トレーナーとなったプロシュート兄貴がライスシャワーと出会ったらどうなるのか? というお話です。

Pixivで「ライス ライス ライス ライスよぉ~~……」ってしていたイラストがあったので、書いてみました。

題名は”生ハムライス”にしようかと思ったけど、一見した時に元ネタが分かりにくそうなので止めました。(プロシュートは生ハムの一種)

書いてて思ったけど、この二人……取り合わせがいいッ!
ディ・モールト ベネッ!(非常に良しっ!)



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マンモーニのライスシャワー

 駅前、ある日の夕暮れ頃。プロシュートはトレセン学園まで戻る道の途中で、とあるウマ娘を見かけた。

 

「……うん。休憩おしまい。早く戻って……そしたら次のメニューやらなくっちゃ。がんばれライス、がんばれ……おー……!」

 

 強いバネを感じさせる走りで、ライスは駆けていく。小柄な体躯ながら、纏う覇気にはどこか目を惹かれるものがあった。

 プロシュートがライスと同じ学園方面へと続く道をたどると……赤信号に捕まった。

 

「…………うぅ」

 

 またもや赤信号に捕まった。

 

「あぅぅ……!」

 

 帰り道の全ての信号に赤で捕まった。そうしていると必然、時間がかかる。トレセン学園に帰る事にはすっかり日が暮れていた。

 運の悪い日もあるものだ、と思いながら、プロシュートが学園の門をくぐろうとすると、

 

「あのっ……す、すみません……!」

 

 ライスが突然言葉を発したため、足を止めた。

 

「何だ? 俺に話しかけてんのか?」

 

「はい……。そ、その……ごめんなさいっ!」

 

 謝られるプロシュートだが、心当たりのない彼は釈然としない表情を浮かべる。

 

「ラ、ライスが貴方のそばを走ってたばっかりに、学園まで戻るのがこんなに遅くなっちゃって……ほんとにほんとに、ごめんなさいっ!」

 

「別にお前は関係ないだろうがよ」

 

 赤信号に捕まりまくった事と、ライスとの因果関係を見いだせないプロシュートは相変わらず疑問を顔に浮かべたまま。

 

「ううん、ライスのせいなんです。ライスはすぐ皆を不幸にしちゃう、ダメな子だから……ごめんなさい。で、でもライスがいなくなれば大丈夫ですから! それではっ……!」

 

 一方的にそれだけを言うと、ライスは走り去ってしまう。

 

「おい! もっと分かるように説明しやがれ!」

 

 ウマ娘の脚には追いつけないながらも、プロシュートはライスの後を追いかけた。

 

 

 

 プロシュートがライスを追いかけ、行きついた先はトレーニングコース。彼女は耳を伏せ、尻尾を力なく垂れ下げていた。

 

「うぅ……さっきの人、こんなに遅くなっちゃって大丈夫だったかなぁ……。お腹ぺこぺこになっちゃってたり、見たいテレビ終わっちゃってたりしたらどうしよう……」

 

「そんな心配より説明責任を果たせッ! “ライスはすぐみんなを不幸にしちゃう、ダメな子”ってぇのはどーいう事だッ!」

 

「ひぃっ! 追いかけてきた!?」

 

 自分より二回り以上も大きなプロシュートが近づいてくるのに怯えるライス。しかし、意を決したように両手を前に突き出した。

 

「だ、だめっ! それ以上こっち来ないで! ライスのそばにいたらまた不幸にしちゃう……また迷惑かけちゃうから……!」

 

「またそれか……俺はその理由を聞きにきたんだ。どうしてお前のそばにいると俺は不幸になる?」

 

 プロシュートは声を抑え気味にして、ライスに再度問いかけた。

 

「ライスはね、小さい頃からずっと不幸な事ばかり起こしちゃうの……。一緒にいる子が転んだり、靴紐切っちゃったり、ひどい時は鳥の糞を頭に落っことされちゃって……。ライスはいつもいつも、皆に迷惑かけちゃうダメな子なの……」

 

「それで赤信号が連続したのも自分のせいだ、って事か」

 

 プロシュートは得心顔で頷くが、すぐに心配そうな顔を浮かべてライスに詰め寄る。

 

「けどよぉ……いつまでも人を遠ざけたままじゃあ、いられねぇだろうが。レースに出るのだってトレーナーに担当してもらわなきゃあ、話にならねぇ。だろ?」

 

「う、うん……」

 

「だったらお前は克服しなきゃいけねぇ。その不幸体質をな……。何か算段はあるのか?」

 

