悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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間話:x781年 ジルとラクサス・後編

「下りてこい、ラクサス。てめぇは全殺しだ」

 

 ミラジェーンはかつてないほどに怒りに震えていた。

 自分が迫害されていたときよりもずっと深い、灼熱の憤怒が瞳に宿っている。

 

 彼女の姿を見て、周りの者たちは恐怖で顔面を蒼白させた。

 それは異形の姿だからではなく、いつも怒りっぽい彼女が、今度ばかりは程度が違う(・・・・・)と察したからだ。

 

 だが、唯一──S級魔導士ラクサス・ドレアーだけは二階から人を食ったような笑みを浮かべていた。

 

「てめぇがあがってこいよ、バケモン(・・・・)

 

 爆音が響いた。

 

 ミラジェーンは赤黒い疾風と化し、一瞬にして間合いを詰めた。

 硬い鱗に覆われた拳を振るう。だが、空を切り、床を打ち抜いた。

 

 ラクサスは、空中にいた。

 

 雷が落ちる。いくつもの光の刃が、悪魔に向かって殺到する。

 ミラジェーンは翼をはためかせ、低空飛行して、すべて躱していく。

 手のひらを向ける。魔力を収束させ、上空でふんぞり返る男に魔弾を放つ。

 ラクサスは難なく避ける。魔弾が天井を砕き、木の破片が落ちていく。

 再び雷撃を落とそうとしたが、そのときにはすでに美しい魔が迫っていた。

 拳と拳が交差する。

 

 ラクサスとミラジェーン以外の者たちは固唾を呑むことしかできなかった。

 片やS級魔導士、片やS級魔導士でないにせよそれに準ずる力を持つ魔導士。

 止めることなどできない。下手に割って入れば、巻き込まれる。

 

 そんな中、ふたりの争いを見て、怒りを覚えている者がいた。

 

「お前ら…! お前ら、何やってんだよ!!?」

 

 滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)の少年──ナツ・ドラグニルである。

 どんな理由であれ、仲間同士の争うなどあまりにも愚かだと思ったのだろう。

 彼は叫んだ。

 

「おれも混ぜてくれたっていいだろうがぁ~~~~~~~~!!!」

 

 ナツはバトルジャンキーである。特に相手が強者となると、闘争心がさらに燃えたぎる悪癖を持っている。

 

 勝手にひとりで燃えてきた彼はウキウキとした表情で二階へ上がった。ラクサスとミラジェーンふたり同時に戦えるなど、これほど嬉しいことはない。

 残念ながら今日にかぎってエルザが不在だが、贅沢は言わない。ラクサスたちを倒してからでも問題はない。

 そして、ゆくゆくはギルダーツも──

 

「邪魔だ!!!」

 

 ミラジェーンに蹴り飛ばされ、ナツは一階へ叩き落とされた。

 

 気を取り直してミラジェーンは再度ラクサスに迫った。

 肉薄した女の鉄拳を、ラクサスは腕を交差して受けとめた。骨が悲鳴をあげる。重い一撃──女とはいえ、見た目以上の怪力だ。

 拳を受けとめたまま、ラクサスは蹴りを放った。つま先が脇腹をとらえ、ミラジェーンがよろける。さらに追撃してやろうと、ラクサスは両の拳を握って、殴りかかろうとした。

 だが、突如、左足が何かに引っ張られて、体勢を崩した。

 ラクサスはちらりと見た。左足に鱗の生えた触手のようなものが巻きついている──ミラジェーンの尻尾だ。

 そのことに気付いたときには、顔面に拳を叩きこまれた。砕ける音が響く。鼻骨を叩き折られ、鼻血をまき散らした。

 

 ラクサスがぎょろりとミラジェーンを睨みつけた。瞬間、発雷。拳と尻尾を介して、凄まじい雷撃がミラジェーンの全身を襲った。

 

 凄絶な空中戦が繰り広げられる中、ジルは目を覚ました。

 

「よかった。目ぇ覚めたか、ジル」

「大丈夫、ジル?」

 

