六花の思想   作:風梨

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約2000字



恋心

 

 

 

「──買ってしまった……」

 

 ベッドの上に、買ってきたばかりの雑誌が置いてある。

『エイティーン』という女性物のファッション雑誌で、とてもではないが、男子高校生が平然と買える類の雑誌ではない。

 むしろ妹の粧裕が持っていそうな雑誌を、少しばかり怯みながらも手にとった。

 

「こんな雑誌。買っていると知られたら粧裕(さゆ)に弄られるな……」

 

 エロ本を隠している場所が、こんな時に役立つなんて思ってもみなかった。

 何事も準備しておくものだ、とほっと一息吐いた。

 

 意を決して中身を開いた。

 表紙の女性の情報が載っているページを開き、『MISA』という名前で活動している事を知り、ヨシダプロダクション所属であることも確認した。

 そうなれば後はこの雑誌は用済み、なのだが。

 

「……まぁせっかく買ったんだ。捨てるのも勿体ないし……」

 

 この人物が『キラ』かもしれない。

 そう思うと、そんな人物が載っている雑誌が途端に重要な物に思えてきて捨てるに捨てられなかった。

 

 というか、夜神月は『恋』し始めていた。

 

「うん。まぁ重要な参考資料だ。残しておこう」

 

 いそいそと本棚に作ってある隠し場所に仕舞い込んだ。

 その後パソコンを起動して『MISA』のプロフィールを調べてみる。

 

「……本名は『弥海砂』出身地は『京都』スリーサイズって言われても想像出来ないな。……両親が強盗に殺されたのか」

 

 最近の芸能界というのは、こんなことまで公開しているのか。

 そう思いながら詳しく調べていく。

 事件が起きたのは1年前。

 その後大阪から東京に移動して来ている。

 東京に来たのは半年ほど前。

 

 確認できた情報はここまでだった。

 

「……さすがに『キラ』である、とまでは書いてないね」

 

 冗談めかして笑いながら、月はインターネットの中でひたすらに弥海砂の情報を調べて行った。

 住んでいる場所や、良く行く場所。

 そんな情報があれば嬉しいと思いながら嬉々として調べていたが、ふと冷静になった。

 

「……待てよ。傍から見ると僕はストーカーか? ……ひ、否定できない」

 

 思わず顔を覆った。

 恥ずかしさで顔から火が出そうだった。

 

「だ、だが、これも『キラ』事件を追うためだ。恥ずかしがってる場合じゃないぞ夜神月。僕は将来警察庁に行くつもりなんだ。これくらい調べられなくてどうする。……いや、待て。どう言い繕っても自分が変態にしか思えなくなって来た……」

 

 なまじ自分が『弥海砂』に好意を抱いている、と分析できてしまうがために、恥ずかしさが止まる事を知らない。

 

「待て、この好意はLikeだ。Loveじゃない。そう、僕は『キラ』という思想犯に対して少し憧れにも似た感情を抱いているだけだ。落ち着くんだ」

 

 必死に深呼吸をしながら、胸を押さえながら呼吸を繰り返す。

『キラ』に会えるかもしれない。

 そんな事実を前に、心臓は『バクバク』と音を立てて収まらない。

 

 恐らく世界中でたった一人。

 夜神月だけが、『キラ』の本当の名前、存在を知っている。

 

 そんな甘美な想像も相まって興奮が止まらなかった。

 

「ヤバイな……。僕は思ってたよりもずっとロマンチストだったらしい」

 

 冷静に自己分析は出来ている。

 だが、冷静に行動できるようになるには、まだ少しの時間を必要としそうだった。

 

「お兄ちゃーん」

 

 扉をノックする音に、ビクゥと反応しながら椅子に座ったまま振り返ったものだから、月はバランスを崩して床に倒れた。

 ガシャンと椅子が倒れ込む音が響き、慌てて立ち上がるが、それよりも妹の粧裕(さゆ)が心配して部屋に入ってくる方が早かった。

 

「お、お兄ちゃん? 大丈夫? すっごい音したけど。あ、椅子から落ちたんだー。何々。そんなに隠したいことがあるのー?」

 

「お、おい。勝手に入ってくるなよ」

 

 ズカズカと歩く興味津々な14歳。

 中学生の妹は兄のパソコンに映し出されている、アイドルっぽい女の子の姿に思わず口を覆って驚きを示した。

 

「ええ! お兄ちゃん、こういう子がタイプだったんだね。どうりで彼女を連れてこないと思ったー、こんな可愛い子滅多にいないよ」

 

「……ま、待て。落ち着いてくれ、粧裕」

 

「んふふ、お父さんには内緒にしておくね? ……粧裕、お小遣い欲しいなー」

 

「こら、調子に乗らない」

 

「あいた。えへへ、大丈夫。私、こう見えても口が堅いし心も広いから! お兄ちゃんの無理のある夢も応援してあげる」

 

 屈託なく明るい笑顔を浮かべる妹に、少し毒気が抜かれて、月もお兄ちゃんの気持ちで優しく微笑んだ。

 

「……そうだね、応援してくれ」

 

 半ば冗談のように言ったが、妹はそう受け取らなかったようで本気で目を開いて驚いた。

 確かに、普段であれば冗談でも言わなかったかもしれない。

 

 これもまた一つの運命だったのかもしれない。

 

「ええ! 否定しないの!? ……マジでびっくりなんですけど。でもでも、お兄ちゃんイケメンだし、ほんとにワンチャンスくらいならあるかもよ」

 

「……ワンチャンスか」

 

「うんうん、頑張って。マジで応援してる」

 

 またねーと嵐のように過ぎ去っていった妹。

 一体何の用件だったのか、それすら話さずに去っていった妹に、僅かばかりため息を吐きながら月は椅子を戻して再びパソコンの前に座った。

 そして、先ほど粧裕が言った言葉に関して、地味に真剣に考えていた。

 

「ワンチャンス、ね。……いや、女性のそういう気持ちを踏みにじる行為は、僕の中で一番許せない行いなんだが……」

 

 だが。

 もし本気なら、良いのではないだろうか。

 本気で好きになったなら、そういうアプローチを掛けても構わないのではないだろうか。

 そう意識してしまってから、月の顔はまた火が出るほど熱くなった。

 

「いや、いやいや。いやいやいや」

 

 確かに『キラ』の事は、尊敬、している。

 確定ではないが『弥海砂』が『キラ』である可能性は非常に高いと月は思っている。

 仮に、そう仮にだ。

 もし『弥海砂』が『キラ』だったのなら。

 

 僕は、冷静に、彼女のことをどう思うだろうか。

 

 沈黙が続いた。

 茹で蛸のようになった月の顔色が、その自己考察の結果を物語っていた。

 

「……いや、だって。相当可愛いじゃないか……」

 

 恋は盲目。

 誰かが言ったその言葉は、どうやら夜神月にも当てはまりそうだった。

 

 

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