悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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妖精の異端児②

 ギルドの一室にて、ギルダーツ・クライヴは小柄な老人と対面していた。老人の名はマカロフ・ドレアー──妖精の尻尾(フェアリーテイル)のマスターにして、聖十大魔道(せいてんだいまどう)のひとりだ。

 

「これを…ジルという少年が持っていたと?」

 

 マカロフはテーブルに置かれた一冊の本を見下ろした。かなりの年季が入っていて、闇よりも暗い漆黒の色。魔導書からあふれ出す禍々しい魔力さえなければ、マカロフもここまで険しい顔つきにはならない。

 

「…危険じゃな」

「マスターもそう思うかい? おれから見ても、こいつはかなりヤバい(・・・・・・)

 

 いつも飄々としているギルダーツでさえ、この時ばかりは顔をしかめずにはいられなかった。

 数十年生きてきて、呪われた魔剣やら曰く付きの魔法アイテムをいくつも見てきた。だが、この魔導書は突出して危ういものを孕んでいる。

 

「して…ギルダーツはこれのせいで住民たちは殺されたと?」

「ああ。どうも外部からとは思えなくてな。遺体を見た感じ、住民たちは殺し合っていた。多分こいつのせいだ。実際見たわけじゃねぇが、それ以外考えられん」

「…ジルは何と?」

「黙りこくってるよ。まぁ、十代のガキが死体の山見て何とも思わねぇのが異常だ。気が動転してて喋る気にもならねぇんだろう。しばらく落ち着いたら、また訊いてみる」

「まぁ、ひとりだけでも助かったのはよかった。特に怪我はなかったんじゃろ?」

「いや、まぁ、無いことはないんだが…」

 

 ギルダーツは歯切れ悪く答える。

 

「顔とか腕に擦り傷とかあざがあった。あと、左の手の甲…多分火傷の痕だ。煙草押しつけられたみてぇな…な」

 

 瞬間、何を思ったのか、マカロフは目を細めた。

 

「まさか…ジルは──」

「やめてくれ、マスター。かばうわけじゃねぇが、何の証拠もねぇ」

 

 ギルダーツはそう言うが、彼もまた疑念(・・)を抱いていた。だが、どちらにせよ証拠と呼べる材料はなく、ジル本人も何も喋らないため、何とも言えなかった。

 

「…まぁ、とりあえずはこの魔導書をどうにかせねばな」

 

 マカロフは一旦ジルのことはさておき、禍々しい魔本をどうするべきか考えた。

 

「やっぱ評議院に厳重に管理させる以外ないんじゃねぇか? こんなもん、その辺に置いとくわけにはいかねぇだろ?」

「え~、癪じゃな~」

 

 評議院嫌いの老人は露骨に嫌な顔をした。

 

 

 ジルがシャワー室から戻ってくると、用意された部屋でミラジェーンが作った料理がすでにテーブルのうえに並べられていた。湯気をたてるシチューから、食欲をそそる甘い香りが鼻腔をくすぐる。

 黒髪の美少年が灰色の瞳で料理を見下ろしていると、ミラジェーンを手伝っていたカナが話しかけてきた。

 

「ほら、ジル食べて食べて! ミラ特製の手作り料理だよ! あたしも少し手伝ったけど」

「…ふん」

 

 作った当の本人は興味なさそうに、頬杖つきながらそっぽ向いている。だが、同じテーブルに着いている辺り、口に合うかどうか気にはなるのだろう。

 

「………」

 

 ジルは無言で席に着いた。スプーンを手に取り、ぎこちない手付きでシチューをすくう。口の中へ運ぶと、柔らかく煮込まれた野菜から旨味が一気に広がった。

 

「どう? どう?」

「………」

 

 少年の端正な横顔を覗き込みながらカナが訊ねる。ミラジェーンもまた、視線だけ向けて反応を窺う。しばらくして、ジルは無表情のまま感想を口にした。

 

「こんなに美味しい食事は──初めて(・・・)だ」

「そんな大げさな~。でも、口に合ってよかった」

 

