書くにあたっては…
「お題.com」さんのランダムお題
「密会」「肌に触れた感触」
「このにおい、あなたを思い出す」…この3つを使いました。
本当にありがとうございます。
「あんたさ、私の事忘れらんなくなるから」
気がつくと、彼女に会ってから2時間が経過していた。時間を忘れるような逢瀬だった事には間違いはない。
ふわりと、彼女のつけているであろう香水の匂いが嗅覚に訴えてくる。
まるで魔法か何かにかかったようだ────
「うん」
僕も、彼女も、お互いにこの場所で会った事はくれぐれも内密にしなくてはならない身だ。
もしそうしない場合、必ず厄災が降り注ぐ。
僕にも、そして間違いなく彼女にも。
だから、会うのはこれっきりと心に決めた。きっと、彼女もそのつもりだと思っていた。
けれど彼女はこう言った。
「よくよく考えたけど、おかしくない?もう会えないなんて」
「何がおかしいんだよ、バレたらお互いマズいじゃん」
「いや何がマズいの、ここまでやっといて」
「いや普通にマズいでしょ、なんで分かんないの」
「私…バカだからさ、だからイチからあんたの口で説明してみてよ、私たちがなんでもう会っちゃダメなのかを」
「そ、それは」
「ちゃんと理由も言って、私を納得させられたら、」
「どうなるの」
「…諦める」
そう彼女は言い切った。
ここは、僕がしっかりしなければ。
僕と彼女の今後のためにも。
答え…答え…会っちゃいけない理由…
僕は頭をフル回転させた。
引き出しから溢れんばかりの言葉を選んで、彼女を納得させられるだけの理由を文章にして「構築」しようとした。
けれど。
先程の香水の匂いが、僕の思考を遮った。
匂いはどんどん強く、濃くなっていく。
まとまらない思考。時間は過ぎていく。
40秒、50秒……
「ほら、答えられない」
彼女はにっこりと柔らかい笑みを浮かべると、僕の手をいきなり握り、ぎゅっと包み込んだ。
僕は驚いて、ひっ、と引き攣った声を出した。
「今のこの感触も、覚えさせるからね」
忘れさせないように、念には念をね、と彼女は続けた。僕はこの時初めて覚えた。この女に対する恐怖を。
僕の手を握る彼女の手が、暖かさを帯びる。
まるで血が通ったような体温をした彼女は、僕に優しく言葉をかけた。
「私を忘れない、また会いたいって言え」
じっと僕の目を見据えて放ったその言葉は、鋭利に僕の心を突き刺したのである。
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後で分かった事だが、彼女は香水などつけてはいなかった。
彼女の香りの正体。
それは最近、洗剤メーカーが新たに発売した衣服用柔軟剤のものだったのである。
フローラルな香りを持つそれを、今や主婦や若い女性、果ては子供まで使っている状況だ。
僕以外の他人は、この匂いを捉えても、気にも留めないだろう。
しかし、僕は違う。
この匂いが鼻を潜るたび、彼女の事を思い出す。
強烈な記憶の塊となったあの日の事は忘れようとしても不可能だった。
それに僕はこの匂いを、避ける事もできない。
この洗剤は余りに普及しすぎている。
通勤中・仕事中・買い物中・帰宅中。
何処かの他人が必ずこの匂いをつけている。
その度に僕は彼女を思い出す。
これは、一種の呪いだ────そう気づいた時には遅かったのだ。
そうして彼女に心身ともに籠絡された僕は、今日もまた、彼女と会う約束を交わしたのだった。
今日の一言!怖い女の人には気を付けようね!