悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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喪服の悪魔(メフィスト)

 コルチカム村の一件から一ヶ月ほど経った、ある日のことだった。

 

 場所は評議院フィオーレ支部の執務室。

 質素な部屋の中で、黙々と書類仕事をしているひとりの青年がいた。顔の右半分に刺青を入れた、整った顔立ちの男だった。

 名は、

 

「──準評議員のジークレインですね?」

 

 唐突に後ろから声をかけられ、青年──ジークレインは後ろを振り返った。

 そこに立っていたのは喪服を着た長身の男だった。背中に届きそうなくらいに、髪を長く伸ばしている。

 そして、黒髪の下にあるその顔立ちは端麗をきわめた。同性のジークレインでも、一瞬見惚れてしまうほどの美貌だった。

 

「…どこから入ってきた? いや、()()()()()()()()()?」

 

 ジークレインは表情を変えずに、警戒心をあらわにした。

 目の前にいる男はどう見ても外部の人間。だが、このフィオーレ支部には侵入者防止のための結界が何重にも張りめぐらされている。

 それを難なくすり抜けてくるとは、いったいどんな魔法を使った?

 

 不審に思うジークレインに対し、喪服の男は慇懃に腰を折った。

 

「不法侵入に関してはどうかご容赦ください。あなたと内密にコンタクトを取りたかった。私は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の者です」

「…ほう。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の」

 

 ジークレインはオウム返しした。

 何かと問題行動を起こし、評議院の上層部のほとんどが毛嫌いしている魔導士ギルド。

 ジークレイン個人としては面白半分な目で見ているため、特に嫌悪感といったものはない。

 

「で、その妖精がおれにいったい何の用だ? この部屋に人除けの結果を張ってまで」

「あなたにある男を告発してほしいのです。評議員のマルコ・ネグロポンティを」

 

 ジークレインは当然、その男を知っていた。

 評議院副議長の肩書きを持ち、文字通り評議院の中でナンバーツーの権力を有している男だ。

 

「罪状は?」

「数々の不正。闇ギルドに殺人の依頼をしたこと。息子のアンドリューを、圧力と賄賂で釈放させたこと。他にも税金の着服、官給品の横流し等々」

「証拠は?」

「すでに揃っています。それを元に、いつでもマルコを粛清することができる」

「…面白い提案だ。だが、リスクが大きいな」

 

 青髪の美男子は足を組み、頬杖をついた。

 

「おれは正義の役人になりたくて、今の職に就いたわけじゃない。どちらかというと、長い物に巻かれたいたちだ。今会ったばかりのよくわからん奴と手を組むよりも、お前から聞かされた提案を奴にリークして恩を売っといたほうがいい買い物だと思うんだがな?」

 

 ジークレインはわざと相手を試すような物言いをした。ちょっとした悪戯心で相手の反応が見たかった。

 だが、対面する男は顔色ひとつ変えなかった。

 

「そうすれば遅かれ早かれ、あなたは消されることになる」

「………」

「マルコは用心深い男です。悪事ひとつ働くのに何人もの人間を介している。そんな男が、たった一度助けられたくらいで、余計なことを知ってしまった()()()()()()()()をあっさり信用するとは思えない」

 

 予想していただけに、ジークレインは何も言えなかった。

 喪服の男は続ける。

 

「マルコの不正を暴けば、評議員ひとり蹴落とすとともに、その功績であなたは即、後釜になれる」

 

 うまい話だ──と、ジークレインは思った。

 

 評議員の座を狙う彼は魔導士として非常に優秀で、わずか数ヶ月という短い期間で準評議員に抜擢された天才児である。

 だが、その上の役職である評議員の席はおいそれと与えられるものではない──いま現在いる十名の評議員のうちの誰かが引退か、除名、あるいは死亡しないかぎり。

 このまま雑務をこなし、みずからの手腕を発揮しようと、出世できるのはいつになることやらと苦心していたところだ。

 

