六花の思想   作:風梨

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約4000字



デート

 

 

 

 喫茶店。

 そこは夜神月が良く通うお店で、入ってすぐ左の奥まった場所にあるテーブル席は、周りから話を聞かれる心配がない。

 込み入った話をするのに最適な席だった。

 

 オススメの喫茶店があるんだ。

 そういう流れで弥海砂とデートをしながら、その席に誘導することは夜神月にとって造作もない事だった。

 

 もちろん、デートは非常に楽しい。

 既に5回のデートを済ませており、今回は6回目だ。

 そして全てが楽しかった。

 

 さすが『キラ』となって全世界を賑わせているだけのことはある。

 地頭の良さを会話の中でも非常に強く感じる。

 口調こそギャルっぽいが、その言葉の裏を読み取る能力。

 言葉に含みを持たせる能力。

 こちらの意図を察する能力などは、夜神月から見ても満足に感じる思考レベルの会話が可能だった。

 

 恋は盲目、である可能性は否定できないが、ともかく。

 

 夜神月にとって、弥海砂とのデートは非常に楽しかった。

 

「──どう? いい席だろ? ここなら内緒話をするのに最適なんだ。誰も近くを通らないからね」

 

 夜神月は注文したコーヒーのカップに口をつけて飲みながら、お茶目にウインクしてそう言った。

 少しキザだったかな、と心配したが海砂は気にした様子もなくクスクスと笑っていた。

 

「へぇ、じゃあ月のお気に入りの場所なんだ。──私に教えちゃって良かったの?」

 

 悪戯っぽく海砂が言う。

 その意図は、恐らく他の女の子、という意味合いと、一人になりたい時に使えなくなる可能性を示唆している。

 お気に入りの場所を教える以上、月を探す場所の候補として上がるからだ。

 つまり、そういった機会に使える可能性が狭まるが、私に教えて良かったのか、と尋ねる文言。

 相変わらず悪戯っぽい言い方をする、と思いながら苦笑いして月は答える。

 

「大丈夫。海砂になら何を知られても困らないからね。隠すことなんて何もないよ」

 

 月は事あるごとに、隠すことは何もない、などに類似する発言を行なってきた。

 それはもし海砂に『キラ』であることを隠している罪悪感があるのなら、表情などからそれを引き出すためであったが、今のところ海砂からそういった類の反応を引き出せたことはない。

 

 デートとしては非常に楽しい。

 しかし、『キラ』であるというボロは、死神を見て以降一度も海砂は出していなかった。

 月も舌を巻くほどの完璧な自己制御だ。

 

「ふふ、そっかぁ。月は私にゾッコンだもんね。──付き合っちゃう?」

 

 コーヒーを吹き出さなかった事を、自分を褒めてやりたい。

 

 そう思うほど唐突に海砂はそんな事を言い放った。

 喉が詰まるような閉塞感を感じながら、何とかコーヒーを飲み込み、カップから口を離して曖昧に微笑んだ。

 

 意図が読めない。

 確かにデートはもう6回目だ。

 お互いに好意がある、という前提を確かめる作業も終えていると言っていい。

 だから、後はどちらがその発言をするのか。

 いわゆる言った方が負け。

 恋愛頭脳戦の様相を呈していると勝手に月は思って楽しんでいた。

 

 だから、その発言は海砂の敗北宣言と言っても過言ではない。

 何を意図している、弥海砂。

 ここで先に『付き合う』という発言を行うということは、今後の恋愛イニシアチブを相手に握らせるという事に他ならない。

 まさしく、言った方が負け、の類の発言だ。

 

 そして意図に気がつき、月は戰慄する。

 微笑み続ける海砂を見つめる事、その間は約0.1秒。

 脳内をフル稼働させながら海砂の意図がその推測で間違いないか、目まぐるしく思考は巡った。

 

 前後文。

 この流れで同意するとどうなるか。

 重要な点はそこだった。

 

 付き合う? という疑問形の文言。

 それは、相手に主導権を渡しているように一見思われるが、違う。

 

 これは罠だ。

 

 その前に『月は私にゾッコンだもんね』という枕詞に注目する必要がある!! 

 何故なら、ここで、ああ、付き合おうか、と肯定的な意見を述べるという事は、それ即ち前後の文言も肯定するという事に他ならない!! 

 

 つまり、これは恋愛イニシアチブを握れる、と焦った月に咄嗟に同意させ。

『月が海砂にゾッコンである』と肯定させることによって、自分から『付き合う?』という発言をしたにも関わらず、自らが付き合った後の恋愛イニシアチブを握る趣旨の発言で間違いない!! 

 

 恐らくは付き合った後。

 事あるごとに『月は私にゾッコンだもんね?』と言われてしまえば否定は非常に困難を極める。

 逆に、そうだよ、と答える事は簡単だ。

 

 だがしかし、それは夜神月の圧倒的不利、敗北を意味する!! 

 それはプライドの高い月にとって、許容の範囲を超えている!! 

 

 つまり、罠!! 

 これは弥海砂の仕掛ける、巧妙なトリックである!! 

 

 唐突な発言によってこちらの思考力を削ぎにくる周到さ。

 やはり弥海砂が『キラ』……!? 

 

 この間。約0.7秒。

 凄まじい速度での思考は時間の圧縮にも似た状況を再現させた。

 

 そして。

 月は自らの発言を決める。

 つまり、攻めは最大の防御である、という事だ。

 

「その事は、男である僕から言わせて欲しいな。──僕としては、海砂と付き合いたいと思ってるよ。もちろん、君の事が好きだから」

 

 あえて、あえての攻め!! 

