悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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「ねぇ、ジル。()()()()()?」

 それは、ジルが自宅で本を読みながら、寝覚め兼朝食代わりのコーヒーをすすっているときだった。
 早朝のトレーニングを終えて、帰ってきたミラジェーンが、運動服をめくって見せてきた。
 引き締まったウエストに腹筋がうっすらと浮かんでいる。
 ジルは思ったままの感想を口にする。

「ああ、変じゃない」
「そっか。わかった」

 ミラジェーンは満足げに頷いた。
 それから汗を流しに浴室へ向かおうとして、またジルに話しかけた。

「ジル。私、今より身体絞っちゃうけど…()()()()
「…ん? ああ」

 何のごめん? と思ったが、ジルは特に意に介さず、また本を読みはじめた。


六魔将軍(オラシオンセイス)
第二十四話:僧衣の死神(マンスレイヤー)


「どうじゃ、エルザ? 定例会といっても、そこまで堅苦しいものではなかったじゃろ?」

「ええ。皆さん、とても個性的で、気さくな方々ばかりで」

 

 会場をあとにしたマスター・マカロフとエルザは先ほどまでおこなっていた地方ギルド定例会の感想を口にしていた。

 

 本来であればギルドマスターではないエルザは定例会の参加資格はないはずだが、妖精の尻尾(フェアリーテイル)の次期マスターであることが確定しているため、マカロフが他のギルドマスターたちの許可を取ったうえで特別に参加させたのだ。

 

 ちなみに、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のメンバーたちにもマカロフの口から報告してある。

 突然の言葉に、メンバーたちのほとんどが一瞬戸惑いを覚えてはいたが、高齢なうえに心臓を患っているマカロフが近いうちに引退するであろうと薄々勘づいてはいた。

 そして、四代目マスターにエルザが選ばれたことに関しては、雷神衆も含めて反対意見を出す者はひとりもいなかった。

 魔導士としても、指揮能力にしても、彼女以上の適任者はいなかった。

 

 それはさておき、今回の定例会の議題は、近頃動きが活発化している闇ギルド・六魔将軍(オラシオンセイス)についてだった。

 六魔将軍(オラシオンセイス)とは、バラム同盟と呼ばれる闇ギルドの三大巨頭のうちの一角である。その構成人数は、何と六名──たった六人で最大勢力を担っているのだ。

 

 その六魔将軍(オラシオンセイス)が、ここのところ何やら不穏な動きを見せはじめている。それを看過するわけにもいかず、定例会で協議した結果、彼らを撃破することとなった。

 しかし、相手は六人とはいえ、バラム同盟の一角──戦力的に妖精の尻尾(フェアリーテイル)だけでは心許ないうえに、バラム同盟全体から狙われることになりかねない。

 ゆえに、戦力増強とともに、敵意を分散させる必要がある。そこで、複数のギルド同士で連合軍を組むこととなった。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)化猫の宿(ケット・シェルター)──以上、四つのギルドからメンバーを選出し、圧倒的物量差で叩き潰そうというのだ。

 

 そして、妖精の尻尾(フェアリーテイル)から選ばれたのは以下の六名(・・)と一匹であった。

 

 次期妖精の尻尾(フェアリーテイル)マスター、〝妖精女王(ティターニア)〟エルザ・スカーレット。

 

 エルザやジルが一目置くほどの潜在能力を持つとされる滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)──〝火竜(サラマンダー)〟ナツ・ドラグニル。

 

 そのナツを陰で支える相棒、人語を解する青猫──ハッピー。

 

 魔力で冷気を操り、生成させた氷を自在に形造る氷の造形魔導士──グレイ・フルバスター。

 

 黄道十二門の鍵を数個所有し、新人ながら雷神衆ビックスローを撃破した実績を持つ星霊魔導士──ルーシィ・ハートフィリア。

 

 バトル・オブ・フェアリーテイルにて、ラクサス・ドレアー相手にあらゆる手段を使って、無傷で勝利を収めた妖精の異端児──〝喪服の悪魔(メフィスト)〟ジル・アイリス。

 

 そして、最後のひとりは、エルザと同じ妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強候補。ギルダーツ・クライヴを師に持つ、〝魔人〟ミラジェーン・ストラウス。

 

 