 だが、今、評議員になれる絶好の機会が転がりこんできた。しかし、話がうますぎて怪しく思わずにはいられない。

 ジークレインは率直に問う。

 

「見返りはなんだ?」

「評議員となったあなたとパイプを作り、利害関係を結びたい」

「だったら、おれでなくてもいいだろう。不正を正したい奴はいくらでもいる」

「正義に燃える役人などと手を組む気はありません。私がこれからおこなっていく悪行を、彼らのような人間は決して許さない。むしろ、あなたみたいな()()のほうが好都合です」

 

 瞬間、空気が軋む音を立てた。

 

「お前、何を知っている?」

 

 ジークレインが問う。

 表情は変わっていないが、静かな殺意を向ける。

 だが、対面する喪服の男は冷や汗ひとつかくことはなかった。

 

「あなたがウルティアという女性魔導士とともに()()()()()()のために、評議院に潜入したこと。ですが、それを口外するつもりはありません。そして、あなたのすべてを知っているわけではない。自分の身を守るために、あえてすべてを知らないことも必要なので」

 

 どこからが本当で、どこまでが嘘かわからない。だが、この手の人間は簡単に口を割りそうにない。

 ジークレインが黙っていると、喪服の麗人は静かに言葉を紡ぐ。

 

「今までの努力を無駄にしたくはないでしょう。私はあなたの計画に興味はないが、できるかぎり協力することを約束します。その代わり、あなたも評議員の立場から私をサポートしてほしい」

 

 ジークレインは破顔した。

 こちらの事情を知ったうえで、あえて悪党と手を組もうなどと正気の沙汰じゃない。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 だが、それ故、目の前の男に対して興味を持った。ジークレインはにやけ顔を止められなかった。

 

「まったくお前という奴は…面白い男だ」

 

 

 

「ねぇ、ミラジェーン、本当にウザくない?」

「わかる。エルザもグチグチうるさいし」

 

 マグノリアの街の路地裏で、ふたりの少女が会話していた。妖精の尻尾(フェアリーテイル)の女性魔導士のヒルダとキリアだ。

 今日も今日とて、彼女たちは仲間に対して悪態をついていた。

 

「ミラジェーンさ、いっつもジル君の周りうろついて邪魔でしかないんだけど。色々噂流しまくって、ギルドから追いだそうよ」

「バレたときが怖いけどね」

「平気だって」

 

 ふたりがそんなことを話し合っていると、

 

「やぁ、ヒルダ、キリア。久しぶりだね」

 

 ひとりの男が声をかけてきた。

 少女たちは顔をあげた。その男は何故か、喪服のような礼服を着用していた。

 背中に届きそうなほどの長い黒髪と、中性的な美しい顔立ちを持つ、その男の名は、

 

「え、ジ、ジル君、だよね?」

「うん? そうだが?」

 

 ヒルダもキリアも唖然とした。

 服装と佇まいで気付きにくかったが、その半神じみた美貌は見間違いようがない。

 ジル・アイリスだ。

 

「す、すごい雰囲気変わったね。ジル君って、いつもパーカー着てたのに」

「変かな?」

「ううん、全然! すっごく似合ってる! ジル君、やっぱり顔出してたほうがいいよ! 綺麗な顔してるし!」

「…そうか。ありがとう」

 

 ジルは柔らかく微笑んだ。

 ヒルダもキリアも、どきりとした。いつもフードで顔を隠している美少年が初めて笑顔を見せてくれたのだ。

 そんなふたりに、ジルが優しい口調で語りかける。

 

「そうだ。ふたりとも、少し時間あるかな? いつも君たちのお誘いを断ってばかりだったから、今までのことの償いをさせてほしい」

「え、う、うん! ちょうど暇してたし!」

「償いとか思わなくていいって! ジル君、いっつも忙しそうだったじゃん」

 

