本日1話目
「──『竜崎』一つ提案があるんだが、私の息子をこの対策本部に呼んでみるのはどうだろうか?」
『キラ』が世の中に出現してもう1年近くが経過していた。
そしてその間。
対策本部の『L』が建設したビルが完成しシステム的に非常に有利な立場とはなったが、『キラ』対策本部の捜査は一向に前進していなかった。
煮詰まった現状。
新しいアイデアもなく、キラが犯罪者を裁く流れに変化がない。
何故なら、顔写真を隠した結果として。
民衆が声をあげるよりも先に、犯罪者のデータがインターネット上で流出。
まるで対策が意味をなさない状態へと変わった。
そこから『L』が動けた事と言えば、殺される犯罪者の情報を収集するのみであり、世界各国の情報機関の力を以ってしても『キラ』の足取りは一向に掴めていなかった。
そんな状況を打破するため、新たなアイデアを探るために、新しいメンバーを拡充する必要性も感じていた。
何か一つ。
何か一つでも情報があれば、そこから辿っていける。
そんな中で夜神総一郎からの提案は渡りに船とも言えた。
だが、『L』が『キラ』の脅威と成り得ていない現状。
参加させるメンバーに『キラ』との繋がりがある可能性は極めて低く、罠という意味合いはほとんど意味を成していない。
それでもその意見に対して『L』が前向きであったのは、夜神月という人物に対する少しばかりの期待が含まれていた。
「……確か、とても賢い息子さんでしたね。東大主席での合格をされていたとか」
「ああ、そうだ。自慢じゃないが、私なんかよりも数段この事件に対して鋭い意見を持っていたよ」
「……捜査状況を話したんですか?」
「バカな! そんなことをするはずがないだろう。月から、私に対してこういうのはどうだろうか、と意見を言ってくれたに過ぎない。情報は一切渡してなどいない。その中に、企業に注目してはどうか、という意見があってな。私から説明してもいいんだが、どうせなら本人から話がしたいと。『竜崎』どうだろうか?」
「……企業ですか。確かにその線での捜査は半年前にやったっきりですね。今なら違う結果が出てもおかしくない、か。いいでしょう、私は顔を見せられませんが、初めはテレビ画面か電話越しで。それで構いませんか?」
「ああ、感謝する『竜崎』。これで私も息子に顔向けが出来るというものだ」
「……随分と息子さんのことを買ってらっしゃるんですね。少し、楽しみになってきました」
親指で唇を押さえながら、『L』は『ニヤリ』と怪しげに笑った。
怪しいが、別に隠された意図などはない普通の笑顔だった。
夜神総一郎もそのことを知っている。
同じように、笑顔を浮かべて、さっそくと言わんばかりに携帯を鳴らした。
「──ああ、そうだよ、父さん。いくつかの企業の成長グラフを比較してみたんだ。もちろん、一般人の僕が集められる情報なんてたかが知れているが、株価に注目すれば不可能じゃなかった。さすがに全企業の比較は出来ていないけれど、いくつかの企業の株価がじんわりと伸びてる。そして、その影響が大きかった、株価に有利な死。心臓麻痺が起こってる。それも8件だ。それは間違いないよ。ただ気になるのが、企業の数が多すぎる。そこを詳しく話したいんだ。……うん、うん。わかった、そこまでタクシーで向かうよ」
電話を切り、夜神月は大きく伸びをした。
視線を向けた先。
自室のテーブルの上には、彼女である弥海砂と夜神月のツーショット写真が乗せてあった。
その写真に向けて、月は真剣な眼差しで告げる。
「……海砂。君がこんな真似をしているとは思いたくない。だけど、実際に複数の企業にとって有利な死が起きてる。……だから、待っていてくれ。もし君がそんな真似をしているのなら、必ず僕が止めてみせる。『L』に取り入り、場合によっては乗っ取り、君を捕まえてでも止めてみせる。……まぁ僕より賢いであろう君が、そう簡単に捕まるわけもないんだけどね。……それに君がそんな『金』のために人を殺すとは思えない。暮らし振りも、モデルとしては一般的なレベルに収まっていて、明細なども確認したが散財もなかった。とてもではないが金で殺しを請け負っているようには見えない。思想犯である君のプロファイルとも一致しない。──もちろん、彼氏としての贔屓目かもしれないけどね」
そう言って肩を竦めながら、月は出かける準備をした。
向かうのは、『L』が現在捜査本部としているビル。
ここまでの情報を開示されたということは、非常に期待されていると思っていい。
必ず『L』に取り入り、共に『キラ』の足取りを追う。
そして『L』も無視出来ないほどの発言力を手に入れる。
僕なら、それが出来る。
自分は完璧な人間ではない。
夜神月はそう悟っている。
完璧であれば、弥海砂と再会した時にあんな醜態は晒さなかった。
だからこれは、自惚れなどではない。
冷静に、そして正確に自己分析をした結果だ。
自分の推理力が決して『L』に劣っていないという確信を持って、夜神月は『L』の待つビルへと向かった。
『──『L』です。夜神月くん』
向かった先で通された一室。
大小様々なモニターが設置された、いわゆるモニタールームに、夜神月は座っていた。
「ああ、初めまして。お会いできて光栄です『L』。さっそくですが、僕の推理を聞いていただけますか?」
『はい。大凡は聞いていますから、そこのパソコンを使ってデータを示してください。一応、全世界の警察機関の情報、企業の情報は入っていますから、自由に使っていただいて構いません』
随分と太っ腹な提案だった。
ここで月が警察の機密情報を見るとは思わないのだろうか。
いや、それならそれで、相応に対処すればいいだけ。
やはりこいつは頭がおかしい。
自分のためであれば、ある程度の被害すら許容している感が否めない。
