悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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過去編①x780年
妖精の異端児①


 四年前、X780年──。

 

「うっ…こいつは酷いな…」

 

 街に足を踏み入れた瞬間、腐敗し切った臭気に偉丈夫は精悍な顔をしかめた。

 男の名はギルダーツ・クライヴ。妖精の尻尾(フェアリーテイル)に所属するS級魔導士だ。

 

 彼が訪れたのは、フィオーレ王国の北西部に位置する小さな街──ロベリアであった。

 何故、彼がこの辺境な地にやってきたかというと、ここで街の住人たちが大勢殺されているのを旅商人が発見したことから始まった。

 闇ギルドの仕業ではないかと思い、直ちに評議院は妖精の尻尾(フェアリーテイル)に原因究明と生存者の捜索を直々に命じてきたのだ。

 評議院にも〝ルーンナイト〟という部隊があるため、評議院がするべきではないかという考えもある。だが、評議院はあくまで魔導士ギルドを統括・管理する組織であるため、それ以外の理由で部隊は動かせない──と言うのは建前で、自分たちの戦力の損失を極力避けたいのが本音だった。

 

 犯人は単体なのか、複数なのか。闇ギルドなのか、モンスターの類なのか。まだ街の近くにいるのか、いないのか。全てが不明なため、迂闊に兵を動かしたくないのが大多数の意見であった。

 そこで普段から目の敵に妖精の尻尾(フェアリーテイル)に要請した。もし、何かしら不幸な事故(・・・・・)が起こったとしても評議院からしたら痛くも痒くもない。それどころか、いい気味だと思う人間もいるだろう。

 

 もちろん、妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスター・マカロフはそんな浅はかな考えをとっくに見抜いている。だが、ここで断っては他のギルドにたらい回しされてしまうし、少しでも恩を売っておいても損はないだろうと思うことにし、快くではないが依頼を引き受けた。

 

 そして、今に至る。

 選任されたギルダーツ・クライヴは今年で41歳になる、妖精の尻尾(フェアリーテイル)一の腕利きだ。様々な地域へ飛び回り、数々の修羅場をくぐり抜けてきた彼は経験も豊富で、何より人間の死体を見慣れている(・・・・・・・・・・・・)

 彼の他にも実力のある魔導士は何人かいるが、皆未成年の若者揃いで、マカロフの実孫のラクサスは19歳になったばかり。年若い無垢な彼らに死体の山を見せたくないのが、過保護なマカロフの正直な気持ちだった。ギルダーツも全くの同意見で、実際に訪れてみて、その判断は至極正しかったと痛感した。

 

 そこは──まさしく、この世の地獄だった。どこを見渡しても死屍累々。死亡してから二、三日は経ったのだろう。数百人分の腐敗した死肉と糞尿が混ざり合った酷い悪臭が鼻をつく。

 

「おーいッ! 誰か生きている奴はいないかーッ!?」

 

 ギルダーツは声を張り上げる。だが、返ってくるのは不気味な沈黙と、屍に(たか)る蝿の羽音のみ。

 

 生き残っている者などいないのではないか? そう思いつつ、ギルダーツは周囲を見渡しながら歩を進め、時折りいるかわからない生者に向けて必死に呼びかける。

 生存者の捜索だけでなく、この大量殺戮の調査も兼ねているため、目を背けたくなる気持ちを抑えて遺体や周囲の状況をじっくり観察する。

 どうやら盗賊の類ではないようだ。家屋を荒らされた形跡が全くなく、老若男女問わず──女子供まで死んでいる。金品の強奪や人攫いは起きていない。

 では、闇ギルドの仕業か? そう思っていると、あることに気がついた。

 

──住民同士で殺し合っていた…?

 

 首を締め合っていたり、農具や包丁で刺し合って絶命している死体をいくつか見つけた。何らかの理由で集団ヒステリーを起こして殺し合いを始めたというのか? では、どんな理由で? 第三者が仕組んだのか? 魔法は千差万別存在する──人間同士で殺し合わせる魔法があってもおかしくはない。

 

 だが、考えても明確な答えは出てこなかった。周りを見渡しても、これ以上の情報は見つかりそうにない。ギルドに帰還して、マスター・マカロフに報告しようか考えていると、

 

「…ん?」

 

 何かを見つけ、ギルダーツは目を細めた。

 街道の真ん中で、一人の少年が蹲っていた。艶の無い黒髪を肩まで伸ばし、俯いていて顔が見えない。何か(・・)を大事そうに抱え、細い身体を小刻みに震わせている。間違いない、生きている!

