーンの蒼氷色(アイスブルー)の瞳が虚空を見つめる。

 

「だから、私がいる(・・・・)。私があの人を愛して、受け止めて、支えないと…あの人を孤独にさせてしまうから。もちろん、義務感や同情なんかじゃなくてね」

「…はい」

 

 ルーシィは曖昧な表情で相槌を打った。

 だが、ミラジェーンのその献身的な愛情深さがどこか危ういと、直感的に感じ取ってしまった。しかし、恋愛経験ゼロの女の勘など当てになるはずないと、すぐに頭の隅に追いやった。

 

「…でも、ジルさんってミラさんのどこに惚れたんですかね?」

 

 ルーシィが一番引っかかっている部分はそこであった。ミラジェーンがジルに惚れているのはわかったが、ジルの方はまず恋愛に興味なさそうな勝手なイメージがあった。

 ルーシィが疑問を呈したその瞬間、

 

「さぁ…」

 

 男女ともに魅了する絶世の美貌に(かげ)りが差した。

 

「私のどこを…好きになったんだろうな、あいつは」

「ミ、ミラさん…?」

 

 突然、看板娘の口調ががらりと変わり、ルーシィは戸惑いを覚えた。

 そして、これ以上追及することができなかった。ジルとミラジェーンの関係はごく普通の恋愛関係などではなく、想像していた以上に複雑なようだ。

 別れた方が良いのではないかと思ったが、結局それは本人たちの問題であって、赤の他人が口を出すことではないためルーシィは口を噤んだ。

 そんな彼女の心情を察したのか、重くなった雰囲気を払拭するため、ミラジェーンはいつもの笑顔で話題を振った。

 

「そういえばルーシィはどうなの? ここにもすっかり馴染んできたから、気になる人とかいない?」

「えッ? い、いやぁ…どうなんですかねー」

 

 急に自分への話を振られたため、ルーシィは動揺した。思えば、ギルド内での恋愛など全く意識していなかった。整った顔立ちの男は何人かいるし、メンバーのほとんどがとてもフランクで良くしてもらっている。だが、恋愛に結び付けるかどうかは別の話である。

 

「ナツとかは? きっとルーシィのこと、好きだと思うけどな~」

「な、何を言ってるんですか!?」

 

 ミラジェーンの悪戯っぽい笑顔をルーシィは直視することができなかった。

 いったい何を根拠にそんなことを言いだすのか。正直ミラジェーンは天然なところがあるため、迂闊に真に受けるのは危険だ。

 だが、いざそんなことを言われると意識してしまう。顔は良いし、メチャクチャな性格だが、天真爛漫と思えば好感が持てる。ミラジェーンの言う通り、ナツは本当に自分のことを──

 

「ね、ジルもそう思うでしょ?」

「…え、ジルさん?」

 

 何故、今この場にいない男の話をするのか。ミラジェーンの天然っぷりに呆れつつ、ルーシィはふと隣の方に顔を向けると、

 

「って、おぅわッ!!?」

「人の顔を見るなり失礼ではないかね?」

 

 いつの間にか隣の席に喪服の麗人が座っていたため、ルーシィは元財閥の令嬢らしからぬ声で驚愕した。

 彼女の反応にくすりと笑いつつ、ミラジェーンはジルに話を振る。

 

「ジルから見て、ナツってルーシィのこと好きだと思う?」

「さぁ? 彼は誰にでも、ああいう感じだとは思うが」

 

 喪服の男は相変わらず興味のなさそうな表情で煙草をくわえ、ライターで火をつける。紫煙をたっぷりと吐き出してから、生気のない瞳をルーシィに向けた。

 

「まぁ、余計なお世話だと思うがねルーシィ。早いうちに男を知っておくといい。君はちょくちょく色仕掛けをしているが、正直生娘のくせに〝こうすれば男はオチるだろう〟という考えが毎回透けて見えてあざと過ぎる(・・・・・・)。せっかく良いもの(・・・・)を持っているのに、それでは宝の持ち腐れだ。男の味を知れば、少しはマシになるだろう」

「いや、本当に余計なお世話ッ!!!!」

 

 自分の身体を腕で隠しながらルーシィは顔を真っ赤にした。セクハラ発言とも取れるが、何もかも見抜かれてて、言っていることは的確である。デリカシーはないが。

 

「もう~、ジルったら。そんなんだから人から嫌われるんじゃない」

「嫌われるのはかまわんよ」

 

 ミラジェーンが困ったような表情で注意するが、ジルは全く悪びれた様子がない。

 

──やっぱり違和感あるなぁ、このふたり…。

 

 仲睦まじく会話する美しい男女を見ながら、ルーシィは改めてそんなことを思った。決して仲が悪いようには見えないし、表面上だけの関係にも見えない。

 だが、どこか刹那的で、ちょっとしたことで崩れ去るような危うさも垣間見えた。

 

──でも…幸せになってほしいな…。

 

 心の中で、ルーシィはそう願ったのだった。

 

 

「クソがッ!!!!」

 

 ラクサス・ドレアーは今、かつて無いほどに怒りに震えていた。

 

 彼がもっとも忌避することは、自身が所属するギルド──妖精の尻尾(フェアリーテイル)を侮辱されることだ。

 幽鬼の支配者(ファントムロード)の一件から、それは顕著に現れた。

 噂が横行し、妖精の尻尾(フェアリーテイル)はS級魔導士がいなければ大したことないだの、聖十(せいてん)のマカロフは雑兵に不意打ちを受けて死にかけただのと、ある事ない事関わらずラクサスの耳に嫌でも入りこんだ。

 しかも、ギルドを建て直したことで週刊ソーサラーの取材が入った。当然あの荒くれ者集団が大人しくしてるはずもなく、多くの者が目にする人気雑誌に妖精の尻尾(フェアリーテイル)の醜態が晒され、余計に嘲笑の的となってしまった。

 

 そして、ラクサスにとって決定打となったのは事の発端である幽鬼の支配者(ファントムロード)のメンバー──ガジル・レッドフォックスとジュビア・ロクサーをどういう訳か、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の一員として迎え入れたことだ。

 祖父(マカロフ)はいったい何を考えているのか。ギルドに戦争を仕掛けてきた張本人を許すどころか、仲間にするなど周囲の目にどう映るのか。

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)は最強でなければならない。厳かでなければならない。

 誰人も侮辱することができないほどの、圧倒的な力を誇示しなければならない。

 

 祖父はすでに耄碌(もうろく)している。だが、未だマスターの座にしがみついていて、跡を継がせる気がない。

 ならば、引きずり下ろせばいい。

 

──もう我慢の限界だ…!!! 妖精の尻尾(フェアリーテイル)は俺が頂く…!!!!

 

 ついに怒髪天を衝いたラクサスは、燻っていた反逆の意思を雷鳴の如く轟かせたのであった。

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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