悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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第二十七話:剣鬼

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)青い天馬(ブルーペガサス)蛇姫の鱗(ラミアスケイル)──ギルド連合の魔導士たちは目の前の現実を受けとめるまでに、ほんの一瞬、時間を要した。

 

 イヴは死んだのか? 作戦開始どころか、まだ連合が揃っていないというのに、早くもひとり命を落としたというのか?

 あの尼僧服の女は、噂の〝僧衣の死神(マンスレイヤー)〟か?

 六魔将軍(オラシオンセイス)傘下のギルドを狙う殺人鬼ではなかったのか? なぜ、連合を襲う?

 

 さまざまな疑問が浮かんできたが、はっきりしていることは、ただひとつ──あの女は、間違いなく、我々の敵だ!

 

 ほとんどの魔導士が一斉に魔法を発動した。

 ある者は魔力弾を、ある者は空気の塊を、ある者は炎の息吹を、氷の矢を、剣を、土くれを、数々の魔法が極彩色の光の雨となって、長剣をたずさえたシスターに襲いかかった。

 

 女剣士はその場から飛びすさった。小柄な身体に見合った、身軽な動きだ。魔法の雨を躱すと、女剣士はなぜか壁へ向かった。

 いったい何をする気だ? 一瞬、そんなことを思った者はいたが、気にせず攻撃をつづけた。

 だが、つぎの瞬間、驚愕した。何と、()()()()()()()。いったいどういう身体能力を持っているのか、女剣士が壁をつたって、徐々に距離を詰めてくる。

 

 ボロボロの僧衣が、死神の衣に見えた。

 

 女剣士が壁を強く蹴った。

 まるで、振り子のギロチンのごとく、魔導士の群れの中に飛びこむ。

 錆びついた剣が鈍い輝きをはなった。

 

 ずぶりッ…!!! と、肉を貫き、押し潰す音が聞こえた。

 

 

〝恐怖と混沌が渦巻く世界から──〟

 

 

 女剣士の口が、聖句を唱えるように言葉を紡ぐ。

 

 ルーシィが膝から崩れおちた。

 彼女が目にしたものは、錆びた剣に左胸を貫かれたシェリーの姿であった。

 

 

〝母が愛し、守ってくれる〟

「シェリーーーーーーーーーーッ!!!!」

 

 絶叫したのは、リオンだった。

 長年連れ添い、支え、そして自分を愛してくれた女の命を奪われ、彼は半狂乱となった。

 

 これほどまでに、誰かを憎むことがあっただろうか?

 リオンは叫び、叫び、叫びつづけながら、腹の底から魔力を練りあげた。

 手のひらのうえに拳を乗せると──氷の虎が生まれた。

 誰かを守るためではなく、誰かを殺すための魔法──氷の獣が大きく(あぎと)をあげ、女の頭を食いちぎらんと襲いかかる。

 女剣士は飛びのく。獲物を捉えられなかった氷獣が床に顔を突っこんだ。女剣士が後ろへ何度か跳躍して、距離をあける。

 リオンはつづけて魔法を発動した。

 今度は氷の大鷲。大きさよりも、速さと数──そのうえ、殺意もこめられている。氷雪の群鳥が飛翔する。

 女剣士は避けようとしなかった。剣を持った腕を、まるで弓を引きしぼるように後ろへ引いた。

 氷の鳥が女剣士に食らいついた。

 腹に、肩に、腕に、足に衝突し、肉をえぐる。女剣士は血だらけになった。だが、痛覚がないのか、まったく怯む様子がない。

 それどこか、まだ腕を後ろへ引いているではないか。リオンは再度攻撃しようとした瞬間、何と、女剣士がみずからの(えもの)を投擲したのだ。

 まるで矢のように、風を切って、真っ直ぐに飛来する。ただの投擲なのに、凄まじい速度だ。

 

「リオンッ!!!!」

 

 真っ先に反応できたのは、グレイだった。

 彼は瞬時に氷の槍を()()()()造形し、兄弟子に向かう長剣を狙う。

 (シールド)は強固で広範囲だが、造形が間に合わない。造形時間と攻撃速度を考えて、盾ではなく槍を選んだのは正解だった。

 金属音が鳴った。

 グレイは見事、長剣に当てることができた。でなければ、リオン・バスティアの命はそこで潰えたであろう。

 軌道を曲げられた長剣がリオンを素通りし、後ろの壁に突きささった。

 リオンは礼を言っていられる余裕はなかった。相手はマヌケなのか、自分から武器を手放した。

 これは好機(チャンス)だ!

