トレーナーがシンボリルドルフと流行のスポットへデートしに行きます。
2021/03/28にpixivで投稿していたものです。
「トレーナー君、その……。私と今週末……デ、デートしてもらえないだろうか」
ルドルフにそう言われたのは数日前の事だった。駅前でスマホの時間を確認していると、鮮明にその時の表情がよみがえってくる。
空を見上げると太陽が高く昇っていた。寮の最寄りの駅で待ち合わせをしていたが、まだルドルフの姿はないようだった。
それもそうだろう。待ち合わせ場所に着いたのは三十分前。絶対に遅れないよう意識はしていたが、少々早めに来すぎてしまった。
もう一度スマホで時間を確認する。腰かけた花壇のふちに太ももが食い込み、少しひりひりとし始めていた。
「やぁ、待たせてしまったかな」
スマホが影になり、顔を上げる。
そこにいたのはひとりの女性だった。ウマ娘特有の長耳を出した、つばの広いリボン付きの帽子。顔にかけていたのは茶の遮光レンズ。薄い青のジャケットに、白のロングスカート。
こんな格好をする知り合いがいただろうか。うっすらと見える瞳をのぞく。
――間違いない。『皇帝』の瞳だ。
レンズ越しでもわかる。覇気をまとったかのような、信念を貫く瞳。まっすぐと見つめてくるその瞳は、シンボリルドルフに間違いなかった。
「……ああ、すまない。普段しない恰好だから、怪しませてしまったかもしれないね」
彼女が両手を少し広げ、着ていた服を見回していく。
大人びた服装で眼鏡をかけていた姿は何度か見た事があった。しかし確かに、今日の格好はその中のどれとも違っていた。
「そんなことない。それに似合ってるよ!」
「はは、そうか。……うん、ありがとう。素直に君の好意を受け取っておくよ」
腰から伸びた尻尾がぴょこんと跳ねた。どうやら好意的に感じてくれたようだ。ウマ娘にしかできない感情表現。わかりやすいと感じるのと同時に、かわいらしく思う。
少し表情の柔らかくなったルドルフが話を続ける。
「さて、今日の目的なのだが……。この前話した通りだ」
「生徒たちの流行を知るため、だっけ?」
「ああ、そうだ。なんでもウマ娘用のアミューズメントパークができたそうでね。生徒会でもよく話にあがっているんだ。生徒との交流をはかるため、調査もかねて誰かと行ってみようかと思ったんだが……」
そこで彼女が言葉を詰まらせた。帽子から伸びた長耳が少しだけ垂れ下がる。
「私が誘うと、風紀の取り締まりで視察しに行くのかと思われかねない。施設へ行きづらくなる空気を作ってしまうのは本末転倒。下手に動いて生徒の楽しみを奪うのはよくない事態だ」
「だから会長だと思われないように、いつもと違う変装みたいな格好を?」
「そういう事になる。……すまないね、トレーナー君。私的な用事に巻き込んでしまって」
申し訳なさそうにルドルフが笑う。どこかその表情はさみしそうに見えた。
生徒会長として、日々ウマ娘のために頭を悩ませているシンボリルドルフ。そんな彼女が自分へ相談しに来たのだ。彼女のトレーナーであるならば、当然その悩みを解決しなければならない。
それに、楽しく遊ぶ事ができれば息抜きにもなるだろう。流行の調査とはいえ、せっかくならルドルフに楽しんでもらいたい。
やるべき事は決まった。アミューズメントパークの遊び方をレクチャーし、ルドルフに気分転換してもらう。
いつの間にか自分の手に力が入り、握りこぶしを作っていた。
「いや、一緒に出かけることができて嬉しいよ!」
「ふふ、そうか……。では流行の調査のため、かの地へ向かうとしようか!」
顔を上げたルドルフのレンズに光が反射する。決戦に行くかのようなたたずまいで、彼女は駅のホームを指差した。
「ふむ、ここが……」
行きの電車をおりた後、駅の改札を出てすぐの大通り沿い。アミューズメントパークはわかりやすい場所にあった。
構えていたのは競技場のゲートを模したような入り口。きらびやかに輝くゲートをくぐると、雑多な音や笑い声が響いてくる。普段足を踏み入れない場所なのか、ルドルフは興味深そうに辺りを見回していた。
「トレーナー君、あれはなんだろうか?」
