悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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666日後

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドにて、銀髪の美少女──ミラジェーン・ストラウスはカウンター席に腰掛けていた。

 

──…ったく、どこ行ったんだよ、あいつ…。

 

 ミラジェーンは不機嫌そうに顔をしかめた。

 

 ()()()を境に、彼女はジルと会えてない。

 彼は誰にも行き先を告げずに、突然行方をくらましたのだ。

 いったい彼はどこへ行ったのだろうか? 自身の呪いを解くために、また旅に出かけたのだろうか? 探しにいこうにも手掛かりがない。

 だからこうして、ギルドで彼の帰りを待ちわびているのだ。

 

 すると、

 

「あ、あの、ミラジェーン」

 

 後ろから声をかけられ、ミラジェーンは後ろを振り返った。

 

 そこに立っていたのは、ふたりの少女──ヒルダとキリアであった。

 

「…なんだよ?」

 

 ジルのこともあり、ミラジェーンは嫌悪感をこめて、不良娘ふたりを睨みつけた。

 彼女は、ヒルダとキリアが嫌いだった。

 それは、向こうとて同じ気持ちだった。見せつけるように陰口を言うのは当たり前で、根も葉もない噂を流されることもあった。そのくらいならまだ我慢できるが、妹のリサーナにまで傷付けるような言動をしたときはさすがに激しい口論をしたこともあった。

 

 以来口を利いておらず、直接関わることはないだろうと思っていただけに、ヒルダたちのほうから話しかけてくるとは思わなかった。

 だが、どういう風の吹き回しだ? 直接喧嘩を売りにきたのか?

 

 ミラジェーンが睨んだまま待っていると、相手の口から意外な言葉が飛びだした。

 

「そ、その、今まで…ごめん」

「………は?」

 

 突然の謝罪。

 ミラジェーンは我が耳を疑った。今、この性悪女たちは何と言った?

 ヒルダたちはつづける。

 

「わ、わたしたち…あんたに嫉妬してたんだ」

「ジル君とも、仲良くしてたもんだから」

「…理由なんかいいし、わたしは別に謝ってほしいだなんて思ってない。他の皆を傷付けなきゃそれでいいから」

 

 ミラジェーンの口調に少しだけとげがあった。

 謝罪の言葉ひとつですぐに許せるわけではないし、今更仲良くしようだなんて思わない。

 だが、改心し、今後仲間を侮辱しないのであれば、それ以上のことを求めはしない。

 

「それでね。わたしたち…もう妖精の尻尾(フェアリーテイル)抜けることにしたから」

「え、マジ?」

 

 キリアの口から出たさらなる予想外の言葉に、ミラジェーンは目を丸くさせた。

 

「償いのつもり? 何もそこまでしなくていいでしょ? 別に…これから仲良くやってこうとまでいかなくても、ギルドを抜けるだなんて」

「い、いや、本当にいいから…!」

 

 ミラジェーンが引きとめようとすると、ヒルダたちは強く拒絶した。

 さっきから何を怯えているのだろうか?

 だが、そこまで意思を固めているのであれば、ミラジェーンはもはや説得のしようがなかった。

 

「じゃ、じゃあ…わたしたち、もう行くから…」

「あ…うん。元気でね」

「…ミラジェーンたちも、元気で。改めて、本当にごめんね」

 

 ミラジェーンに頭を下げ、ヒルダとキリアは最後まで()()()()()()()()とぼとぼと妖精のギルドから立ち去っていった。

 

「…何なんだ、あいつら」

 

 毛嫌いしてきたはずの連中が突然謝ってきたと思ったら、ギルドを抜けるだなんて、いったいどういう心境の変化だ?