 

 だが、攻撃しようとしたリオンであったが、ふと違和感を覚えた。

 視線を動かし、自分の左腕を見下ろす。肩から先が──ない(・・)

 今度は床を見た。腕が一本、転がっている。

 左腕が。腕が。自分の腕が。

 

 壁に突きささった剣から、血の雫が滴り落ちた。

 

「あっ、あぁ、あぁぁぁあぁあああぁあぁああ〜〜〜〜ッ!!!!」

 

 リオンは悲鳴をあげた。

 食いちぎられた腕の断面から血をまき散らし、床のうえを転がった。

 

「おれの、おれの腕が!! 腕がぁッ!!! ウル!! ウルぅうぅううぅうぅうぅう~~~ッ!!!」

「リオン! リオン!! 落ち着け!! しっかりしろ、リオン!!」

 

 グレイがすぐに駆けより、リオンの腕の傷口を凍結させた。

 弟弟子の呼びかけに、リオンはまともに返答することができなかった。痛み──というより片腕を失ったことに絶叫し、悲鳴をあげ、ただただ師の名前を、母親を呼ぶように繰り返すばかりであった。

 

「ああ…可哀想に」

 

 眼帯の女は、リオンの姿を見ながら嘆いた。

 

「悲しませるつもりは、なかったのによ」

 

 死神が床を蹴った。武器を持たぬまま、リオンに向かって疾走する。

 迎えうったのは〝魔人〟ミラジェーンと、‶妖精女王(ティターニア)〟エルザだった。どちらとも近接戦闘に優れた、妖精の尻尾(フェアリーテイル)最強候補のふたりだ。

 ミラジェーンが拳を、エルザが魔法剣を振りかぶった。だが、女剣士はまるで曲芸師のように跳躍し、宙で回転し、ふたりを飛び越えた。

 彼女が床に降りたった、つぎの瞬間、突如()()()()()()()()()()。レンが空気魔法(エアマジック)を発動し、一定範囲内にいる人間の酸素を奪ったのだ。

 一瞬だけ怯んだ女剣士だったが、ほんの一瞬。何事もなかったかのように走りぬけ、空気魔法(エアマジック)の効果範囲を抜けだし、レンに強烈な蹴りを放った。

 骨が砕ける音がした。

 

「お前…強すぎだろ…!!!」

 

 腕の骨を砕かれたレンが大きく吹き飛び、壁へ叩きつけられた。

 

「てめぇッ…!!!!」

 

 怒りの声をあげながら、女剣士の前にひとりの男が立ちはだかった。

 火の滅竜魔導士(ドラゴンスレイヤー)──ナツ・ドラグニルである。

 次々と仲間を傷つけられたことで、逆鱗を触れられたかのごとく、その目から、その身から、灼熱の怒りをみなぎらせていた。

 溢れでる魔力を、右の拳一点に凝縮させる。

 

「火竜の──鉄拳ッ!!!!!」

 

 振りかぶった炎の拳が、見事、女剣士の顔面を捉えた。強烈な衝突音が鳴りひびいた。

 手ごたえはあった──だが、ナツは違和感を覚えた。

 この攻撃で、幾人もの敵を殴り()()()、撃破してきた、一撃必倒の十八番。

 だが、女剣士が、()()()()()()()()()()()。まるで大木のように、一歩も後退ることなく、直立不動で佇んでいた。

 〝僧衣の死神(マンスレイヤー)〟は口元から血を垂らし、歯を剥きだして、笑った。

 合わさった歯に刻まれた、六マの刻印がナツの視界に飛びこんだ。

 彼はおそらく、生まれてはじめて──()()()()()()。生存本能に従って後退ろうとした瞬間、頭を掴まれた。

 

「オレの…!!!!」

 

 折れた奥歯を吐きだしながら、女剣士が上半身を後ろへ大きくひねった。

 

「石頭ぁッ!!!!」

 

 鈍い音が、()()()で響いた。

 死神の頭突きを受けたナツが、そのまま頭から床に叩きつけられたのだ。

 彼は白目をむき、頭から血を流しながら動かなくなった。

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す

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