イヴは死んだのか? 作戦開始どころか、まだ連合が揃っていないというのに、早くもひとり命を落としたというのか?
あの尼僧服の女は、噂の〝
さまざまな疑問が浮かんできたが、はっきりしていることは、ただひとつ──あの女は、間違いなく、我々の敵だ!
ほとんどの魔導士が一斉に魔法を発動した。
ある者は魔力弾を、ある者は空気の塊を、ある者は炎の息吹を、氷の矢を、剣を、土くれを、数々の魔法が極彩色の光の雨となって、長剣をたずさえたシスターに襲いかかった。
女剣士はその場から飛びすさった。小柄な身体に見合った、身軽な動きだ。魔法の雨を躱すと、女剣士はなぜか壁へ向かった。
いったい何をする気だ? 一瞬、そんなことを思った者はいたが、気にせず攻撃をつづけた。
だが、つぎの瞬間、驚愕した。何と、
ボロボロの僧衣が、死神の衣に見えた。
女剣士が壁を強く蹴った。
まるで、振り子のギロチンのごとく、魔導士の群れの中に飛びこむ。
錆びついた剣が鈍い輝きをはなった。
ずぶりッ…!!! と、肉を貫き、押し潰す音が聞こえた。
「〝恐怖と混沌が渦巻く世界から──〟」
女剣士の口が、聖句を唱えるように言葉を紡ぐ。
ルーシィが膝から崩れおちた。
彼女が目にしたものは、錆びた剣に左胸を貫かれたシェリーの姿であった。
「〝母が愛し、守ってくれる〟」
「シェリーーーーーーーーーーッ!!!!」
絶叫したのは、リオンだった。
長年連れ添い、支え、そして自分を愛してくれた女の命を奪われ、彼は半狂乱となった。
これほどまでに、誰かを憎むことがあっただろうか?
リオンは叫び、叫び、叫びつづけながら、腹の底から魔力を練りあげた。
手のひらのうえに拳を乗せると──氷の虎が生まれた。
誰かを守るためではなく、誰かを殺すための魔法──氷の獣が大きく
女剣士は飛びのく。獲物を捉えられなかった氷獣が床に顔を突っこんだ。女剣士が後ろへ何度か跳躍して、距離をあける。
リオンはつづけて魔法を発動した。
今度は氷の大鷲。大きさよりも、速さと数──そのうえ、殺意もこめられている。氷雪の群鳥が飛翔する。
女剣士は避けようとしなかった。剣を持った腕を、まるで弓を引きしぼるように後ろへ引いた。
氷の鳥が女剣士に食らいついた。
腹に、肩に、腕に、足に衝突し、肉をえぐる。女剣士は血だらけになった。だが、痛覚がないのか、まったく怯む様子がない。
それどこか、まだ腕を後ろへ引いているではないか。リオンは再度攻撃しようとした瞬間、何と、女剣士がみずからの
まるで矢のように、風を切って、真っ直ぐに飛来する。ただの投擲なのに、凄まじい速度だ。
「リオンッ!!!!」
真っ先に反応できたのは、グレイだった。
彼は瞬時に氷の槍を
金属音が鳴った。
グレイは見事、長剣に当てることができた。でなければ、リオン・バスティアの命はそこで潰えたであろう。
軌道を曲げられた長剣がリオンを素通りし、後ろの壁に突きささった。
リオンは礼を言っていられる余裕はなかった。相手はマヌケなのか、自分から武器を手放した。
これは
だが、攻撃しようとしたリオンであったが、ふと違和感を覚えた。
視線を動かし、自分の左腕を見下ろす。肩から先が──
今度は床を見た。腕が一本、転がっている。
左腕が。腕が。自分の腕が。
壁に突きささった剣から、血の雫が滴り落ちた。
「あっ、あぁ、あぁぁぁあぁあああぁあぁああ〜〜〜〜ッ!!!!」
リオンは悲鳴をあげた。
食いちぎられた腕の断面から血をまき散らし、床のうえを転がった。
「おれの、おれの腕が!! 腕がぁッ!!! ウル!! ウルぅうぅううぅうぅうぅう~~~ッ!!!」
「リオン! リオン!! 落ち着け!! しっかりしろ、リオン!!」
グレイがすぐに駆けより、リオンの腕の傷口を凍結させた。
弟弟子の呼びかけに、リオンはまともに返答することができなかった。痛み──というより片腕を失ったことに絶叫し、悲鳴をあげ、ただただ師の名前を、母親を呼ぶように繰り返すばかりであった。
「ああ…可哀想に」
眼帯の女は、リオンの姿を見ながら嘆いた。
「悲しませるつもりは、なかったのによ」
死神が床を蹴った。武器を持たぬまま、リオンに向かって疾走する。
迎えうったのは〝魔人〟ミラジェーンと、‶
ミラジェーンが拳を、エルザが魔法剣を振りかぶった。だが、女剣士はまるで曲芸師のように跳躍し、宙で回転し、ふたりを飛び越えた。
彼女が床に降りたった、つぎの瞬間、突如
一瞬だけ怯んだ女剣士だったが、ほんの一瞬。何事もなかったかのように走りぬけ、
骨が砕ける音がした。
「お前…強すぎだろ…!!!」
腕の骨を砕かれたレンが大きく吹き飛び、壁へ叩きつけられた。
「てめぇッ…!!!!」
怒りの声をあげながら、女剣士の前にひとりの男が立ちはだかった。
火の
次々と仲間を傷つけられたことで、逆鱗を触れられたかのごとく、その目から、その身から、灼熱の怒りをみなぎらせていた。
溢れでる魔力を、右の拳一点に凝縮させる。
「火竜の──鉄拳ッ!!!!!」
振りかぶった炎の拳が、見事、女剣士の顔面を捉えた。強烈な衝突音が鳴りひびいた。
手ごたえはあった──だが、ナツは違和感を覚えた。
この攻撃で、幾人もの敵を殴り
だが、女剣士が、
〝
合わさった歯に刻まれた、六マの刻印がナツの視界に飛びこんだ。
彼はおそらく、生まれてはじめて──
「オレの…!!!!」
折れた奥歯を吐きだしながら、女剣士が上半身を後ろへ大きくひねった。
「石頭ぁッ!!!!」
鈍い音が、
死神の頭突きを受けたナツが、そのまま頭から床に叩きつけられたのだ。
彼は白目をむき、頭から血を流しながら動かなくなった。
一番面白いのは?
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幽鬼の支配者編
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バトル・オブ・フェアリーテイル編
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過去編①x780年
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過去編②x782年 喪に服す