悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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異形

「ジル! お前、どうしたんだよ、それ(・・)!?」

 

 翌日。ジルがいつも通りにギルドに顔を出すと、彼の姿を見て仲間たちはぎょっとした。

 フードの下にあるはずの端正な顔立ちが包帯やら、絆創膏やらでほとんど覆い隠されていた。

 ジルは心配するなと言わんばかりに、首を振った。

 

「いや、気にしないくていい。〝ザ・モータル・キャンセラー〟で少しずつ治癒している」

「そういう問題じゃないだろ!?」

「ジル。いったい誰にやられたんだ?」

 

 これにはさすがに、ジルと距離を置くと決めたはずのエルザも割って入る。だが、少年はまたしても首を振った。

 

「いや、いい」

 

 その口調に、怒りも悲しみもなかった。

 

「いいんだ」

「〝いいんだ〟ってなんだよ…?」

 

 ミラジェーンの中でふつふつと怒りがこみ上げてくる。

 

「口止めでもされてんのかよ? 言えって! 誰にやられたんだ!?」

 

 ギルドの扉が開いた。

 

「待って、ミラ姉! ジル兄のこと怒らないで!」

 

 そう叫んだのは、昨日から行方をくらましていたリサーナだった。

 妹を心配していたミラジェーンは目に角を立てた。

 

「リサーナ! お前、どこほっつき歩いてたんだよ!? 探したんだぞ!?」

「いや、彼女は悪くない。私が暗示をかけた」

「違うの! ジル兄は、アンドリューたちからわたしを助けてくれて…!」

 

 アンドリュー──その名を聞いた瞬間、ミラジェーンとエルザは眉間にしわを寄せた。

 

「あの野郎…! もう許さねぇ…!!」

「今度こそ落とし前をつけさせてやる…!!」

 

 普段から恨みを持っていたらしく、ふたりは即座に行動に移そうとするとジルが「よせ」と制した。

 

「彼は評議員の息子だ。手を出せば、即向こうに口実を与えてしまう──〝妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士が一般人に危害を加えた〟とな」

「魔導士、一般人の問題じゃないだろ!? むしろ、先にやったのはあいつじゃねーか!!」

「むしろ処罰されるのは奴のほうだ。我々も、住民も、ずっと我慢してきたんだぞ?」

 

 ミラジェーンも、エルザも、すべてを承知のうえで、看過することなどできなかった。

 だが、それに対し、ジルは非常に冷めた返しをする。

 

「気に入らないからといって暴力で解決しようとするなど、向こうと何ら変わりがない」

「「あぁ…?」」

 

 のちに〝魔人〟、‶妖精女王(ティターニア)〟と呼ばれる女ふたりが同時に青筋を立てた。

 

──こいつ…ギルドに来たばっかりの頃に戻ってる…?

 

 ミラジェーンは、ジルと出会った当初のことを思い出した。

 人に対する冷めきった目──自分にも、他者にも一切期待していない達観した言動。

 

「とにかく、今回の件は私が好きでやったことだ。私は気にしていないし、わざわざ報復する必要もない」

「…どうしてだ?」

 

 エルザが静かに口を開く。

 今までずっとジルに言えなかった言葉を口にする。

 

「どうして…お前は、そうやって自分のことを蔑ろにし、ひとりで抱え込もうとする? 怒りたいときには怒っていいし、何かあったらわたしたちに言ってほしい」

「………」

「わたし──わたしたちはお前のことが大事だ。お前のためだったら力になりたい。わたしたち…仲間じゃないのか?」

「…本当にすまない。エルザ」

 

 顔を覆われた少年はどういう表情をしていたのかわからなかった。

 

「君が選んでくれた服、ボロボロになって…もう着れなくなった。…結構、気に入っていたんだ。あの服」

「…ッ…」

 

 エルザは顔を歪ませた。

 怒りとも、悲しみともつかぬ表情で何か言いたげに口を開閉させた。だが、結局言葉を吞み、何も言わずにその場から立ち去っていった。

 

「ジル兄…」

 

 リサーナは今にも泣きだしそうな顔をしていた。

 

「…リサーナ。君のせいじゃない」

 

 ジルは短く言ったあと、安心させるよう銀色の髪を軽く撫でた。

 それを見て、ミラジェーンの胸の奥がずきりと痛んだ。

 

