①住民と話すとき
それは、ルーシィがいつものようにマグノリアの街道を歩いているときだった。
喪服を着た長身の男を見かけた。
ジル・アイリスだ。遠目から見ても、嫌でも目立つ男だ。
何やら中年女性の住民と会話している。
いったい何の話をしているんだろうか? 通り過ぎ様に聞いてみよう。
人としてはしたないと思いつつも、ルーシィは聞く耳を立てた。
「え!? こんなにもらってもいいんですか!?」
「いいの、いいの! ジル君にはいつもお世話になってるし、おばさん作りすぎちゃったからジル君とミラちゃんにおすそ分け」
「すみません、いつもいつも」
ルーシィはジルの姿を見て、思わず立ち止まってしまった。
ジルが、あのジルが、笑顔で、明るく、他人とコミュニケーションを取っている。
「ジル君って、甘いもの大丈夫? アップルパイ好き?」
──いやいや。嫌いに決まってるでしょ。ジルさん、甘いもの嫌いで有名なんだから。
ルーシィが心の中でそんなことを思っていると、
「はい、大好きです!」
ジルが満面の笑みで大嘘をついた。
ついこの間、感情のない顔で〝甘いものは嫌いだし、身体に悪い〟と語っていたというのに──身体に悪いに関しては、喫煙者が言うことではない──。
ジルの笑顔につられるように、中年女性も嬉しそうに微笑んだ。
「あ~、よかった! おばさん、ジル君って意外と甘いもの好きなんじゃないかなぁって思ってたのよ!」
「あはははっ、アンジェラさんは何でもお見通しですね! 帰ったあと、ミラジェーンとおいしくいただきます」
「そうしておくれ! それじゃあ、私そろそろ行くね! ミラちゃんにもよろしく言っておいて」
「はい。ありがとうございました」
ジルは笑顔のまま、深々と会釈した。
だが、頭を上げ、中年女性に背を向けた瞬間、いつもの無表情の顔に戻っていた。目も死んでいる。
ルーシィが口をあんぐりと開けたまま立ち尽くしていると、ジルはようやく彼女の存在に気がついた。
「ああ、ルーシィ。ちょうどよかった。これ、食べてくれ。甘いもの嫌いなんだ。それと感想を聞かせてくれ。さっきのアンジェラさんに、あとで聞かれるかもしれないからな」
アップルパイの入った包みを一方的に押しつけたジルは、ルーシィの返事も聞かずに歩き去っていった。
──マ、マジで怖い、この人…。
②ハヅキ
「へ~、ミラさんがグラビアやってたのってジルさんのためだったんですね!」
「そうなのよ」
ルーシィはギルドのカウンター席でミラジェーンと会話していた。
話題は、ミラジェーンが週刊ソーサラーのグラビアコーナーをやりはじめたきっかけについてだった。
「最初、依頼が来たときはあんまり乗り気じゃなかったんだけどね? だけど、私自身女の子らしくなりたかったし、男の子がどういうのを喜ぶのか全然わからなかったの。あと、お化粧とか美容についての知識も得られるかなぁって思ってね。やっぱり好きな人には、いつまでも可愛く思われたいじゃない? 顔のどの角度が盛れて、どの角度がブスに見えるか徹底的に自分を研究してね」
「す、すごい…!!」
ミラジェーンの献身的なプロ意識に、ルーシィは脱帽した。
「でも、ジルさんって、そういうの見て喜ぶ人なんですかね?」
「一応、私が出てるのは買ってくれてるみたいよ?」
──むっつりスケベか、あの人…!
