ヒロイン絶対曇らせたくない転生者VS転生者の自己犠牲絶対止めたいヒロインズVS百合の間に挟まる男絶対殺す終末世界   作:すらいやー

2 / 4
2 マッドでツンでデレな博士は男を知りたい

 この世界は、「姫機士プリンセスギアーズ(略称プリギア)」と呼ばれる百合ゲーの世界だ。

 MONSTERと呼ばれる怪獣に追い詰められた人類とそれを守る戦士「プリンセス」の戦いを巡るゲームで、分類としては燃えゲーの部類に入る。

 ゲームのあらすじとしては、ある時主人公の少女は目を覚ますとロボットのコックピットの中で眠っていて外は滅びた未来の地球だった。そこで出会った“プリンセスギア”と呼ばれる装甲を身にまとった少女たちと共に、人類の存亡をかけた戦いに挑む――というもの。

 

 絶望的な状況から、それをひっくり返すカタルシス。物語を彩る魅力的なキャラクター。そして何より魅力的なキャラデザはオタク界隈で一つのムーブメントを作った。

 結果、プリギアは様々なメディア展開を行った。アニメ、マンガ、最終的にはそれらが一堂に会するソシャゲ等々、かなり長い間愛されて展開してきたコンテンツである。

 特にアニメは本編の各ルートをアニメ化したものや、「イェスタ・デイブレイク」という人気キャラを主人公にした前日譚アニメなど、複数回に渡ってアニメ化を果たし好評を博した。

 俺もそのアニメからコンテンツに入ったので、素晴らしいアニメを作ってくれたアニメスタッフには感謝しかない……わけだが。

 

 だからといってそんな世界に転生したいかと言えば否である。

 というかかなり絶望的な世界観なので、どちらかといえば転生したくない。まぁ転生しちゃったんですけど……

 

 そう、俺――この世界ではヒムと呼ばれる男――は転生者である。

 気付いたら“ツクヨミ”のコックピットで寝ているという突然の転生――死んだ記憶が無いので、転移かもしれないが――によってこの世界へやってきた俺は、死なないためにはこの世界に介入するしかなかった。

 

 コックピットで眠っているという話からわかるかもしれないが、このロボットは主人公の乗機である。詳細は省くが人類は戦う手段を手に入れるためロボットを開発。それが巡り巡ってプリンセスギアとなり、主人公である少女だけが前時代の遺物――ロボットを使って戦うのだ。

 一見食い合わせが悪そうなロボ+美少女戦士という組み合わせだが、案外これがしっくりハマっていた。発表当初はロボで目を引いて美少女を押し付けてくるとか言われていたが、今ではこのロボ+美少女というのがプリギアシリーズの鉄板である。

 

 ちなみに、主人公の乗機とは言うが、俺の乗っている“ツクヨミ”は主人公が最終盤に乗り込む機体であるため別に主人公のポジションを奪ったわけではない。

 ちょっと原作開始前である現在は使われていない機体を間借りしているだけだ。そもそも主人公の専用機である“アマテラス”と凡百の量産機である“ツクヨミ”ではスペック差もある。

 なんで最終盤に乗り込むツクヨミが量産機なのかって、そりゃお前、後継機がぶっ壊れた後にありあわせの機体で出撃するのは燃えるじゃん。ちなみにその後継機の名前が“スサノオ”だ。

 

 さて、そんな転生者の俺だが、実は現在困っていることが二点ある。

 一つはツクヨミのスペック不足。強化モードを使えば超無双できるが、強化モード無しではツクヨミくんはとてもじゃないが現行のプリンセスとMONSTERの戦いについていけないお荷物である。

 そして強化モードによる無双は基本的に一回こっきりの使い切り。一度使えば中の人間が汚染でダメになる。この機能はあらゆるツクヨミに標準搭載されているのだが、当時は兵士を使い捨てにするのがトレンドだったのだ。恐ろしい。

 

 じゃあ、ツクヨミなんて使わなければいいじゃないかと思うがそうもいかない。プリンセスギアは女性専用なのだ。こういう百合ゲーならごくごく当然の設定だろう。

 逆にツクヨミは設定上男性だって使えるし、実際俺は使用している。逆に言うとこの世界での男の価値はツクヨミで使い捨てにされる程度のものってことだ。

 

 そう、俺が抱えるもう一つの問題。

 

 それは、この世界に俺以外の男が一人も存在しない――ということだった。

 

 

 ⇛

 

 

「はい、はい。それじゃあ演習を始めるわよ」

 