 いまいち釈然としない。

 

 そんなことを思っていると、ヒルダたちとほぼ入れ替わる形で、ひとりの男がギルドの中に入ってきた。男はそのまま真っすぐにカウンター席に向かい、ミラジェーンの隣に腰掛けた。

 

 ミラジェーンはため息が出そうになった。他に席が空いているというのにわざわざ隣に座るなど、ほぼ確実にナンパ目的だ。

 容姿に恵まれた彼女はことあるごとにギルドの男たち数名に言い寄られることが度々ある。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)自体、エルザやリサーナ、カナといった容姿端麗で個性豊かな美少女が揃っているため、女目当てでギルドに入ってくる人間も少なくない。

 

 ミラジェーンは断り文句を考えながら、隣の男を睨みつけた。

 だが、その瞬間、彼女は驚きの声をあげた。

 

「え!? ジ、ジル!?」

「ん、どうした? 驚いた顔をして」

 

 男の正体はジル・アイリスだった。

 何故か喪服のような礼服を着ていたため、一瞬誰かと思ったが、黒髪の下にある美しい顔は見間違えようがない。

 

「驚くに決まってんだろ!? 今まで、どこで何してたんだよ!?」

「ああ、すまない。少し()()を済ませていた」

 

 カチン、と、金属音が鳴った。

 喪服の美青年はジッポライターを点火させ、くわえた煙草に火をつけた。

 紫煙の香りを嗅ぎながら、ミラジェーンはぎょっとした。いつの間に喫煙者になったんだ?

 突然服装を変えたことといい、煙草を吸いはじめたことといい、まるで別人ではないか。

 

 不吉めいたものを感じたミラジェーンであったが、()()()()ずっとジルと会えていなかった。積もる話もある。

 再会を喜びつつ、先程の出来事をジルに話しはじめた。

 

「さっきさ、ヒルダとキリアがわたしに話しかけてきたんだよ。堂々とケンカ売りにきたんかと思ったら、何故か今までのことを謝ってきたてさ。しかも、ギルドを抜けるだなんて言って。…そういえば。ジルがいない間に、最近ギルドのメンバーががっつり減ったんだよ。20人ぐらいかな。何故か、はた迷惑な連中ばかりでさ。でも、おかげでだいぶ居心地が良くなった。リサーナとかも、ギルドの出入りしやすくなったって言ってさ。いったい何があったんだろうな?」

()()()()()()()()

「……………え?」

 

 ジルの口から出た突然の言葉に、ミラジェーンは一瞬返答に窮した。

 

「…ど、どういうこと?〝すべて消した〟って…」

「言葉の通りだよ。彼ら全員、ひとり残らず粛清した。…ああ、別に命を奪ったわけではない。二度と妖精の尻尾(フェアリーテイル)に近付けぬようにしたんだ。()()()()()()()()()()()()()()

 

 ミラジェーンは目まいを覚えた。

 

「な…何を、言って──」

「おい、ジル! ジルはいるか!?」

 

 突然、男の怒号が響きわたった。

 ミラジェーンをはじめ、他の仲間たちは一斉にギルドの入り口のほうを見た。

 そこにいたのはマックス・アローゼだった。そして、彼と隣には、ひとりの美少女が涙を流していた。名前はマリーカ。彼女も妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーのひとりで、最近マックスと交際しはじめた女だ。

 マリーカは、ジルを指さした。

 

「こいつよ! この男がいきなり言いがかりをつけて、わたしを拘束して拷問してきたのよ!!」

 

 少女が仲間たちに見せつけるように手を掲げると、小指と薬指の爪が剥がされていた。

 その隣で、マックスは怒りに震えている。

 

「なぁ、おい、ジル…本当なのか? マリーカを疑ってるわけじゃない。お前が良いヤツだって、おれも皆も知ってる。だが、もし本当だったら…! 本当だったら、おれはお前を許せなくなる…!」

 

 ジルは何も答えなかった。

 煙草をくわえたまま、腰のホルスターから漆黒の魔本──〝エルの書〟を取りだし、パラパラとページをめくる。

 マックスは憤慨した。

 

「おい、ジルッ!! 何とか言いやがれ!!」

 

《〝エルの書〟ページ353──ウルフィフスの血管》

 

 喪服の青年が魔法名を唱えた瞬間、ヒステリックに喚いていたマリーカが突然みずから両手を後ろに回し、近くのテーブルに突っ伏した。

 

「ど、どうした、マリーカ!?…おい、ジル! マリーカに何をしたんだ!?」

「マックス。落ち着いて聞いてほしい。彼女は大鴉の尻尾(レイヴンテイル)のスパイだ」

「…………は?」

 

 あまりにも衝撃的な言葉に、マックスはすぐに返答することができなかった。そして、到底信じられる内容ではなかった。

 