 まるで自分が作ったように言いながら、カナがからから笑う。一方ミラジェーンは彼女と同様に安心はしたが、ジルの言葉を全く別の意味で解釈(・・・・・・・・・)した。

 いや、そんなはずはないと思っていると、スプーンを握っているジルの手に目が止まった。いくつものあざと、斑点の傷跡を見つけた。

 

「………」

 

 彼女は席を立ち、ツカツカとジルに歩み寄る。そのまま何も言わずに少年の服をまくり上げ、裸体を眺めた。

 

「え!? ちょ、ちょっとミラ! いくらジルがカッコイイからって、会っていきなりそれ(・・)は…!!」

 

 友人の突然の行動に、カナは顔を真っ赤にして狼狽した。だが、ミラジェーンは無視し、険しい表情でジルに声をかけた。

 

これ(・・)…誰にやられた?」

「………」

 

 少年の身体は不健康なほどに脂肪がほとんどなく、骨張っていた。だが、それ以上に痛ましかったのはあざや擦り傷の数。ざっと見て、何十ヶ所もあった。酷いものだと、炎症を起こして化膿している傷まである。

 

 ここへ連れてきたあの男はどうして今まで気がつかなかった! ミラジェーンは、たまに妙な所で天然を発揮するギルダーツに苛立ちを覚えた。

 

「カナ、救急箱取ってこい! 早く!」

「は、はいぃ!」

 

 急に怒鳴られたものだからカナは大慌てで部屋を出て行った。

 

「………」

 

 怪我を負っている本人は服をまくられながら黙って食事を続けている。まるで他人事だ。

 

「…何で怪我してること言わないんだよ。言わなきゃわかんねぇじゃん」

 

 ミラジェーンは再び席に着き、ジルを睨みつける。本来睨むなど筋違いだと思いつつ、黙っていたことに腹が立った。

 

「…記憶が断片的で、あまり覚えていないんだが…」

 

 ジルはパンをかじる。思っていた以上に柔らかく、味がしっかりしていて内心少し驚いた。

 

いつものこと(・・・・・・)だ。騒ぐほどではない」

「………」

 

 少女の眉間にしわが寄る。

 自身の忌まわしい記憶を呼び起こされた。そして、確信した。この男も、自分とおなじ境遇に置かれていたのだと。

 だが、次に少年の口から語られたのは、思いも寄らぬ言葉であった。

 

「仕方がないんだ。おれは普通じゃない(・・・・・・)らしいな」

「…仕方がない(・・・・・)?」

 

 ミラジェーンの眉間のしわがさらに深くなる。憤懣(ふんまん)が火種となり、蒼氷色(アイス・ブルー)の瞳が燃え始めた。

 

「まともな飯食わせてもらえなくて、こんな怪我をさせられて──仕方がないだと…!? 理不尽だろ、こんなのッ!」

「かもしれん」

 

 怒りをたぎらせる少女とは対照的に、痩せ細った少年はどこまでも淡々としていた。

 

「正しい、正しくないかは別として──人は異物(・・)に対して、徹底的に叩き潰す。一種の本能だ。魔女狩りどころか、原始の時代からホモ・サピエンスは何も変わってない」

「いい加減にしろよ、てめぇッ!!!」

 

 食器が非音楽的に鳴り響いた。

 

「さっきからこっち(・・・)が悪いみたいな言い方しやがって!! 普通(・・)って何だよ!? 人と違っていれば、何してもいいってことかッ!!?」

 

 ミラジェーン・ストラウスは不愉快でたまらなかった。ジルの言っていることは完全に加害者側の論理ではないか。被害者のくせに!

