悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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第二十二話:次の王

 ラクサスは気を失ったまま、目を覚まさない。

 

 ラクサスが滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)だったことは、ジルでさえも知らなかった。

 では、彼もまた、ナツと同じようにドラゴンに育てられたということだろうか? だが、違和感がある。

 

 考えるのをやめたジルは〝エルの書〟を開き、魔法を行使した。ページから光の触手が伸び、ラクサスの身体に触れる。

 害はない。対象の魔法に関する情報を調べあげるためのものだ。

 ラクサスの情報がジルの脳内に流しこまれる。

 

──…そうか。魔水晶(ラクリマ)か。

 

 ジルは答えを見つけた。

 ラクサスの滅竜魔法の正体は魔水晶(ラクリマ)によるものだった。だからナツやガジルとは、別物の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)。悪くいえば、まがい物である。

 だが、それでもラクサスの実力は確かに本物──執念による賜物だ。

 

 ジルは新たに魔法を行使した。

 右手が、幾何学模様で埋め尽くされる。魔水晶(ラクリマ)を摘出するための魔法である。

 これから破門される裏切者に、滅竜魔法など不要。即刻取りだして、他の仲間に移したほうがいい。

 ジルの右手がラクサスの胸を貫いた。気絶したまま、巨体ががくんッと震える。ジルはさらに右手を沈みこませ、体内に宿る魔水晶(ラクリマ)を掴んだ。

 あとはこのまま取りだせば、

 

「………」

 

 だが、何故か、ジルはそのまま固まった。

 何も言わず、何もせず、ラクサスの体内で魔水晶(ラクリマ)を掴んだまま、ただただ時間だけが過ぎていった。

 ジルは右手を引き抜いた。だが、その手には何もなかった。何を思ったのか、彼は魔水晶(ラクリマ)を摘出するのをやめた。

 

「…おい。お前」

 

 後ろから声をかけられ、ジルは首だけ振り向いた。

 そこに立っていたのはガジル・レッドフォックス。元幽鬼の支配者(ファントムロード)、現在は妖精の尻尾(フェアリーテイル)滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)である。

 

「…ああ、これは初めまして」

 

 ジルは煙草をくわえたまま、にっこりと作り笑いを浮かべた。

 

「私はジル・アイリス。君は確か、ガジル君──でしたか? ご挨拶が遅れて申し訳ありません」

「薄っぺらい社交辞令なんざ、気色悪いんだよ葬式野郎」

 

 まだ何もしていないのに、早くも嫌われたものである。

 ガジルはつづける。

 

「その煙草の匂い、覚えがあるぜ。お前、あのチビ共がやられるのを黙って見てやがった奴だよな?」

 

 チビ共というのはレビィ、ジェット、ドロイの三人組なのだろう。

 

「おれはどう足掻いても加害者だ。これからどれだけ償おうが、その過去はずっと変わんねぇ。だから、お前のことをどうこう言うつもりはねぇ」

 

 ジルは黙って聞いている。

 

「だが、これだけは言っておくぞ。あのチビは、お前のことを嫌いになるなって言っていた」

「………」

「あいつは何にも気付いていねぇんだ。お前に見捨てられたことを」

 

 ジルは、ガジルの言葉を制するように人差指を立てた。そして、そのまま、自分の口元へもっていく。

 

「あまり、いらないことを喋らないほうがいい。大鴉の尻尾(レイヴンテイル)の二重スパイも大変だろう?」

 

──こいつ…!!!

 

 ガジルは戦慄した。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)に入ってまだ間もないのに、いったいどうやって知った? そのことを知っているのはマスター・マカロフ以外いないはずだ。

 

 表情を強張らせるガジルとは対照的に、ジルは再度微笑んだ。

 

「私は君を仲間と認識している。過去がどうであれ、私は興味がないので」

 

 ジルはたっぷりと紫煙を吐きだしてから、顔を背けるようにラクサスに視線を戻した。

 

「ともに頑張りましょう。君が妖精の尻尾(フェアリーテイル)に居続けられるよう、私はずっと見守って(・・・・)いる」

 

 遠回しに釘を刺されたガジルは悟った、この男は妖精の中で飛びっきり()かれていると。

 

 

 危篤状態だったマスター・マカロフは、ポーリュシカの治療のおかげで何とか一命を取りとめた。

 なのだが、

 

「マスター!! こんな奴、破門(やめ)させろ!!!」

 

 彼が目覚めて早々、ギルドのほとんどのメンバーがジル・アイリスを破門させろと訴えてきた。いずれの顔も、恐怖と怒りで満ち満ちている。

 

「皆! 落ち着いて!」

 

 そんな中、ジルの理解者──看板娘のミラジェーン・ストラウスが仲間たちに語りかけた。

 

「ジルは! ジルは決して悪気があって、やったわけじゃ──」

「だったらなおさらだろ!!!!」

「で、ですよね…」

 

 さすがのミラジェーンも今回ばかりは庇いきれなかった。

 盗聴、盗撮、恫喝──破門以前に即牢獄行きである。

 そんな中、ジルはというとカウンター席に座って、のほほんとコーヒーをすすっている。まるで他人事である。

 