「そ、そんなわけないだろ!? 何を証拠に!?」

「抱かれる前提なら、裸になっても目立たないところに紋章を()れる。であれば、だいたいの場所は絞りこめる」

 

 ジルはマリーカの髪を梳き、左耳の裏を見せた。

 そこにあったのは妖精の尻尾(フェアリーテイル)の以外の紋章──大鴉の尻尾(レイヴンテイル)のものだった。

 動かぬ証拠を見せつけられ、マックスは「そ、そんな…!」と絶句した。

 

「い、いや…何か、何か事情があるんだよ。…なぁ、そうだろ、マリーカ? きっと、弱みでも握られてんだろ!?」

「マックス。拷問のときに、彼女に付加術(エンチャント)をいくつか仕込んでおいた。その中には〝真実を語る〟魔法もある。覚悟があるのなら、今すぐに彼女の口から聴いてみるかね?」

「お前…! ふざけんなよ…!」

「それはこちらのセリフだ。我々の情報はすでに向こうへ渡っている。ギルドの不利益になる情報の他言は重罪だ。君はこの責任をどう取る?」

「し、知らなかったんだよ! しょうがねぇだろ!?」

「…ほう」

 

 喪服の男は冷徹に目を細めた。

 

「それによって我々が敵の脅威にさらされ、同胞に危害が及ぶようなことがあっても()()()()()()()()()()()()()()で済ますつもりか?」

「もうよせ、ジル」

 

 成り行きを黙って見ていた、エルザ・スカーレットが仲裁に入る。

 

「今すぐマリーカの拘束を解き、ギルドへ帰せ。マックスの件に関してはとりあえず不問だ」

「ああ、もちろん、帰すさ。だが、ただでは帰さない。見せしめとして、この女を切り刻む。妖精の尾を探ることが、どういうことなのかを向こうに教えてやる」

 

 美青年が懐からナイフを取りだすと、マリーカが引きつった声をあげた。

 エルザは目を吊りあげる。

 

「下手な冗談はやめろ」

「冗談が言えるほど道化に見えるかね?」

「…いったい、どうしたんだ、ジル? 誰かを批判したり、傷付けるなど、お前らしくもない」

「私は至って正気だよ。いや、むしろ()()()()()といってもいい。()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 ジルの言葉に、ミラジェーンだけがぴくりと反応した。

 〝初めからこうしておけばよかったんだ!〟と絶叫した、コルチカム村の村長のことを思い出した。

 

 

「お前…()()()()()()()()?」

 

 

 エルザは恐怖を孕んだ疑惑の眼差しで喪服の青年を見つめた。そして、それは、周りにいる他の仲間たちも同様であった。

 

 

 そんな中、ミラジェーンだけが悟った。

 ジルは()()()()()()()()()()

 世界の不条理と人間の悪意にだけ目を奪われ、すべてを見限ってしまったのだ。そうしなければ、この残酷な世界に騙され、殺され、犯されてしまうから。

 だから、ジルは仲間たちに嫌われることを承知で〝悪〟に身を堕としてしまったのだ。 

 すべてはギルドを、仲間を守るために。

 

 彼は誰よりも優しかったゆえに、壊れてしまった。

 

 

 

 

 

 

 それから数ヶ月がたった、x782年9月28日──この日は妖精の尻尾(フェアリーテイル)に暗い影を落としていた。

 

 雨が降りしきっている。

 ミラジェーンは傘をささず、ひとつの墓の前に立ち尽くしていた。

 

 墓碑銘はリサーナ・ストラウス──妹の名前が刻まれていた。

 すべては、エルフマンとリサーナの三人で、魔獣討伐のクエストに参加してしまったことが事の発端であった。

 魔獣を接収(テイクオーバー)したエルフマンが暴走し、リサーナが兄の説得を試みるも失敗に終わり、魔獣に意識を乗っ取られたエルフマンの手によって、彼女は命を落としてしまったのだ。

 

 遺体は回収できなかった。否、正確には遺体が消えてしまったのだ。()()()()()を残していったリサーナは息を引き取るとともに、まるで霧が晴れるかのようにその姿を消した。

 

