悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

38 / 45
無題

「まだあの化け物を退治していないのですか!?」

 

 村長は怒り心頭だった。他の村人たちも同様である。

 

「だから、事情が変わったんだって!」

 

 ミラジェーンは、パトリック・ラングが異形化した原因と、魔法によって元に戻れることを包み隠さず説明した。

 だが、それでも村長たちは納得しなかった。

 

「おおかた、ジェシカに泣きつかれたんでしょう!? モンスター退治のために、あなた方に依頼したのをお忘れですか!?」

「何がモンスターだよ! ジェシカのお父さんはまだ完全にモンスター化していない! それどころか、あんたちに危害を加えてない! あんたたちの村の仲間じゃねーか! それなのに見た目変わっただけで殺せって言うのかよ!?」

 

 ミラジェーンが村長たちに噛みつくのは無理もないことだった。

 ジェシカの父親が置かれている状況と、過去の自分と重ね合わせたからだ。

 彼女の言葉に、村人たちは反論できずに絶句した。そんな中、村長がおずおずと口を開いた。

 

「ええ…確かにパトリックにはいつもお世話になっていました。今回のことは、本当に心が痛みます」

 

 だが、と、おびえた顔でつづけた。

 

「見たはずです、パトリックのあの姿(・・・)を…。あんたたち魔導士は見慣れてて、戦う術もあるんでしょうが、何の力もない私たちからしてみれば恐怖でしかありません…。昼夜問わず、あの納屋からケダモノの呻き声が聞こえてくるんです…。完全に化け物になったら、我々は喰われてしまうんでしょう? 魔法で治るという話ですが、今すぐにでないかぎり、私たちは安心できないんです…。ならば、潔く手にかけてしまったほうが村のため、パトリックのためというものでしょ?」

「…もういい」

 

 ミラジェーンは舌打ちした。話し合うだけ時間の無駄だ。

 

「ジェシカのお父さんは拘束してあるから、そのまま待ってろ。絶対に戻ってくるから。…行こう、ジル」

「………」

 

 ミラジェーンは促したが、少年が無言で立ち尽くしている。

 先ほどのやり取りで気が立っていたミラジェーンは目を吊りあげた。

 

「…ジル…! ぼーっとすんなよ。急ぐぞ」

「…ん、ああ」

 

 生返事をしたジルは先を歩くミラジェーンの背中を追いかけた。

 

 

 ジルの言う、儀式魔法に使う材料が揃うまで二日ほど要した。

 

 すでに日が落ちはじめている。コルチカム村に戻る頃には夜中になっているだろう。急がなければ。

 

「材料揃ったし、あとは村に戻るだけだね?」

「…ああ」

 

 ミラジェーンが確認すると、一瞬遅れてジルは短く返事した。

 昨日から心ここに在らずといった様子だ──そのことに気付いたミラジェーンだったが、もしやアンドリューのことで思い悩んでいるのだろうと察した。

 だから素直に仲間たちに相談すればいいのにと思ったが、今はジェシカたちを救いだすほうが先だ。

 村へ行くだけなら、徒歩よりも飛んでいったほうが早い。

 

 ミラジェーンは接収(テイクオーバー)を発動した。

 ひとりの少女が、美しい異形へと姿を変えた。

 

「…そういえば、これ(・・)見せるの二度目だったよね」

 

 悪魔の姿をした少女は不安げに顔を背けた。

 

「…ど、どう? 変じゃ、ない?」

 

 いつも手入れしている銀色の髪が猛獣の毛並のように逆立っている。両腕は爬虫類の鱗で覆われ、指先が鋭利に尖っている。

 背中からは大きな蝙蝠の翼、臀部には竜の尻尾が生えている、その姿は人と呼ぶには程遠い。

 

 ミラジェーンとしては、本当はこんな姿などさらしたくなかった。好きな男の前では、いつも可愛い姿でいたい。

 だが、同じ妖精の尻尾(フェアリーテイル)の仲間である以上、そうもいかない、避けては通れない道だ。

 

 ジルは、いったいどう言うであろうか?