「えぇいッ! はったりというのがわからんのか!!」

 

 マカロフは一喝した。

 いくらジルであろうと、後先考えずに脅したことをそのまま実行するような人間ではない。そのくらいはマカロフにもわかる。

 

「ジル。ガキ共本人と、周囲の人間の監視、盗聴、暗示──全部解け。むやみやたらに仲間の弱み握ってもしょうがないだろう?」

「御意」

 

 ジルは素直に聞き入れた。

 テーブルのうえに〝エルの書〟を広げ、ページを指先で叩いた。

 おそらく魔法を解くための動作なのだろう。盗聴くらいはしているかもしれないが、ギルドや仲間の個人情報を悪用したりしない。

 

 ちなみに、バトル・オブ・フェアリーテイルで激しい市街戦を繰り広げたことで、マグノリアの住民から苦情が殺到した。だが、それを沈黙させたのがジル・アイリスだった。

 彼は事情──嘘も交えて──を説明したうえで、住民たちが受けた損害を彼のポケットマネーで残らず弁償した。

 仲間内から忌み嫌われているジルだが、それ以外の場所では自らの正体を隠して、清廉潔白な紳士を演じている一流詐欺師だ。

 マカロフとしては複雑だが、ジルの狡猾さに何度か助けられている。

 だからというわけではないが、マカロフはジルを破門させる気はない。

 

 何とか仲間たちをなだめさせたところで、マカロフはエルザに顔を向けた。

 

「エルザ。奥の部屋に来てくれ。大事な話がある」

「え? は、はい」

 

 突然の指名を受けた〝妖精女王(ティターニア)〟は動揺を隠しきれなかった。

 エバーグリーン撃破と、‶神鳴殿(かみなりでん)〟の破壊に大いに貢献した彼女だが、首謀者のラクサスを倒せぬままジルに騙されて、無様に気絶してしまった。

 叱責されるのではと、緊張した面持ちでマカロフについていき、奥の部屋へ引っ込んでいった。

 

 それから30分ほど経過すると、ドアが乱暴に蹴り開けられた。

 エルザだ。彼女は黙ったままツカツカと歩いていき、ジルの胸ぐらを掴んだ。そのまま片手で引きずっていき、ギルドの外へ出て行った。

 

「ちょっと、エルザ!?」

 

 ミラジェーンは慌てて追いかけた。

 外へ出ると、エルザがジルの胸ぐらを掴んだままギルドの外壁に叩きつけていた。

 刀剣のような鋭い目が吊りあがっている。

 

「何もかも、お前の手のひらの上だったというわけか…!!!」

「何の話かね?」

「とぼけるなッ!!!」

「乱暴はやめて、エルザ!」

 

 今にも殴りかかろうとしている親友を、看板娘が制した。いったいマカロフ(マスター)に何を言われたのか、説明を求めた。

 エルザは苦虫を噛み潰したような顔つきで答えた。

 

「…マスターが引退をご決意された。そのうえで、私を妖精の尻尾(フェアリーテイル)の四代目マスターに指名された」

「そんな…!!」

 

 衝撃の事実に、ミラジェーンは絶句した。あまりも突然過ぎる。

 

「エルザ…! あなたはそれをうけたの…!?」

「…引退に関しては、何とか説得して踏みとどまってもらった。ただ、マスターが引き継ぎが終わったと判断されたら、私が次期マスターになる」

「そうか。おめでとう、〝妖精女王(ティターニア)〟」

 

 ジルは無表情に祝福した。着ているものが喪服だったため、少々縁起が悪かった。

 

「次のマスターは君以外、いないと思っていたところだ」

「ふざけるなよ」

 

 エルザは睨んだ。

 

「ファントム戦のときから、ずっと気になっていた。あのとき、お前はやたらマスターが戦線復帰することを期待するなと言っていた。最初は希望的観測でアテにするなという意味だと思っていたが、お前は私に手柄を立てようとしていた」

 

 敵の挑発に乗って不意打ちされたあげく、自分の手ではなく部下の手によって抗争を鎮圧されたとあっては、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターとしてマカロフはどういう心情だったか、想像にかたくない。

 

「その矢先に、今回の件だ。自分の孫が不始末を起こしたならば、自分の引退をもって償う。マスターはそういう御方だ。…ラクサスの反逆も、本当は未然に防ぐことができたのではないか? 止めようと思えば、止められたが、あえて何もしなかった」

「買いかぶりだな。私も、〝エルの書〟も、そこまで全知全能ではない」

「だが、準備と手間をかける時間はたっぷりあった、そのくらい私でもわかる。未遂ならともかく、〝神鳴殿(かみなりでん)〟を使って、住民を人質にしたならばさすがのマスターも、ラクサスを破門せざるをえないからな」

 

 破門──その言葉を聞いた瞬間、ミラジェーンの美貌が強張った。

 そして、すべてを察した。バトル・オブ・フェアリーテイル──妖精の共食いの黒幕は、味方の中にいたことを。

 エルザは結論を下す。

 

