「──こいつは驚いた。色々想像を膨らませて楽しみにはしていたんだが、その想像の中にも、ちょっとこの状況は入ってなかったな。まさか、『先客』が居るなんてな」
綺麗に整頓された部屋だった。
アンティーク調の少し安っぽい家具の並べられた女の子らしい部屋。
白くて線の細いデスクと椅子。
ハート型のクッションがあり、クマのぬいぐるみがあり、ゴスロリ趣味の女の子らしい色を基調とした色合いで、ベッドは薄いピンク色のシーツまで掛かっている。
カーテンは紫色で、床は白黒のモノクロ模様だった。
壁には神に祈るポーズのシスターが描かれたモチーフの絵が飾られている。
そんな一室に不釣り合いな、いや、どんな部屋であれ似合わないだろうが、口の裂けた黒いパンクファッションの男が壁を通り抜けて入って来て早々にそんなことを言ったのだった。
その声を聞き、口の裂けた男の姿を見て、普通であれば悲鳴を上げるか何かしらの反応を返すだろう。
だが、住民の二人はまったくそれらしい反応を示さなかった。
二人のうちの一人。
白い骨張った死神であるレムがため息を吐いた後の表情で吐き捨てた。
「ああ、リュークか。お前がノンビリしてるから私が先に憑く羽目になったんだ。少しは真面目に働いたらどうなんだ?」
そんなレムの言葉に答えたのはリュークではなかった。
もう一人の住民。
弥海砂が、白い机の椅子に座ってペンを握ったままの手でクルクルと器用にペンを回しながら、カラカラと快活に笑った。
「あはは。もしリュークが先に来ても、レムが私に憑く結果までは変わらないよ。ノートが違うんだから、早いか遅いかでしかないもん。──そんなこと、レムだってわかってるくせに。それに私はレムが憑いてくれて嬉しかったけど、実はレムってそう思ってないの?」
死神という。
普段であれば絶対に目にしない者を見ても、まるで気にした様子がなく平然とした調子の海砂の言葉に、レムも予想していたのか普段通りに答える。
「……言ったろ。私がお前に憑いているのはノートの行末を見守るためだって。それ以上の感情は持ってないよ」
そんなレムの言葉に海砂は少しばかり表情を暗くして、けれどすぐにまた明るい表情に戻した。
「そっかぁ。じゃあ、もっと仲良くならないとだね」
そして、海砂は怒涛の会話の中で置いて行かれていた黒い死神リュークに対して目線を向けると、ニコリと女の子らしい微笑みを向けた。
「──で、初めましてだね、死神リューク。私は弥海砂。海砂って呼んでね」
どことなく妙な迫力を感じる。
リュークはそう思いながら、無視するほどでもないので、そのまま返答した。
どうしても『ドギマギ』とした感覚は抜けなかったが。
「お、おう。知ってるみたいだが、死神のリュークだ。よろしくな、えーっと海砂」
海砂はその素直な返事に微笑んだ。
「うん、よろしく。──じゃあ、はい。初めましてって事でコレあげる」
海砂が差し出したのは、赤い果物。
誰もが知っている林檎だった。
けれど、リュークは初めて目にするようで、丸い目をさらに『マンマル』と見開きながら眺めた。
「ん? なんだこの赤いの」
「りんご。知らないの?」
小首を傾げながら尋ねる海砂に、リュークは思い当たる名前を一致させて驚いた。
「ほぉ、りんごか。いや、知ってるけどよ、俺の知ってる死神界のりんごはもっとこう、干からびてるっていうか、砂っぽい感じなんだ。……ってうほっ!!」
喋りながら食べる。
行儀が悪いが、リュークにそんな概念は存在しない。
そして口に含んだその林檎のあまりの美味さのせいで変な声が飛び出した。
「気に入った?」
「…………こいつは、なんて言うんだろうな。ジューシーって言うのか? すげぇ美味いぞ、この人間界のりんご」
瞳を『キラキラ』とさせながら、あっという間に食べ終えて茎だけになった林檎を部屋の光に翳しながら見上げるリュークに、レムがチクリと刺すような調子でため息を吐いた。
「死神が人間に餌付けされてどうするんだい」
「はは、はははは」
「笑って誤魔化してどうするんだ。お前、私の嫌いなタイプだね」
吐き捨て嘆息するレムに、海砂が少し頬を膨らませた。
喧嘩はして欲しくない。
これから長い時間を過ごすことになるのだから、ギスギスなどして欲しくないのだ。
なぜなら、その間に挟まる自分の居心地が悪くなるから。
元々この二人の相性があまり良くない事を知っていた事もあって、海砂が対処に出るのは早かった。
「レムー。仲良くしよーよ。少なくとも私の前で喧嘩はやめてね。私にも聞こえてるんだから」
「……わかったよ」
レムは素直に頷いた。
別に、海砂のことを認めている訳ではない。
ただレムの価値観ではここで海砂に反発する意思を見せるのは死神としておかしいと思ったからだった。
