代償と業
カナ・アルベローナ──
エルザ・スカーレット──いつも着用している鎧のせいでわかりにくいが、彼女がもっともスタイルが良い。おまけに面倒見が良く、包容力がある。怒らせると手がつけられなくなるのが、玉にきずだが。
レビィ・マクガーデン──小柄な体型にコンプレックスを持っているらしいが、優しさを体現したような女の子だ。彼女の口から人の悪口など聞いたことがない。読書が趣味ということで彼とよく話している姿を見かける。
リサーナ・ストラウス──小動物のように愛くるしく、甘え上手で、年上の男だったら守ってあげたくなるような存在だ。彼女の可愛さは、誰よりも知っているつもりだ。
──それに比べて、わたしは…何を持っているんだろ…?
「隙あり」
腹に軽い衝撃が走った。
深く沈んでいた意識が現実に戻ったときには、ミラジェーンは尻もちをついていた。
「いって…!」
「どうした、ミラ? 全然集中できてないぞ?」
呆れたように言ったのは、無精ひげを生やした偉丈夫──ギルダーツ・クライヴ。
場所はマグノリアの街からすぐ近くにある森の中。ギルダーツとミラジェーンは今、格闘戦の手合わせをしていた。
指摘されたミラジェーンは唇を噛み、雑念を振り払うように
「…ごめん。もう一回」
「いい、いい。休憩だ。…少し話そう」
ギルダーツはその場で腰を下ろした。
ミラジェーンはなおも続行しようとしたが、ギルダーツが地面に指を差して促した。
観念してミラジェーンも座ると、男は静かに口を開いた。
「ずばり、ジルの悩みと見た」
「全然違う」
「よし、良い確認方法がある。朝、目ぇ覚めた瞬間に何を最初に思い浮かべる? 言ってみろ」
ミラジェーンは今朝のことを思い出す。そのあと、何を思ったのか、言葉を失った。咄嗟に嘘をつくこともできず、何も答えられなかった。
ギルダーツは小さくため息をついた。
「あいつも罪なやつだよな。女は、男のことでこんなに悩んでんのにさ」
「…別にあんな奴、好きじゃねーし」
「好きというワード一回も出してねーぞ、おれは」
ミラジェーンは絶句した。
相手の話もろくに聞けないぐらいに意識が散漫しているようだ。
「好きというか…ほっとけないんだよ、あいつ。危なっかしいというか」
「それは思う」
ギルダーツも同意した。
思い出すのはギルドに来た翌日にナイフで首を切り裂いたときと、ラクサスに向かっていって殺されそうになったときだ。
不死身ゆえか、どうもジルは自分の命を軽く見ている傾向がある。
「あいつ…呪いが解けたら、どうするんだろ?」
「…さぁな」
ギルダーツはあえてはっきりと答えなかった。
だが、彼もミラジェーンも予想していることは一緒であった。
「…でも、あいつさ。言ってたんだ、〝
「本当か、それ?」
ジルが
「いや、でも、〝呪いが解けても、ここにいなよ〟って言ったら…何も答えなかったんだ。無表情だったけど…何か、すごく悲しそうで…」
ギルダーツは黙って聞いている。
「…わたしも、自分なんか消えてしまったほうがいいんじゃないかって思ったことはある。でも…あいつを傷付ける人間はもういない。むしろ、皆、あいつのことが好きだ。何も死ぬことは…」
ジルは、すべてのものを持っていた。
端麗をきわめた顔立ち、無口でも華があり、男女ともに多くの人間に好かれている。
持ち主を不死身にさせる〝エルの書〟に関しても、特に害ないのであれば便利な魔導書だ。不死である時点で誰もが羨む。
制約があるという話だが、それでも〝エルの書〟に備わっている魔法の数、魔法の破壊力は無視できない。
人としても、魔導士としても、余りあるものを持っているというのに何故死ぬことを望むのか?
