悪ノ華【妖精の必要悪】   作:ギュスターヴ

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プロローグ
第一話:666の少年


 x765年6月6日──産まれてきた我が子を、母親と父親は素直に祝福する気にはなれなかった。

 

 産声をあげなかったこと以上に、その姿(・・・)が非常に奇妙であったからだ。

 髪は黒色、肌は雪のように白く、瞳は濁った灰色──どれも両親から何一つ受け継いでいなかった。

 

 当然の如く、父親は妻の浮気を疑った。だが、母親は頑なに否認──自分でも驚いていると震えながら語った。実際、母親と似ている部分もなかったのだ。

 恐ろしくも感じたが、何故かどこかへ捨てる気にもなれず、両親は育てることを決意した。

 

 だが、それからわずか数年で後悔へと変わった。

 

 少年は、彫刻のように美しかった。

 二重まぶたがくっきりとしていて、顔の輪郭が非常に整っており、村の女たちにため息をつかせるほどの美貌を有していた。

 ゆえに恐ろしくもあった。少年が年齢を重ねれば重ねるほど、親からどんどんかけ離れた存在になっていく。

 

 両親は思ったのだ──いったい、この存在(・・・・)は誰の遺伝子で、誰の子宮から産まれてきたのだと。

 

 

 その恐怖心から、美しき奇形児への虐待が始まった。

 

 

 それから、約十年後──村人たち全員が突如殺し合いを始め、村一つ全滅するという怪事件が起きた。

 ()の少年を、ただひとりを残して。

 

 

 x780年12月1日のことである。

 

 

 

 

 少女は、どうしてその少年に惹かれてはじめたのか、わからなかった。

 

 顔立ちがあまりにも美しかったからか?

 彼の不幸と自分の不幸を照らし合わせたからか?

 彼の弱さや、歪み、悲しみを自分が愛したいと思ったからか?

 

 だが、自分の恋心を自覚してからも、少女は少年に対して一歩踏み出すことができなかった。

 愛情を知らずに育ってきた彼が、自分の愛を受け入れてくれないんじゃないかと不安に思ったからだ。

 

 

 そんな迷いが一年以上も続いたある日──妹がこの世を去った。

 

 

「ジル…! リサーナ…リサーナが…!」

 

 雨が降りしきる中、少女は少年の胸に飛び込んだ。

 自分でも驚くほどの大胆な行動。それほどまでに少女は憔悴しきっていた。

 

 暴走した弟を止められず、妹を死なせてしまった。

 長姉であるにもかかわらず、弟の心も、妹の命も守ることができなかった。

 自身の無力感と悔しさで、精神が圧し潰されそうになっていた。

 

 

 (あい)されたい、好きな男に。

 

 

「お願い…そばにいて…」

 

 少女は、少年の美貌を両手で包み込み、背伸びをした。

 ずっと待ち焦がれていた男の唇に、自ら、自分の唇を重ねた。

 

──私は…ズルい女…。

 

 蕩けるような快感とともに、苦い味が広がる。

 

──妹の死を利用して…好きな男の気を引いてる…。

 

 〝魔人〟にふさわしき醜い所業。

 だが、こうでもしないと、彼は自分のことを見てくれないと思った。

 

「…ミラジェーン。‶おれ〟は…」

 

 少年が言葉を紡ぐ。

 表情は変わってはいないが、少し戸惑っている様子だった。

 

「‶おれ〟では…お前を幸せにすることが、できない」

 

 それははたして、自分を卑下して言葉だったのか、少女の幸せを願っての言葉だったのか。

 だが、

 

「…それでもいい」

 

 少女は首を振った。

 

 悪魔と契約を結んだかのような、漠然とした危うさを感じてはいたが、それでも少年と愛し合いたかった。

 

 

 x782年9月28日のことである。

 

 

 

 山岳地帯にそびえ立つ、評議院・フィオーレ支部にひとりの男が訪問した。

 