 女所帯であるプリンセスの集まりは、とにかくいつだって姦しい。三度の飯より噂好き。そんなプリンセスたちにとって、今現在格好の噂の的は唯一つ。

 目の前に立っている“男”の存在にほかならないだろう。

 

「アンタ達はシミュレーションでの模擬戦闘で好成績を叩き出したアタシの新しいモルモット……もとい、新規プリンセス候補生よ、解ってると思うけどマジで栄誉なんだから、もうちょっと自覚を持ちなさいよね」

 

 現在、俺がいる場所はプリンセスやそれを支援(エスコート)するメイド――その候補生たちが暮らす“街”の施設である。

 街というのは、この世界におけるコミュニティの総称。世界各地にポツポツと存在するが、そこではプリンセスやメイド。その候補生が暮らしている。

 そしてここにいるのは、そのうちプリンセスになることのできる素質を有した候補生たちだ。ここにいない候補生は、必然的にメイドとしてプリンセスの支援を学ぶこととなる。

 

 そんな未来の人類の希望は現在、少女らしい噂話に花を咲かせていた。原因はもちろん俺である。

 

『みてみて、アレ。本当に男性よ、私達と全然違うわ』

『胸、小さすぎじゃないかしら。かわいそうに……』

『でも背はすっごく高いわよ。羨ましい……』

 

 なんて話がポツポツと。

 すでに教官がやってきて、真面目に話を聞かなければ行けない状況であるにも関わらずこれだ。そりゃまぁ十数年という短い人生とはいえ、これまで見たこともなかった――どころか知識ですら知らなかった男という存在を目の当たりにすれば、興味が使命感を上回るのが子供というもの。

 実に健全な反応だと思うがしかし。それだと今度は、俺の命があぶなくなるんですよねえええ。

 

 ――この世界に、すでに男は存在していない。

 対MONSTER用の兵器がロボット(男女どちらでも使用可)からプリンセスギア(女性専用)に移行するにあたり、男性はその役目を終えたのだ。

 プリンセスギア開発の際の副産物として、遺伝子操作が容易となったことも加わって、この世界の人間は女性だけになった。

 今のこの世界において、子供とは培養ポッドの中から生まれてくる存在。おしべとめしべという概念は、とっくの昔に亡くなってしまったのである。

 

「――ヒム」

「……はい、なんでしょうドクター」

「アンタ今すぐ、その股の下についてるブツ、切り落としなさい。そうすればあいつらも黙るわよ」

 

 ――隣に立つ赤髪の少女から、俺はそれはもう凄まじい殺気を受け取っていた。頼む、頼むから静かにしてくれひよっこ達ぃ。

 俺のブツに言及する彼女は、現在この世界で唯一俺の男性としての肉体構造を把握しているが故、そういう反応ができる。新人たちはそうではないから、安心である。

 

 と、その時だった。

 

 

「静粛に」

 

 

 ピシャリ、と我慢を耐えかねたのか、俺の横に立つ赤髪の少女が凄まじく通る声で言った。途端、おしゃべりはどこへ行ったのか、沈黙だけが残される。

 中々に、すごい光景だった。

 

「静まったわねモルモットども、アタシはアカネ。アカネ・ロードスタ。これからアンタたちのプリンセスギアを一手に管理することとなるこの街の“ドクター”よ」

 

 どこまでも意志の強い少女だった。

 燃えるような赤髪を後ろでまとめて、服装はプリンセスギアのスーツ(通称スク水スーツ)の上に白衣。一目で変人と解るその特徴は彼女の存在を明確に主張していた。

 アカネ・ロードスタ。原作においてはルートヒロインの一人を務めるキャラクターだ。

 その性格は一言で言うと――

 

「ま、あんたらはアタシにデータっていう栄養を提供すればいいの。アタシはそれを好きにする。実に簡単な話でしょ?」

 

 マッド。

 そして、

 

「ただし、それはあんたらが一秒でも長く生きることにもつながる。演習っていうのは、アンタ達の寿命を決める儀式でもある。それを肝に銘じて、生きなさい」

 

 ツンデレ。

 

 マッドで、ツンデレ。なんとも奇妙な食い合わせの属性を有する、赤色の少女だった。

 原作においては、基本的にあらゆる媒体の外伝にも登場する博士キャラという印象が強い。どれだけ無茶な技術でも、アカネが用意したといえば出来てしまうのが便利すぎるのだ。

 加えて言うと、ギャグ展開の起点としても使えるため、とにもかくにも出番が多い。

 どこかの頭の可笑しいファンがまとめていたが、プリギアというコンテンツでもっともセリフ量が多いのは実はアカネなのだそうだ。流石に地の文とかまでまとめると、基本一人称であるプリマギ原作の主人公ちゃんの方が一歩上を征くが。