 目を開けると、グレイやリサーナたちが心配そうな顔でのぞき込んでいた。

 ジルは黙って、視線を動かす。ラクサスと、銀髪の異形が殴り合っている。姿形が変わってはいるが、異形の正体はミラジェーンであると、ジルはすぐに察した。

 

 無益な真似を──とは思ったが、自分にも責任があるとすぐに自嘲した。

 

「ね、ねぇ、ジル…。ミラ姉たち、止められない…?」

 

 ミラジェーンの実妹──リサーナが今にも泣きだしそうな顔をしていた。横に佇むカナも不安の色を隠せない。

 互角の戦い──に見えたが、ミラジェーンがやや劣勢だ。

 ラクサスの攻撃を受けるたびに全身に電気が走り、身体の動きを鈍らせ、じわじわと体力を奪っていく。

 

 ジルは冷静に指示を出す。

 

「リサーナ、カナ、それとハッピー。今すぐジェットを探して、ギルダーツを連れてくるよう頼んでくれ。おそらく近くにいるはずだ」

 

 エルザとマスター・マカロフがいない今、ミラジェーンたちの戦いを止められるのはギルダーツしかいない。

 だが、彼の自宅はギルドから遠い場所にある。

 ジェットの足ならば、すぐに連れてこられるはずだ。

 

「わ、わかった!」

 

 リサーナとカナは走った。ハッピーも背中から翼を生やして飛んでいった。

 

「くっそー。ラクサスのヤツ、強ぇうえに空飛べるってズル過ぎだろ。羽根もなしにどうやってんだ、あれ?」

 

 グレイが素朴な疑問を口にすると、ジルは小さくつぶやいた。

 

「イオノクラフト効果…」

「…ん? なんて?」

「グレイ君、頼みがある」

 

 ジルは腰のホルスターから漆黒の本──‶エルの書〟を取りだした。

 

「二階に、ラクサスが使っていたジョッキがある。それを取ってきてくれ」

「おれをナツの二の舞にさせる気か!?」

 

 グレイが怒鳴るのも無理はない。

 

「ジョッキなんざ、その辺にいくらでもあんだろ!?」

「正確にはラクサスの唾液が欲しいんだ。頼む」

「いや、ヘンタイかよ」

 

 半裸の少年は自分のことを棚にあげた。

 だが、ジルとはまだ短い付き合いだが、こんなときに冗談を言ったり、変態行為に走る人間ではないことは知っている。

 

 下着一丁のグレイは造形魔法で氷の盾を作り、自分の身を守りながら二階へあがっていった。

 

 ジルは懐から小振りのナイフを取りだした。鼻血を拭い、それをナイフに塗りたくったあと、床に魔法陣を描きはじめた。

 

「ははははははっ!! どうしたよ、バケモン(・・・・)!! 動きが鈍くなってるぜ!!」

 

 ラクサスは哄笑した。鼻血を垂らし、ところどころにアザをつくりながらも彼は強者としての余裕を保っていた。

 

 ミラジェーンは歯噛みした。正直、今まで戦ってきた誰よりも強い。

 だが、負けるわけにはいかない。ラクサスの言動にはいつも苛立っていた。自分の能力にうぬぼれ、他者を見下し、傷付ける男に負けることなどあってはならない。

 

 ミラジェーンは飛翔した。電撃を流されることを覚悟し、接近戦で一気に勝負を決める!

 瞬間、真下から稲妻が昇った。

 

「落ちるだけが雷じゃねーぞ」

 

 完全に不意を突かれた。雷撃がミラジェーンの身体を焼いた。

 

 ラクサスは飛翔した。このまま叩き落としてやる!

 そのときだった。

 

《‶エルの書〟ページ127──ロイカスの翼》

 

 ラクサスは落下した。

 突如、帯電による浮遊能力が失われ、空中から真っ逆さまに落ちていく。

 

──なんだ…!? 何が起こった…!?

