悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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第十八話:忠誠と愛と悪意

 ミラジェーンが弟のエルフマンを見つけるまで、そう時間はかからなかった。

 エバーグリーンに敗北した彼は負傷していたが、命に別状はなかった。だが、歩くのがやっとで、ビーストソウルの発動はおろか戦うことすらままならない状態であった。

 

「いいって、姉ちゃん…ひとりで歩けるって…」

 

 漢らしい男を志す彼にとって、姉に肩を貸してもらうのはこのうえなく情けないのであろう。

 エルフマンは強がりを言うが、ミラジェーンは頑なに首を振った。男だとか言う以前に、怪我人なのだ。

 

「私、何もできないから。せめて、このくらいは…」

 

 何もしないの間違いではなくて…?と、ミラジェーンは心の中で自嘲した。

 

 だが、彼女もまた妹のリサーナの死がトラウマになっており、どうしても戦う意志を固められずにいた。

 仮に戦おうにも、長いブランクがある。元S級魔導士といえど、ラクサスどころか‶雷神衆〟すら敵わないかもしれない。

 それ以前に、接収(テイクオーバー)した悪魔の力に飲みこまれ、暴走する危険性だってある。

 

 頭に浮かんでくるものがことごとく言い訳に思え、ミラジェーンは苛立つ気持ちを抑えながら怪我人を労わってゆっくりと歩を進める。

 

 そのときであった。

 数十メートル先にある石橋の一部が、突然轟音とともに崩れ、ひとつの人影が落下してきた。

 

「カ、カナ!?」

 

 瓦礫と一緒に地面に叩きつけられたのは友人のカナ・アルベローナであった。長く抵抗していたのか、軽傷だが全身に打撲や切り傷を負っていた。

 

「──探す手間が省けたぞ、ミラジェーン」

 

 頭上──半壊した石橋から、男の声が聞こえてきた。

 ミラジェーンとエルフマンは声がした方向を仰ぎ見た。

 

 そこに立っていたのは、秀麗な顔立ちの男であった。

 腰まで伸ばした鮮緑色の髪と、目の下にある泣きぼくろが特徴的だった。ジル・アイリスと比べれば見劣りしてしまうが、その男もまた中性的で美しい顔をしていた。

 フリード・ジャスティーン──ラクサス親衛隊‶雷神衆〟のひとりにして、自他ともに認めるラクサス崇拝者であった。

 

 

 それは数十分前までさかのぼる。

 

 カルディア大聖堂にて、フリードは戸惑いの色を隠せなかった。

 彼が崇拝するラクサス・ドレアーが、バトル・オブ・フェアリーテイルを続行させるために〝神鳴殿(かみなりでん)〟を起動させ、マグノリアの住民を人質としたからだ。

 ラクサスが反逆を起こすことに特に反対する気持ちはなかった。妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターの座も、ラクサス以外に相応しい者はいないとも思っていた。

 だが、無関係の住民たちを危険に晒すことを是として良いものか。数年前のラクサスであれば、こんなことは絶対にしなかったはずだ…。

 

「何をしている、フリード。ビックスローとエバーグリーンは妖精狩りを続けているぞ」

 

 部下に背を向けたまま、ラクサスは低く呟いた。

 

 状況はあまり芳しくない。もうひとりの最強候補──ミストガンも参戦してきた。(じき)に、ここへ攻めこんでくるだろう。

 

「ミストガンは、おれがやるとして──問題はジルだ(・・・・・・)

 

 ラクサスは〝喪服の悪魔(メフィスト)〟を危険視していた。ある意味、S級魔導士(エルザたち)以上に。

 ジルと同じ場所に紋章を()れているビックスローも「あいつは他の人間とどこかおかしい」と警戒していた。人の魂を視認できるセイズマズルの言である。

 

 上級悪魔魔法の火力は厄介だが、基本的な戦闘能力が低いのは間違いない。しかし、どんな卑怯な手段や奇術を使ってくるか、わかったものではない。

 それに、石化解除の魔法を使ってから全く音沙汰がないのが妙である。あの詐欺師に時間を与えるのは危険だ。

 

「…おれの術式にも一切引っかからない。恐らく一ヶ所に留まって、身を潜めている。奴が隠れそうな場所をしらみ潰しに──」

「そんな時間はねぇ。第一、あの狐野郎がわかりやすい場所に巣穴作るかよ」

 

 部下からの提案をラクサスは冷静な口調で撥ねつけた。だが、手がないわけではない。

 

「わざわざ探すまでもねぇ。撒き餌をチラつかせて、いぶり出せばいい」

「…どうやって…?」

 