彼女が訝しげに視線を向けた。その先にあったのは、ガタイのいいウマ娘を模した像。筐体の台に肘を付いた格好で、こちらをにらみつけているかのようだった。
「あれは……腕相撲で遊べるゲームだね。ちょっとやってみようか」
台の前に置いてあった椅子に座り、コインを入れた。直後、像から生意気な口調でこちらを煽るような言葉が聞こえてくる。
『さぁ、キミにこのワタシが倒せるかなぁ~?』
ルドルフはこういった場所の遊び方がわかっていないはず。それなら自分が楽しみ方を教えてあげよう。まかせて、と声をかけ袖をめくりあげる。
トレーナーをするために、ある程度は体の鍛錬をやっている。少しはかっこいいところを見せてやろう。像から煽り文句が飛ばされる中、ぐっと手のひらを握りしめて対峙する。
「ふんっ……!?」
握った腕はピクリとも動かなかった。勢いを付けた体が引っかかるような感覚。
椅子から立ち上がり、もう一度力を込める。
しかし結果は一緒だった。壁を押しているかのようだった。やがて腕に痛みが走り、徐々に像の手に押されていき――
最後の抵抗もむなしく、自分の手は下へと付いてしまった。
「うぅむ、残念だったねトレーナー君。……どれ、私も挑戦してみようか」
立ち上がって肩を回していると、ルドルフが代わりに椅子へと座っていく。
「いや、ちょっと待って。押しても全く動かなかったし、多分これは壊れて――」
一瞬だった。
ずん、と鈍く重い音を立てながら、像の腕はへし折られたかのように下へ付いた。彼女の腕に押しだされた空気が、ぶわっと顔に吹きかかってくる。
『初段クリア! でも、まだまだ序の口だぞぅ!』
生意気な口調が像から発されると、腕の位置がゆっくりと戻っていく。
ああ、そうだ。そうだった。ここはウマ娘用のアミューズメントパークだった。雰囲気や作りも別段おかしなところはない。しかし間違いなく、ここはウマ娘用にできているのだ。
風を切るようなスピードで彼女たちが走っていくターフ。自分の身長よりもはるかに大きい重り引き用のタイヤ。彼女たちのトレーニングをこの目で見てきたではないか。自分と似た姿ではあるが、ウマ娘の身体能力は特別だ。
ふぅと軽く息を吐き、ルドルフに声をかける。振り向いた彼女の表情は、メガネが光りどこか得意げに見えた。
スコアボードに載る、二位と倍以上の差をつけた『KOU』の文字。三文字足りないぞとルドルフが頭を悩ませていたのもあり、誇らしげな表情の中で眉尻だけが下がっていた。
そんな彼女の顔を見ながら、もう一度気合を入れ直していく。
出鼻をくじかれてしまったが、ここには多くのゲームが並んでいる。遊び方を教えるものは、まだまだたくさんある。
彼女の息抜きのため、生徒との交流を円滑にさせるため。よし、と吐息交じりに意気込んだ。しかし――
『第十六問。芸術家や専門家に対して使われる敬称で、イタリア――』
「マエストロ!」
『正解~!』
ボタンを押した後、律儀にルドルフは答えを口に出す。
そういえば彼女がクイズ大会で優勝し喜んでいた記憶があった。一度見た顔は忘れないと言っていた通り、知識量も凄まじいのだろう。
「トレーナー君、後ろのゾンビは私が蹴散らしたぞ!」
「あ、ありがとう……」
後ろまでぐるっと画面が囲むガンシューティングゲーム。背中に目でも付いているのだろうか。正面しか対応できない自分に対し、ルドルフは軽快なステップで次々と撃ちたおしていく。
「今だ! 一意奮闘、目の前の障壁を突き崩せ!」
多人数でチームを組む集団戦のゲーム。彼女の見事な指揮に、自分のチームは敗走を余儀なくされ終始圧倒される事になった。
「先ほどの試合は白熱したな……! トレーナー君、次はどの遊戯を教えてくれるのだろうか?」
「え、えぇと……」
ここまでまともにできた試しがない。むしろ自分が教わっているような気さえした。
腰に手を当てながら、辺りを見回していたルドルフ。やがてこちらにまっすぐな視線を向けてくると、彼女は首をかしげる。
ちゃんと遊び方をレクチャーできているだろうか。彼女の息抜きに繋がっているだろうか。ゲームの雑多な音に包まれる中、何かないかと周囲を見回す。
一瞬、視界にまぶしいフラッシュが飛び込んでくる。視線の先にあったのは、ランニングマシーンのついた競技ゲームだった。