 今日が初対面にも関わらず、ライスに対して実の兄妹であるかのように心配するプロシュート。その雰囲気にライスは当てられ、自分の内情を話し始めた。

 

「あ、明後日の選抜レース……! それに出て、ちゃんと走って、トレーナーに担当してもらう……! そしてデビューして、いっぱい活躍して、ダメじゃないライスになるの! そしたらあの“青いバラ”みたいに……」

 

「青いバラ?」

 

「あ、えっと……ライスの好きなお話に出てくるんだ。あるバラ園に青いバラが生まれてね。でも、バラ園を見に来た人たちは“青いバラなんて気味が悪い”“きっと不幸の花だ”って口々に言うんだ……。そのうち青いバラ自身も“ぼくはダメな花なんだ“って思って、しおれてきちゃうの……。

 でもね、青いバラはある日、素敵なお兄様に引き取られるの。鉢に植え替えられて、お兄様に毎日声を掛けてもらって、最後には見事なお花を咲かせるの……! 青いバラはお兄様のおうちの窓辺に飾られて、道行く人たちをたくさん幸せにできたんだ……」

 

「なるほど、おめーはその青いバラみてぇになりてぇんだな」

 

「う、うん……。みんなを不幸にするだけのダメな子じゃなくて、皆を幸せにできる……そんなウマ娘になりたいの」

 

「そうか、目標を持つのは良い事だ……。だがなッ!」

 

 さっきまでの共感するような態度から一転、厳しめの口調で話し始めるプロシュート。

 

「お前の噂は聞いてるぞ……。入学してから選抜レースに一度も出ていないってな」

 

「そ、それは……! レ、レースに出て、一緒に走ってる子が不幸な目に合って……それこそ怪我しちゃったりって考えたら……!」

 

「そういう訳でか……だが、今は関係ねぇ。俺が言いたいのはだな、ライスッ! お前はさっき“選抜レースに出て”って言ったが、それはおかしいんじゃーあねぇのかって事だ!

 お前が本当に選抜レースに出てトレーナーに担当してもらいたいと思ったなら! 思っているのならッ! すでに過去の選抜レースに出ているはずだッ! だからその言葉を使うのはおかしいッ!」

 

「あ、う、うぅ……!」

 

 大の大人に詰め寄られ、涙目になるライス。プロシュートはライスの鎖骨あたりを指で指し、またもや態度を一変させた。

 

「……ライス、分かるよなぁ~~? お前もウマ娘なら、俺の言ってる事……え?」

 

「う、うん……」

 

 実際にはビックリしたせいで、プロシュートの言葉をライスはほとんど理解出来ていない。それでも、自分の覚悟のなさを責められたのは何となく察していた。

 

「“選抜レースに出た”なら使ってもいいッ!」

 

「は、はいっ……!」

 

「よぉし……それじゃあ、時間を取らせて悪かったな」

 

 プロシュートはライスに背中を向けて帰ろうとする。……しかし、ライスがトレーニングコースを離れようとしないのを疑問に思い、振り返った。すると、彼女が柔軟をしているのが見える。

 

「こんな時間まで練習か?」

 

「うん……。明後日の選抜レース、絶対勝ちたいから……!」

 

 そう言うライスの瞳には今までの弱気な態度とは一転、誰にも負けないという“凄み”が宿っていた。

 その変わりように加え、学園の帰り道で見たライスの綺麗なジョギングフォームが気になっていたプロシュート。彼は立ち止まり、練習を見学し始めた。

 

 

 

 

 

(速いなぁ、い~いバネだ。それに小さな体躯、ステイヤー向きか……。体重が小さい程、膝への負担が減るからなぁ……)

 

 数十分ほどライスの走りを見ていたプロシュートは彼女が高い潜在能力を秘めていることを見抜く。

 

(それに練習に対しても真摯だ、一切手を抜いてねぇ……。しかも、遅い時間帯まで長時間練習出来る生来の頑強さも持ち合わせていやがる……。スカウト、だな)

 

 僅かな間にライスをスカウトする決断をしたプロシュートは、全速力で担当契約書を取りにトレーナー室へと戻った。用紙を手にライスの元へと駆け寄る。

 

「おい、ライス! 俺の……」

 

 ちょうど休憩中だった彼女をスカウトしようとしたその時、急にスコールの様な雨が降ってきた。

 

「わわっ! 急に凄い雨……!」

 