 

「良かった! おーい、坊主! 大丈夫か!?」

 

 ギルダーツが声を張り上げながら駆け寄ると、少年の身体がびくんッと跳ねた。ばっと頭が上がり、少年の面貌がギルダーツの目に飛び込んだ。

 痣のある頬が痩せこけ、憔悴し切ってはいたが、非常に端正な顔立ちをしていた。目は切れ長で、瞳の色は濁った灰色。とても人間とは思えないほどの無機質で、妖しい魅力に満ち溢れていた。

 

 

「ここが俺が所属しているギルド──妖精の尻尾(フェアリーテイル)だ」

 

 ギルダーツはそのまま少年を保護し、我が家(フェアリーテイル)へ帰還した。築100年は経っているのだろう。大きな建物ではあったが、所々劣化が見受けられる。だが、物々しい雰囲気は全くなく、それどころかどこか親しみやすく、温かな雰囲気を醸し出していた。

 

「………」

 

 少年は無言で建物を見上げていた。いったい何を考えているのだろうかと、ギルダーツは一瞬思ったが、それよりも少年が抱えているものの方が気になって仕方なかった。

 それは──闇よりも深い、漆黒の本であった。ギルダーツは一目見ただけで、その本が歴史書の類などではないことを見抜いた。

 

 魔導書だ。それも飛びっきり強力で(・・・)危険な(・・・)。あの惨劇を引き起こしたのはこの魔導書のせいなのだろうか?

 少年に訳を聞いたのだが、何も答えなかった。この魔導書がどういうもので、何故こんなものを持っていたのか、どうして街の住民たちが死んでいたのかと尋ねても、少年は無言を貫いた。

 らちが明かないと思ったギルダーツだったが、追及するよりも少年を保護することを優先した。あれだけの死体の山を見たあとだ。精神的ショックが大きすぎて、喋る気になれないのは当然だ。とにかく落ち着かせてからのほうが話してくれるだろう。

 

「まぁ、中にいんのは色々騒がしい連中ばっかりだが、悪い奴は一人もいねぇ。気楽にしてな。…ああ、そうだ。名前(なん)てんだ? そのくらいは話してくれても良いだろ?」

「………」

 

 少年は変わらず沈黙する。だが、少し俯いているため、考え込んでいるのだろう。数秒の無言の後、少年はようやく低い声で答えた。

 

「…ジル」

「──お前、それ偽名だろ?」

 

 ギルダーツはあっさり看破した。

 

「〝ジル〟ってのは女の名前だぞ? 別大陸だったら、男でそういう名前の奴はいるかもしれねぇが、生憎イシュガル(ここ)じゃかなり珍しいぜ?」

「………」

「…死んだ家族か、恋人の名前か?」

「…思い出せない」

 

 返ってきた言葉に、今度はギルダーツが沈黙した。

 ジルと名乗った少年は無感情に言葉を続ける。

 

「本当の名前が…思い出せない。名前をつけられていたか(・・・・・・・・・・・)どうかもわからない(・・・・・・・・・)。ただ…〝ジル〟っていう名前だけが、記憶に残っていた」

「…わーったよ」

 

 ギルダーツは罰悪そうに頭をかいた。あの惨劇を見て、記憶が飛んでしまったのだろう。特に他意がなければそれでいい。

 

「それじゃ、ジル。中に入ってくれ」

 

 ギルダーツは建物(ギルド)の扉──を無視して、壁をぶち破った(・・・・・・・)

 

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)のギルドの中は、老舗の酒場のような雰囲気だった。実際に昼間から酒をあおっている男たちが何人かいる。

 そして、ギルダーツの言っていた通り、非常に騒がしかった。酒に酔いながら大声で会話する者、友人同士で談笑する者。それならまだ良いが、ジルと同世代の少年二人が何故か怒号をあげながら殴り合っている。

 

 思っていた以上に人の多さに、ジルは息が詰まりそうになった。そして、思い出される、おびただしい死。

 故郷の人間たち全員が、正気を保った(・・・・・・)殺し合いを始めた。首から上を自由にされたまま、身体だけを操られた。

 涙を流し、悲鳴をあげ、逃げてくれと叫びながら愛する恋人、愛する友人、愛する家族を魂の無い肉塊へと変えて死死死死血内臓血死悲鳴狂気死臓物眼球屍怨嗟呪詛浄化肉赤赫朱紅笑嗤哂虐殺憎悪復讐愛惜鏖殺無限地獄薔薇因果応報自業自得神悪魔慟哭美学祟淫蕩虚無霊魂中絶愛情表現脳髄をまき散らした赤ん坊が赫ん坊が紅ん坊がこちらをじっと見つめじっとじっとじっとじっとじっとじっと──