「よ、よし……こんどこそ」
これまで遊んだものは散々たる結果だった。しかしこれなら走るだけ。スコアがひどくなろうとも、遊ぶ事はできる。
顔をパンパンと叩きランニングマシーンに乗る。コインを入れると、画面に競技場のゲートが広がっていった。ゲートイン完了とともに響くファンファーレ。
「いい? これはこうやって、走りながら画面を――」
記憶はここで途絶えた。
周囲から響く騒がしい音に目を覚ます。
目を開けてすぐそばに見えたのは、ルドルフの顔だった。
「おや、起きたようだなトレーナー君。腫れは……うん、ないみたいで安心したよ」
自分の前髪がめくられると、ルドルフが額に手を当ててきた。
どうやらベンチに寝かされていたようだ。彼女が心配そうにこちらの顔をのぞき込む。
「いったいなにが……?」
「あのランニングマシーン、自動で動くものだったらしくてね。乗った君は一瞬で足を滑らせ、顔から床に……」
「確かに、そういえばそうだった気が……。なんというか、面目ない……」
「いや、君が無事なようでなによりだ」
横になっていた体を起こしていく。少し額がひりひりとするが、痛みはほとんどないようだった。
「うまく遊べなくて、ごめん」
教えようとしたはずが、逆に足を引っ張ってしまった。自分の情けなさに肩がすぼんでいく。
視線を下げながらルドルフの方を見る。しかし、彼女はきょとんとしていた。
「うん? 気にすることはないと思うが。むしろ、君のおかげで有意義な時間を過ごせたよ」
「だけど、ちゃんと遊び方を説明できなくて……」
「……普段触れることのないような遊戯を体験できて、気分は高揚しているよ。トレーナー君の付きそいがなければ、私はこの場にはいなかっただろう。感謝している」
そう言ってルドルフは柔らかく微笑みかけてくる。
思い返せば、施設に着いてから彼女はずっと目を輝かせていた。目に付いたものを指差し、あれは何だと事あるごとに尋ねていた。
腕相撲で勝った時の得意げな顔。クイズに正解した時の誇らしげな表情。ゾンビを倒した時の勇ましいかけ声。チームを勝利に導いた時の凛々しい口調。
そのすべてに笑顔があった。彼女は楽しそうに笑っていた。
これではどちらがトレーナーかわからない。自分が変な意地を張っていたのだろう。ルドルフの笑みに対し、こちらもようやく笑顔を返す事ができた。
ありがとうと伝えようとした時だった。彼女のひざ元に紙束が乗っている事に気付く。その片手にペンを持ち、今まさに何かを書き込もうとしているようだった。
「それは?」
「昨日の夜からまとめていた生徒会のレポートなのだが……。想定していた以上に難航していてね、まだ終えていないんだ」
「自分もなにか手伝おうか?」
「いや、君の手を煩わせるような内容ではないから大丈夫さ」
「だけど――」
その瞬間、施設にトランペットの音色が鳴り響いた。
何かのアラームだろうか。聞こえてきた方向に視線を向ける。
そこにあったのは壁に彩られた大時計。時計の中から飛び出した音楽隊が、軽快な動きに合わせて演奏をしていた。気が付けば結構な時間を過ごしていた。
「おや、もうこんな時間か。……私が門限に遅れては示しがつかないし、そろそろ帰るとしようか」
かばんにレポートを戻したルドルフが立ち上がる。
レポートが気になるが、今は仕方がない。少しだけ歩みを速くしながら、ふたりで駅の改札口へと足を進めていった。
電車の座席から対面の窓を見る。高速で流れていく電柱の奥で、斜陽に反射しきらきらと輝く川。静かに波立たせている川は、線路に並行して流れていた。
彼女たちが走る時、見えている景色はこれに近いのだろうか。小刻みに体が揺れる中、隣に座るルドルフの顔をのぞく。
「……そのレポートってどんな内容?」
帰りの電車の中でもルドルフはレポートとにらめっこをしていた。ペン芯をカチッとしまうと、彼女はこちらに顔を向ける。
「報告書のまとめや生徒からの要望、それに各委員会の活動記録……などだな」
ぱらぱらとルドルフはページをめくっていく。そのうち彼女が何かに気付いたような表情をすると、少し口角を上げ微笑みかけてきた。