 だが、それに気付いた風もなく、少年はミラジェーンに顔を向けた。

 

「ミラジェーン。今日のクエストに付き合ってほしいんだ」

「…クエストどころじゃないだろ。休んでろよ」

 

 ミラジェーンがしかめっ面で言うと、ジルは首を振った。

 

「もうキャンセルできない。それに怪我については支障はない。ただ少々厄介な案件らしくて、S級魔導士と同行しなければならないんだ。エルザでもよかったんだが…」

「…わかったよ」

 

 ミラジェーンは渋々といった様子で納得した。だが、クエストとはいえジルとふたりで出かけるなど今までなかったため、内心乗り気であった。

 ジルのためと想うのであれば、クエストを他の誰に引き継がせ、休んでもらうべきなのだが、先ほどの妹とのやり取りを見て嫉妬してしまった彼女はそれを許さなかった。

 

 そんな醜い感情に囚われる自分に自嘲しつつ、ミラジェーンはふと思った──やはりジルは、女の子らしい女が好きなのではないかと。

 

 

 コルチカム村。

 マグノリアから西へ進んだ山沿いに、鳳仙花村という観光地がある。そこよりさらに奥へ進んだところにある小さな集落である。

 

「いや~っ! よく来てくれました、魔導士様!」

 

 ジルとミラジェーンを出迎えた村長は安堵した表情を浮かべた。

 

「それで、モンスターというのは?」

 

 ジルが早速本題へ入る。

 クエストの内容はモンスター退治だった。どこにいて、いったいどういうモンスターなのか知りたい。

 顔中が包帯と絆創膏に覆われた少年を見て、村長は一瞬不安げに見たが、特に気にせず質問に答える。

 

「あっちに小さな納屋があるでしょ?」

 

 村の端っこの納屋に指を差した。

 

「あそこにいるんです」

「…どういうことですか?」

 

 てっきりどこか近くの森か洞窟かと思いきや、まさか村の中にいるとは。

 ジルが訊ねると、村長は渋面をつくって言った。

 

「ラングが()()()()()()()()()()()()()

 

 いまいち要領を得ないジルとミラジェーンは納屋を尋ねた。

 雨風くらいは何とか防げそうだが、人が住むには少々粗末な作りだ。

 ジルは扉をノックした。

 

『…どなたですか?』

 

 すぐに返事が返ってきた。若い、女の声だ。

 

妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士です。村長からモンスター退治の依頼を受けて…」

『モンスター、退治…?』

 

 扉の向こうで、女の声は胡乱(うろん)げに言葉を繰り返した。

 だが、合点がいったのか、突然声色を変えた。

 

『か、帰ってください…! 父は…父はモンスターなんかじゃない…!』

 

 声の主は明らかに狼狽していた。

 いったいどういうことだろうか? だが、仕事で来た以上、帰れと言われて素直に聞き入れるわけにもいかない。

 ジルはどう声をかけたらいいか迷っていると、

 

「名前…聞かせてくれる?」

 

 ミラジェーンが扉越しに名前を訊ねた。

 弟や妹を相手するような、穏やかな口調だった。そこに少しだけ安堵感を覚えたのか、名前くらいならと思ったのか、声の主は静かにつぶやいた。

 

『ジェシカ、です。ジェシカ・ラング…』

「…わかった、ジェシカね。わたしたちはモンスター退治のクエストで来たんだけど、いまいち事情がわからないんだ。できることならジェシカと、ジェシカのお父さんの力になりたい。まずは開けて、詳しく話を聞かせてもらえる?」

 

 少女は即答しなかった。

 薄い扉の向こうでしゅん巡しているようで、小さな息遣いだけが聞こえた。

 だが、程なくして、おそるおそる言葉を紡いだ。

 

『…約束してください。父を殺さないって』

「うん。わたしたちはジェシカのお父さんを殺しにきたわけじゃないから」

 

 それから数秒たったのち、扉が開いた。

 現れたのは、声に見合った若い少女だった。ジルたちとほぼ同年代だろう。栗色のセミロングの髪、そばかすの浮いた童顔。首から小さな十字架(ロザリオ)を下げている。

 

 少女──ジェシカの表情は不安と悲しみで満ちていた。そんな彼女を安心させるように、ミラジェーンは笑いかけた。

 