性欲がなさそうな男の意外な一面を知った。
そこでルーシィはグラビア関連のことで、ミラジェーンにどうしても聞きたいことがあった。
「そういえばミラさんって、ハヅキさんに会ったことあります?」
ハヅキとは、週刊ソーサラーのグラビアコーナーに突如現れ、たった一回の掲載だけで頂点に君臨した謎の女性魔導士の名だ。
艶のある長い黒髪を
無名にも関わらず、その圧倒的な美貌だけで即日完売。最終的に普段の数百倍の売り上げにまでなったという。
だが、ハヅキは一度載ったそれっきり、どういうわけか完全に姿を消した。
名前とビジュアル以外の、多くの謎を残したまま彼女は伝説と化した。
だが、未だに彼女の復活を待ち望む、熱狂的なファンは多い。ルーシィもそのひとりだ。
ミラジェーンはくすりと笑った。
「会ったことあるも何も、彼女とはプライベートでよく会ってるのよ?」
「え!? うそ!?」
予想外の返答に、ルーシィはびっくりした。
普段、ギルドの看板娘をしているミラジェーンが、伝説のハヅキとよく会っている?
もしや、マグノリアの街に住んでいるのだろうか? ルーシィは気になってしょうがなかった。
「ハ、ハヅキさんって普段何をされているんですか? あの人、すっごくミステリアスじゃないですか」
「そうねぇ」
ミラジェーンは何故か、悪戯っぽくくすくす笑った。
「あの人ね。普段、ひとりで読書してることが多いわね」
「へー! 本、好きなんですね! イメージぴったり! 気が合いそうだなぁ」
「コーヒーも好きね。甘いのが苦手だから、ブラックしか飲まないの」
「うんうん!」
「あと、楽器弾けるの。ヴァイオリンとかピアノとか」
「…ん? はい…」
「でね。毎日、煙草吸ってるの」
「待って。待って待って、ミラさん…!」
「それでね? 普段、
「やめて。聞きたくない、聞きたくない。うそ、うそよ。そんな、そんなことって──」
「そう! ハヅキの正体は、み〜んなの大好きなジルです」
「いやぁああぁあぁあああぁあぁぁあぁああぁああぁあああぁ〜〜〜ッッッ!!!!」
ルーシィは絶叫した。
鶏肉だと思っておいしく食べていたのに、あとから〝それ、実はカエルだから〟と教えられたようなものだ。
ルーシィのリアクションに、ミラジェーンは
「そんな悲鳴あげることないじゃない。ひどい」
「知らないほうが幸せでした…」
思えばミステリアスなところこそ魅力的だったのに、迂闊に詮索するものじゃない。ルーシィはまたひとつ勉強になった。
それと同時に、ハヅキのヴィジュアルの正体に納得した。ジル・アイリスという、顔しか取り柄がないゴミクズ野郎(エルザ談)でしか、あの美貌を再現できない。
髪型や化粧で気付きにくかったが、言われてみればどことなく彼の面影がある。
「あ、ちなみに他の皆には内緒ね? 知っているのはエルザ、カナ、あと週ソラのジェイソンだけだから。エルザの部屋見たことある? 壁や、寝室の天井にハヅキの特大ポスター貼ってるのよ」
「でも、ジルさんだと知ってるんですよね?」
「本人は〝ジルとハヅキ様は違う人間だ〟って真顔で言っててね。自己暗示、頑張ったんでしょうねー」
もはや、狂信者のそれである。
しかし、何故、ジルは女装しだしたのだろうか? とルーシィは気になった。
「話せば長いんだけどねー。そう、あれは忘れもしない。ジルと一緒になってから三ヶ月くらい経った頃よ」
看板娘はしみじみとした表情で語りはじめた。
今でこそ、ミラジェーンがジルの喫煙管理をしているが、それ以前は一日一箱吸うほどのヘビースモーカーだったのだ。
「うわっ…あたしが彼女だったら絶対やだ…!」
「でしょ? 私は気にならないからいいんだけどね? エルザも煙草の匂い、大っ嫌いだから頻繁にケンカしててね。何より、いくら何でも一箱は吸い過ぎだから、これはダメだと思って喫煙管理しはじめたの」
いきなり煙草をやめさせるわけにもいかず、一日一箱から一日三本まで大幅に減らし、自分で購入して隠れて吸うことを完全に禁止した。
だが、
「いつもの無表情だったけど、明らかに納得いってない顔だったの。それでも〝ああ、わかったー(モノマネ)〟って言ってくれたんだけど、何か怪しいなぁと思って跡をつけてね。そしたら、そのまま煙草屋さんに行って、普通に買って、普通にその場で吸いやがったの。約束して二、三分よ?」
「ク、クズだ…!」
「〝こいつッ…ナメやがって…!!〟って思って、私はもう頭に来ちゃって、後ろから襟首掴んで〝てめぇ、何してんだよッ!!!〟って怒っちゃった」
不倫現場を目撃した鬼嫁の怒り方である。
このときばかりはさすがのジルも恐怖したようで、その場で正座し、無表情のまま猛反省した。
だが、あとから開き直って、また同じことを繰り返す可能性がある。さらなるペナルティが必要だ。
「何でそこで女装なんですか…?」
「いや、だってね? ジルの顔、あれでドすっぴんよ? 毛穴ゼロよ?