 

 ラクサスは混乱し、落下しながら周りを見渡した。

 すると、ひとりの少年を見つけた。ジルだ。彼は魔導書を広げつつ、魔法陣の前に立っていた。そして、その魔法陣の中心には、先ほどまで自分が口をつけていたジョッキが置かれている。

 

──あのクソガキ…!!!

 

 ラクサスは床に叩きつけられた。鈍い音が響く。

 先ほどまで、圧倒的な力を誇っていた男が、うつ伏せの状態のまま動かなくなった。うめき声ひとつあげない。

 

 場が、しんと静まりかえった。

 誰ひとりとして、声を発さず、ただただ唖然と立ち尽くすのみだった。

 

「ありがとう、ジル。助かった」

 

 ミラジェーンが降りたった。白磁の肌がところどころ焼き焦げている。

 ジルにお礼を言った彼女だったが、慌てて顔を背けた。思えば、接収(テイクオーバー)した自分の姿を初めて見せたのだ。

 

「ご、ごめん…。こんなの見せて──」

「いや、まだだ(・・・)

 

 ジルの意識は別のところにあった。

 

 瞬間、彼がミラジェーンを突き飛ばすとともに、光の槍が飛来した。真っすぐに投擲された雷槍がジルの胴体を突き刺し、激しく焼いた。

 

 ミラジェーンが反射的に振り返った。

 いつの間にか、ラクサスが立ち上がっていた。左腕がだらりと下がっている。落下した際に、骨折したようだ。

 だが、その身からにじみ出る覇気、怒気、闘気が苛烈に燃えたぎっている。まるで、別人だ。

 

「てめぇ…!!!」

 

 ミラジェーンが吠えた。

 一気に間合いを詰め、殴りかかろうとした瞬間、ラクサスの右腕が振り下ろされた。

 まるで、竜の顎のような重たい一撃がミラジェーンを打ち下ろし、そのまま床に叩きつけた。

 

 ラクサスはジルに向かって走った。道中、グレイたちが阻もうとしてきたが、拳を振るい、雷撃を飛ばして軽くねじ伏せる。

 

 ラクサスはジルの首を掴み、軽々と持ち上げた。雷槍によって胸が焼けただれていたが、それでも容赦しない。

 

「よう、お前…殺されても、死なないんだったな?」

 

 ラクサスの犬歯が、異様に長く伸びていた。

 

 ジルの表情は変わらない。恐れも、怒りも、悲しみもない。ただただ、感情のない眼差しでラクサスを見下ろしていた。

 

 発電。ラクサスに電流を流しこまれ、少年の身体がびくびくと痙攣する。

 

「だったら試させてくれよ。人間が、どの程度の電圧で死ぬかってな」

「や、やめろ…」

 

 ミラジェーンがつぶやいた。

 だが、先ほどの一撃で接収(テイクオーバー)が解けてしまった。しかも、痛みと雷撃で、身体が麻痺して動けない。

 ミラジェーンは嘆いた。自分の力に自信を持っていた。だが、怒りに身を任せたら、この様だ。

 自分がラクサスに向かってこなければ、ジルが痛めつけられることはなかったのだろうか?

 

 電圧が強まる。

 ジルは白目をむいた。口から泡を吐き、身体の痙攣が大きくなる。

 

「ち、ちくしょう…!」

 

 ミラジェーンが自身の無力さに、涙を流しそうになった、そのときだった。

 

 突如、電流が止まり、ジルの痙攣がおさまった。

 ラクサスは視線を動かし、自分の腕を掴んでいる男を睨みつけた。

 ギルダーツ・クライヴ──妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の偉丈夫が、ラクサスを無表情に見すえていた。

 

 ラクサスは黙って電流を流そうとした。だが、できない。

 おそらく、ギルダーツの能力だろう。魔力(でんき)の流れを、クラッシュで断絶しているのだ。ただ物を壊すだけの魔法かと思ったら、器用に応用している。

 

 ギルダーツは静かに口を開く。

 

「もう、それくらいでいいだろ、ラクサス? ジルを離してやれ」

「ふざけんな…!!」

 