 当然、プロシュートが持ってきた契約書は濡れて使い物にならなくなる。

 

「ご、ごめんなさい……! ライスのせいでまた迷惑かけちゃって……」

 

「……まぁ、たまにはこういう事もあるだろ。雨の中、しかも夜にこれ以上お前を引き留めておくわけにもいかねぇ。話はまた明日だ」

 

 その日は解散の流れとなった。

 

 

 

 

 

 

 翌日。授業の休み時間を狙い、プロシュートはライスのいる教室に押し掛ける。

 

「おいライス! 俺の担当に……っ!」

 

 その時、プロシュートの背中に誰かがぶつかり、彼は契約書を手放してしまう。しかも、換気のために空いていた窓から風が吹き、契約書が吹き飛ばされる。用紙はそのままとある生徒の足元に滑り込み、ぐしゃりと踏みつぶされた。

 

「……昨日に引き続き、か」

 

 担当契約書は公的文書であり、足跡がついたグシャグシャの用紙のまま提出するわけにもいかない。

 

「ま、またライスのせいで不幸に……」

 

「出直してくる」

 

 申し訳なさそうな顔を浮かべるライスを尻目に、プロシュートはトレーナー室へと引き返した。

 

 

 

 

 

 

 その次の休み時間。プロシュートはライスのいる教室に再び押し掛けた。今度は担当契約書の束を手にして。

 

「おいライス! 俺の担当に……!」

 

 その時、花瓶の水換えをしようとしていた生徒が躓き、辺りに水をぶちまけた。プロシュートが持つ用紙の束がそれに巻き込まれてしまう。

 

「……また、か」

 

 三度目ともなると、流石のプロシュートも顔色が悪い。濡れた契約書を手に立ち尽くしていた。

 

「や、やっぱりライスのせいで……」

 

「出直してくる」

 

 今にも泣きそうなライスを尻目に、プロシュートはトレーナー室へと引き返した。

 

 

 

 

 

 

 その後も契約書の数を変え、場所を変え、サインを貰おうとするが、一向に成功しなかった。

 

「何なんだぁ~!? おめーの不幸体質はよぉ~~!?」

 

 今回は少数精鋭、一枚の契約書で見晴らしが良く周りの警戒がしやすい中庭にてスカウトを行ったプロシュート。彼は鳥の糞で汚された契約書を手に、冷静さを失っていた。

 

「うぅ……。こ、これも全部ライスのせいだよ……。ライスは周りを不幸にしちゃうダメな子なんだ……!」

 

「内心、お前の不幸体質は“パンが落ちる時は必ずバターを塗った面が下になる”だとか“ジュースをこぼす確率は絨毯の値段に比例する”だのに例えられる、認知バイアスがかかったもんだと認識してたが……撤回する。見通しが甘かった。お前の不幸体質は本物だ、疑いようなくな。いや、マジに恐れ入ったよ」

 

 至極真面目な顔でライスの体質に対し、感想を述べるプロシュート。対してライスは瞳に涙を浮かべていた。

 

「やっぱりライスみたいなダメな子は青いバラには絶対なれないんだ……! ライスなんかがレースに出ても、誰も幸せにできないんだ……!」

 

 悲観的な考えを口から漏らすライスに、プロシュートは優しく語り掛ける。

 

「ライス……ライスよぉ~。確かにお前の不幸体質は本物だ……。だが、それが適応される条件までは分からねぇだろうがよぉ……」

 

「え……?」

 

 プロシュートの手がライスの側頭部を撫でる様に動く。

 

「俺には不幸が降りかかっちまったかもしれねぇが、他の奴らはどうだぁ? クラスメイトは? 長い間一緒に暮らしていた両親は? ずっと不幸な目に合ってきたのか?」

 

「み、皆が皆そういうわけじゃないけど……」

 

「ならよ~……お前はレースに出るべきだ、ライス。案外どうにもならないかもしれねぇぞ。だろ? やってもいねぇ事をあれこれ悩むのは慎重じゃなくて臆病って言うんだぜ……」

 

「で、でも……」

 

 ライスシャワーが言い淀むと、プロシュートの左手は彼女の顎に添えられ、右手は後頭部を支えた。

 

「幸せの青いバラになりてぇんだろ……? 今のダメな自分から変わりてぇんだろ……?」

 

 かがんで目線を合わせてくれているプロシュートに対して、ライスはハッキリと答えた。

 

「うん……! 変わりたい……! いや、変わる……! ライスは変わるの……! 青いバラみたいに、みんなを幸せにできる子に……!」

 

