「──あの、すみません」
「え?」
『黒いノート』を拾った、学校からの帰り道。
そこには、若い女が立っていた。
顔立ちは整っている。
だが、一般的にはゴスロリといわれている、少し特徴のある服装をした女であるせいで、一気に地雷臭が漂ってくる。
月はモテた。
だから、この女も、と面倒な想像をして、内心でかなり大きなため息を吐きつつも表面上は笑顔を見せる。
下手に無視すると食い下がってくる面倒な人間もいる。
月は経験上それをよく知っていた。
「ああ、僕か。ごめんなさい、気がつかなくって。どうかされたんですか?」
どうせこっちの気を引くような事でも言ってくるんだろう、と半ば予想していたが、斜め上の方向にその予想は外れた。
ただ、この変化が良い事だったのか、悪い事だったのか。
それは神のみぞ知る事だった。
「良かった。実は私、あなたの学校に『黒いノート』を落としちゃって。あなたが拾ったのを見てたんです。すっごく大事な物なので、返してもらえませんか?」
柔らかく微笑んだ女は、目が肥えている方の人間である月から見ても、なるほど美人だと思わせる雰囲気を漂わせていた。
だから、という訳でもないが、まだ少ししか興味が引かれていなかった、『HOW TO USE』と使い方が英語で記されている、『DEATH NOTE』という子供っぽい名前の黒いノートを女に返すことに抵抗はなかった。
「ああ、あれ。あなたのノートだったんですね。ごめんなさい。誰も取りに来なかったから、つい拾ってしまって。──はい、お返しします」
月はカバンから、黒いノートを取り出して渡した。
それを両手で受け取った女が、心底喜しそうに微笑んだ。
「わあ、ありがとうございます。優しい方に拾っていただけて助かりました。──ところで、中身を見ちゃったりしましたか?」
「え? ああ、まぁその、つい。でも、使い方の詳しい部分は英語だったので読めないですよ。僕、まだ高校生なので。あはは」
嘘だ。
全国模試1位の実力があれば英語なんて簡単に読める。
ただ内容まで詳しく読んでいないのは本当だった。
読むなら、家で時間がある時にでも読もうと鞄に仕舞い込んだから。
ただそんな事をわざわざ説明するのも面倒くさい。
だから、分かりやすく『高校生』という部分を強調して、英語なんて『HOW TO USE』くらいは読めるけど、詳しい内容までは読めない風を装った。
「そうですか! よかったぁ、ちょっと恥ずかしい設定を書いちゃったから、この事は言いふらさないでくださいね?」
誰にどんなタイミングで言うんだ。
僕はそんなに暇な人間じゃない。
内心で再びため息を吐きながら、それでも月は笑顔で受け応えた。
「あはは、もちろんです。じゃあ、ノートもお返ししましたし、僕はこれで。もう落とさないでくださいね!」
話を長引かされても面倒だ。
月はその判断で会話を引き上げた。
追いすがられるか、と半ば予期したが、嬉しい事に、この人は見た目とは違って分別があるらしい。
ただ笑顔を浮かべて別れの挨拶をするだけだった。
「はい。もう二度と落とすことはないです。──では、さようなら」
最後の最後、非常に鋭利な刃物を突きつけられたような、そんな冷たさが背筋を通り抜けた。
思わず振り返って女の背中を見送るが、特に何事もなく女が背を向けて去っているだけだ。
おかしくなって吹き出した。
「……ふっ、鋭利な刃物って。僕もあの馬鹿馬鹿しいノートに影響されちゃったのかな。……いやしかし、僕もなんでこんなに女性に対して厳しく接したんだ……?」
月は聡い。
それ故に自分が見た目で人を判断したのかもしれない、と思い、反省も込めて片手で口元を覆った。
もしそうなら、男としてあるまじき行動だった。
確かに警戒は必要だが、あまりに度が過ぎていた。
自分の内心を振り返ってそう思い、僅かに戒めながら、月はいつも通りの帰路を歩いた。
今までと何も変わらない、退屈な1日だった。