 手に銀色のアタッシュケースを持ち、180cmの長身の身に纏っているのは喪服のような漆黒のスーツ。何故か左手にだけ手袋をはめている。

 そして、腰まで伸ばした黒髪の下にある顔は端麗をきわめた。とても人とは思えないほど(・・・・・・・・・)の作り物めいた〝美〟が凝縮されてはいたが、唯一欠点があるとすれば瞳に生気が感じられない所であった。

 しかも、瞳の色は濁った灰色で、まるで底無し沼のようなどこか危ういもの(・・・・・)を秘めていた。

 

「やあ、待っていたよジル」

 

 妖しい美貌を持つ青年を出迎えたのは、これもまた端正な顔立ちの男だった。青い髪と、顔の右半分に刻まれた不可思議なタトゥーが印象的だ。

 名はジークレイン。評議員のひとりにして、大陸で特に優れた十名の魔導士のみ与えられる、聖十大魔道(せいてんだいまどう)の称号を持つ若き天才児である。

 

「遅れて申し訳ございません」

 

 男の名は、何故か女性名だった。喪服の青年──ジル・アイリスは上品な笑みをたたえて謝罪すると、ジークレインは穏やかに首を振った。

 

「いや、気にしていない。前の仕事が押していたか?」

「いえ…そういうわけではないんですが…」

 

 喪服の男は苦笑いしながら訳を説明する。

 

「チンピラに絡まれたり、転んだウェイトレスにコーヒーかけられたり、猫に引っかかれて血が止まらなくなったりと。ああ、それとそれと──」

「ああ、もう結構。相変わらずの不幸体質だな。ご愁傷さまだ」

 

 言葉を遮って、ジークレインは軽薄の笑みを浮かべた。普通であれば嘘の言い訳と見るところだが、それが本当であることは彼にはわかっていた。

 

「さぁ、遠慮せずに入ってくれ」

 

 ジークレインが先導し始める。その背を追おうとしたジルであったが、その前に門番に止められた。

 

「失礼。中にいる間はこれをつけてください」

 

 そう言ってジルに無骨な腕輪を渡した。ただの腕輪ではない。魔封石と呼ばれるもので出来ており、文字通り魔導士の魔力を封じる能力を持っている。

 

「ああ、そんなもの必要ない」

 

 ジークレインが首だけ振り返った。

 

「俺は思念体。身体はERA(エラ)にある。…まぁ、仮にジルがここで暴れたところでメリットなんかひとつもない──合理的に考えてな」

「それに、私のような脆弱な者など兵隊五人…いや、三人程度でも簡単に捕らえることができますよ」

「ヌかせよ、〝喪服の悪魔(メフィスト)〟。ま、あながち間違いではない(・・・・・・・)がな」

 

 ふたりの美青年のやり取りを見ながら門番ははぁ…と曖昧に相槌を打った。だが、何かあったのでは責任問題を問われかねないため、何の措置もなしに通すわけにはいかない。

 

「…では、せめて腰にある魔導書だけでも預からせてもらいます」

 

 門番が目を向けたのは、ジルの腰のホルスターに収められている漆黒の本だった。表紙に逆五芒星の紋章が銀色の線で描かれている。

 

「ああ、それこそやめといたほうがよろしいかと」

 

 喪服の美青年は微笑んで忠告した。だが、灰色の瞳だけは笑ってはいなかった。

 

「これはとても寂しがり屋なんです。持ち主である私から引き離そうとすると──私でも何が起こるかわからない(・・・・・・・・・・・)

「ジルの言うことは本当だ」

 

 ジークレインが補足する。

 

「前にそれで無理に取り上げた奴が手を潰した(・・・・・)。ジル曰く、まだ運が良い方だそうだ。身体の一部を持っていかれたくなければ、無闇に触れないことだ」

 

 男たちの冷笑を向けられた門番は絶句することしかできなかった。

 

 

「お砂糖とミルクは?」

「ああ、結構です。このままで」

 

 一室に通されたジルは、美女から差しだされたコーヒーを笑顔で受け取った。それを見ながらジークレインはにやりと笑った。

 

「この部屋にはおれとウルティア以外、誰もいないんだ。その営業スマイルやめてくれ、気持ち悪いぞ。それにいい加減、煙草も吸いたいだろう?」

「では、失礼して」

 