「ああ、それと……。アミューズメントパークの調査資料もそうだ。『トレーナーと一緒に来店した際は、安全に気を付ける』、とね」
「いや、それは必要ない気が……」
その眼差しが柔らかいものへと変わっていく。やがてふたりで息を吹き出した後、座席の背もたれに体をあずける。
ルドルフにとっていい息抜きにはなったのだろう。今日は彼女が普段しないような表情を見る事ができた。
しかし、まだ気がかりな事はある。
他の生徒に声をかけなかったという事と、レポートをひとりで抱え込んでいるのではないかという事。
彼女は『皇帝』だ。ウマ娘の頂点に立ち、導いていく存在。その肩には、自分が想像もできないような重みがのしかかっているのだろう。
今日は息抜きできたが、やはりどこか無理をしているのではないだろうか。再びルドルフの方を向く。
既に彼女の視線はレポートへと向けられていた。真剣な眼差しに、声をかけるのをためらってしまう。
線路を走る音のみが聞こえる電車内。今は邪魔をしない方がいいのだろう。もう一度外の景色をぼんやりと眺め始めた。
詰まらせた息が漏れだすように、何度か電車のドアが開閉を繰り返した。
まだ寮近くの駅には着いていなかった。行きはルドルフと話していたからだろうか。その時は気にしていなかったが、結構な時間電車に揺られていたようだ。
聞こえてきた到着予定駅のアナウンス。電車の側面にある提示を見上げ、おりるまであと何駅か数える。
不意に肩へとかかるあたたかい感触。
帰る時刻がいつになるか考えていた時だった。振り向こうとすると、ふわりと頬がくすぐられる。
もたれかかっていたのはルドルフだった。静かに呼吸をしながら、耳先を自分の顔に向けてすやすやと眠っている。
彼女の寝顔を見るのは初めてだった。一緒に歩いていた時はわからなかったが、日頃の疲れがたまっていたのだろうか。
その寝顔はやすらかだった。いつも重荷を背負っている分、今はゆっくりと休んでほしい。
ルドルフの眠りを妨げないよう、ほんの少しだけ背筋を正した。
「す、すまない……まさか居眠りしていたとは」
改札を出た頃には空に夕焼けが広がっていた。夕日を受けていたからなのか、ルドルフの表情はいつもより赤みを帯びているように見えた。
待ち合わせていた時よりも人が少なくなった駅前。長い影を連れながら、寮に向けて歩いていく。
「おや、あれは……」
静かになり始めた街並みの中、入りまじった雑音が響いてくる。ルドルフの視線の先にあったのはゲームセンターだった。
店頭に並んだガラス張りの大きな台。彼女はライトアップされたクレーンゲームを見ていた。
「ちょっと寄っていく?」
「む? ……ああ、そうしてもらえるとありがたい。少々気になってしまってな」
アミューズメントパークの帰りで、何か思う事があったのだろうか。しかしその疑問はすぐに解決する。
「これが私のぬいぐるみか。……ふむ、よくできている」
クレーンゲームの周りを歩きながら中の様子を見るルドルフ。
ケースの中には彼女を模したぬいぐるみが座っていた。他にはレースで活躍したり、お茶の間で人気のあるウマ娘たちが仲よさげに並んでいる。
ルドルフはウマ娘ぬいぐるみ化企画の中のひとりだった。そのぬいぐるみが並んでいるのだから、やはり気になるのだろう。
「よし、取ってみよう」
「まだ門限までに時間はあるが……こういったものは難しいのだろう?」
「大丈夫、まかせて!」
気が付けば台の前に立っていた。投入口にコインを入れて、光るボタンに手を添える。
ボタン横の画面に表示された数字は『3』。ひとつくらいは入手できるだろう。ライトの点滅するアームがぬいぐるみの真上へと動いていく。
しかしそのもくろみは甘かった。残り回数はあっという間に『1』へ変わってしまった。じんわりと手のひらが湿り始める。
「うーむ、大丈夫だろうか……」
ガラスに眉尻をさげたルドルフの表情が写りこむ。
彼女の顔をガラス越しに見ていると、自分の口がきゅっと閉じていく。つばを飲みこみ、ボタンを強く押し込んだ。
三度目の挑戦。左右の位置はうまくいった。今度は目いっぱい首を伸ばし、横からケースを見る。
狙うはぬいぐるみの首元。指先でボタンを押しアームを動かす。
(……ここだっ!)
