丁君と白澤さんがお話するだけのお話。
もう、雨の季節も訪れる頃なのに、どうしたことだろう。一滴の恵みも空から落ちては来なかった。空は青く澄み切って、雲ひとつ無い。
いつもなら、それで良いのだ。多すぎる水は河の増水をもたらし、植物の根を腐らせる。異国には、そうやって毎年沢山の人が死んでいるのだという。
そう、少年に教えたのは、神と名乗る男だった。彼は見知らないが、美しい衣を纏っていて、そこだけ見ればなるほど、神だというのにも納得できるのだが、その顔に浮かぶのは、慈悲というには余りにも軽薄な笑み。つらつらと語るのも、この国の外にある国々の現実感のない話ばかりだった。
今も、村の外れの大きな木の枝に、二人は座っている。不安定な枝の上に、男はどうやってか楽々と胡座をかいて座っていた。その膝の上に少年は座り、やわらかく抱かれている。男曰く、神の力とやらで浮いているらしいが、少年にはよくわからない。
「綺麗な空だねぇ」
男がヘラヘラと笑いながら呟く。
「君達の神様がこっちを見ているよ。ほら、君達の神様は綺麗で良いね」
神様は、綺麗な女の人の姿をしているのだという。晴れている日は、いつでも人々の事を見ているのだという。
それは、母親のようなものだろうか。少年は、覚えていないが居た筈の人の事をぼんやりと思う。見た事はないが、自分が居るからには必ず居た母親の存在は、そこにいると言うが姿が見えない女神のそれとよく似ている。
「嫌いです。どっちも」
少年の声は固く響き、黒い石のような目は空を射る。
その強さに、そして、その影に隠された恐怖に、男の笑い顔が少しだけ曇る。
「みんな、私を捨てていってしまうので」
強い表情とは裏腹に、その言葉はぼんやりとしていた。
「僕は…雨が嫌いだ」
あれは、空が泣いているからね。
神は、誰かが泣いているのを見るのが嫌いなのだそうだ。昔聞いた話を思い出す。
「いたたまれなくなるからなぁ」
少年の頭を撫でる男の手。節があるのにしっとりと柔らかく、薬草の良い匂いがする。
「雨の夜に手を振り払われた子供がどんな大人に育つか知っている?」
優しく触れられて、ほんの少し柔んだ少年の顔を覗き込み、囁く。少年に話しかけているというより、自分へ問うているように聞こえた。
少年は真っ直ぐに男の顔を見る。その目の奥で、悲痛に泣いている声が聞こえるような気がした。
「知りません。…知りませんし、知ることもないでしょう」
私は、次の雨が降る前に死にますので。
それだけ言った。少年は、ふいと男から目をそらした。
「それだけは、言っておきたいと思ったので」
少年の声は淡々と。
「そうか」
男の方も淡々としていた。
「…神頼みとか、してみない?」
目を見ずに、男は問う。といっても、太陽の女神が統べる地では、異国の男は全くの無力なのだ。
「あなたが神様だとしても、もう決まったことなので」
少年の表情に迷いはなかった。大きくて虚ろな目の中に、男は何も見いだせなかった。
「悲しくないの?」
尋ねて見れば、少年は、さぁ?と首を傾けて空を見上げる。
からりと乾いた明るい青さ。頭上に広がる伽藍堂。
天地がひっくり返ったら、きっと空へ落っこちる。
「親も、そう言う感情も、最初から持っていないと、さして必要でもありません」
「そう、そうか。そんなもんか」
1日の最後の陽光が、2人を残酷に照らしていた。
読んでくれてありがとう!
丁君大好きなので、もっと彼に美しいものを見せてあげるお話が書きたいですね。