 強がっていたり、聖人君子を気取っていたならば、ここまで怒ることはなかっただろう。だが、ジルの言葉はどこまでも淡々としていて、客観的だった。

 人間は、潔癖なまでの防衛本能に基づいて異常者を弾圧する。故に、異常者は何をされても仕方がない──それが真理であると、この男は言っているのだ。そんな理屈、誰が理解できよう? それこそ、加害者である一部の人間だけだ。だが、ジルは理解されようとは思っていないようだった。ただ、事実のみを伝えているだけ。

 同じような境遇であるにも関わらず、何故こんなにも心が通わないんだ。それが余計に、ミラジェーンを不快にさせた。

 

「気に入らないなら気に入らないで、ほっとけばいいのにイチイチかまってきやがって!! あんな…!! あんな奴ら──」

「美味しかった」

 

 食事を綺麗に平らげたジルはそう呟いて、少女の言葉を遮った。話はここで終わりだ、と言いたげだ。だが、ミラジェーンの中では終わっていない。理不尽な迫害に関してだけはどうしても譲れなかった。

 何故、今日あったばかりの男に対してこんなにも必死になるのかは自分でもわからなかったが、目の前にある屈折した思想をどうしても正したかった。ミラジェーンはなおも言い返そうとすると、部屋のドアが開き、救急箱を取りに行ったカナが戻ってきた。

 

「ミラ、取ってきたよー!…って、どうしたの?」

 

 美しい少女と麗しい少年の間に漂う不穏な空気を敏感に察知したカナは何とも言えぬ表情で立ち尽くした。

 

 すっかり毒気を抜かれたミラジェーンは大きくため息をつき、話を中断した。言い争ったところで平行線をたどるばかりだったであろう。そんなことよりも、ジルの治療のほうが先だ。

 

「ジル、服脱げ。下もだ」

 

 ミラジェーンがそう言うと、カナがニヤけ顔で頬を赤らめた。

 

「ミラ、スケベだね~。ナツとかに頼めばいいのに」

「うっせ、ここにいるガサツな男共に任せられるか! 男の裸なんてグレイで見慣れてんだよ!」

 

 言われるまでもなく男に任せたかったが、生憎妖精の尻尾(フェアリーテイル)に生息する猿共にそんな知性を期待していない──というのは半分冗談で、ジルの傷だらけの痩躯(からだ)を無闇に人に見せたくなかったのが本音だった。

 

 一方、ジルは羞恥心がないのか、言われるがままに異性のまえで服を脱ぐ。

 少年の裸体は思った以上に痛ましく、先程までミラジェーンを揶揄していたカナもさすがに絶句した。

 

「カナ、あんた後ろやって。…ジル、ちょっと染みるけど我慢して」

 

 ミラジェーンは傷口に消毒液をまぶし始めた。

 ジルの表情は動かない。だが、痛みは感じているのだろう。擦り傷よりも打撲の方が心配だ。あざの膨らみからして骨折の心配はないだろうが、あとで医者に診てもらわなければならない。

 

 粗方の応急処置が終わると、ノック無しに部屋のドアが開いた。入ってきたのは、先程まで別室でジルと魔導書について話し合っていたマカロフとギルダーツだった。

 

「…おいおい。女二人で、いたいけな少年にナニやってんだ?」

 

 ギルダーツがいの一番に口を開く。ジルの傷だらけの裸体を一瞬、何とも言えぬ顔で一瞥したあと、場を和ますつまりで冗談を言う。だが、それが逆にミラジェーンの神経を逆撫でにさせてしまった。

 

「ギルダーツ、てめぇッ!! ジルの怪我にどうして気付かなかったんだよ!!?」

「え…ごめん…」

「わたしじゃなくて、ジルに言えッ!!」

「す、すまん、ジル…」

 

 大の大人が、二十歳以上も年下の子ども相手に申し訳なさそうに頭を下げた。

 怪我のことにはもちろん気付いてはいたが、魔導書のこともあり、後回しにしてそのまま忘れてしまったのだ。何てことを言い訳にしたら余計に怒らせてしまうため、ギルダーツは心の内にとどめた。

 

「…ミラ、カナ。ジルと少し話したいから、しばらく席を外してくれ」

 