「もうペナルティじゃなくて、ただのミラさんの欲望じゃないですか」
「ええ、ジルを完全に恐怖で掌握したから、絶好の機会だって思ったわ。でね、やるからには徹底的にやりたいわけ。週刊ソーサラーの超一流スタッフたちを集めて、〝グラビアコーナーに掲載させてあげる代わりに、この私の男を世界一の美女にしろ〟と頼んだわ」
「そんな上から目線の頼み方あります?」
ただ、思いのほか、作業は難航した。
ジルの希望で、本人とバレないよう化粧は厚め。
体型が細くても、身体は男性──何より身体中に傷跡があるため、露出度は抑えないといけない。
繰り返し打ち合わせし、何度も試行錯誤を重ねた結果、
「…ああいう風になったと」
「花魁衣装、だっけ? あれの案出したの、実はエルザなのよ。あの人、異国の伝統衣装とかにもすっごく詳しいから」
「いや、男相手に着物と網タイツを組み合わせるエルザ、ヘンタイ過ぎでしょ?(褒め言葉)」
「あの脚はたまんないわよねー。私はうなじが一番好きなんだけどね、ルーシィは?」
「鎖骨と、
ミラジェーンとルーシィが熱く語り合っていると、ルーシィの隣にひとりの男が座った。噂をすれば影──喪服の男、ジル・アイリスだ。
彼の姿を確認すると、ルーシィは無意識につぶやいた。
「あ、ハヅキさ──」
ごりっと硬いものが脇腹に押しつけられた。
拳銃だ。ジルの手に小口径
「ルーシィ。どこで知った?」
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい間違いましたごめんなさい」
「どんな間違いだ?」
ジルは無表情だった。
だが、いつも周囲に悪口を言われても気にも留めない彼が珍しく怒っている。
ルーシィが泣きながら謝罪の言葉を繰り返すと、ミラジェーンが割って入った。
「ごめんね、ジル。私が言ったの」
「………」
ジルは黙ったまま、じろりとミラジェーンを見る。
「でも、ルーシィは無闇に言いふらす子じゃないとわかったうえで言ったの。安心して。…ねー、ルーシィ? 言わないわよねー?」
ミラジェーンのにっこりとした微笑みと、ジルの無表情──世界一怒らせたくない魔人カップルを交互に見ながら、ルーシィは何度も頷いた。
彼女の態度と、ミラジェーンの言葉に納得したようで、ジルは無言で銃をしまった。そのまま何ごともなかったかのように本を読みはじめた。
──この人が、ハヅキさんだもんなぁ…。
ルーシィは男の横顔をちらりと見た。
嫉妬してしまうくらいに綺麗な顔をしている。これで不用意な言動をしなければ嫌われることないのにもったいないと、ルーシィは思ってしまった。
或いは、綺麗過ぎる顔に生まれてしまった自分のことをコンプレックスに思っているのだろうか? 見た目が良いだけで、人を寄せつけてしまうから。
ルーシィもその辺りの気持ちはわからなくもないが──
──…そんな贅沢な悩みあるわけないか。
他人の考えを推測しても答えは出ない。
ルーシィはそれ以上、考えるのをやめた。
一番面白いのは?
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