 あの黒狐を餌で釣るには、飛びっきり美味なものでなければならない。

 フリードが相手の言葉を待たずに質問したのは、自分の脳裏に浮かんだものを否定してもらいたかったからだ。

 だが、無情にもフリードの予想とラクサスの言葉が一致してしまった。

 

「わかってんだろ、ミラだよ(・・・・)。あいつを痛めつけろ」

 

 ミラジェーン・ストラウス──ジルと親密な関係にある彼女に拷問まがいのことをし、悪魔を招き寄せるための生贄にしろというのだ。

 

「昔は〝魔人〟とも言われたが、使い物にならないんじゃおれのギルドにはいらねぇよ。殺すつもりでやれ。そうじゃねぇと、奴は飛びつかねぇ」

「こ、殺す…!?」

 

 さすがの崇拝者も、驚きを禁じえなかった。

 ラクサスに妖精の尻尾(フェアリーテイル)の四代目マスターに就任させるため──ひいては、ギルドの改革のために同胞を手にかけるなど、あまりにも度を越しているのではないか。

 もし仮に殺したとして、その先はどうなる? 妖精の尻尾(フェアリーテイル)を闇ギルドに堕とすつもりか?

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のため──何より敬愛するラクサスのため、一線を越えぬようフリードは諫言する。

 

「今は敵でも、同じギルドの──」

 

「おれの命令が聞けねぇのかッ!!!!?」

 

 

 雷鳴の如き怒号が響きわたり、フリードは口を噤んだ。

 

 鬼の形相と、熾烈な眼光が、ラクサスの怒りを物語っていた。それが狂気じみていることは、フリードから見ても明らかであった。

 だが、諫めようにも、その立場にない。所詮、自分はラクサスの駒である。そして、駒であることを誇りに思っている。

 主に忠義を尽くす──そう自分に言い聞かせたフリードの美貌が冷たく、硬質化する。

 迷いで揺れ動いていた男の姿はどこにもいなかった。少なくとも、表面上は。

 

「──ここまでやってしまった以上、どの道戻れる道はない。おれはあんたについて行くよ。たとえ、それが地獄だとしても…」

 

 〝暗黒のフリード〟の異名を持つ男は踵を返した。

 

「本気で()る。後悔するなよ」

 

 それは果たして、ラクサスへの宣言なのか、自分への戒めなのか、フリード自身さえもわからなかった。或いは、はっきりとした答えをあえて出さずに、己の心を守ろうとしていたのかもしれない。

 だが、これから実行することに何ら変更はない。

 

 悪には悪──悪行を敢行する者には、悪行を以て制す。(ジル)を葬るために、自分も悪となろう。

 全ては、主への忠誠のために…。

 

 

 それから程なくして、バトル・オブ・フェアリーテイルの結果速報がエバーグリーンとビックスローの脱落が発表された。

 〝妖精女王(ティターニア)〟ことエルザ・スカーレットがエバーグリーンに難なく勝利し、ビックスローを打ち負かしたのは意外にも新人の星霊魔導士──ルーシィ・ハートフィリアであった。

 

「さすが、ルーちゃん! 私も負けてらんない!」

 

 速報を見て触発されたのはルーシィと特に親しい友人──レビィ・マクガーデン。

 本人はコンプレックスに思っているが、他の女性メンバーと比べて小柄で、細身の肢体が特徴的だった。

 顔は整ってはいるが、エルザのような凛とした雰囲気もなければ、ミラジェーンほどの華もない。だが、非凡なのは彼女の頭蓋骨の外側ではなく、中身のほうだった。

 

 読書を趣味としている彼女は様々なジャンルの書物を読み漁り、非常に博識だ。

 特に語学に関する知識は広いうえに、深く──フィオーレ王国内外だけでなく、現代では全く使われない古代文字でさえ、彼女の領域だった。

 努力と探究心で築きあげられたそれは、レビィ本人からしたら単なる趣味。他の者もそう思うだろう。

 

 だが、ジル・アイリスだけは一種の武器(・・・・・)として捉えていた。普段は役に立たないかもしれないが、状況によっては最高の切り札となる。

 故に、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバー構成を戦闘能力のみ特化させ、固有能力を持つメンバーを切り捨てることはあってはならないのだ。

 

 彼のその考え方はメンバーに対する思いやりなのか、メンバーをもの(・・)として捉えている事務的なものなのかはわからない。少なくとも、彼を知るほとんどの人間は後者と考えるだろう。

 だが、その答えは当の本人にしかわからないし、これから先明らかにされることはないであろう…。

 