 雷光とともに、ラクサスの目が血走る。

 

「おれはこいつに二階から落とされて、腕折られたんだぞ!! なぁ、こいつ、死なない(・・・・)んだろ!? だったら一回ぐらい殺させてもいいだろ!?」

「………」

「あとな、気安く触るな…! 二度と歩けない身体にしてやるぞ…!!」

「…ああ、そうだったな。悪い、悪い」

 

 ギルダーツはぱっと手を離した。

 

気安く触るんじゃなかった(・・・・・・・・・・・・)

 

 服の右袖が弾け飛んだ。

 ラクサスはぞっとした。改めて思ったのだ──目の前にいる男に触れられただけでも、生殺与奪を握られてしまう。

 

「なぁ、頼むよ」

 

 ギルダーツは穏やかな口調で説き伏せる。

 

「マスターには何も言わないでおいてやる。ギルドの修理費もおれが何とかする。だけどさ、せめてレビィの本を弁償してくれてもいいだろ? すげぇ稼いでんだから。ああ、わかってる。道歩きながら本読みのは間違ってるよな? だがな、やり方ってもんがあるだろ? おれは今、ものすごく当たり前なこと言ってるぞ? 遊び人のおれにこんなこと言わせんなよ。自分で言ってて悲しくなってきた。それとも、代わりにマスターに弁償させるか? マスターだったら出してくれそうだよな? どうする? なぁ、どうする?」

「………」

 

 ラクサスは黙って、ジルから手を離した。そして、ポケットから財布を出し、札束を床に放り投げた。

 そのまま何も言わず、驚くほど静かに立ち去っていった。

 

 ラクサスの背中を見送ったあと、ギルダーツはげんなりとした表情でため息をついた。

 

 

「なんだ、ナツはラクサスにやられたってわけじゃねーのか」

「ああ、ミラにやられた」

「だって邪魔でしかなかったから」

「ナツ。これもミラからの愛情だと思え。おれの母ちゃんにそっくりだ」

「おっさんが母ちゃん呼ばわりすんな。56歳」

「今年で42だ!」

「み、皆、あんまり騒がないほうが…」

 

 騒々しい会話が、ジルの目を覚まさせた。

 見知らぬ天井──というわけではない。病室の天井だ。何回か見たことある。

 ジルが目覚めると、最初に気付いたのはミラジェーンだった。

 

「ジル! 大丈夫か!?」

 

 ジルは何も答えなかった。

 正直、大丈夫なはずはない。S級魔導士に殺されかけたのだ。死ねないというだけで痛みは続く。

 

「…ミラジェーンは?」

 

 包帯が巻かれた肌を見ながら、ジルは静かに問う。

 自分は死ぬ心配はない。多少の怪我も他の人間より治りが早い。

 だが、他の人間は違う。

 

 ミラジェーンは穏やかに首を振った。

 

「わたしは頑丈だから大丈夫。ジルが助けてくれたし」

 

 ジルとしては、あの程度の働きで助けたなどとは思っていない。ただの時間稼ぎでしかない。

 

 そのとき、誰かがすすり泣く声が聞こえた。

 ジルたちが視線を向けると、レビィが大粒の涙を流していた。

 

「皆、バカだよ…。わたしがバカなことしたせいで…こんなことになるなんて…」

 

 レビィの手には、ラクサスが床にバラまいた札束が握らされていた。

 

「こんなの、別に欲しくなかった…。元はといえば、全部わたしが悪くて…。わたしが我慢して、我慢して…ひとりで泣いて、すっきりして、開き直って…いつも通りに振るまえば、それでよかったのに…。わたしが…ジルや、ミラたちを巻き込んで、傷付けたみたいで…。わたしなんかのために、こんなこと…してほしくなかった」

 

 ミラジェーンは額に青筋を立てた。自分は気に入らない奴を殴りかかっただけだ。

 だが、ジルは違う。確かにジルは無謀だったかもしれない。だが、それもこれもレビィのことを想ってしたことではないか!