 これはマスター・マカロフが決めた人選なのだが、ミラジェーンに関してだけは彼女みずからが志願してきたのだ。

 マカロフとしては元最強候補のひとりとはいえ、つい最近まで魔導士を引退していた看板娘を参加させるのはどうかと思っていたが、バトル・オブ・フェアリーテイルを終えてからミラジェーンは魔導士復帰を決意し、以来この数週間、ブランクを取り戻すために陰で鍛錬していたらしい。

 彼女とじかに対決したフリードと、〝魔人〟の強さを誰よりも知っているジルとエルザの後押しもあり、マカロフは心配しながらも参加を許可した。

 

 実際、連合を組んでいるとはいえ、相手はバラム同盟の一角───これでもまだ心許ないと思っているくらいだ。

 今は少しでも戦力がほしいところである。

 

「しかし…六魔将軍(オラシオンセイス)の動きもそうですが、それ以上に彼ら傘下のギルドを襲っている()()()()のことが気になります」

「うむ」

 

 マカロフは重々しく頷いた。

 そして、もうひとつ気がかりなのが、エルザが口にした謎の剣士(・・・・)

 その剣士はどういうわけか、六魔将軍(オラシオンセイス)傘下の闇ギルドばかりを狙い、その場にいた魔導士をひとり残らず斬殺したのだ。

 いったい、その剣士は何者なのか? 六魔将軍(オラシオンセイス)に個人的な恨みを持つ者なのか、六魔将軍(オラシオンセイス)を潰すため残りのバラム同盟──悪魔の心臓(グリモアハート)か、冥府の門(タルタロス)から遣わした刺客なのか、すべてが謎に包まれている。

 

 ただ、その剣士を遠目から見ていた人間がいたため、姿だけが確認された。

 尼僧服を着た、小柄な女。髪は白髪で、何故か両目を覆う革の眼帯をしている。そして、その手に持っていたのは、一振りの血錆びた長剣。

 その異様な姿を見た者は、尼僧服の女剣士のことをこう評した──〝僧衣の死神(マンスレイヤー)〟、と。

 

 

「いやいや、何でこんな作戦にあたしが参加することになったのーーーー!!!?」

 

 ルーシィは泣きじゃくっていた。

 彼女たちは今、馬車に乗って、ギルド連合の集合場所に向かっていた。だが、ルーシィにとっては地獄への片道切符としか思えなかった。

 エルザたちや、他のギルドの魔導士たちがいるとはいえ、相手は闇ギルドのトップ──バラム同盟だ。しかも、六魔将軍(オラシオンセイス)傘下のギルドを潰して回っている殺人鬼までいるという話ではないか。

 

 幾度の修羅場をくぐり抜けてきた彼女とて、つい数ヶ月前まではただの家出娘だったため、未だに自分の戦闘力に自信がない。星霊頼みの所持(ホルダー)系魔導士だからなおさらである──それでも、星霊の能力を十二分に引き出せていることが彼女の強みなのだが──。

 そんなルーシィを勇気づけるため、ミラジェーンが笑顔で語りかける。

 

「でも、ルーシィ。あのビックスローを倒したんでしょ? すごいじゃない! もしものときは、私を守ってね!」

 

──どの口が言うか、元どヤンキー。

 

 〝魔人〟の強さと凶暴性を知っているエルザとグレイは心の中でツッコまざるをえなかった。

 ナツは乗り物酔いしていて、それどころではない。ハッピーは相変わらずマイペースだ。

 

 そんな中、ただひとり、ジル・アイリスだけが一言も言葉を発さずにいた。それだけならば、ミラジェーンは特に気にしたりはしなかった。元々、無口な男だ。

 だが、先ほどからやたら腰にある漆黒の魔導書──〝エルの書〟をちらりと見たり、馬車の窓から外を眺めたりと、落ち着きのない様子だったため、さすがにミラジェーンは心配になった。

 

「どうしたの、ジル? さっきからそわそわして」

「…〝エルの書〟が何かに共鳴している」

 

 (うち)に悪魔を宿している看板娘は、同じく悪魔を宿している魔本を一瞥した。

 特に変わった様子はなく、いつも通り沈黙している。ジルにしか感じ取れないのであろう。

 

「…こういうこと、前にもあった?」

「いや、なかった。初めてだ」

 

 所有者でさえ、原因不明だった。

 そうこうしているうちに、ジルたちを乗せた馬車は、ギルド連合の集合場所である青い天馬(ブルーペガサス)のマスター・ボブの別荘に到着した。

 

──〝エルの書〟()()()()…?