「開けてくれてありがとう、ジェシカ。…わたしはミラジェーン。こっちはジル」

 

 ふたりは自己紹介した。

 同年代の魔導士ふたりが現れたことで、とうとうジェシカは泣きくずれた。

 

「お願いです…! 父を…父を、助けてください…!」

 

 奥へ案内された。

 ベッドのうえにひとりの男が横たわっていた。低いうめき声をあげ、苦しげに悶えている。

 男を見た瞬間、ジルとミラジェーンは息を吞んだ。

 

 一瞬、獣人のモンスターかと思った。体躯が異様に大きい。身体全体が分厚い筋肉と、毛深い体毛で覆われている。そして、爪と歯が鋭く伸びており、人間ならば軽く八つ裂きにできそうだ。

 

「一週間前のことです…」

 

 ジェシカは話しはじめた。

 

 彼女の父、パトリック・ラングはいつも通り山で狩りをしていた。だが、帰ってきた父は何故か息も絶え絶えといった様子で、体調不良を訴えて寝込んだ。

 それから細身だった身体が徐々に膨れあがり、獣のように体毛が濃くなり、爪と牙が伸びはじめたのだ。

 

 隠し通せるはずもなく、異形と化したパトリックを見て村人たちは恐怖した。それからラング親子は村八分に遭い、この納屋に追いやられたのだ。

 

「お医者様に見せても、原因がわからないから手の施しようがないって言われて…。父がこんな状態じゃ他の場所にも連れだせなくて…。わたし…どうしたらいいか…」

「落ち着いて、ジェシカ」

 

 ミラジェーンは冷静であった。彼女自身、似たような経験をしていたからだ。

 

「もしかしたら接収(テイクオーバー)っていう魔法かもしれない」

「いや、接収(テイクオーバー)ではない」

 

 パトリックを観察していたジルが冷静に告げた。

 ミラジェーンはいぶかしんだ。

 

「…どうしてわかるんだ?」

「これを見ろ」

 

 ジルはパトリックの腕を見せた。体毛で覆われているが、何やら魔法陣のような印があるのが見えた。次に額を見せ、同様の印があった。

 

「ゲルニカだ。とっくに絶滅していたかと思ったが…」

「ゲルニカ?」

「100年前、ある魔導士が人間を兵器化させる実験のために造りだした人造魔導生物だ。こいつは動物や人間の脳に寄生し、強制的に()()()()()()()()。だが、強引な細胞分裂で肉体と精神が暴走し、最終的に周囲の生物を手当たり次第に食い散らかしたあと──24時間以内に、宿主とともに力尽きて自滅する」

 

 衝撃的な事実に、ジェシカは顔面を蒼白させ、昏倒しそうになった。

 

「…治るのか?」

 

 ミラジェーンが問う。

 過去に、自分の片腕が異形化したことで故郷の人間たちに迫害された彼女は、何としてでもラング親子を救いたい一心だった。

 

「………」

「…ジル?」

「…ん、あ、あぁ」

 

 虚ろげな表情(かお)で沈黙していたジルは、名前を呼ばれてようやく我に返った。

 

「…方法はなくもないが、儀式のために使う特定の鉱石や草花を手に入れないことには──」

「じゃあ、今すぐ探しにいこう。まだ間に合うでしょ?」

「…ああ」

 

 ジルは短く返したあと、ジェシカに顔を向けた。

 

「だが、万が一、暴れだす危険性がある。一応、父親を拘束させてほしい」

 

 そう言われて、ジェシカは一瞬だけ迷った。だが、特に断る理由もないので「はい、お願いします」と承諾した。

 ジルは〝エルの書〟を開き、魔法を発動した。黒い光の輪がパトリックの手足に巻きつき、身体の自由を奪う。

 

「じゃあ、待っててね、ジェシカ。わたしたちが絶対にお父さんを助けるから」

 

 ミラジェーンは意気込んでいた。

 一方、ジルはちらり、とジェシカの左手を見た。服の袖から包帯が見えた。

 だが、特に気にした様子なく、ミラジェーンとともに納屋から出ていった。

 

 扉が静かに閉まった。

 残されたジェシカは苦しげに呻く父親の傍らに跪く。

 

「ああ…神よ…」

 

 首の十字架(ロザリオ)を抱きしめ、ジェシカは藁にもすがる想いで祈りを捧げたのであった。




次回、無題

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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