「──は、犯罪者の報道を、名前のみにする!?」
凶悪犯連続殺人特別捜査本部。
その一室で、またもや夜神総一郎の声が響き渡っていた。
対面するパソコンから、合成機械音声『L』が返事を返す。
『そうです。どうやら、挑発が足りないようですから。『キラ』の反応を引き出します』
総一郎はその言葉を聞いて、信じられないような心持ちだった。
それは警察関係者を生贄に捧げるのと同等の発言であったからだ。
『L』や月など、思考力がある者なら死刑囚を使った生放送の結果を鑑みて『キラ』は警察関係者を殺すつもりがない、と予測することは難しくない。
だが、捜査本部は未だに固定観念に縛られていた。
犯罪者が、警察官に敵意を持たないはずがない、と。
「バカな! そんなことをすれば、警察関係者のトップが殺されかねんぞ!!」
『……皆さんであれば覚悟を持って臨まれているはずです。ですから、これは行わねばなりません』
総一郎の言葉に対しても、『L』が意見を変えることはなかった。
淡々と事実だけを述べている。
それに対して、心の奥底から滲み出る、理不尽な怒りがこみ上げてきた。
その思いのまま、総一郎は言葉を続ける。
「……『L』あなたは安全な場所にいるからそんなことが言えるのだろうが、我々は命を賭けて顔を晒して調査しているんだ、とてもではないが承認されると思えない。あなたが言った事だ! 『キラ』が殺人に必要なのは『顔』だけであると。名前だけで報道された犯罪者は死亡していない。そうだ、その通りだった! だが、あなたは晒していないが、我々警察関係者は皆顔を晒している。命を懸けている! この違いはあまりにも大きい」
精一杯の総一郎の言葉に対しても、『L』は頷くだけだった。
『そうですね。もしご心配であれば、今からでも顔写真などを削除することを勧めます。私のように。ただ、私が思うに、『キラ』は警察関係者を殺しませんよ』
その言葉が、怒りに対して水を掛けた。
僅かに鎮火しながら総一郎は続ける。
「な、なんだと? であれば何故そんな報道をするんだ?」
『やってみねば、どうなるかわかりませんから。今のままではただの憶測に過ぎない。……もしこれでも『キラ』が何の反応も見せないのなら。……それを確かめるための報道変更です。ご理解いただきたい』
『L』が誤魔化しているようにも、嘘を言っているようにも見えない。
だから総一郎は念のために、念押しだけをすることにする。
もしも警察関係者が死なないなら、報道変更にも意味がある。
何せこれで『キラ』は殺人を行えなくなるのだから。
「……わかった。本当に、『L』あなたは警察関係者が死なないと思っているんだな?」
『ええ、本当です。私を信じてください』
「……いいだろう。私が上に掛け合う」
総一郎の言葉に、部下である松田が悲鳴を上げた。
「きょ、局長!?」
『ありがとうございます。私からも報告をあげますから、夜神さんだけに負担を背負わせることはありませんよ』
「……そうか。そうだな、そうしてくれると助かる」
少し疲れたように息を吐き出す夜神を見ながら、『L』は静かにその様子を観察していた。
まるで信頼するに足るのか、見定めるように。
「──へぇ、『L』も考えたな。犯罪者の顔を隠すなんてよ。はは、どうする海砂。これでデスノートを使った裁きとやらは下せなくなったぞ」
テレビ画面に映る、報道形式を変更するというニュースは海砂の下にも届いていた。
それを見るリュークの面白げな言葉に対して、何の感慨もなく海砂は答える。
『L』ならこうしてくるだろう、という予想から全く外れることのない対応だったから、焦りなどは全く生まれていなかった。
「うん。予定通りだよ」
「……あ、そう」
焦った海砂を見たかったのか、ちょっと残念そうな様子を見せるリュークに、海砂はしょうがないな、とでも言わんばかりの微笑みを向ける。
「『L』なら、こないだの3回あったテストで私が殺さなかった理由を、犯罪者である確証が得られなかったから殺さなかった、と推理する他ないの。何故なら初回の『LIND.L.TAILOR』を殺して、それ以外の者を殺さない理由が、『それ以外』にありえないから。きっと『L』は警察関係者に、報道を止めても殺される心配がないから、報道停止するように指示したと思う。じゃなきゃ顔を晒してる警察関係者のトップが承認するはずがないからね」
「ほぉ、そうなのか」
納得したふうに頷くリュークに、海砂は悪戯心が持ち上がってきて口角を上げた。
「うん。けれど、ここまでは全部ブラフ。『L』に対する信頼関係を壊すには、『L』が致命的な失敗を行う必要がある。なら後はここで私が警察関係者トップを殺しまくれば、どうなると思う?」
