六花の思想   作:風梨

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約3000字



追跡者

 

 

「──海砂、良かったのかい」

 

「ん? 何が?」

 

 本当に気がついていないのか、レムはそう思って言うか言うまいか迷う。

 しかし、レムは海砂のことを好きになり始めていた。

 元々ジェラスから引き継いだ時、既に見守る意地のようなものは持っていた。

 接触好感度、という言葉がある。

 簡単に言えば、接する機会が多ければ多いほど好感度も比例して上がっていくデータの事である。

 そして明るくて、しかしその口調がどこか抜けているようにも見える海砂のことが、レムは非常に気になっていた。

 それは手間のかかる子供を見守る心境に近かったが、明らかな好意を持っていた。

 だから遠慮なく告げた。

 

「……あいつ、リュークが見えてただろ」

 

「あっ」

 

 その一言にリュークが口に手を当てて、お前言っちゃうのかよ、と言わんばかりの反応を示した。

 

「……リューク。お前も気がついてたろ」

 

「はは、はははは。まぁあれだけ熱心に見られれば、俺だって気がつく。……言ったほうが良かったか?」

 

 恐る恐ると尋ねるリュークに、海砂は微笑んで答えた。

 本当にどちらでも良かった、とでも言わんばかりの余裕のある笑みだった。

 

「ううん、別にいいよ。だって、覚えてたし」

 

 そんな海砂の様子に、レムは困惑する。

 どう考えてもデメリットしかない。

 だって、あの男が海砂の正体を明かすだけで、海砂は破滅だから。

 

「……なんであの男を殺さないんだい、海砂。アイツはお前の正体を知ってる。殺すべきだ。今からだって遅くないんだよ。名前も私が覚えてる」

 

 力強く殺すべきだと主張するレムに、海砂は柔らかく微笑みながら続けた。

 

「何言ってるの。これも計算の内だよ? じゃなきゃ、何のためにわざわざデスノートを拾わせて返してもらったと思ってるの?」

 

「……何を考えてるんだい、海砂。あの男が正体をバラすだけで、お前は破滅だ」

 

「うん、確かにその可能性も僅かにあった。私の計画通りに動かない未来もあったと思う。まぁそれでも大筋に変更はないんだけど。でも、今日確信した。これでまた一歩前に前進だね」

 

 妖艶に海砂は微笑み続けていた。

 その『本心』を覆い隠しながら、狂気に染まったまま。

 

「──リューク、このノートの所有権を、私は放棄するね」

 

「……は!?」

 

 あんまりにも唐突なその宣言に、リュークは素っ頓狂な声を上げた。

 

 

 

 

 

「──危なかった」

 

 自宅に帰るや否や、月はベッドに横になっていた。

 まさか本当に『弥海砂』が『キラ』だったなんて。

 

「……さすがに、あんな死神なんて浮かべてるとは思わないじゃないか」

 

 ゴロゴロと横になりながら思う。

 もしあんなモノが憑いていると知っていたら、絶対に近寄らなかった、と。

 もう近寄らないほうがいいだろうか。

 そう思いもする。

 だが、『キラ』と話したいという思いはムクムクと増していくばかりだ。

 それに。

 

「……可愛かったな」

 

 ボソリとそう呟いて顔が熱くなった。

 

 今までこんな気持ちになった事がないと自己分析しながら、ベッドに寝そべりながら天井を見上げた。

 

 可能なら、接触したい。

 しかし。

 思い出されたら、死ぬかもしれない。

 

 その恐怖心までは拭えなかった。

 相手が殺人鬼であると、ここまで来てようやく強く自覚した。

 これからは正しく命懸けになる。

 

 それでも接触を続けるのか? 

 

 改めて問いかけた。

 

 答えは、出なかった。

 そして、そこから数ヶ月の月日が経過した。

 

 

 

 

「──あっまた来てくれたんだー。久しぶりだね」

 

 前回握手会からまた少し時間を空けて。

 人気に陰りが見えず、また集客可能と判断された海砂に握手会の依頼が入ったために再度開催された。

 前回投票1位から連続して1位を獲り続けており、もう押しも押されぬ人気モデル、アイドルになりつつあった。

 

 そんな海砂に、夜神月はまた会いに来ていた。

 可能な限りオシャレな服装を意識したこともあって、非常に様になっていた。

 元々夜神月は顔立ちが整っており、スタイルも良い。

 

 そんな月が握手会に並べば、周囲が少し騒めく程度の影響すらも与えていた。

 そして、順番を迎えて海砂に再会した時。

 第一声が、その『久しぶり』というものであったので、月は強い手応えを感じる。

 しかし──

 

「久しぶり、MISAさん。もう押しも押されぬ人気ですね、並ぶのも大変でしたよ」

 

 海砂の頭上に、もう死神の姿は見えなかった。

 

(死神がいない……? 何故? いや、そもそも前回本当に見えていたのか……? 緊張しすぎて幻覚でも見ていたんだろうか)