「…いや。おれは少しわかる」
意外にも、ギルダーツはジルの気持ちを汲んだ。
「おれも…全部のものを持っている
ギルダーツはぽつり、ぽつりと初めて自分の過去を語りはじめた。
「おれの魔法のクラッシュは、習得したものじゃない。ある日、突然発現したんだ」
ミラジェーンは、同じような話をエルザから聞かされたことを思い出した。珍しい話ではないが、クラッシュほどの強力な魔法が突如として発現するのは稀である。
「あらゆるものを文字通りに
過去の自慢話をするギルダーツの表情は、何故か明るくなかった。
「だが、ある日、調子乗ってたおれをさすがに見かねて、親友が言ってきた──〝身の程を弁えろ〟ってな。当然、そんなこと言われて素直に聞くはずもなく、〝ああ、こいつ嫉妬してらぁ〟って思って適当に流してた。だけど、それでもあいつは何度も言い聞かせてきた」
最初は我慢していたギルダーツだったが、親友とはいえ見下している人間に言われれば言われるほど抑制が利かなくなり、最終的に殴り合いの喧嘩にまで発展した。
そして、
「とんだ弾みだった。とんだ弾みでおれは──あいつを
そこからギルダーツの人生は転落した。
人殺しの汚名を背負い、所属していた魔導士ギルドから追いやられ、自分の元に集まっていた人間がひとり残らずいなくなった。永遠の愛を誓ったはずの、婚約者さえも。
あとに残ったのは、親友を
「おれは心底思った。力には…
ギルダーツは虚ろな目で、自分の左手を見下ろした。
「あのときの感触がまだ残っている。おれは今でも代償を払いつづけている。…おまけに魂には
ミラジェーンは何も言うことができなかった。
妖精最強の男の過去。すべてのものを持っていて、何の悩みもなさそうな男が未だに苦しみ、悶えている。
そして、察した──この男は、好きで女を取っ替え引っ替えしているわけではないんだと。
ミラジェーンが答えあぐねていると、ギルダーツは慌てて意識を現実に戻した。
「…すまん、喋りすぎた。忘れてくれ。あー、つまり、何が言いたいかっていうとだな…」
いつもの調子を取り戻したギルダーツは考えをまとめてから、ミラジェーンに一言告げた。
「ミラ。お前が支えてやれ」
「…え?」
「あいつに生きがいを与えるんだ。それしかない」
それが何を意味するのか、ミラジェーンは察した。
だが、何故か乗り気にはなれなかった。
「いや…わたし、女っぽくないし、身体の
「んなもん、あいつが気にするタチかよ」
いつになく弱気なミラジェーンに、ギルダーツは自分なりの励ましの言葉をかける。
「いいか、男ってやつはな。個人差はあれど、都合の良い生き物なんだよ。普段カッコつけてて、女に見向きもしねぇかと思ったら、本当にしんどいときに限って求めたりすんだよ。女のほうはいつでも頼ってほしいと思っててもな」
「………誰の言葉?」
「元カノ、35人」
「色々多すぎなんだよ」
「そんなことはどうでもいい」
ギルダーツはつづける。
「ナツたちは、ジルの友達になれるかもしれねぇ。おれは、あいつの親になれるかもしれねぇ。だが、結局のところ…自分を愛してくれる女に、全部受け止めてもらいてぇもんだ」
「………」
「色んな記憶がぶっ飛んでんのに女の名前は憶えてて、それを自分の名前にするくらいだ。あいつにとって、女は特別な存在なんじゃねぇか?」
ミラジェーンの胸の奥がちくりと痛んだ。ジルの記憶に残っている
母親の名前なのか、姉か妹か、それとも恋人なのか。
──わたしがもっと…
悪魔憑きとして迫害され、人々に怖れられてきたミラジェーンは自分に自信を持てなかった。
優れた容姿を持っていても、悪魔を宿している事実は変わらない。そのうえ言葉遣いも乱暴で、口より先も手が出てしまう性格であれば尚更だ。
ジルを支えられる存在になるには、
そう。例えば妹の、リサーナのように女の子らしく──そんなことを思ったミラジェーンだったが、すぐに心の隅へ追いやった。
人がそんな簡単に変わることができれば苦労はしない。できたら、とっくの昔にやっている。
「…まぁ、すぐにとは言わないし、お前がイヤだってんならそれでもいいさ。エルザとかに頼むから」
「ケンカ売ってんのか?」
「ごめん」
睨まれたギルダーツは素直に謝った。他の女の名前を出すものではなかった。
「…どうする? 鍛錬、つづけるか?」
ギルダーツに問われ、ミラジェーンは一瞬考えたあと、大きく頷いた。心の
そこで、ふと思った。
ギルダーツの言うように力に代償、魂に業があるとすれば、
──ジルの
次回、薔薇色の日々
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