よろしくお願いします。
『雪』
それは夢のように溶けて消えていく。
儚く美しい。
けれど、とても寂しい。
手で触れたその六つの花弁は、まるで幻のように消えてしまった。
けれど、幾たびも。
冬が来るたび降り
形作られる氷の結晶は、『
──『六花の思想』
「──どうして?」
物の散乱する薄暗い一室で、ただその一言だけの自問が響いた。
いや、それは自問であるかどうかも怪しい。
長い期間染め切れておらず、地髪が頭頂部付近から見え始めている少女が、焦点の合わぬ眼差しで問い掛けている。
視線の先には、天井しかないというのに。
『どうして』
壊れたスピーカーのように、ただそれだけをひたすらに呟いている少女は、もうどこか『おかしく』成っている。
不意にピタリと静止した。
何かを思い出すように、意味のない単語を食むように、モゴモゴと口を動かす。
しばらくの時間が経った。
突然フラリと立ち上がった少女は、部屋の照明を点ける。
ライトアップされた部屋には美しい少女がいた。
染められた金髪は途中まで。
頭頂部は黒い地毛が見えている。
若いからか傷んでおらず、艶やかなままだった。
小さな卵型の顔立ちは非常に整っている。
無表情も相まって、まるで作られた人形のように見える、非常に美しい少女だった。
素足のまま部屋を進み、洗面台に辿り着いた。
鏡の向こうに見えるもう一人の自分を見つめながら、少女は蛇口を捻る。
水が流れる音が響いた。
ザーザーと続くその音響は止まる事を知らず、少女の心中を洗い流すまで続くだろう。
しばらくの時間が経過した。
ずっと鏡を見つめて居た少女が動いた。
手を伸ばし、流れる水に触れる。
冷たい。
その温度を感じながら、両手で掬って顔に浴びせる。引き締まるような冷たさが、顔の表面を通り過ぎ、額から頭皮にかけてピリピリとした痺れが走らせた。
何度かその動作を繰り返し、キュという音で蛇口は閉まる。
後に残るのは静寂と、微かな水滴音だけ。
再び少女は鏡と向かい合った。
目の前の少女は、記憶にある人物のもので、間違いがない。
改めて認識して、深い、深いため息を零す。
「……どうして?」
少女は顔を覆った。
また同じ言葉が続くと思われた口は、しかし別の固有名詞を発した。
「……
続けられたのは『自分』の名前だった。
しかしそれは、少女の名前であって、少女の名前ではなかった。
壊れた少女は、寄せ集めるように心を拾い集める。
この身体の持ち主の記憶。
何の因果か蘇った前世の記憶。
つまり、
この身体で生きてきた弥海砂の記憶と。
前世で東堂あかねと名乗っていた記憶が混じり合った。
割れていた心のガラスは、色々な記憶を寄せ集めて形作られた。
その結果出来上がったのは、そのどちらでもない新たな人格だった。
いや、人格と呼べるのかも定かではない。
ただ、生きるために必要な最低限の何かを拾い集めただけの、心の壊れた少女なのかもしれない。
何にせよ、ここから始まる。
心を拾い集めた少女は動き始める。
拾い集めた結果、重要となった結末を求めて。
──デスノートを探し求めて、動き始めた。
どのような心の動きがあったのか、わからない。
ただ確かなのは、弥海砂が重要と思っていたものが、その心の大半を占めたのだろう、という事だけだった。
その狂気にも似た妄執に取り憑かれながら、弥海砂は可愛らしく微笑んだ。
その微笑みは氷の花弁のように、壊れるほどに美しかった。