 

 ‶喪服の悪魔(メフィスト)〟はこれまでの戦いとは比較にならないほどの不吉な予感を感じていた。

 

 

 ワース樹海──広大な森林だけが広がっているこの場所にある超魔法(・・・・・)を探しだすため、バラム同盟の一角──六魔将軍(オラシオンセイス)の魔導士たちが集結していた。

 

 髑髏の杖を持った、六魔将軍(オラシオンセイス)の司令塔──ブレイン。

 

 〝速さ〟を追い求める、ライダースーツを着た男──レーサー。

 

 六魔将軍(オラシオンセイス)の紅一点。相手の心が覗けるという女魔導士──エンジェル。

 

 レーサーが〝速さ〟なら、この男は〝カネ〟を追い求める。闇ギルド一の守銭奴──天眼(てんげん)のホットアイ。

 

 何故か浮遊した絨毯のうえに眠っている、化粧した美青年──ミッドナイト。

 

 ラクサス・ドレアーと同じく、魔水晶(ラクリマ)を埋めこまれたことで滅竜魔法を得た滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)──毒竜のコブラ。

 

 以上の六名。各々がギルドひとつは難なく潰せるほどの実力を持つ凶悪な魔導士である。

 そんな彼らがこれから作戦行動に入ろうとした、その矢先、ブレインが口を開いた。

 

「お前たちに()()()()()を紹介する」

 

 司令塔からの突然の言葉。

 彼以外の、他のメンバーたち──ミッドナイトはまだ眠っている──は表情を変えなかったが、多少なりとも不思議に思った。

 突然、何を? 何故このタイミングで?

 

 すると、ブレインの巨体の陰から、ゆらり…とひとりの女が姿をあらわした。

 小柄だ。同性のエンジェルよりも、背が低い。

 何故か尼僧服を着用し、髪色は死人のように真っ白で、両目を覆う眼帯をしている。

 そして、腰には十字架を模したような、血錆びの長剣を抜き身の状態でぶら下げていた。

 

 ブレインは紹介した。

 

 

人斬り包丁(ジェーン・ザ・リッパー)──だ」

 

 

 

 皆一様に訝しげな表情を浮かべていた。

 その中でただひとり、激しく動揺している男がいた。

 コブラである。

 

 

──()()()()()()()()…!!?

 

 

 尼僧服の少女をその目に捉えた瞬間、彼はおぞましい怪異に遭遇したかのような恐怖感に陥った。

 ただ、それは奇妙な格好をした彼女の姿からではなく、彼女から発せられる〝音〟を聴いたからだ。

 

 コブラは滅竜魔法の他に、〝聴く〟魔法を所有している。この魔法は術者の聴覚を鋭敏化し、相手の息遣い、関節や筋肉、心臓の音まで〝聴く〟ことができる。

 それだけでなく、何とこの〝聴く〟魔法は相手の思考まで〝聴く〟ことができるのだ。相手が何を考え、何を思い、戦いの場においては相手の動きを先読みして、回避も反撃も思いのままである。

 

 

 そして、その〝聴く〟魔法を介して、彼が少女から聴いたのは、

 

 ただただ憤怒(いかり)、のみ。

 

 悲しみも、喜びもない。

 誰に怒り、何に対して怒っているのかわからないほどに思考全体が憤怒(いかり)で埋め尽くされ、マグマのように燃えたぎった、灼熱の闇が、少女の小さな身体から溢れだしていた。

 

「…おい、ブレイン。こいつはいったい、何の冗談だ?」

 

 恐怖に震えるコブラに気付かず、仲間たちを代表してレーサーが口を開いた。不服そう──というより気分を害した様子だった。

 それに対し、ブレインは特に気を悪くした風はなく、穏やかに返す。

 

「何が言いたい、レーサー?」

「おれの性格を知ってるだろ。おれはな、無駄なことが嫌いなんだ。無駄があるってのは、()()()()()()()()()()ってことなんだよ」

 

 そう前置きしたうえで、レーサーは吐き捨てた。

 

「おれたち六人で六魔将軍(オラシオンセイス)じゃなかったのか? その辺にいた障がい者つかまえて、シスターの仮装かよ」

「そんなつもりはない。彼女は大事な戦力だ」

「何が戦力だ。()()()()()()()()()()()。それにな…」

 

 レーサーは少女の腰にある長剣にあごをしゃくった。

 

「そんな刃こぼれと錆びがひでぇ剣で、()()()()()()()()()()()()?」

「そんなつれねぇこと言うなよ、()()()()

 

 そこで初めて、尼僧服の女が口を開いた。ハスキーな声だ。

 レーサーは眉をひそめた。

 