 すべての一部始終を見ていたミラジェーンは、ただただ悲しみに暮れるばかりであった。

 守りたい人を守るために強さを求め、力をつけてきたはずなのに、弟の心と、妹の命を守ることができなかったのだ。

 

「…ミラジェーン」

 

 男の声とともに、雨が遮られた。

 少女が振り返ると、傘をさした喪服の男が立っていた。ジルだった。

 

 この数ヶ月の間、彼は仲間たちから恐怖と嫉妬と嫌悪感の対象となっていた。彼自身ががらりと豹変しまったのだから無理もない。

 それでも変わらずに接してくれているのはナツ、レビィ、マカロフ、リサーナだけであった。

 そして、ミラジェーンもまた、そこに含まれていた。ジルの言動すべてが正しいとは思っていない。だが、それでも、ミラジェーンは彼のことを嫌うことなどできなかった。

 

「ジル…! リサーナが、リサーナが…!」

 

 ミラジェーンは男の胸に飛びこんだ。

 ジルの手から傘が落ちた。雨足が強くなり、男と女の身体を濡らす。

 

「わたし…! わたし、リサーナを見捨てたかもしれない…!」

 

 少女は、自分の罪を告白した。

 

 悪魔を宿している自分に強いコンプレックスを持っていたミラジェーンは、リサーナに嫉妬していた。

 愛くるしさ、女性らしさ、彼女は女としてのすべてを持っていた。少なくとも、ミラジェーンはそう思った。

 さらに、ジルが変わり果ててもなお、リサーナは変わらず〝ジル兄〟と呼んで彼になついていた。過去の事情を知らないというのに。

 それが、とても悔しかった。

 

 もしかしたら助けようと思えば、できたかもしれない。自分には()()()()()

 どれだけの言い訳を並べても、結局、自分の好きな男を奪うかもしれない妹が邪魔でしょうがなく──

 

 

「おれの知っているミラジェーン・ストラウスは、絶対にそんなことはしない」

 

 

 ジルの口調は静かだった。だが、ミラジェーンの言葉を強く否定した。

 「それに…」とジルはつづける。

 

「彼女は死んでいない」

 

 それは、せめてもの慰めの言葉なのだろうか? それとも遺体を見ていないから、現実逃避として言っているのだろうか?

 ミラジェーンにはわからなかった。もはや何も考えられないし、考えたくもなかった。

 (あい)されたい、好きな男に。

 

「お願い…そばにいて…」

 

 ミラジェーンは、ジルの美貌を両手で包み込み、背伸びをした。

 ずっと待ち焦がれていた男の唇に、みずから、自分の唇を重ねた。

 

──私は…ズルい女…。

 

 蕩けるような快感とともに、苦い味が広がる。

 

──妹の死を利用して…好きな男の気を引いてる…。

 

 〝魔人〟にふさわしき醜い所業。

 だが、こうでもしないと、彼は自分のことを見てくれないと思った。

 

「…ミラジェーン。おれは…」

 

 喪服の青年が言葉を紡ぐ。

 表情は変わってはいないが、少し戸惑っている様子だった。

 

「おれでは…お前を幸せにすることが、できない」

 

 それははたして、自分を卑下して言葉だったのか、少女の幸せを願っての言葉だったのか。

 だが、

 

「…それでもいい」

 

 ミラジェーンは首を振り、もう一度口付けした。

 

 一方、ジルの心は空虚であった。

 彼は自覚していなかったが、いつの間にかミラジェーンのことを密かに愛していた。

 だが、()()()()()()()

 その証拠に、ミラジェーンと口付けしてもなお、彼は何も感じられなかった。

 

 ジル・アイリスはすべてのものを持っていた。

 美貌も、才能も、知恵も、不死身も、666種類の魔法も、そして愛されることも。

 しかし、すべてのものを持っているにも関わらず、彼は幸せを感じ取ることができなかった。

 

──ほんの、短い間だ…。

 

 ミラジェーンはすぐに愛想をつかし、自分の元から去るであろうと、ジルは思っていた。

 だが、幸か不幸か、これから数年たってもなお、ふたりは離れることはなかった。

 

 

 

 

 x782年9月28日──この日は、ジルが〝エルの書〟の所有者になったx780年12月1日から、ちょうど666日後のことであった。




次章、六魔将軍(オラシオンセイス)

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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