「ふたりとも、もうちょっと待っててね! もう少しで解けるから」

 

 未だ術式に捕らわれているナツとガジルを解放するため、レビィは床一面に広げた数十冊もの辞書を見つつ筆を走らせる。

 術式の能力は確かに厄介だが、文字魔法というカテゴリーである以上、彼女の得意分野である。術式を書き換えるための能力も、知識も、勘も備わっている。

 

「…すげぇな、お前」

 

 ガジルから見て、目の前の少女が何をやっているかも、一人で何を言っているかもわからなかったが、素直に感心してしまう。

 

「この前もジルに語学教えたからね」

 

 紙に文字を書き込みつつ、レビィは頭と口を同時に動かす。

 

「突然教えてくれって言ってきたから何事かと思ったけど。今まで誰かに教える機会がなかったから、教える側に立つと色々気付くことがあるのよ。ジルも良い質問するから余計にね」

「…ジルって、この前ギター持って歌ってた姉ちゃんか?」

 

 ガジルは妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入っても他のメンバーと特に関わろうとしないため、未だに顔と名前が一致していない。

 彼の言葉に、レビィは声に出して笑った。

 

「あははっ! それ、ミラだよ! まぁ、〝ジル〟って女の子の名前だからまぎわらしいよね。ほら、いっつも真っ黒なスーツ着てる髪の長い男の子だよ」

「…あいつが?」

 

 ガジルはそこでようやく合点がいった。

 銀髪の女の横でヴァイオリンを弾いてきた喪服の美青年──あの男の匂いは以前から(・・・・)嗅覚で記憶していた。

 ガジルが不快そうに顔をしかめたが、紙面と睨めっこしているレビィは全く気付かずに話を続ける。

 

「彼のことを、嫌いにならないであげて。そりゃギルドに来てばっかりの頃から、ジルは変わってしまったけれど…そんなのは表面上だけで本当は優しい人だから」

「………」

 

 ガジルは何か言いかけたが、結局声をのんだ。自分にはその資格がないと判断したからだ。

 

「よし、解けたぁ!!」

 

 そんな彼の心情など露知らず、レビィは満ち足りた表情(かお)で立ち上がった。

 

「じゃあ、術式を書き換えてくるね!」

「よっしゃあ! これでようやくラクサスと戦える!!」

 

 ナツは戦意を漲らせた。

 その横でガジルは、心優しき少女の後ろ姿を何とも言えぬ表情で眺めていた。

 

──お前…気付いてねぇのか…?

 

 レビィたちを襲った日の晩のこと──そのときに香った煙草の匂いを、ガジルは決して忘れないであろう。

 

──あいつは…お前らを見捨てたんだぞ?

 

 

「何故だ…何故、奴は来ない!!!?」

 

 フリード・ジャスティーンは絶叫した。自ら傷だらけにさせた少女を見下ろしながら。

 

 あれから長い時間をかけて同胞を嬲った。まずはエルフマンをさっさと昏倒させてから、ミラジェーンを気絶しない程度の痛みと苦しみを与え続けた。

 闇の文字(エクリテュール)と呼ばれる、書いた文字を現実にさせる能力を使って、悪魔(メフィスト)の女に〝痛み〟〝苦しみ〟〝恐怖〟を刻みこんだ。レイピアの剣先で白い柔肌を切りつけた。端正な美貌に拳を叩きつけた。

 

 だが、どういうことだ?

 ジルが一向に姿を現さない。どこかの術式に引っかかった様子もない。

 それはつまり、あの男は自分の女が傷付けられてもなお、一歩も動いていないということだ。

 

「ジル・アイリスはどこかでこの様子を見ているはずだ!! なのに、何故姿を現さない!!?」

 

 フリードには到底理解できなかった。

 あの妖精の黒狐が他人に無関心なのは知っている。仲間でさえも、必要とあらば切り捨てることも知っている。

 だが、自分の愛した女すらも、それに該当させているとでも言うのか!? そんなことは人として(・・・・)あってはならない! 狂気の沙汰ではないか!

 

「…ふっ…」

 

 その瞬間、看板娘の口からひどく渇ききった冷笑がこぼれた。

 

「あなたたち…彼のことについて何もわかってないのね」

「…なんだと?」

「〝何で来ない?〟ですって? はっ、おかしなことを聞くのね」

 

 ミラジェーンはにっこりと微笑んだ。

 その笑顔は、普段ギルドメンバーに見せている明るいものではなく、悪魔のような、妖狐のような邪悪なせせら笑いであった。

 

「そんなの…私を見捨てたからに決まっているじゃない」

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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