 いつも遊びの誘いをしても、逃げるように断りつづけていた男から逆に誘われたことでヒルダたちは大喜びした。

 だが、何故、急に乗り気になっただろうと一瞬気にはなったが、青年の美貌と紳士的な立ち振る舞いの前に、不安めいた疑問は即座に霧散した。

 

 ジルを先頭に、三人は路地裏を歩きはじめた。

 

「どこ行くの?」

「ここから遠くないよ。すぐに近くに、私の工房がある」

「工房…? 何があるの?」

()()()()()があるんだ。ああ、ちなみにアンドリューたちもいる」

「ええ!? 今、アンドリューって言った!?」

 

 途端、ヒルダとキリアは露骨に嫌な顔をした。

 

「ジル君、あんな奴と付き合ってんの? やめたほうがいいって!」

「変な噂とか色々聞くし。特に女絡みの噂がほっんとうにひどくって」

 

 普段、仲間を不当に非難する彼女たちにしては、今回ばかりは的を射ていた。

 だが、ジルは穏やかに表情(かお)で首を振った。

 

「君たちの気持ちはよくわかる。だが、私はアンドリューのことを理解するために、じっくり話してみたんだ。そうしたら彼も彼で、あれで結構苦労していたようだよ? 父親は評議院副議長。三つ下の弟はルーンナイトで活躍する魔導士。だが、不幸なことにアンドリューは魔力を持たずして生まれてしまったものだから、父と弟との折り合いが悪く、当時通っていた学校で酷いイジメを受けていた。母親が唯一の理解者であったんだが、数年前に病気で亡くしてしまってね。それから彼はクスリに走り、色々と悪事に手を出してしまったのだよ」

「…いや…そんなの、知らないし」

 

 初めて聞かされる不良男の境遇──気の毒だとは思うが、それで周りに迷惑をかけていい理由にはならないし、同情する気にもならない。

 すると、ジルが首だけ振り返り、少女たちの顔をじっと見た。

 

「キリア。君でも、彼の気持ちは少しでもわかるはずだ。両親から虐待を受け、家を飛びだして児童施設の世話になった君には。…ヒルダもだ。君は物心がつく前から親に捨てられ、キリアと同じ施設で育った」

「え…どうして、そんなこと…」

 

 ヒルダとキリアは唖然とした。

 自分たちの過去を知っている人間は妖精の尻尾(フェアリーテイル)の中にはいないし、誰かに口外したことないはずなのだが…。

 

「どんな人間でも…皆、何かを抱えている。キズや、痛みや、苦しみや…」

 

 喪服の男は、虚ろげな表情で宙を見た。

 

「こんなことなら…いっそのこと…」

「ジ、ジル君…?」

 

 ヒルダたちが心配そうに見つめると、ジルは小さく微笑んだ。

 

「ああ、すまない。考えごとをしていた」

 

 そうこうしているうちに、目的地である工房にたどり着いた。錆びた鉄の扉が固く閉ざされている。

 鍵を外し、ジルは鉄扉を開けた。軋む音とともに扉が開くと、薄暗い闇だけが広がっており、部屋の中は窺いしれない。

 

「さぁ、どうぞ。ふたりとも」

 

 喪服の紳士がにっこりと微笑んだ。

 ヒルダとキリアは、漠然と、嫌な予感がした。このまま中へ入ったら、何か恐ろしいものを見てしまいそうな気がした。

 しかし、何故だろう? 何故か、逃げだそうという選択肢が、彼女たちの中にはなかった。

 

「さぁ、どうぞ」

 

 ジルが笑顔のまま、再度うながす。

 いつの間にか、彼の手にページが開かされた黒い本があったが、ヒルダもキリアも一切気にかけることはなかった。

 

 少女ふたりは()()()()()()を感じながらも、喪服の美青年にうながされるまま、工房の中へ入っていった。




次回、666日後

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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