 ジークレインに促され、喪服の男はすっと笑顔を崩した。仮面のような無感情な表情──これが彼の素の顔だ。

 

 虚ろ顔の青年は懐に手を伸ばし、銀色のシガレットケースから煙草を一本取りだした。通常のものよりも長くて細いそれを口にくわえると、ジッポライターで火をつけた。

 

 麗人が紫煙を深く吐きだすと、今度は手帳とペンを取りだした。ページをめくり、紙面に今日の日付と場所を書き込んだ。

 それを見て、ジークレインはぷっと吹きだした。

 

「相変わらず女の尻に敷かれているようだな。悪名が廃るぞ、〝喪服の悪魔(メフィスト)〟」

「廃れて結構だ。名高い悪名で警戒されるよりずっと良い」

 

 ジルは元々、一日に煙草一箱も消費するほどのヘビースモーカーだった。

 

 だが、彼の恋人が愛する男の健康を気遣い、勝手に喫煙管理を始め、勝手にルールを作った。

 煙草は一日三本。

 遠出して、しばらく帰れない場合は数週間分の煙草を渡すが、喫煙する際、手帳に場所と日付を記載すること。

 手持ちの煙草が切れたら店などで購入してもよいが、領収書を必ず保管し、帰ってきたときに手帳と一緒に提出すること。

 以上の三つである。

 

「隠れて吸ってもバレないのではなくて?」

 

 黒髪の美しい女性魔導士──ウルティアがもっともな意見を言うが、ジルはコーヒーを啜って苦笑した。

 

「それが何故かバレてしまうのだよ。彼女曰く、私の顔を見た瞬間にわかるそうだ」

女の勘(・・・)、という奴か。魔法よりよっぽど恐ろしいな」

「あら、男が恐ろしいほどに(にぶ)いだけよ」

 

 ジークレインの皮肉を、そっくりそのまま皮肉で返すウルティア。

 くつくつとひとしきりに笑ったあと、青髪の美青年は紙幣が入った封筒と、三枚の書類をジルに手渡した。仕事(クエスト)を成功させた報酬だ。

 ちなみに、書類には解呪の魔法を扱う魔導士について事細かに記載されている。

 

「見つけたのは三人だ。時間があるときにでも訪ねてみるといい」

「感謝する」

「…本当にその魔導書を解呪するつもりか?」

 

 ジークレインは、ジルの腰にぶら下がっている漆黒の本に顎をしゃくった。

 

「なんだかんだ、それから手放すのはもったいない気がするがな。それ一冊で666種類の魔法を使えるんだろ?」

「…そんなに言うなら、今すぐ差しあげたいところだよ」

 

 ジルは無表情のまま、まだ吸い切っていない煙草を灰皿に押しつけた。

 

「では、これで失礼」

 

 さっさと荷物をまとめると、喪服の麗人は黒髪をたなびかせながら部屋から出ていった。

 静かに閉まったドアを、ウルティアはしばらくじっと見つめた。

 

「…ジルにあまり変な気を起こさない方が良いぞ、ウルティア」

 

 吸殻を片付けながらジークレインは忠告した。

 

「あいつは妖精の奇形児(・・・)だ。頭がカラスで、狐の尻尾が生えた怪物だ。おそらく奴はこちらの事情をすでに調べあげている。これは男の勘(・・・)、というやつだがな」

「なら、解せないわね。仮にそうだとして、何でさっさと告発しない?」

「相手の弱みを掴んでおいて損はないだろ? 何より俺たちに利用価値がある──単純な理由だよ。奴の所属しているギルドはただでさえ、ジジイ共に嫌われているんだ。俺たちみたいに擁護してくれる人間は多いに越したことはない」

「…ああ、確か妖精の尻尾(フェアリーテイル)、だったわね」

 