 強く頷いたライスを見て、プロシュートは満足そうな表情に。

 

「よぉし、ならお前は明日の選抜レースに備えるんだな。俺はお前と契約するための対策を練る。……紙がダメなら電子上で署名を貰うか……? いいや、それだと落下で壊れる可能性も……」

 

 ぶつぶつと呟きながらプロシュートはトレーナー室へ戻っていった。

 

「……頑張れ、ライス。頑張れ、おー……!」

 

 一人になったライスはいつもの方法で気合を入れるのだった。

 

 

 

 

 

 

 翌日、ライスは選抜レースに顔を見せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(ライスシャワー視点)

 

 選抜レースから逃げた臆病なライスは、寮の空き部屋、その隅っこで小さくうずくまっていた。

 

「うっ“、うぅ”……」

 

 目からは涙が止まらない。

 

「やっぱりライスはダメな子だ……! 肝心な時にいつも勇気がでなくて……! 何にも出来なくなっちゃう……!」

 

 昨日の内はライスでもやれる、と楽観的な考えだった。しかし、選抜レースが近付くにつれて、他の人を不幸にしてきた今までの体験を思い出してしまった。特に昨日のトレーナーについて。

 

 あれを思い出してしまうと、とてもターフに立つ気持ちにはなれなかった。もし、他のウマ娘が転倒してしまったら? そのせいで怪我を負ってしまったら? ……走れないような体になってしまったら?

 

 もしそんな事態になれば、ライスは絶対に立ち直れなくなってしまう。自分は不幸を振り撒くだけのダメな子だ、って決まってしまう。幸せな青いバラの様には絶対なれないと分かってしまう。

 

 そう考えると、足が選抜レースから遠のいていた。

 

「昨日、トレーナーさんにあれだけ元気づけて貰ったのに……。あの人はライスをスカウトしてくれようとしたのに……。期待を全部裏切っちゃって……!」

 

 ダメなライスにもあの人は期待してくれた。ライスならやれるって信じてくれていた。それはまるで、自信を失っていた青いバラに声を掛け続けたお兄様のようで、とてもかっこよく思えた。

 

 しかし、それも終わりだ。ライスはあの人の期待を裏切ってしまった。期待を裏切ったダメなライスにはもう声を掛けてくれない。

 童話は所詮童話。ずっと声を掛け続けてくれるお兄様は存在しないし、ライスはダメな子のままなのだ。

 

「……ぐすっ……うぐ……ひっ“く……」

 

 今のライスは何もない部屋でむせる様に泣く他なかった。

 

「邪魔だ! どけ!!」

 

 そこで、大きな大きな怒鳴り声が窓から聞こえた。その声はトレーナーさんのモノ。

 

「ちょっと! 寮はウマ娘以外立ち入り禁止だよ!」

 

 続いて寮長のヒシアマゾンさんの声が聞こえてきた。

 

「だったらおめーが俺の代わりにライスを探してこい! この寮にいるはずだ!」

 

「りょ、寮のどこかって……そりゃあたしも急にいなくなったライスの事は探してるけどさ。どうしてこの寮にライスがいるって言いきれるんだい?」

 

「俺の勘だ! ライスはこの寮のどこかにいるような気がするッ!」

 

「気がするだって!? 気が!?」

 

「いいから探せっつってんだよ! ヒシアマゾン!」

 

「あっ! あんた……!」

 

 少しだけ声の聞こえ方が変わった。恐らく寮の中に入ってきたんだと思う。

 

「寮のマスターキーはどこだ!」

 

「マスターキーって……あんたウマ娘の私室にまで入るつもりかい!?」

 

「探すってきめたからにゃあよォ~、この美浦(みほ)寮……先っちょから尾っぽまで徹底的に荒らしまくってやるからな!」

 

「ああもう! 鍵を持っていないライスが他のウマ娘の部屋に入れるわけないだろう!?」

 

「わかんねーぞ……とにかく俺が私室に入るのがダメってんならお前が私室を探して回れ! 俺は空き部屋を当たる!」

 

「私室どころか寮に入るのも本当はダメなんだよ!」

 

 言い争うが聞こえていたが、ついに二人の声が分かれた。ヒシアマゾンさんの方が折れたんだと思う。

 

 遠くでドアが開く音が聞こえた。

 ちょっと遠くでドアが開く音が聞こえた。

 そのままドアの音が近付いてくる。隣の部屋のドアが開けられた。次はここだ。

 

「あ……ぅ……!」

 

 どんな顔をしてトレーナーさんに合えば良いのか。分からないライスはただ怯える事しか出来ない。

 

 バン!