 ミラジェーンは怒鳴ろうとしたが、それよりも先にギルダーツが静かに口を開いた。

 

「ああ、まったくもって、しんどいよな。そんなつもりはなくても、人を傷付けてしまったり、迷惑かけちまうしよ。おれなんざ、40になっても未だに間違うぜ? 申し訳なくって、ひとりで生きたほうが楽なんじゃないかってたまに思うよ」

 

 ナツが横で「難しく考えすぎじゃね?」って言うと、ミラジェーンに「黙ってろ」と制された。

 ギルダーツはつづける。

 

「ジェットとドロイは勇気がない自分に悔しくて泣いてて、ジルはケンカ弱ぇくせにラクサスに向かっていったんだ。全部、お前のためなんだよ。わたしなんか(・・・・・・)って言ってるお前のために。そういう仲間がひとりいるだけでも、どれだけ尊いか。おれの場合、何人か先立たれちまったよ」

 

 レビィのすすり泣く声がだけが響く。

 

「そういうの全部ひっくるめてイヤだって言うんなら、お前はちょっとだけ…他人と生きていくのに向いてねぇよ」

 

 レビィは何も答えなかった。

 ギルダーツとしては、自分の言うことを聞いてほしいとは思わなかった。

 どうするかは任せる。ただ、彼女に後悔しない生き方をしてほしかった。

 だからあえて言葉にする。

 

「受け取ってやんな。それで、同じもん買え。しんどくても、それでも買って、いつまでも持ってろ。苦しかったら何かで返せ。カネじゃなくてもいいんだからよ」

 

 そこでギルダーツは、ベッドに横たわっている美少年に話を振った。

 

「なぁ、ジル。そうだろ? お前からも何か言ってやれ」

「私は、あまりにも高額だったのでラクサスに弁償させる以外ないと思ったまでです」

「お前って奴は…」

 

 いつも通りの冷めた返しをされ、ギルダーツは嘆くように天を仰いだ。

 そのやり取りがどこかおかしく思え、レビィは涙を流しながら、少しだけくすりと笑った。

 

 

「なぁ、不良中年」

「なんだ不良娘」

 

 待合室で会計待ちしているギルダーツに、ミラジェーンが話しかけた。

 

「わたしに、戦い方を教えてくれよ」

 

 最強の男は、少女をちらりと見たあと、不快げに吐き捨てた。

 

「嫌に決まってるだろ」

「な…!? どうして…!?」

「目ぇ見ればわかる。気に入らない奴をボコるために力をつけようなんざ、ラクサスと変わんねぇよ」

「それの何が悪いんだよ!?」

 

 瞬間、ギルダーツがミラジェーンと視線を合わせた。ラクサスにも見せなかった、怒りの眼差しで。

 

「いいか。魔導士(おれたち)の力はな、おいそれと無闇に使っていい代物じゃないんだよ。戦わなくちゃいけないときだってあるさ、強くなくちゃ大切な奴を守れないときだってある。だけどな、おれたちは常に自分の力と向き合って、そんな矛盾の中で苦しまなくちゃいけないんだ。それで、ムカつく奴を倒すために強くなるんだったら、ふざけんな。そんな気概でいたら、いつか絶対後悔するぞ」

 

 ふたりは無言で睨み合った。

 それからしばらくして、先に沈黙を破ったのはミラジェーンだった。

 

「でも…わたし…何も、できなかった…」

「…え、お、おい…」

「ラクサスがジルを傷付けて、それが許せなくて…絶対負けたくないと思ったのに…。でも…負けて…。ジルが殺されそうになっていくのを、わたしは…ただ見ることしか…できなかった…。わたしじゃ守ることができなくて、それが悔しくて…」

「お、お前…。そんな、泣くことねーだろ…」

 

 不良娘の泣き顔を初めて見せられたギルダーツは罰悪そうに困りはてた。女の涙というやつは、何回見ても、いくつになっても慣れない。

 大きくため息をついたあと、約束を取り交わす。

 

「…強くなっても、誰かを守るために力を使うと約束するか?」

 