 

 まぁ、何はともあれ変人揃いのプリギアで一線級の人気キャラをしているアカネ博士が変人でないわけがないのだ。今もこうしてテンプレツンデレ風セリフにパワーワードを連発してくる。

 人を人と思っていないというか、人もデータも等しく価値の有るものとして認識しているために、人の方に価値があると思う人間とは若干ものさしが違うというか。そういう浮世離れした人間性と、デレた時の素直さがなんともまたギャップが聞いていて人気が高い。

 そんなアカネ博士だが、こうしてリアルでお知り合いになると個人的にはちょっと避けたいタイプの人種だった。だってさ、マッドだぜ? 博士だぜ? 当然男と女の違いとか気にしてくるじゃん?

 俺、もうお嫁にいけないよ……

 とはいえ、俺のツクヨミを修理できるのはおそらく世界に唯一人、アカネ博士だけなのでこうしてアカネ博士の仕事を手伝う必要もあるのだが。

 

 そんなアカネ博士に呼ばれて、俺は現在新人たちの教習につきあわされていた。なぜ? ロボットパイロットにプリンセスギアのことで話せることはなにもないぞ。

 なんて思うが、実際のところ俺の役割は教官ではなく――

 

「そして、これが噂の世界唯一の男性人間。ヒムと呼ばれる珍獣だ。売り物じゃないから金を払っても渡せないが、タダでサンドバッグにはしていいぞ」

「おいこら」

 

 ――そう、サンドバッグだった。

 細かい話を終えて、その後俺はシミュレーターの前に立つ。俺のシミュレーターはプリンセスたちのそれと違ってでかいコックピット型の筐体だ。プリンセスたちは脳波を読み取ってVR空間に自分自身を投影する。

 逆に俺はコックピットさえ再現されていれば現実世界のままでもいいので、特にVRにダイブしたりはしない。

 なおこの筐体はドクターアカネ製である。やっぱり便利だこの一言。

 

 さて、俺がシミュレーションの模擬戦に参加するのは、ロボットを動かしてプリンセスと戦うためだ。意味があるのかというと、ある。プリンセスとMONSTERの間には結構なサイズ差があるため、こうしてロボットを相手にするのでサイズ差のある戦闘になれるのは、俺がいてもいなくても普通に行われる模擬戦だ。

 逆に俺はロボットの性能が現実とは全く違うものになるので、この模擬戦で得られるものは少なかったりするが。そもそも教官側として参加しているのに得るものってなんじゃいという話だが。

 

 ともあれ、俺の仕事としてはシミュレーションは安全な部類である。汚染されたりしないし、何よりどれだけ危険な動きしてもワカバに怒られない。

 そして、そして何より――

 

 

 ⇛

 

 

 ――四時間。

 十人のプリンセスを相手に、そいつは一人で大立ち回りを続けた。プリンセスたちが一時間で精神的に消耗し、数人ずつのローテーションに移行しても、そいつは一人でロボットに乗り続けたのだ。

 ハッキリ行って異常である。どこにそれほどまでの集中力が存在するのか、普段のあまりやる気を感じさせない態度からは想像もつかなかった。

 

 ヒム。この世界に生存する唯一の男性。生きる標本。

 

 アカネ・ロードスタにとってヒムはこの世界の何よりも興味深い研究材料だった。当然だ、世界に男は一人しかいないのだから。

 男と女はその体つきに変化が見られる。特に局部には女には見られないものがついており、それをヒム――男は見られるのをずいぶんと恥ずかしがるらしい。

 もちろん女にだって羞恥心はあるが、別に見られて困るものでもなし。最低限隠せば、それで問題ないのではなかろうか。

 

 ともあれ、そんなヒムの異常性は、主にロボットに搭乗している際に発現する。ロボットに乗っていない時のヒムは、基本的には善良で真っ当なメンタリティをしている。

 しかし、ロボットに乗った途端やつは変わる。一体どこにそれほどの強いメンタルが存在するのかというほどに。

 

 プリンセスの中にはギアを纏うことで精神にスイッチを入れ、戦闘中の冷静な思考を保つ者もいる。ヒムのメンタリティはそれに近いものが有るのだろう。

 だが、やつの精神はあまりにも完成しすぎている。今この瞬間もシミュレーターではあるが四時間ぶっ続けで模擬戦を行い、平然としているのは間違いなく異常だ。

 