しかし、リュークもそう思う訳ではない。
いろんな人間がいるように、死神にも色んな性格の者が存在している。
加えてこの二人の性格は正反対だった。
レムが比較的温厚で掟に詳しくどちらかと言えば忠実で、なおかつ善良な質なのに比べて、リュークは刹那的で自分さえ面白ければ何でも良い、と言って憚らないような質だった。
自分から他人を嵌めたりは面倒だからしないが、嵌りそうになっている他人を進んで助けようとはせずニヤニヤと眺める程度には性悪だった。
「なんだ、お前も飼われてるじゃねーか」
『プクク』とレムのことを笑うリュークだったが、海砂はその首根っこを既に掴んでいる。
リュークを管理するのに最適なアイテムを持っているのだから、海砂は躊躇しない。
あまりにも平然とリュークを脅した。
「リューク? りんご、もう要らないの?」
「はは、はははは。いや、要る」
フルフルと首を横に振って否定した。
そんなリュークは置いておき、レムは念のため、自分が何故海砂の言う通りに従っているかを説明しようと考えた。
このままだと誤解が解けず、リュークとの関係が面倒なことになりかねないとレムも思ったからだった。とはいえ、先に喧嘩を売ったのはレムだが、仕事をサボったのはリュークだ。
その発言にトゲが混じるのは避けられない。
「……別に、この子に無条件で従ってる訳じゃない。憑いてる以上は死神としての常識を持って行動しようとしてるだけさ。お前とは違うんだよ」
「へー、そうか。面倒な生き方だな。なら、オレはオレの好きに行動させてもらうとするか」
ニヤリと笑って答えたリュークに、海砂がすかさず釘を刺すべく指を突きつける。
リュークの制御方法に関しては誰よりも熟知しているから。
そして、釘を刺さねば面倒事を引っ張ってくる可能性も十分あり得ると考えたために、重い重い楔を打ち込んだ。
「リューク。変なことしたらりんご抜きだからね。わかった?」
「……ああ、わかった」
「うん。それじゃ、私はまだまだノートに名前書かなきゃいけないから、もう邪魔しないでね。あと、そこにあるりんごは全部食べていいよ」
「うほっ、いただきます」
喜んだリュークが林檎を咀嚼して。
そのまましばらく時間が経って、暇になったリュークが流石に耐えきれなくなって海砂に質問した。
「なぁ海砂。ちょっと聞いてもいいか?」
「……んー、何? ちょっとならいいよ」
ペンを走らせながらも、そう答える海砂の手元にはデスノートがある。
一瞬たりともペンは止まらない。顔写真の載ったパソコンと、ノートの間を視線が行き来するだけ。それをもう何時間も繰り返していた。
「ああ。いや、お前が今何やってんのか気になってしょうがなくってよ。そんなにいっぱい名前書いてどうするつもりなんだ? 別に人間は名前書いても寿命が増えたりしないだろ?」
海砂はリュークを見る。
そこに邪魔してやろう、だなんて意思は存在せず、ただ単純に興味があるだけだと分かってから、そのくらいならいいか、と説明を始めた。
「ん? そんなこと? ──そうだね、『キラ』っぽく言うなら、地球の掃除、って所かな」
「……そうか。で、もう『死神の目』の契約してるんだな」
「ああこれ? レムに会った日に貰ったよ。殺し損ねてる人も何人か居たから便利に使わせてもらってるの。やっぱり『キラ』なら殺し損ねを出しちゃダメだよねー」
「あと一つ聞いていいか? お前が言う、その『キラ』ってなんだ?」
「『殺し屋』Killerから来てる造語。ってそんなこと知りたいんじゃないよね。『キラ』っていうのは『新世界の神』の名前。そして私の名前でもある」
海砂は語る。
原作で月がリュークに語ったように。
まずは世の中に知らしめる、悪人を裁いている存在を。
正義の裁きを下す者がいると言うことを。
そして道徳のない人間。
人に迷惑を掛ける人間を病死や事故死で少しずつ消していく。
それすらもいつか世間が気がついた時、誰もがきっと思う。
『こんなことをしていれば消される』
そして、真面目で心の優しい人間だけの世界を作る。
その世界の頂点に立つ存在こそ、『新世界の神』だと。
これが自分の理想であるかのように、語って聞かせた。
「……へぇ、そいつは面白そうだ」
リュークはそう言って心底から面白そうに笑った。
だが、海砂の本心は違う。
海砂が本当に望んでいるのは『────』である。
弥海砂を基本として作られた人格は、家族を失った経験が大半を占める。
その結果として生まれた思想が『────』だった。
しかし、今は微塵もその思想を表に現さず、ただニコリと微笑んだ。
狂気に近い程に真に迫ったその思想を、微笑みで覆い隠しながら。