 

「落ち着け」

 

 低い声と共に背中を叩かれた。汗が止まり、過呼吸が落ち着いていく。

 ギルダーツは騒ぎ立てる仲間たちを見つめながら、怯える少年に向けて不器用に、それでいて優しく語り掛ける。

 

「こいつらは死なない。俺がそうさせない。あんなことは二度と起こさせやしない」

「………」

 

 妙な安心感に包まれながらジルは無表情のまま、額の脂汗を拭った。

 

「あっ! ギルダーツ帰ってたのか!」

 

 ギルダーツの存在に気付いたのは、先程まで殴り合いをしていた少年の一人だった。桜色の髪をなびかせながらギルダーツに駆け寄る。それを皮切りに10代半ばの少年少女たちがわらわらと集まり始めた。

 

「隣にいるヤツ誰?」「おいコラ、ナツ! オレの勝ちで良いんだよな!?」「ギルダーツ、ケガとかない?」「あはは! ギルダーツまた壁壊してる!」「む? なんだかコイツ、ものすごく性格悪そうに見える」

「同時に喋んな」

 

 ギルダーツは苦笑する。

 生憎、複数人同時に話しかけられても一人一人の言葉を聞き分けられる特殊能力は持ち合わせていない。一旦子供たちを黙らせてから簡単に事情を説明する。

 

「コイツはジルって言うんだ。引き取ってくれる孤児院が見つかるまで、しばらくこっちで預かる。短い間だが、仲良くしてやれ」

「そうなのか! よろしくな、ジル! オレはナツ!」

 

 桜色の髪の少年──ナツ・ドラグニルは人懐っこい笑顔を浮かべた。すると、挨拶されたジルは表情が硬直し、手を小刻みに震わせた。

 

──…ナツに(・・・)怯えている?

 

 ギルダーツはジルを見下ろしながら目を細めた。

 先程は大勢の人間に対して怯えていたジルだったが、今度はナツ個人に対して怯えた様子を見せた。まるで何か異質なもの(・・・・・)を目の当たりにしたかのような。

 ナツ・ドラグニルはドラゴンに育てられていた過去を持つ。それに関連したことだろうか? もしくは、それ以外の何か(・・)か。いったいジルはナツから何を感じ取ったのだろうか?

 

「お~い! 聞こえてんのかぁ!?」

 

 無視されたナツは苛立った様子で一歩踏み出すと、ジルの足が反射的に後ずさる。居ても立っても居られなくなったギルダーツは両者の間に割って入った。

 

「あ~っと、ナツ! ジルはちょっと色々あってな、気が動転してるんだ。しばらくして落ち着いてから、ゆっくり話そう。な?」

「…んだよ、ちぇ~」

 

 少年はぶつくさ言いながら唇を尖らす。不満げではあったが、一応納得はしてくれたようだ。

 場に気まずい雰囲気が漂い始めると、ギルダーツは努めて明るい口調で空気を入れ換える。

 

「それじゃあ、俺はマスターに報告しに行く。…ジル、お前はシャワーでも浴びてこい。確かシャワー室あったよな?…あ〜、ミラ! その間に、お前ジルの飯作ってくれ」

「…はぁ? 何でわたしが?」

 

 突然指名されたのは少し離れた所でギルダーツたちのやり取りを眺めていた一人の少女だった。

 露出度の高い派手な装いと白銀の美髪が特徴的で、年相応な幼さがありつつも、将来を約束された美貌も兼ね備えていた。

 ミラことミラジェーン・ストラウスは蒼氷色(アイスブルー)の瞳でやや反抗的に見返すと、ギルダーツはわざとらしく大きく肩を竦めた。

 

「本当だったらフリードに頼みたかったんだがなぁ。アイツがいないんじゃ、お前に頼むしかない。料理めっちゃ得意だってリサーナから聞いたぞ?」

「なっ!? おい、リサーナ!」

「ご、ごめん、ミラ姉…」

 

 料理が得意だということは一応秘密にしていたらしい。ミラジェーンが頬を赤くし、お喋り好きの妹に怒鳴る。彼女と同じ髪色の少女が舌を出しながら苦笑いしていると、緋色の髪の少女が目つきを鋭くさせた。どうやらミラジェーンに対して対抗意識を燃やしたようだ。

 