 故郷の人間たちのように怖れ、気味悪く思うであろうか? できれば、‶そんなことはない〟と否定してもらいたい。

 だが、どう思うかは自由だ。変に気を遣われたくないし、拒絶されてもそれはそれでかまわない。

 ただ、もしそうなったら自分の初恋はそこで終わり、潔く諦めることが──

 

 

「…いや。とても綺麗だよ」

「………………は?」

 

 

 ジルの口から出たまさかの言葉に、ミラジェーンは唖然とした。

 

 肯定するか、否定するかの二択しかないと思っていた。だが、まさか〝綺麗〟と褒められるなど微塵も思わなかった。

 自分ではそんなことを思ったことなどないし、多くの仲間たちの間でもそう言ってくる人間はひとりもいなかった。

 

「バ、ババ…バッカじゃねーの…!!?」

 

 ミラジェーンはジルを直視することができなかった。

 夕焼けに照らされた青白い肌が赤く染まっている。その美しい横顔を見ながら、少年は静かに口を開く。

 

「…村へ行くのではないのか?」

「…は!? わ、わかってるよ!」

 

 ミラジェーンは本来の目的を思い出しながら、不公平だと思った。

 自分はこんなにも他の女に嫉妬したり、照れて喜んだり、一喜一憂しているというのに、目の前にいる男はいつも冷静だ。

 それでいて何気なく、相手の心を揺さぶる一言をぽろりと口にする。ずるい男だ。

 

 ミラジェーンは翼を大きく広げた。

 

「ジル。背中、乗って。飛んでいくから」

「…いいのか?」

「いいのかってなんだよ。別に、細いお前を乗せたって全然重く──」

 

 と、そこまで言ったミラジェーンはようやく、ジルの言わんとしていることを理解した。

 

 身体が、密着してしまう。

 接収(テイクオーバー)する前に気付くべきことなのだが、村へ戻ることしか考えていなかったため、そこまで気が回らなかった。

 

「えーっと…ジルって、空飛べる魔法とかある?」

「…なくもないが、()()()()()()()()身体を浮かせるものしか──」

「あ~、もうッ! 時間がねぇ! いいよ、乗れ! つべこべ言わず乗れ! 嫌じゃないだろ!?」

「嫌じゃない」

「~~~~~ッ!」

 

 顔を真っ赤にしながらミラジェーンは背を向けた。

 翼の生えた少女の背中に歩み寄ったジルであったが、遠慮がちに口を開く。

 

「…首に手を回していいか?」

「それ以外どこあんだよ? 変なとこ触ったら、ぶっ飛ばすぞ」

 

 ジルは黙って、ミラジェーンの首に腕を回した。身体と身体が触れ合い、密着する。

 好きな男に後ろから抱擁され、ミラジェーンは胸を切なく疼かせた。恥ずかしさで心臓が爆発しそうになる。

 ちゃんと飛べるだろうか? 接収(テイクオーバー)すると、体臭まで変わるだろうか? こんなことなら、香水を持ってくればよかった。

 

 あれこれと余計な考えを巡らせていたミラジェーンは自分を落ち着かせるために深呼吸した。

 本来の目的であるジェシカとジェシカの父のことを思い出し、意識を集中させる。

 あの親子を一刻も早く救いたいという気持ちに切り替えると、自然と雑念を振り払うことができた。

 

「…ジル。しっかり捕まってて」

「…ああ」

 

 少年を背中に乗せ、美醜の女魔は夕暮れの空へ飛び立った。

 

 

 橙色の薄暗い空と、森林だけが広がっていた。

 人も、鳥も、動物も見当たらない。広い世界の中で、自分たちふたりしかいないような錯覚を覚えてしまう。

 そう考えると少しだけ嬉しいようで、なんだかんだ寂しくなる。そんな気持ちを振り払うように、ミラジェーンは静かに口を開く。

 

「…ねぇ、ジル」

「なんだ?」

 

 少年の低い声が耳元で響く。

 こそばゆく感じながら、ミラジェーンは今まで言えなかったことを口にする。

 

「わたしのこと…ミラって呼んでいいよ。ミラジェーンって長いでしょ? 皆もそう呼んでるし。ミラのほうが呼びやすいかなって思って。…まぁ、ジルが嫌なら、別にいいんだけど…」

「…ミラ」

 

 返事の代わりに、ジルは愛称で呼んだ。

 なんだか形だけでも距離が縮まったようで、ミラジェーンは嬉しく顔をほころばせた。

 

「わたしさ…こんな見た目でしょ? だから色々嫌な思いをして…自分なんか消えてしまったほうがいいんじゃないかって思ってたんだ」

「………」

 

 突然の思い出話に、ジルは特に何も言うことなく、黙って聞いている。

 ミラジェーンはつづける。

 

「でも、妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来て、わたしは救われたんだ。マスターやエルザたちもそうだけど、リサーナとエルフマンもわたしを勇気づけてくれた」