「おれはレーサーだ」

「ああ、そうだったな、()()()()

 

 どうやら覚える気がないらしい。いや、それどころか、まともな会話すらできそうになかった。

 

「魔法しか能がねぇアデプタス・メイジャーの分際で、誰に向かってナメた口きいてやがる。もしかして、自分に自信ねぇのか? なぁ? ()るのか? それとも、()るのか? オレはどっちでもいいぜ」

 

 〝人斬り包丁(リッパー)〟は剣の柄を、逆手で握った。

 

「言っとくが、チビでも結構強ぇぞ、オレは」

「………」

 

 キリキリ…と空気が軋む音を立てた。

 片やサングラス越しに、片や眼帯越しに、火花を散らすように無言で睨み合う。

 そして、程なくして、両者が同時に動いた。

 

 

「待て!! レーサー!!」

 

 

 そう叫んだのは、コブラではなかった。

 先ほどまで絨毯のうえで眠っていた美青年──ミッドナイトだった。

 

 だが、彼が叫んだときには、()()()()()()()()()

 頭部を失ったライダースーツの身体が真っ赤な噴水をあげていた。まるで操り糸が切れた人形のように、首無し死体がどしゃりと崩れおちる。

 それから数秒たったのち、宙に舞いあがっていた生首が地面に落下した。

 

「おいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおいおい」

 

 いつ抜いたのか、長剣を逆手に持った〝人斬り包丁(リッパー)〟が怒りの声をあげた。

 

「ひとさまの体感速度を下げられんなら、初めっからそう言っとけよ!! 寸止めするつもりだったのに、手元が狂っちまったじゃねーか!!!」

 

 尼僧服の少女は生首の髪を掴み、左右に振り回した。

 

「もしも~~~し!! 聞こえて()ますかぁ~~!!? どぅーゆーどぅー、あんだーすたん!!?」

 

 ブレイン以外の六魔は、顔面を蒼白させていた。

 

 レーサーの能力──一定範囲内の体感速度を下げる魔法をすぐに見破れる者はそうはいまい。本来であれば、術者が高速化したと誤認する。

 だが、〝人斬り包丁(リッパー)〟は、あの一瞬だけで魔法の正体を看破したどころか、体感速度を下げられた状態でもレーサーを捉えたのだ。

 

「あ~、ダメだ! おい、パパ上ぇ~~!!! ライダー(・・・・)死んじゃったみたいだから、ちょっとこいつ埋めてくる~~~~!!!」

 

 〝人斬り包丁(リッパー)〟は生首と首無し死体を抱え、ただ茫然と立ち尽くすメンバーたちを素通りした。

 

 その瞬間、コブラはまた()を聴いた。

 〝人斬り包丁(リッパー)〟の持っている血錆びの長剣から発せられる()()()()()()

 

 六人の女と、七人の子ども──うちふたりは双子──。

 コブラはすべてを察した──あの剣が()()()()()()()()()()()()()()()を。

 

「──────ッ!!!」

 

 コブラはその場でうずくまり、嘔吐した。

 

「狂ってる…! 狂ってやがる…!!」

 

 吐しゃ物とともそう吐き捨てたコブラは地面にうずくまったまま、ブレインを睨みつけた。

 

「おい、ブレイン! 何なんだ、あいつは!? 何なんだ、あの剣は!? あんな奴を仲間にするなんて、正気じゃねぇ! まさか、六魔傘下のギルドを襲ったのもあいつか!? いったい何考えてやがる!?」

「お前にしては質問が多いな、コブラ」

 

 目の前で仲間がひとり死んだというのに、ブレインは顔色ひとつ変えていなかった。

 それは平静を装っているのではなく、心の底からどうでもいいと思っている──少なくとも、コブラはそう()()()()

 

「あの剣は魂喰らいの呪剣──〝抉リ出サレタ子宮(アイアンメイデン)〟。何十人もの人間が柄を握っただけ絶命していく中、ジェーンだけが唯一の適合者だった」

 

 ブレインはにやりと笑った。

 

「彼女ひとりいるだけでも、千の軍隊に匹敵する。バラム同盟の力関係など、たやすく崩れるだろう。ふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ…」

 

 不気味な笑い声をあげるブレインを見ながら、コブラは絶句した。

 いつも冷静沈着で、仲間たちに的確な指示を出すはずの六魔の頭脳が、まるで何かに憑りつかれたように、ひとが変わっていた。

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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