「――そこまで!」

 

 アカネはそう新人達に呼びかける。もはや疲労困憊、現実世界ですら立っていることが億劫だという様子の彼女たち。大型の敵――MONSTERを想定しての模擬戦はこれが初めてだったのだから当然だろう。

 むしろ、四時間も交代を交えつつとはいえ、よくもまあヒムのやつについていったものだ。

 故にアカネは、彼女たちは見込みがあると評価を上げるのだった。

 

 もちろん、

 

「アンタ達のデータは、まだまだ未完成の欠陥品よ。そしてそれが完成することは一生にない! 常に努力を忘れず、データの完成に務めること。それができないやつから戦場では死んでいくのよ!」

 

 それを口にすることはないが。

 ――そして、新人にとってアカネの口ぶりは決して厳しいものではない。これが普通だ。他の教官も多かれ少なかれ罵倒は多い。

 素直な返事でそれを受け取って、彼女たちは退出していった。

 

 ここで疑問に思うかもしれない。彼女たちの人生で、初めて出会った男性であるヒムに対する意識はどうしたのか? と。

 もちろん彼女たちだってヒムのことは意識している。だが、声をかけることはなかった。なぜなら――不可能だったから。

 

 

「博士、次は俺の模擬戦を頼む」

 

 

 ヒムはまだ、シミュレーターの中にいた。四時間コックピットの中に収まり続けた彼の最初の言葉が、彼自身を現していると言っても過言ではない。

 アカネは、自身の口角が上がっていくのを抑えながら、問いかけた。

 

「設定はどうする?」

「出力はツクヨミの最大パワー想定。敵はA級MONSTERの無限湧きで頼む」

「わかったわ」

 

 ああ、本当に。

 この男はどこまでその強固な精神性を維持できるのだ? 異常、異常、実に異常。この異常は果たして、性別の差によるものだろうか。それともヒム個人に由来するものだろうか。

 わからない。

 アカネには、未だその結論は出ていない。

 

 だが――

 

「ああ、本当に」

 

 ――アカネの中の、マッドが囁きかけていた。

 

 

「男って……本当に、ケダモノね」

 

 

 荒くなる吐息と、歪む口元を隠すために抑える。アカネにだって、その感情が他人に見せるべきではない興奮であることは解っていた。

 ――アカネ・ロードスタ。

 マッドとツンデレの二面性を有するアンバランスな少女。だが、少女の根幹にあるのはツンデレだ。他人を慈しみ、けれどもそれを素直に表現できないのがアカネという少女である。

 

 しかし、今この時。

 ヒムに対するアカネの感情は、そういったものを貫いて表面に出ようとしていた。

 するとどうなるか。

 

 もはやアカネにはこの時、ヒム以外の何物も目に入っていなかった。

 眼の前でヒムがシミュレーターにて叩き出す異次元の如き戦績も、ヒムが駆るツクヨミの異常なまでの駆動も。

 すべてを無視して、ヒムだけをアカネは見ていた。

 

 今この瞬間。アカネはアカネのパーソナリティのうち、ツンデレという内面だけでなく――

 

 

 マッドという表面にすら、ヒムという男を焼き付けてしまっていたのである。

 

 

 そのことに、ヒムが気がつくのは――アカネに自覚が芽生えるのは、まだ先の話だ。

 

 

 ⇛

 

 

 一方。俺はシミュレーターを心の底から堪能していた。

 

 うっひょおおおおおおおおお!

 たんのしいいいいいいいいい!

 

 命のやり取りをしなくていい、ガチのロボットを操縦できる。いくらでも敵を倒していい。男としてこれほど楽しい娯楽が他にあろうか。

 いやない!

 何よりこの世界は、文明が滅びかけているせいで娯楽が少ない。

 

 娯楽の多い現代を生きたオタクにとって、そういった楽しみの有無は死活問題だった。その点、このシミュレーターってのはいい。

 何時間でもプレイできる。

 

 ゲーム感覚で楽しむなとは言うものの、対人もNPC戦も充実しているこのシミュレーターは、無理言ってアカネ博士に作ってもらっただけのことは有る。

 いやぁほんと、アカネ博士は最高だぜ!(最低な物言い)

 これでもう少し、デレてくれたら嬉しいんだけど。あの人なんか俺に対してだけ扱いが悪いんだよな。ゲームでもこんなことなかったんだけど。

 

 やっぱり俺が男だからかねぇ?

 ――おっと、次のステージだ。っしゃあやるぞ!

 

 うっひょおおおおおおおおおお!

 たの――――




まだ男は知りません。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。