 妖精の尻尾(フェアリーテイル)とは良い意味でも悪い意味でも噂に名高い魔導士ギルドだ。

 ギルドの規模や、魔導士一人一人の能力は折り紙付き。だが、素行の悪さが玉に瑕だった。

 建物の倒壊は当たり前。ある者は全裸で街中を徘徊。ある者は依頼者へ暴行。またある者は経費と偽って浴びるように酒を飲んだりと、とにかく枚挙に暇がない。

 それ故、評議員の大半が妖精の尻尾(フェアリーテイル)を悩みの種としている。

 

 では、ジル・アイリスもまた素行が悪いかと言われれば、そうではない。少なくとも表面上(・・・)は。

 彼の悪名や悪事は極一部──裏社会の人間たちにだけ有名である。

 ジルは表の顔(天使)裏の顔(悪魔)を使い分けている。

 彼のことをよく知らない人間は、いつも笑顔を絶やさない、顔が綺麗な紳士としか思っていない。

 

「まぁ安心しろ、こちらが下手なことしないかぎり奴は何もしない」

 

 ジークレインはジルとそこまで長い付き合いではないし、深く関わっているわけではない。だが、人となりをある程度理解している。

 

「奴は良くも悪くも、周囲の物事に対して一切興味がないんだ。俺たちが何しようが、評議院がどうなろうが知ったことではないんだろう」

 

 ウルティアはいまいち納得がいかない。

 

「…でも、彼の持っているあの魔導書──あれ、ゼレフ書でしょ? あなたの理想(ゆめ)のために大いに利用できると思うけど」

 

 ゼレフ書とは、魔法界最悪の黒魔導士──ゼレフが作った悪魔の本だ。

 魔導書から溢れだす禍々しい魔力で判断したのだが、ジークレインは首を大きく振った。

 

「あれはゼレフ書じゃない。〝エルの書〟──ゼレフ書の模造品(イミテーション)だそうだ。まぁ、俺からすれば…」

 

 ジークレインはそこで一旦言葉を切った。その貴公子的な顔立ちに、いつもの冷笑を浮かべてはいなかった。

 

「ゼレフ書なんかよりも、ずっとたちの悪いものだと思うがな。その持ち主も含めて、な」




 フィオーレ王国の首都──クロッカス。帰りに大都会の街に訪れたジル・アイリスは、路地裏のある一点を睨みつけていた。

 普段、生気のない瞳が、どういうわけが戦意を漲らせている。いったい彼は何を睨んでいるのか? 宿命のライバルと再会でもしたのだろうか?

 ジルが見つめる先──一匹の野良猫が座りこんでいた。猫のつぶらな瞳が美青年の顔を見つめる。
 片や、悪名を持つ妖精の魔導士。片や、ただの野良猫。奇妙な組み合わせが、ただただ無言で見つめ合う。

 だが、ついに、戦いの火蓋が切られた。
 先に動いたのはジルだった。彼は片膝をつき、手に持っていたアタッシュケースを地面に下ろした。ケースを開けて、中身をあさる。
 取り出したのは、細長い棒だった。先っぽに鳥の羽根。それを支える棒は弾力性に富み、少し手首を動かしただけで上下左右に揺れる。

 ジルは目を見開いた。
 持っていた棒──猫じゃらしを突きだし、左右に振った。

 ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。ぴょこ。

 猫の視線も左右に動く。だが、飛びつこうとしない。
 ジルは無表情のまま、めげずに猫じゃらしを振りつづけた。小刻みに動かしたり、振り幅を大きくしたりと、遊びを入れる。
 しかし、それでも猫は動く気配はない。それどころか見るのも飽きたようで、(きびす)を返し、にべもなく歩き去っていった。
 残されたのは、地面に片膝をつき、猫じゃらしを持った喪服の美青年だけだった。
 後ろからくすくすと笑い声が聞こえ、ジルは振り向いた。母と娘の親子連れがジルのことを微笑ましく見つめている。
 ジルも愛想笑いを浮かべ、猫じゃらしをアタッシュケースにしまった。そして、肩をすくめて一言。

「…フラれたな」

一番面白いのは?

  • 幽鬼の支配者編
  • バトル・オブ・フェアリーテイル編
  • 過去編①x780年
  • 過去編②x782年 喪に服す
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