「ははっ、『L』の信頼はズタボロだな」
「ピンポーン。もう『L』は手足の一つ残らずを奪われることになる。誰も彼の言うことに従わなくなる。だって、彼の指示のせいで警察関係者が死んだんだから。……って筋書きもなしじゃないけどね」
当然、そうすると思っていたリュークがポカンとしたアホヅラをかました。
「……え? やらないのか? やろぜ、海砂。そっちの方が面白そうだ」
「言ったでしょ。『L』なんてどうでも良いの、所詮は個人でしかない。そんな相手との勝ち負けになんて、私は拘らない。もっと大局を見る必要がある。……具体的には、世論を味方につける」
心底不思議そうにリュークが小首を傾げる。
海砂がやれば可愛らしいが、リュークがやっても不気味なだけだった。
「世論? そんなもの味方にしてどうするんだ?」
「ふふ、まぁ見てて。きっとすぐに警察は音をあげるから」
海砂は微笑みを浮かべたまま、今日もまたメイクをしながら言った。
「──今の時代は『民主主義』が主流。きっとすぐに、民衆の声を抑えきれなくなる」
まるで預言者の如く、当然のようにそう呟いた。
「──『キラ』は何の動きも見せない、か。僕の予想が当たったな。やはりコイツ、自分を追う人間も、邪魔する人間も、殺すつもりがない。……いや、さすがに自分の正体がバレたなら殺すか……?」
夜神月は思考を回す。
既にニュースで名前しか報道されなくなり、1週間以上が経過した。
そして、犯罪率は激増した。
具体的には『キラ』が現れる前と比べて2倍近くもの犯罪が世界中で起きていた。
「当然こうなる。『L』もここまでは予想済みだろう。そしてこの後、世論が蠢き出す事も、当然わかっているはずだ。そうなってしまえば『L』個人の力で報道変更を維持出来なくなる。つまりこれは、『キラ』の抑止を目的としていない。──『L』が『キラ』の思想を理解するため。そして『キラ』の思考レベルを試すテストでしかない。それに付き合う『キラ』も律儀なんだか、バカなんだか。……いや、思想犯である以上、思想はブレちゃいけない。バカというのは軽率か」
月は冷静に思考を回し続ける。
以前とんでもない事実には気がついた。
だが、かといってあの女を見つけなければ、動くことができないために、まだ何もアクションは起こせていなかった。
街中を比較的歩くよう意識してみたが、当然その程度で見つかるはずもない。
ここは東京である。
人口密集地帯だ。
たった一人の人間をこの中から見つけるなど困難極まる。
それ故に今までとその生活スタイルは変わっていなかった。
思考を回し続ける。
「だが、これで『キラ』の行動指針が明確になった。……もしやこれを『キラ』も狙っていた? 挑発に応じなければ『L』が『この手段』つまり、『顔写真非公開』という動きに出ることも織り込んでた? そして、全世界に『キラ』が犯罪者以外を殺す意思を持たないことを周知する。そして民意を、味方に、つける……? ──合理的な思考だ、まるで無駄がない。……何だこの、掌の上で踊らされている感覚。非常にスマートだ。芸術的ですらある。──だが、何故だ? 何故お前はそこまで『L』を知っている」
夜神月は、深く深く思考の底に沈んでいった。
「──『キラ』。何故かは知らないが、お前は私のことを深く理解しているらしい。業腹ではあるが、今のところお前が抱いている私に対するプロファイルは正確であると言えるだろう。……正直この流れは歓迎したくなかった。だが、こうするより他に方法がなかった。……お互いにここまでは定石をなぞっていると考えよう。お前はその思想を世間に流布し、私はお前に関する最低限の情報を得た。イーブンと言うには、些かお前の思惑通りすぎる展開だが、仕方がない。……『キラ』お前は何を考えている。私を殺すつもりすらないのか? ……おかしなことだが。それは、少し、拗ねたくなる」
『L』も、当然のように海砂──『キラ』の思惑に勘付いていた。
勘付いた上で策を実施していた。
そして自分が相手にされていないようにも感じていた。
それは『L』としても初めての経験だ。
警戒も、意識もされず、犯罪者に無視される経験というのはさすがに今までになかった。
「……私にこんな感情があったとは、少し意外だが。まぁいいだろう、私がやることは変わらない。──『キラ』お前は私が捕まえる。お前が私を警戒しないのならば、それでいい。必ず処刑台に送ってやろう」
変わらずに意思を固めて、『L』はパソコンに向き合う。
場合によっては信条すら曲げて、その姿を人前に晒すことすらも考慮に入れて。
「──夜神さん、少しお話があります」
自分の姿すら罠とするために、動き出し始めた。