そう思いながらも、夜神月はパソコンに向かい合ってキーボードを叩き、事前に頭に入れておいた情報をパソコン上でも引き出していく。
驚いたことに、自分で調べていたのでは見つからない程の情報がインプットされていた。
これは。
月は冷静に考える。
そして『L』から月へのテストであると判断した。
『L』は気がついていた。
月が企業に注目するように告げた時点。
あるいはそのすぐ後からすぐに動き、必要な情報を集め終えている。
そして夜神月と同じ結論を既に出している。
そうとしか思えない情報群が既に集積されている。
なら、これを使って『L』と同じ推理を行うことで、こいつの考えを補強してやればいい。
そうすれば最低限の知性を見せつけることが可能だ。
即断即決。
夜神月はその判断に従ってデータを揃える。
その上で口を開いた。
「お待たせ。随分とデータが集まっていたから、簡単だったよ。口頭でも説明していいかな?」
『はい。ぜひお願いします』
わかっているであろうに、白々しくそう言う『L』に対して月は説明を開始した。
「まず、注目すべきは株価だった。日本に『キラ』が居る。その前提で考えてみた。もし『キラ』が金を得ようとするなら、贔屓にしている企業があるかもしれない。最初はそんな浅はかな考えから調べたんだが、これが意外にヒットした。まずヨツバグループ。ここの伸び方はちょっと異常だ。じわじわとだけど、明らかに株価が伸びている。他に類似した伸び方の企業がないか、確認してみた。するとどうだ、明らかに一部の企業が下がり、一部の企業だけ株価が上昇していた。──そこで、その理由に心臓麻痺の死因が関わっていないか、徹底的に調べた。それが電話で伝えた8件の死亡事例。このヨツバグループに有利な死が3件。そして、これはたまたま見つけられたんだが、欧米企業レベルEで2件。欧州企業ヨルムンガンドで3件。たぶん、見つけられていないだけでまだまだ他企業にとって有利な死が存在する。──これが意味しているのはただ一つ。『キラ』が金のために殺人を始めたって事だ」
『──さすがです。一般の情報だけでここまでの特定を可能とするなんて、夜神月くん。あなたは非常に優秀だ』
「よしてくれ。『L』だって、僕が企業に注目する前か、それとも僕が言ってすぐに特定出来ていたはずだ。でなければこれだけのデータが纏めて保存されている訳がない」
『はい。私も言われるまでは気がつきませんでしたが、指摘頂いてからすぐに調べて、夜神くんと同じ結論に到達しました。──この『キラ』は金のために殺人を請け負っている』
「この『キラ』。そう言ったね」
『はい。そう言いました。何故ならこの『キラ』は明らかに今までの『キラ』とは行動指針が異なっている。今までひたすらに思想布教、イメージ戦略に徹していた『キラ』とは思えない動きをしています。これが世間にバレればイメージダウンどころの騒ぎではない。つまり、これは今までの『キラ』ではない。『第二のキラ』とでも呼ぶべき存在です』
「……やはりそうか」
『そう考えるのが自然です。金が惜しくなった、とも考えられますが、今更『キラ』が金を欲しがるとも思えません。そしてやるならもっと時間を空けたほうがいい。世間にキラ擁護の声が広まりかけている今やるのは不自然です。私が思うに『キラ』はそこまでバカじゃない』
「……だとするなら、『キラ』は怒るだろうね」
『間違いありません。『キラ』が『第二のキラ』への接触を考えれば面白くなります。そこから『キラ』への糸口も見つかるかもしれませんね』
「同意見だ。最も厄介だったのが、直接手を下さずに殺害を行える事にあった。『キラ』もさすがに『第二のキラ』への警戒は止めないだろう。場合によっては、『キラ』が『第二のキラ』を殺しに動く事も考えられる。何せ自分の名を騙るような存在が、自分と同じ能力を持っているんだからね」
『そうですね。そうなればもっと面白い。……やはり夜神くん。この捜査本部に参加してもらえないでしょうか? キミの力が必要です』
「もちろん。こちらからお願いしたいくらいだよ『L』」
『ありがとうございます。用心のため、ここでは『竜崎』と呼んでください』
「ああ、わかったよ『竜崎』。それでさっそくだけど、他にも『キラ』との繋がりがありそうな企業がないか探してみてもいいかな?」
『是非お願いします。夜神くんにはそのことを頼もうと思っていました』
「水臭いな、夜神だと父さんと間違えそうだから、月でいいよ」
『そうですか。では、月くん。よろしくお願いします』
予定通り、『L』の懐に潜り込めそうだ。
強気に笑みを浮かべた月に対して『L』も冷静だった。
(私ですら気がつかなかった事に、こうも的確に気がつくことが出来るなんて。これは良い味方が出来たかもしれませんね。しかし、わざわざ『L』に近づいてきた理由がわからない。見るからにプライドが高そうな月くんが、私の元に情報まで提供して潜り込もうとする。……これは、もしかするか? 『第二のキラ』だけでなく『キラ』への糸口になるかもしれない。……運が向いてきましたね)
『L』の思考は突拍子もないものだった。
だが、その推測は正しい。
僅かな情報、僅かな傾向から可能性を探り当てる才能。
それを人は天才と呼ぶのかもしれない。
夜神月は、『L』からの信頼を得て『第二のキラ』を捕まえ、そして弥海砂が『キラ』である証拠を『L』よりも先に見つけようとする。
『L』は『第二のキラ』を追いながら、本命である『キラ』に繋がる糸口を探り、僅かな可能性ではあるが『キラ』に繋がっている可能性のある夜神月を観察し始めた。
それは『原作』とは多少形が異なるものの、似たような関係性を二人が構築する事に他ならず。
天才達による新たな頭脳戦の様相を呈し始めていた。