ジル・アイリス誕生日記念
x784年6月6日、この日はジル・アイリス、19歳の誕生日である。
「ジル、誕生日おめでとう!」
ジルがいつものようにギルドのカウンターでコーヒーをすすっていると、最初に祝ってきたのはレビィ・マクガーデンだった。
「…ミラジェーンから聞いたのか?」
赤の他人が自分の誕生日を知っているわけがない──そう言わんばかりに、ジルが屈折した捉え方すると、「違うよ」とレビィは穏やかに首を振った。
「ジルの名字決めるとき、私もいたんだから誕生日忘れるはずないよ──って、去年もこんなやり取りしたよね?」
そう言ってレビィは十冊以上の長編小説を渡してきた。
自宅にあまり物を置きたくないと考えているジルは、少しだけ眉間にしわが寄る。
それに気付いたレビィであったが、自分の勧める作品を熱心にプレゼンしはじめた。
「これね! 吸血鬼ものの作品なんだけど! ちょっと残酷なストーリーだし、人がちょくちょく死んじゃうから、ジルきっと気に入ると思うんだ! あとあと、これに出てくるケンプファーって敵キャラが、ジルにそっくりで、あ、別にジルのことを敵だと思ってるんじゃないんだよ? それでね!」
同じ読書仲間であるジルならば、きっと気に入ってくれると、確信しているのだろう。
普段おとなしい彼女が珍しく熱く、そして早口で語ってくる。
プレゼンを聞きながら、ジルはパラパラとページをめくる。
それから冒頭の数ページを熟読した後、
「…ありがとう。もらっておこう」
何かを感じたのか、お礼を言い、受け取ることにした。彼の反応に満足したレビィは満面の笑みを浮かべた。
「どういたしまして! あとで感想聞かせてね!」
布教活動を終えた彼女は軽い足取りで立ち去っていった。
それを横で黙って見ていたミラジェーンはくすりと笑う。
「よかったわね、ジル」
「形の残る贈り物は好きじゃないんだがな」
ジルはコーヒーをすすりながら、小説を眺める。
すると、
「誕生日だってね、ジル! おめでとう!」
今度はカナ・アルベローナが酒瓶を片手に祝ってきた。
午前中だというのに、吐息が酒臭い。
「ほら、あんたのためにめっちゃたっけぇワイン買ってきたよ! 好きだったでしょ?」
「いや、そもそも酒は飲まないんだが…」
「まぁまっ! ミラと一緒に飲みなって! ちなみに私、再来月誕生日だからよろしく!」
半ば押しつけるように渡したカナはちゃっかりお返しを要求して、早々に立ち去った。
ジルはワインを手に取り、銘柄をじっと見つめる。
「ミラジェーン。私は酒に詳しくないが、安物の気がしてならない」
「私もお酒に詳しくないけど、わかる──その辺に売ってる安物よ」
ジルが小金持ちだとわかったうえで、お返しを期待して安物ワインをプレゼントしてきた。
だが、そんな彼女のがめつさを、ジルもミラジェーンも嫌ってはいない。
「誕生日らしいな、ジル」
次に、ジルの誕生日を祝う三人目の人物があらわれた。
おそらくジルと一番口喧嘩しているであろう、彼女の名はエルザ・スカーレット。手に、何やら小包を持っている。
「毎日煙草で肺を汚している且つ、周囲にまで被害を及ぼすお前のためにと思って、禁煙グッズを買ってきた。見た目は煙草に見えるが、
「ありがとう」
小包を受け取ったジルは近くにあったゴミ箱に投げ入れた。
「おいぃいいいぃいいぃいいいいぃいいーーーーーッ!!!!!」
エルザの怒号を聞きながら、ジルはくわえた煙草に火をつけた。
◇
夜、自宅に帰ったジルはプレゼントの山を抱えていた。花束やら、ケーキやら、酒や煙草1カートンなどなど──それを見たミラジェーンはさすがに苦笑いした。
「あらあら、すごいもらってきたわね」
「…お前が言いふらしたりしなければな」
ジルは無表情のまま、恨めしそうに言う。これらのプレゼントはすべて、マグノリアの住民からもらったものだ。
「よかったじゃない。住民の人たちは、心からあなたを祝福してくれてる」
看板娘が笑顔で言うが、喪服の男は冷静に返す。
「私の
100名近くいる
それ以外の人間は気にも留めていなかった。
「ギルダーツもよ?」
100年クエストでギルド不在中の、ギルダーツ・クライヴからプレゼントが届けられていた。ミラジェーンから小包を受け取ったジルは箱を開け、中身を確認する。
表情は依然変わってはいないが、ミラジェーンは少し気になった。
「何もらった?」
「聞かない方がいい」
「…何となく察した」
女好きの不良中年の思考パターンをある程度理解している看板娘は表情を険しくさせた。
「年を重ねただけで、何をそんなに祝うことがあるのか」
ジルが荷物を整理しながら言うと、「違うわ」とミラジェーンは再び笑顔になった。
「年を重ねたからじゃなくて、生まれてきてくれたことに感謝するから祝うのよ」
「………」
「私が余計なことしちゃったけど…別に、たくさんの人に祝福されれば偉いってことはないわ。誰か一人でも、生まれてきてくれたことに感謝される──それだけでも、この世界にいてよかったって思わない?」
他者に肯定されるより、否定されることの方が多かったジルはあえて反論しなかった。否定しようと思えば、いくらでもできる。
だが結局、平行線をたどるばかりで明確な答えなど出ない。何より、妹を亡くしたミラジェーンに対して、その手の話をする気になれなかった。
「お誕生日、おめでとう。ジル」
ミラジェーンは、青紫の花束を渡した。6月6日の誕生花──アイリス。花言葉は知恵、メッセージ、そして──希望。
「…花は嫌いじゃない」
ジルは無表情に受け取った。
「すぐに枯れて、形が残らないからな」
「来年も渡すから、生け花にしたのよ?」
「………」
そういえば、去年も同じものをもらったとジルは思い出した。
「ジルは…ちょっと忘れっぽいところがあるから、私は何度だって言う」
必要悪に徹しようとする愛する男に向けて、ミラジェーンは願うように言った。
「あなたは──‶希望〟の人よ」
一番面白いのは?
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幽鬼の支配者編
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バトル・オブ・フェアリーテイル編
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過去編①x780年
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過去編②x782年 喪に服す