 少女は小さくうなづく。

 

「あと、おれのことを不良中年だと言って回ったりしないな? 約束できるか?」

「それは無理…」

「せめて間を置いてくれてもいいだろ!? もういい!!」

 

 ラクサスもミラジェーンも本気で戦ってはいなかった。

 でなければ、建物(ギルド)は完全に倒壊されていたし、近隣住民や仲間たちに多大なる被害を及ぼしていたことだろう。

 もし、本気で殺し合っていれば、それこそ戦い方を教える気はなかった。

 

「おれがギルドにいる間だけな。ジルのこともあるし、あんまり付きっきりで教えてやれねぇ。おれがいなくても教わったことを復習し、ちゃんとひとりで鍛錬しろ。いいな?」

 

 ミラジェーンは大きくうなずいた。

 

 それを一瞥したギルダーツは、ギルドの先行きについて少し心配になった。

 というより、ラクサスのことだ。あれは何やら闇が深いように見える。

 

 父親はともかく、祖父が偉大だと周りに何かと言われるのは無理ないことだ。

 だからこそ、ラクサスはあそこまで力をつけることができた。だが、その代わり、心は屈折していく一方だ。

 

──おれがいなくなるまで解決できるといいんだが…。

 

 100年クエストまでの期限が迫りつつある。

 

 正直なところ、自分の存在がラクサスの抑止力になっていることをギルダーツは自覚せざるをえなかった。今回のことでも、自分がいなかったらどうなっていたことか。

 だが、抑止力だけでは、ラクサスの心を真に救うことはできない。

 では、どうするか。

 

──まぁ、おれが考えてもしょうがないな。

 

 ギルダーツ・クライヴは妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強の男であっても、未来を予見できるほど全知全能ではなかった。

 そうでなければ、のちにラクサスが破門されることも、ジルがラクサス以上のおぞましい存在になることも予見できなかったのだ。

 

 

「…ごめんね、ジル。わたしのために」

 

 病室に残されたのはベッドに横たわるジルと、レビィのふたりだけだった。

 レビィは何とも言えない表情で、手元にある札束を見下ろしている。それに対し、ジルは冷静に返す。

 

「今までの借りを返そうとしたまでだ」

「それでもだよ。優しいんだよ、ジルは」

「………」

「でも、あんまり無茶しないで。ジルが傷付くのは、見たくないから」

 

 ジルは何も答えなかった。

 褒められたり、心配されるのが苦手なのだろうか──察したレビィはそれ以上何も言わなかった。

 やがて首を大きく振り、陰鬱していた気分を振り払った。

 

「じゃあ、わたしは行くね。本当にごめ…いや、ありがとう、ジル。今日のことは絶対忘れないし、無駄にしないから。お返しとして、買い直した本貸してあげるから」

「ああ、楽しみにしている」

 

 あの無感情なジルが楽しみ(・・・)にしている。そのことだけでも嬉しくて、レビィは表情をほころばせた。

 

「うん! 楽しみにしてて! じゃあね、ジル」

 

 本好きの少女は笑顔で立ち去っていった。足音がだんだん小さくなっていき、しばらくして何も聞こえなくなった。

 

 病室にひとり残されたジルは今日のことについて思いを馳せていた。

 

 今思えば、自分のした行為は合理的ではなかった。

 自分には、恐怖心と恥がない。だからラクサス相手でも弁償を要求することもできたし、何の躊躇いもなく土下座することもできた。

 だが、恥を捨てたからといって、ラクサスが素直にカネを出すわけではない。予想はしていた。

 

 戦いにおいてもそうだ。

 ギルダーツに及ばないとはいえ、ラクサスは圧倒的な力を誇っていた。何より容赦がない。

 そんな相手に真正面から戦っては、負ける。正しさを示したところで、力に負けては元も子もない。

 

 勝たなければ意味がない。何も、正しさや力にこだわる必要はない。

 すべては、結果だ。

 

──やり方(・・・)を考えなければな。

 

 ジルの中で、打算的な悪意が芽吹きはじめていた。

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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