 

 ついにライスのいる部屋のドアが開けられてしまった。

 

「……」

 

 ライスの姿を認めたトレーナーさんは何も喋らない。無表情のままライスに近付いてくる。

 

「……ご、ごめんなさい! ライス、選抜レースに出られな……」

 

 とにかく謝ろうとしたその瞬間。額が熱を持ち、痛み始めた。

 

「え……あ……?」

 

 痛い。デコピンをされたと気づくのに少し時間がかかった。

 続いて頬。形が変わったと思えば、次の瞬間ズキズキと痛み始める。遅れて頬をつねられていると気づいた。

 

「この腑抜け野郎! 今日のザマは何だぁ!」

 

 トレーナーさんは鬼のような形相でライスを睨んできた。一昨日にも怒られた事があったが、その時とは違う。心の底から怒っていると、肌で、目で、耳で感じ取れてしまう。

 

「い、いふぁい……いふぁいよ……!」

 

 怒気に当てられたライスは、子供のように痛みに怯える事しか出来ない。

 

 トレーナーは数秒の間、ライスの頬を捻りあげてからようやく解放してくれた。代わりに、上から見下すようにしてライスを睨んでいた。

 

「どうして今日! レースに出なかった! えぇ!?」

 

 痛みから解放されたライスは、何とか自分の言い分を口にする。

 

「だ、だって……ライスがレースに出たらみんなを不幸にしちゃうかもしれない……。トレーナーだって体験したでしょ? ターフに立ったら幸せの青いバラにはなれない、って分かっちゃうかもしれないから……!」

 

「まだ分かんねぇのか! マンモーニのライス!!」

 

 レースに出なかった訳を話したけど、トレーナーさんは更に激高し、腕を振り上げた。

 

「っ……!」

 

 叩かれる。そう思って目を閉じた。

 ……しかし、衝撃は頭や頬ではなく、肩に。恐る恐る目を開けると、トレーナーの手がライスの肩に乗っていた。

 

「いいかッ! 俺が怒っているのはな、おめーの心の弱さなんだ、ライス! そりゃあ確かに自分の不幸体質で周りの人間が不幸になっちまうんだ、尻込みしたくなるのは当然。昨日だって何度俺が不幸に巻き込まれたか分からなかったしなぁ。俺だってそう思う……」

 

 思ってもみなかったが、トレーナーはライスに同調してくれた。“俺だってそう思う”、と言ってくれて少し安心してしまった。トレーナーでもライスと同じ状況になれば同じ思いを抱くんだ、そう思ったから。

 

 ダメなライスは同調してくれたトレーナーに対して、“そ、そうでしょ……? だから……”と言い訳をしようとしてしまった。しかし、その甘い考えはトレーナーの次の言葉にかき消される。

 

「だがッ! トレセン学園の他のウマ娘ならッ! トレーナーに認めて貰えるかもしれないってチャンスを決して逃したりはしねぇッ! 例え兄弟が事故に合おうが、親が危篤だろうがなッ!」

 

 目を剥く勢いでライスを怒鳴りつけるトレーナーさん。一見、暴論にも聞こえるトレーナーさんの言葉。しかし、今のライスにとってはとても耳が痛い言葉だった。

 

 トレーナーさんは、一転して声色を落ち着ける。

 

「オメーはマンモーニなんだよライス。ビビったんだ……甘ったれてんだ。わかるか? え? 俺の言ってる事……。不幸体質のせいじゃあねぇ、心の奥の所でおめーにはビビりがあんだよ」

 

 一昨日も指摘された心の弱さ、覚悟の無さを責められたライスは、唇をかみしめてこれ以上涙が溢れない様にするほかなかった。

 

 トレーナーさんはしゃがみ込み、ライスと目線を合わせてくれた。ライスの肩に置かれていた手が顎に添えられる。

 

「成長しろ、ライス……。成長しなきゃあ、お前は栄光を掴めねぇ。幸せの青いバラにはなれねぇ……」

 

 そこまで話してくれたトレーナーは、ライスから離れる。

 叱責を受けたライスは、両の拳を握りしめていた。それは自分の不甲斐なさを認めたからではない。それも理由ではあるのだけれど、一番の理由は自分のした取り返しのつかない間違いだ。

 