 次に、重々しく言葉を紡いだのはマカロフだった。彼もまた、ジルに対して複雑な眼差しを向けている。

 いつもの飄々としていた雰囲気が全くなく、一瞬不安になったミラジェーンだったが、自分たちを拾ってくれたマスターを信じ、カナを連れて退室した。

 

「…確か、ジル──じゃったかな。まぁ、かけてくれ」

 

 服を着終えた少年に向けて、妖精の長は着席をうながした。少年が黙って席につくと、ギルダーツが魔導書を返してきた。

 ジルは無表情に魔本を受けとり、あまり触れたくないのか、すぐにテーブルのうえに置く。それをちらりと見たあと、マカロフは努めて穏やかな口調で自己紹介を始めた。

 

「ワシは妖精の尻尾(ここ)のマスターをやっているマカロフじゃ。ここ数日、色々災難だったじゃろ」

 

 そう前置きしてから、早速本題に入る。

 

「それで…話せる範囲でいいんじゃが、お主の故郷でいったい何があったのか話してくれぬか?」

 

 ロベリアの街の大虐殺について、評議院に報告しなければならない。状況次第によっては、ジルを突きだすことだってありうる。

 マカロフはできれば、そんなことはしたくはない。あの傷だらけで、痩せ細った身体を見たら尚更だ。

 だが、もし、たったひとりの少年が街の住民全員を皆殺しにしたのであれば──

 

 

「おれが皆を殺した」

 

 

 ジルは無表情に、無感情に事実を口にした。

 疑念が確信へと変わり、老人と偉丈夫の顔が凍りつく。

 少年は続ける。

 

「あまり覚えていない。気がついたときには、街の人たちが殺し合っていた。…多分、おれのせいだ」

「…お主の持っていた、その魔導書の力か? どこでそれを?」

 

 マカロフが重ねて訊ねると、ジルは魔本を一瞥したあと、静かに返答する。

 

「わからない。元々持っていたのか、どこかで拾ったのか、誰かにもらったのか…いつの間にか持っていた」

「………」

 

 マカロフとギルダーツは顔を見合わせた。だが、それも一瞬で老人は再度ジルに顔をむけた。

 

「わかった。よく話してくれた」

 

 そう言い残し、マカロフはギルダーツと共に部屋を出た。ドアを開けると、ミラジェーンとカナが心配そうな顔で佇んでいた。

 

「…なぁ、ジルと何話してた?」

 

 ミラジェーンが口を開く。廊下で待っていただけで、盗み聞きはしていなかったようだ。

 

「いや、引き取り先とか、今後についてちょいとな」

 

 マカロフは飄々とした表情を作って、嘘をついた。まさか、今日連れてきた少年が数百人の人間を殺した──故意か、過失かはわからないが──などと口が裂けても言えない。

 マスターの言葉にミラジェーンとカナはほっと胸を撫で下ろし、部屋に入った。ジルに向けて一言、二言話したあと、部屋から連れだし、他の仲間たちがいるホールへ案内しはじめた。

 

「…どうする、マスター?」

 

 同世代の子供たちの輪に入っていくジルを見ながら、ギルダーツが問う。

 

「…魔導書は評議院に管理させ、ジルは近くの孤児院に預ける」

 

 それが、マカロフの判断であった。

 

 本来であれば、即投獄させるべきであろう。だが、少年の傷だらけの身体と、仮面のような無機質な表情を見て、感情移入してしまった。ジルに殺された者たちはさぞや無念に思うであろう。子ども相手に甘い決断を下した老人を呪うであろう。だが、マカロフはそれでもかまわなかった。

 ジルという少年は加害者であると同時に、被害者でもある。被害者であれば、何をしてもよいかと問われると、マカロフ自身何も言えない。

 だが、少なくとも過去の罪を帳消しにすることはできない。少年は、死ぬまで罪を背負うことになる。罪過の重みに悶えることもあるだろう。故に、これ以上の裁きはいらない。すでに少年は裁かれているのだから。

 

 マカロフはそう言い訳しつつも、罪の血にまみれた少年にどうか一抹でも幸あれと願ってしまっていた。

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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