 ここで引けばどうやったとしても、冗談にするか、日和るか、2つに一つしかありえない!! 

 ならばと選ぶのは攻めである。

 

 これならば!! 

 付き合う、という趣旨の発言を初めに行ったのは弥海砂、という事実のみが残り、夜神月には男であるプライドを前面に出しての同意。

 つまりは、『夜神月が弥海砂にゾッコンである』という趣旨の発言に対する肯定を有耶無耶にすることが可能である!! 

 

 そして、この発言に対して弥海砂が回避を選択する事は非常に難しい。

 何故なら『君のことが好きだから』という明確に回答をしなければ今後の恋人関係が拗れざるを得ない発言まで夜神月が付け加えているからだ!! 

 

 攻め。

 圧倒的な攻め。

 それこそが問題を解決すると夜神月は確信する!! 

 一歩踏み出す勇気こそがこの場で求められるもの!! 

 発言を行った後に夜神月は強く確信した。

 

 この攻撃に対して一体どのように反応する!? 

 注目の弥海砂は、コーヒーカップをソーサーに置き、妖艶に微笑む。

 その発言は、夜神月の予想を遥かに超えた。恋愛脳となっていた月からすれば予想外の位置からの口撃。切り口だった。

 さすが弥海砂と唸らざるを得ない。

 

「誠実な男性は好きだよ。──特に、隠し事のない男性は大好き。ねぇ月。付き合うなら、隠し事ってダメだと思うの。月は私に何か隠している事はない?」

 

 隠し事? もちろんある。

 だが、あなたが『キラ』だと確信している、疑っている、などと言える訳がない。

 

 月は海砂のことが好きだ。

 そして、海砂も自分に対して好意を抱いているだろう、とも感じている。

 

 だがしかし、これまでの会話の中で探った弥海砂の殺害基準を思うに、この子が『キラ』だと気がつかれた際に恋人すら殺すのか、いまだに判断が付かない。

 

『弥海砂』を一言で言い表すならミステリアスだ。

 その思考は深く早い。

 言葉の裏を読み取って、言葉に含みを持たせる。

 そのバランスが絶妙で、相手に不快感を与えずに自らの情報を隠蔽してしまう。

 

 そんな海砂を見るたびに『キラ』である確証を深めているのだが、証拠には当然なり得ない。

 

 だからもし話すなら『黒いノート』と『死神』の話をする他ない。

 だが、それは死ぬ危険性を孕んでいる。

 

 加えて『死神』は今は見えていない。

 海砂から発言させることが出来れば、それを根拠として問い詰める事も可能かも知れない。

 だが現状で惚けられれば、月に取れる手段はない。

 何故なら証拠がない。

 

 どうする? 話すか? 

 いや、こんな状態で話せるわけがない。

 

 答えに詰まる。

 圧倒的有利だと思っていた戦況は、一気に五分。

 いや、月の不利にまで押し戻された。

 

 そんな月の葛藤を手に取るように把握している人物。

 弥海砂が、計画通りとでも言わんばかりの微笑みを湛えて続けた。

 

「いいよ、付き合おっか。ごめんね、人には当然隠し事ってあると思うの。だから、私は月が隠し事をしていても許すよ。けれど、私が月に隠し事をしていても、許してね?」

 

 やられた!! 

 その発言を聞いたときに夜神月の脳裏によぎったのはその言葉だけだった。

 無数の意見、無数の後悔が駆け巡るが、何よりも大きいその言葉が脳裏を響き渡る。

 

 これで恋人同士だから隠し事はなし、という趣旨の流れで海砂に『キラ』であることを開示させることはもはや不可能だ。

 

 加えて。

 海砂はこれを狙っていた。

 月が海砂を『キラ』であると疑っていると、それすらも許容して、その上で付き合おうと、殺さないと言っている。

 

 圧倒的な存在感、圧倒的な格の違いを見せつけられて、茫然自失と言っていい程のショックが夜神月の内面に走った。

 つまり、海砂はこう言っている。

 

 夜神月のことは好きだ。

 付き合ってもいい。

 だから、私のことを『キラ』であると疑っていても構わないし、殺さない。

 だけど、私も『キラ』であることは教えない。

 

 黒に限りなく近いグレー。

 その状態で、『キラ』であると疑われている状態で、付き合おうというその精神性が理解不可能だ。

 得体の知れない恐怖すら感じるべき場面で、それでも月の心を覆ったのは度し難い程の喜びだった。

 

(……海砂。いや、『キラ』お前はやはりそうでなくては。そうでなければ僕のライバルとは呼べない。……いいだろう。お互いに思惑を持って付き合おう。片や『キラ』であると疑い、片や『キラ』である事を隠し、限りなく近い距離でお互いを探り合って行こう。それがお望みならとことん付き合ってやる。そして、必ず君が『キラ』であることを暴き、そして裁きを止めさせる!! それが、君を好きになった僕の責任だ!!)

 

 その日、一つのカップルが成立した。

 世にも奇妙な関係性を維持するそのカップルは、片方が探り、片方が隠し躱し、まるでダンスでも踊るかのようにお互いに心底楽しそうに笑いながら頭脳戦を繰り広げていた。

 本当に、世にも奇妙なカップルだったが、当人たちは意外にも、とても幸せそうだったという。

 

 そうして、その日は2004年8月。

 奇しくも『原作』で夜神月と弥海砂が監禁から解放された日付だった。

 

 運命は巡る。

 二冊のデスノートを巡る頭脳戦は、目まぐるしく加速する。

 

「──デスノート……?」

 

 とある企業の重役が、その内の一つを。

 新たなデスノートを手にしていた。

 

 

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