止めたアームが揺れる。揺れが収まったのはちょうどぬいぐるみの真上。さがっていくアームは無事に首元を掴んだ。後は運んでいくだけ。
そう思った瞬間、持ちあがったアームがぬいぐるみからすべる。アームはぬいぐるみの頬を心もとなく掴んでいる。しかし落ちる気配はない。
そのままぬいぐるみは取り出し口まで運ばれていき――
「……よしっ!」
「おお、やったな!」
ガコンと内側から音がすると、ぬいぐるみが取り出し口に落ちていく。
ルドルフを模した、デフォルメ調で笑うぬいぐるみ。取り出し口のふたを開け、両手で包みながら彼女に渡す。
「ありがとう。……回数を要すると思っていたが、案外取れるものなのだな」
ルドルフがぬいぐるみと顔を合わせる。ぬいぐるみを撫でながら見つめる瞳はあたたかなものだった。
「……しかし驚いたよ。君の表情は真剣そのものだった」
確かにここまで夢中になるとは思っていなかった。今日がだめだったとしても、後日改めて渡す事もできただろう。
ルドルフの微笑みに少し照れくさくなる。しかし今、彼女に伝えたい事は決まっている。
向けられた視線に対してまっすぐと見つめ返した。
「この場で言うようなことではないけど……もっと自分を頼ってほしい」
「……」
「今日の付きそいに選んでくれたように、もっと力になりたい」
何かを言おうとしていたルドルフが言葉を詰まらせた。それでも彼女に伝え続ける。
「えっと……。電車で肩に寄りかかってた時みたいに、もっと気楽に接してほしいというか」
「そ、それは私の体調管理が原因であって……」
珍しくルドルフが慌てたような口調になる。その後一呼吸置いたかと思うと、彼女はふふっと笑いだした。
「そうだな……。確かに、もう少し君に頼るべきなのかもしれないな。改めて、これからもよろしく頼む。……トレーナー君」
その表情は、今日見たものの中で一番柔らかな笑顔。彼女の綺麗な瞳はいっそう輝いて見えた。
◇
「会長、このレポートはどうしますか?」
「……ああ、それなら私の机に頼む」
生徒会室で作業をしていると、私の前に生徒会メンバーのひとりがやってきた。
新しく生徒会に入ってきた一員だったが、硬かった表情も少しずつ柔らかくなってきているようだ。足を組みかえ、前の机に置かれたレポートに目を通していく。
「あ……す、すみませんっ! 会長が忙しそうな時に来てしまって」
「大丈夫、今終わったところだ。そんなに遠慮することはないよ」
とはいえ、まだ距離があることには違いない。他の生徒ともそうだ。円滑な交流のため、まだ接し方を模索する必要があるだろう。
「あ、ありがとうございますっ! あれ、会長……そのぬいぐるみはどうしたんですか?」
「ああ、これかい?」
その視線の先にあったのは、先日トレーナー君から受け取ったぬいぐるみ。相変わらず微笑んでいる表情を見て、思わず頭に手が伸びる。
「これはね……。私が居眠りをしないか見守ってくれる、大切なパートナーさ」
「そ、そうですか……。でも、会長が居眠りするところなんて見たことない気がします」
「私だって居眠りをすることくらいあるさ。それに……む? 君のおかげで、ひとつ思いついたぞ」
パズルピースが埋まるような感覚。ピンときた言葉に、揺れた耳の振動が肩にまで伝わる。
「私の知人が今夜部屋へ泊まりに来るのだが、あいにくベッドがひとつしかなくてね。友人にベッドを貸すとなると、私はどこで眠ればいいのだろう。私の今夜の寝床は『ねぇどこ』だ? ……ふふっ、会心作だろう?」
「は、はは……素晴らしいです……。で、ではわたしはこれで失礼します……」
そう言うと彼女はそそくさと出ていってしまった。もう少し感想が聞きたかったが、仕方ない。忘れないうちに手帳へダジャレを書き込み余韻にひたる。
「……さて、と」
とっさに資料で隠したが、おそらく見られてはないだろう。ふぅと息を吐いた後、重ねていた資料の下から数枚紙を抜きだす。
今日もチラシにふせんを貼ってしまった。
――ふふ、今度はどこに連れていってもらおうか。