「ギルダーツ! 料理だったら、わたしもできるぞ!」

「やめてくれ、エルザ」

 

 ギルダーツはげんなりとした表情で即却下した。

 

「ハンバーグを作ろうとして、モンスターの死骸を召喚する奴に任せられるか」

 

 その瞬間、エルザ作のハンバーグ(・・・・・)を見たことがある数人が顔を真っ青にした。作った本人でさえも、明らかに狼狽する。

 

「あ、あれは、少し失敗してだな…」

「おお、勇者よ。モンスターの召喚魔法を失敗するとは何事だ」

「召喚魔法ではないわッ!!!」

 

 エルザが怒声をあげるが、ギルダーツは取りつく島もなく別の指示を与える。

 

「その代わりと言っちゃ何だが、ジルの服を適当に見繕ってこい。金は俺のを使え。料理のセンスはなくても、服を選ぶセンスはあるだろ?」

「馬鹿にするなよッ!!!」

 

 エルザは差し出された紙幣を無視して、財布を丸ごと引ったくった。いかり肩でずんずん歩いていく小さな背中を見ながら、ギルダーツはやれやれと苦笑いし、他の子供たちにもテキパキと指令を下す。

 

「エルフマン、一応お前もついて行ってやれ。リサーナはジルをシャワー室に案内。カナはミラの手伝い。ナツはハッピーと大人しくしていろ。最後にグレイ、服を着ろ。──以上、解散!」

 

 子供で構成された一個分隊の隊長は小さな兵隊たちに一方的に指示を与え、一方的に作戦開始を通告した。少年兵二人は何とも言えない気持ちになった。

 

「じゃあ、ジル! 案内するね!」

 

 銀髪の少女──リサーナは庇護欲をかき立てるような仕草でジルに一声かけた。黒髪の美少年はそのまま黙ってついていこうとすると、ギルダーツに呼び止められた。

 

「ジル。ちょっとその魔導書貸してくれ」

 

 ギルダーツが手を差し出すと、ジルは身体を硬直させた。自分以外の誰かの手に渡ったら、何か大惨事が起こるのではないかと懸念している様子だった。

 

「大丈夫だって。ちょっと借りるだけだ」

「………」

 

 ギルダーツから満ち溢れる自信と覇気に安心したのか、ジルは表情を変えず、躊躇いがちに魔導書を差し出した。ギルダーツの手が魔導書に触れたが、不気味なほどに何事も起こらなかった。

 

「ありがとよ。すぐに返す」

 

 そう言ってギルダーツは歩き出した。

 

 徐々に離れていく魔導書を、ジルは濁った灰色の瞳で見つめた。このまま消え去ってくれればいいと思ったが、どれだけ距離が離されても安心できなかった。

 そして、そんな少年の心を見透かしているかのように、数百の命を捕食した魔本は何も発さずに沈黙していた。

 

 

「ねぇ、あのジルって子、めっちゃカッコ良くない? ちょっと顔やつれているけど」

 

 ギルドの厨房で野菜の皮を剥きながら、カナ・アルベローナはミラジェーンに声をかけた。

 

「興味ねぇよ。全然愛想ないじゃん」

 

 同じく野菜の皮剥きながらミラジェーンは辛辣に酷評する。だが、内心ではカナの言葉に同意していた。

 男に対して〝綺麗〟と思ったのは生まれて初めてだ。ナツやグレイも整った顔立ちをしているが、中性的な〝美〟を感じさせるジルとは全く系統が違う。本当に生まれ持った顔だとしたら、神とやらはつくづく人間に対して不平等だと思わずにはいられない。

 ミラジェーンがそんなことを考えていると、カナが穏やかな口調で反論してきた。

 

「それを言ったら、妖精の尻尾(ここ)に来たてのミラだってあんな感じだったよ?」

「え、そうなの?」

「うん。何か…周りを信頼してないって言うか、全く心を開いていない感じがねー」

 

 苦笑するカナの横顔を一瞥し、ミラジェーンは記憶の糸をたどる。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)に来る以前は故郷で迫害されていた。悪魔を接収(テイクオーバー)したことで右腕が異形化し、人々に気味悪がれ、恐れられた。

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)に身を寄せてからも何人もの仲間たちが話しかけてはくれたが、すっかり人間不信に陥ってしまっていたため、心を開くまでに時間がかかった。

 あの美しい少年もそうなのだろうか? ここへ来るまでに、いったいどんな悲しみを背負ったのだろうか?

 ミラジェーン・ストラウスは、ジルという少年が気になり始めていた。




ロベリアの花言葉『悪意』

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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