「………」

「それで妖精の尻尾(フェアリーテイル)の魔導士になって、仕事で色んなところに行って、たくさんの人に出会えた」

「………」

「そりゃ接収(テイクオーバー)した姿を見て怖がる人とかいたけど、それ以上に感謝してくれる人もたくさんいたんだ。こんな力でも、誰かの役に立てるんだって思ったんだ」

「………」

「多分、今こうしている間にも…わたしやジェシカのお父さんみたいに、誰かに迫害されていて…昔のわたしみたいに消えたほうがいいんじゃないかって思ってる人がたくさんいると思う」

「………」

「みんな救いたいんだ。見た目や、力で、怖がられたりしたとしても、絶対誰かに必要とされる。妖精の尻尾(フェアリーテイル)っていう、みんなを受け入れてくれる場所があるんだって伝えたいんだ」

「………」

「…って、思ってはいるんだけどね。他の人からしたら、くだらない夢なのかもしれないけど…」

「…いや。とても素敵な夢だ」

 

 そこで、ジルはようやく口を開いた。

 

「本当に…素敵な夢だ…」

 

 少年の言葉に、ミラジェーンは嬉しそうに微笑んだ。

 

「もしもさ…ジェシカと、ジェシカのお父さんがあの村にいるのが嫌になったらマグノリアに来てもらおうよ。マスター、ギルドに看板娘がほしいって言ってたからジェシカにしてもらってさ。あの子、可愛い顔してるし」

「…ああ、そうだな」

 

 その瞬間、ミラジェーンはうなじ辺りに冷たい滴が落ちるのを感じた。

 雨だろうか? 一瞬そう思った彼女は上を見上げた。

 

 薄暗い、夕焼けの空だけが広がっている──どうやら気のせいだったようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 村から火の手があがっていた。

 

「………え…?」

 

 ミラジェーンは呆然とした。

 

 火事だろうか?

 コルチカム村の一角から、不吉な煙がひとつあがっている。しかも、あの方角はジェシカの家ではないか!

 

「そんな…! そんな…!」

 

 ミラジェーンは接収(テイクオーバー)を解除し、ジルとともに村へ降りたった。

 いったい何が起こったというのだ!? ミラジェーンたちは急いでジェシカの家へ向かう。すると、ぞろぞろと5、6人の人影が歩いてきた。

 村長と村人数名だ。

 

「…ああ、あんたたち。戻ってきたのか」

 

 村長が虚ろげな表情で口を開いた。ミラジェーンたちが戻ってきたのが意外そうだった。

 ミラジェーンは村長たちのいで立ちを見た。皆一様に(くわ)やらツルハシなどの農具を持っていた。だが、どれもこれも赤黒く染めあがっている。

 

 ミラジェーンは嫌な予感がした。

 

「あ、あんたたち…なに、したんだよ? ジェシカの、ジェシカのお父さんは…?」

「ああ、殺したよ…」

 

 村人のひとりが言った。

 怒りも悲しみもなく、無感情に、淡々と。

 ミラジェーンは愕然とした。

 

「なんで、なんでそんなこと…!!」

「仕方なかったんだッ!!!」

 

 返り血を浴びている村長は半狂乱で絶叫した。

 

「お前たちがいなくなっている間…! パトリックが、あの化け物が、いつも以上に吠えながら、納屋の壁を壊すほど暴れ回っていたんだ…!! これ以上、我慢できるはずがないだろう!? あんたたちなんか頼らずに、初めからこうしておけばよかったんだ!!!」

「そんな…!」

 

 ミラジェーンは絶句した。ジルの魔法で拘束していたはずなのに、それでも意味をなさなかったのか。

 では、ジェシカの目の前で父親を殺したというのか?

 

「ま、待って、ジェシカは? ジェシカはどこ!?」

 

 ミラジェーンは周りを見渡した。どこにも彼女の姿がいない。

 村長がぽつりとつぶやいた。

 

「ああ…あの子も殺した…」

「…………は?」

 

 ミラジェーンは目まいを覚えた。

 今、村長は何と言ったのだ? 殺した? ジェシカも殺した?