 これだけライスの事を思ってくれていたトレーナーさんの期待を裏切ってしまった事。自らの選択でその関係を断ち切ってしまった事。その後悔と、こんな状態でも利己的な考えを巡らせてしまう自分がどうしようもなく嫌で、消えてしまいたかった。

 

 ライスが永遠にも感じられる間、自責していると、いつの間にかトレーナーさんがライスの目の前にタブレット機器を差し出している。

 

「担当契約書だ。電子だが、後はおめーが名前を書くだけで事は済む」

 

「……え? そ、それって、ライスをスカウトしたい、って事……?」

 

 分からなかった。ダメでダメで、とことんダメなライスをどうしてスカウトしてくれるのか。

 

「あぁ、そうだ。昨日からずっと言い続けているだろ」

 

「け、けど……」

 

 そこまで話して、ライスは口を閉じた。強く口を引き結び、トレーナーさんの手からタブレット機器を奪い取る。そして付属しているペンで画面上に自分の名前を書き殴った。

 

 “トレセン学園の他のウマ娘ならッ! トレーナーに認めて貰えるかもしれないってチャンスを決して逃したりはしねぇッ!”

 

 これ以上、トレーナーさんを裏切るような事はライスにはとてもできなかった。

 

「これで契約完了か。何があるかと警戒していたが……杞憂に終わったな」

 

 一仕事を終えて満足そうな顔を浮かべるトレーナーさん。しかし、それとは対照的にライスは“分からない”という表情で疑問をぶつける。

 

「ライス、レースにも出られなくて……本当にダメな子で……! それにさっきトレーナーさんはとっても怒ってて……! ライスがどうしようもなくダメな子だから……! ……なのに、なのにどうしてライスをスカウトするの……?」

 

 ライスが消え入りそうな声でそう言うと、トレーナーさんは膝を付き、ライスを見上げる体勢に。

 

「ライス……ライス、ライス、ライスよォ~~……」

 

 トレーナーさんはライスの名前を連呼しながら、ライスの頬を両手で挟み込み、上目遣いで見つめてくる。

 

「俺はオメーを信じてるんだ。俺がさっきお前を怒った事なら“自信を持て”……。本当にダメな子なら知らぬ顔で帰っちまうだけ……。お前の脚はその気になりゃあ何者にも負けねーポテンシャルを秘めてるじゃあねーか。だろ?」

 

 トレーナーさんがライスのおデコに、おデコを突き合わせてきた。こつん、と頭蓋骨が接触し、骨を伝わって彼の声が全身に響き渡る。

 

「自信を持っていいんだぜぇ、自分の力をよぉ。お前の心の弱さは並外れた優しさからきてるモンでもあるんだ……」

 

 優しい声を、耳ではなく体で聞いた。だからこそ分かる、トレーナーさんは今でもライスに期待してくれているんだ、って。

 嬉しくて、嬉しくて……それでも、またトレーナーさんの期待を裏切ってしまうかもしれないという思いに囚われて、気持ちがグチャグチャに渋滞する。

 

「ラ、ライスなんかでも……幸せの青いバラになれるのかな……?」

 

 結果、ライスが取った行動は最終確認だった。自分ではなくトレーナーさんに答えを委ねる行為。この時点で、覚悟が足りないというトレーナーさんの指摘を裏切ってしまったような気分になる。けれど、聞かずにはいられなかった。

 

「……なれるさ。そのための第一歩を踏み出したじゃあねぇか」

 

 トレーナーさんは相変わらずの優しい口調で肯定してくれた。

 

 

 

 この時から、ライスはトレーナーさんについて行くと決めたんだ。長い長いトィンクルシリーズの間ずっと。

 トレーナーさんは絵本のお兄様の様に穏やかで優しい人では無かった。けど、ライスをきちんと叱ってくれるの。その言葉は乱暴で厳しい様に聞こえる。けど、心の底ではライスをこれ以上なく思ってくれているの。

 

「あ、あのね……一つ、我儘言ってもいいかな……?」

 

「なんだ?」

 

 トレーナーさんはお兄様とは似ても似つかない。でも、代わりにこの言葉がぴったりだと思った。

 

「トレーナーさんの事……あ、“兄貴”って呼びたいの!」

 

「おめーがそうしたいってんなら、好きにしろ」

 

「いいの!? じゃ、じゃあ……!」

 

 慣れない言葉で、改めて口に出すのは恥ずかしかった。そのため、少し間延びしてしまったけれど。

 

「これから、よろしくお願いしますっ、――兄貴ぃ!」

 

 この響きも悪くないな。

 


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