 

 月は挨拶しながらも困惑していた。

 弥海砂=『キラ』

 その公式を成り立たせるためには、あの死神の存在が不可欠だったから。

 今回も確認して『キラ』である確証を深める予定だった。

 

 ……そして。

 場合によっては証拠を掴み、殺人を止める予定だった。

 夜神月は弥海砂に好意を抱いている。

 『キラ』に対しては崇拝にも近い感情を抱いていた。

 

 だがそれも、死の恐怖を前にする事で吹き飛んだ。

 犯罪者であれ、殺人だ。

 弥海砂を好きだと思うからこそ、その殺人を止めたい。

 

 夜神月の思考は複雑に屈折しながらも、最終的には好青年が持ち得る思考にまで戻っていた。

 

「ほんとー? 人気モデルになるのが夢だったから、もしそうなら嬉しいなー。そうだ、お名前教えて? 前回聞きそびれちゃった」

 

「はは、そうだった。まだ名乗ってなかったね。僕は夜神月。昼夜の『夜』に神様の『神』。ライトは漢字で『月』って書くんです」

 

「へー、変わったお名前ね。私はMISAだけどー、本名は弥海砂っていうの。知ってくれてる?」

 

「もちろん。ファンなので」

 

「あはは、ありがとー」

 

 すっと海砂から差し出された手。

 握手会ということもあって、何の違和感もなく握る。

 しかし、すぐに異変に気がついた。

 

 掌に触れる何かの感触。

 恐らく何かの用紙だった。

 握手をしながら、掌同士で紙が移動する。

 すぐに握手をやめて、そのままポケットに突っ込んだ。

 側から見れば、一瞬だけ握手したように見えただろう。

 それくらいスムーズな移動だった。

 

「じゃあ、列もいっぱいなので、これで。また来ます」

 

「うん、また来てねー」

 

 フリフリと手を振って、別れ際の海砂は可愛らしい微笑みを浮かべていた。

 

 

 

 

 

「──思った通り連絡先だ」

 

 あまりにスムーズに手渡されたので動揺も少なく済んだ。

 一人きりとなって自宅で開いた用紙には、電話番号とメールアドレスが記載されていた。

 オシャレな服装でわざわざ握手会にまで行った甲斐があった、と思えばいいのか。

 それとも順調に行きすぎてる事を警戒すればいいのか、少し判断に迷うところだった。

 

「ともかく、これで一歩前進だな」

 

 確かな達成感を噛み締めて、月は小さくガッツポーズをした。

 

 しかし、懸念点がある。

『死神』が見えなかったことだ。

 前回はかなり緊張していたこともあって、絶対に見えていた、と断言する事が難しい。

 いや、あんな幻覚を見るなんて考えにくいが、それでも絶対とは言い切れない。

 

 絶対に『キラ』

 そう思っていたが、そうとも言えなくなってしまった。

 しかし、あれが幻覚だったとも思えない。

 

 冷静に、客観視しながら予測を立てる。

 部屋を歩き回りながら、少しずつ思考を組み立てた。

 

 最終的な結論は、死神が見えている、見えていない。どちらにせよ結局のところ『キラ』である証拠を掴む事。

 これに尽きる。

 死神が見えないようになったにせよ、幻覚であるにせよ、死神が見えている、というだけでは確信にはなっても証拠にはならない。

『キラ』だと客観的に認めさせることができない。

 

 捕まえるだけならそれでもいいだろう。

 だが、改心させるためには足りない。

 

 故に、結論は一つ。

『キラ』である証拠を掴む他ない。

 

 思考が纏まったのでベッドに寝そべりながら。

 海砂の事を思い出し、思わず握手した手の感触が蘇った。

 

「……可愛かったな」

 

 いや、待て。

 起き上がってブンブンと頭を振る。

 彼女を止めるために、証拠を掴む。

 そこはブレちゃいけない。

 

 夜神月は弥海砂に好意を抱いている。

 それは間違いない。

 自分のことながら自己分析出来ている。

 

『キラ』の思想にも同意する。

『犯罪抑止』と言う考え方は非常にリスペクトされるべきものだ。

 

 だが、好きな人が誰かを殺していると知って、止めない事は正しい行いだろうか。

 正しいはずがないと月は考える。

 

「……そうだ。僕しか止められない」

 

 月は決意を新たに決める。

『キラ』である証拠を見つける。

 その上で、彼女には『キラ』であることを辞めてもらう。

 

 夜神月だけが『キラ』の正体を知っている。

 そして、捕まえようとはせず、殺人を止めようとしている。

 故に、これは僕にしか出来ないことだ。

 

「……そういう運命だったのかもしれない。あの『黒いノート』を拾った時から、これが僕の使命だったのかも」

 

 夜神月が、弥海砂を『キラ』と疑って追う。

 それが弥海砂の計画通りであるなど、夜神月は知る由もなかった。

 

 

 

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