 

「なんで…? なんで、そんなこと…? ジェシカは、関係ないだろ…?」

「あんたたち、あの子の左手を見たか? 怪我をしていたんだ。ひっかかれた傷だ。パトリックにひっかかれたものだ…」

「それがなんだってんだよ…?」

感染(うつ)るものだったら、どうする…!? あの子まで化け物になるじゃないか!?」

「な、何言ってんだよ!!?」

 

 今度はミラジェーンが絶叫した。

 

「ジェシカのお父さんは魔導生物が寄生したもので、感染(うつ)るようなものじゃないって!! 何でそんな勝手なことしたんだ!!?」

「もしもの可能性があるだろ!? 村を守るためだ! 私たちが好きで、あの親子を手にかけたと思うか!!?」

 

──こ、こいつら…!!

 

 この瞬間、ミラジェーンの中で過去の記憶がよみがえった。

 寄ってたかって、見た目と先入観だけで判断し、否定することしかできない思考停止した愚民共。

 

──お前らこそが、悪魔(ばけもの)だ…!!

 

 ミラジェーンはギリギリッ…!!! と、歯を強く食いしばった。

 

「…ミラ」

 

 後ろから、ジルが名前を呼んでくる。

 

「止めるな、ジル」

「ミラ」

「うるせぇ…わたしは、わたしはこいつらを許せない…!」

 

 憤怒とともに赤黒い魔力が全身に行きわたる。

 全身の細胞を作り替え、昇華させ、(うち)の中に眠る悪魔の力を解放させようとした、そのときだった。

 

 

「ジェシカの父は…もうすでに手遅れだった…」

 

 

 全身の力が抜けた。

 

「………え…?」

 

 ミラジェーンは後ろを振り返った。

 フードを被った少年が、顔を俯かせながら立ち尽くしていた。

 

「とにかく、何もしなかったあんたたちには一銭も報酬を払わんからな! わかったら、さっさと村から出ていってくれ!!」

 

 村長は吐き捨てるように言うと、もう用はないとばかりに村人たちを連れて立ち去っていった。

 

 残されたのは燃えさかる納屋と、少女と、少年だけだった。

 ミラジェーンが先に口を開く。

 

「…もう手遅れだったって、どういうこと…?」

「…言葉の通りだ。私たちが来たときには、すでにジェシカの父は完全に寄生されていて、モンスター化するまで時間の問題だった」

「…じゃあ、全部…ウソだったの…?」

「全部、ではない。おれも、ジェシカの父を救いたかった…。無駄だとわかってはいても、もしかしたらと可能性を賭けてみたかった…。いや…違う…」

 

 フードを被った少年は頭を抱えた。

 

「おれは、()()()()()()…。真実を告げることが…、ジェシカとお前を悲しませることが…、ジェシカの父を手にかけることが…、ジェシカに恨まれることが…、全部怖かった…。あのままジェシカの父が自滅するのを待てばよかったのに…まさか村人たちが、ジェシカまで殺すとは思わなかった…」

 

 ミラジェーンは何も言えなかった。

 ジルを肯定することもできなければ、否定することもできない。怒りもなければ、悲しみもない。

 ただただ、抱きしめたくなった。

 

 一方、ジルは自身を呪うように言葉を紡いだ。

 

「ぼくが、私が、おれが…! 半端なことをしなければ、手を汚すことを躊躇わなければ、神なんかを信じていたジェシカは…! 殺されずに済んだってのに…!! 生きても死んでも何の価値もねぇ、ゴミ野郎…!!!」

「ジ、ジル…?」

 

 ジルはフードを脱いだ。

 顔を覆っていた包帯も、絆創膏をすべて外す。

 少年の美貌が露わになる。傷ひとつない、半神じみた綺麗な顔だった。

 だが、灰色の瞳から紅い涙を滴らせ、口の端を大きく吊りあげていた。

 

「ミラジェーン。おれは妖精の尻尾(フェアリーテイル)が好き()()()。お前がいて、エルザがいて、ナツたちがいて、お前たちと過ごした日々は今まで一番幸せな時間()()()

 

 少年は、懐からナイフを取りだした。

 

()()()()()()()()

「ジ、ジル…!」

「ミラジェーン。お前の語っていた夢は、本当に素敵だ。だが、おれはその夢の中にはいられない。ぼくは人も、神も、希望も信じることができない。私がすべてを粛清(ころ)してやる」

「ジル!!」

 

 ミラジェーンは止めようとした。

 彼がやろうとしていることを止めなければ、何か取り返しのつかないことが起きるかもしれないと思った。

 だが、間に合わない。

 

「お前の夢も、お前たちの居場所も、どんな手を使ってでも守る。おれが皆を──死なせない」

 

 少年の首筋から赤黒い花が咲き乱れた。




次回、喪服の悪魔(メフィスト)

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。