「すべては、ファントム戦からの延長。お前は自分の諫言に耳を貸さなかったマスターと、仲間を蔑ろにするラクサス共々、葬るのが目的だったんだ」

「さすが、〝妖精女王(ティターニア)〟。ご明察通りだ」

「相手の思考を分析し、行動の選択肢を奪い、誘導したい場所へ追い込むのが、お前の常套手段だろ」

 

 エルザは嫌いであるからこそ、ジルの思考パターンを理解していた。

 

「そうやって我々はことごとく、お前の審問にかけられるというわけか。結構なことだ。身寄りのないお前を拾ってくれたマスターでさえも、お前にとっては粛清の対象か」

 

 エルザはあえて、相手の負い目を利用した論法を用いた。これはむしろ、ジルが十八番とする言葉の(つるぎ)だが、守勢にまわってもジルは冷静だった。

 

「マスターは心臓を患っておられた。今回たまたま運が良かったが、次どうなるかわからない。年齢から考えても、次の世代へ託して余生を送ってもらったほうがマスターのためとは思わんか?」

「もっともらしいこと言っているが、お前にしては合理的ではないな。マスターとラクサスの存在だけでも周囲への牽制になる。無闇にふたりを粛清すれば、妖精の尻尾(フェアリーテイル)を弱体化させ、敵を招き寄せることも否定できん。妖精(われわれ)を内部から喰い破る気か」

 

 ファントム戦でジルがマカロフに忠言したことを、エルザは皮肉を込めてそっくりそのまま返した。

 だが、

 

「君が聖十大魔道(せいてんだいどう)の称号を得れば、それも杞憂に終わる」

 

 ジルも冷静に返した。

 

「たかが称号だが、それだけでも敵を警戒させるには十分だ。ジョゼとジークレインがいなくなったことで、空席がふたつもある。マスターが退けば、なおのこと。君以上の魔導士は大陸の中でも、そう多くはいまい。妖精であろうと、君はファントム戦と楽園の塔で活躍した〝英雄〟だ。さすがの評議院も、君を認めざるをえない。そのための根回しも──」

「いらないことをするな…!!」

 

 最も嫌いな男の都合で、欲しくもない聖十(せいてん)の称号を得、妖精の王にならなければならないかと思うと、はらわたが煮えくり返る。

 四代目マスターになったら、即刻ジルを破門したいところだが、彼の悪名もまた、外敵に対して強固な防御力を誇っているのも事実であった。

 何よりもミラジェーンの存在自体が、破門の歯止めとなっていた。もしや、ジルはそれを承知のうえなのではないかと一瞬思ったが、それ以上考えるのはやめた。

 

 エルザは喪服から手を離す。

 

「もういい。文字通りの悪魔に聖書を読み聞かせるようなものだ」

 

 紅髪をなびかせ、(きびす)を返した。そのまま一瞥もくれず、再びギルドの中へ入っていった。

 

 残されたのは、ジルとミラジェーンだけだった。ジルもギルドへ戻ろうとすると、ミラジェーンが静かに口を開いた。

 

「…私は、むしろ感謝しているくらいよ」

 

 喪服の男は足を止めた。

 

「私はずっと迷っていた。リサーナがいなくなった日から、自分の力が恐ろしくなった。誰かを傷付けるくらいだったら、傷付けられたほうがマシだとも思ってた。だけど、戦わなくちゃ、守りたい人を守れないから」

 

 ミラジェーンを再び〝魔人〟に戻すため、ジルはあえて彼女を見捨てた。もし、〝魔人〟に戻ることを拒否していれば、ジルは助けにきたのかもしれないし、それでも助けにこなかったかもしれない。

 ミラジェーンであろうと、ジルのすべてを理解しているわけではない。

 

「…私はいい。だけど、今回のことでたくさんの仲間が傷付いた。フリードの、あの辛そうな顔を見たでしょ? マスターも、ラクサスも、ギルドから追いだすことはなかった」

 

 私たち、仲間(かぞく)じゃない──そう、ミラジェーンは訴えかけた。

 だが、

 

仲間(かぞく)、か。これほど万人受けする言葉もないな」

 

 ジルは表情ひとつ変えなかった。彼はある意味、ラクサス以上に屈折していた。

 

「だが、最初にそれを侵害してきたのはラクサスのほうだ。説得する余地もなかったし、改心など期待していない。それに、力がすべてだと彼が言うのであれば、力をもって粛清したまでのこと。それの何が悪いか」

 

 ジルは立ち去り、ギルドの中へ戻っていった。

 ミラジェーンは何も言えず、悲しげに表情を曇らせるだけだった。

 

 ジルの言うことは間違ってはいない。

 だが、不要と判断した仲間を次々と切り捨てていって、その先にいったい何が残る?

 もし、自分自身が不要の存在となったときは、どうするつもりか? 自ら滅びの道を歩むつもりか。

 

 或いは、それすらもジルは望んでいるのだろうか?

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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