六花の思想   作:風梨

1 / 22
風梨と申します。
よろしくお願いします。



プロローグ

 

 

 

『雪』

 

 それは夢のように溶けて消えていく。

 儚く美しい。

 けれど、とても寂しい。

 

 手で触れたその六つの花弁は、まるで幻のように消えてしまった。

 けれど、幾たびも。

 冬が来るたび降り(しき)る。

 

 形作られる氷の結晶は、『六花(りっか)』と呼ばれている。

 

 ──『六花の思想』

 

 

 

 

 

「──どうして?」

 

 物の散乱する薄暗い一室で、ただその一言だけの自問が響いた。

 いや、それは自問であるかどうかも怪しい。

 長い期間染め切れておらず、地髪が頭頂部付近から見え始めている少女が、焦点の合わぬ眼差しで問い掛けている。

 視線の先には、天井しかないというのに。

 

『どうして』

 壊れたスピーカーのように、ただそれだけをひたすらに呟いている少女は、もうどこか『おかしく』成っている。

 

 不意にピタリと静止した。

 何かを思い出すように、意味のない単語を食むように、モゴモゴと口を動かす。

 

 しばらくの時間が経った。

 突然フラリと立ち上がった少女は、部屋の照明を点ける。

 

 ライトアップされた部屋には美しい少女がいた。

 染められた金髪は途中まで。

 頭頂部は黒い地毛が見えている。

 若いからか傷んでおらず、艶やかなままだった。

 

 小さな卵型の顔立ちは非常に整っている。

 無表情も相まって、まるで作られた人形のように見える、非常に美しい少女だった。

 

 素足のまま部屋を進み、洗面台に辿り着いた。

 

 鏡の向こうに見えるもう一人の自分を見つめながら、少女は蛇口を捻る。

 水が流れる音が響いた。

 ザーザーと続くその音響は止まる事を知らず、少女の心中を洗い流すまで続くだろう。

 

 しばらくの時間が経過した。

 

 ずっと鏡を見つめて居た少女が動いた。

 手を伸ばし、流れる水に触れる。

 冷たい。

 その温度を感じながら、両手で掬って顔に浴びせる。引き締まるような冷たさが、顔の表面を通り過ぎ、額から頭皮にかけてピリピリとした痺れが走らせた。

 何度かその動作を繰り返し、キュという音で蛇口は閉まる。

 

 後に残るのは静寂と、微かな水滴音だけ。

 

 再び少女は鏡と向かい合った。

 目の前の少女は、記憶にある人物のもので、間違いがない。

 改めて認識して、深い、深いため息を零す。

 

「……どうして?」

 

 少女は顔を覆った。

 また同じ言葉が続くと思われた口は、しかし別の固有名詞を発した。

 

「……弥海砂(あまね みさ)

 

 続けられたのは『自分』の名前だった。

 しかしそれは、少女の名前であって、少女の名前ではなかった。

 

 壊れた少女は、寄せ集めるように心を拾い集める。

 

 この身体の持ち主の記憶。

 何の因果か蘇った前世の記憶。

 

 つまり、

 この身体で生きてきた弥海砂の記憶と。

 前世で東堂あかねと名乗っていた記憶が混じり合った。

 

 割れていた心のガラスは、色々な記憶を寄せ集めて形作られた。

 

 その結果出来上がったのは、そのどちらでもない新たな人格だった。

 いや、人格と呼べるのかも定かではない。

 ただ、生きるために必要な最低限の何かを拾い集めただけの、心の壊れた少女なのかもしれない。

 

 何にせよ、ここから始まる。

 心を拾い集めた少女は動き始める。

 拾い集めた結果、重要となった結末を求めて。

 

 ──デスノートを探し求めて、動き始めた。

 

 どのような心の動きがあったのか、わからない。

 ただ確かなのは、弥海砂が重要と思っていたものが、その心の大半を占めたのだろう、という事だけだった。

 その狂気にも似た妄執に取り憑かれながら、弥海砂は可愛らしく微笑んだ。

 

 その微笑みは氷の花弁のように、壊れるほどに美しかった。

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。