六花の思想   作:風梨

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約5000字



直接対決

 

 

「──おい海砂。急になんか始まったぞ。元に戻せないか?」

 

「え? もー、またCMじゃない?」

 

「違うって。オレもそこまで馬鹿じゃない。見ろよ『L』って言うらしいぜ」

 

 机の前に座って、今日も精力的にデスノートに名前を記していた海砂が手を止めて振り返る。

 そして、リュークとレムが仲良く座って観ていたテレビ画面には、いつか観た事があるシーンが映し出されていた。

 テレビの音声が流れる。

 

『──相次ぐ犯罪者を狙った連続殺人。これは絶対に許してはならない史上最大の凶悪犯罪です』

 

「へぇ」

 

 海砂は、雪をモチーフにした白いペンを、細くて美しい指で挟みながら余裕綽々と『にんまり』笑った。

 

 

 

 

 少しばかり時を遡って、ところは変わって会議室だった。

『ICPO』

 国際刑事警察機構会議。

 その参加国である国々の参加する広く取られた会議室の壇上に、PCが置かれていた。

 そして付属のスピーカーから、各国すらも認める名探偵の声が響き渡った。

 

「──ICPOの皆様。『L』です」

 

 機械で合成された聴き慣れない声だった。

 気を抜けば聞き逃してしまいそうな、そんな音声を逃すまいと各国の警察関係者はただ無言で『L』の言葉を待っていた。

 

「この事件はかつてない大規模で難しい。そして、絶対に許してはならない凶悪な大量殺人事件です!! この事件を解決するために是非、全世界。ICPOの皆さんが私に全面協力してくださる事をこの会議で決議して頂きたい。そして、もう一つ。いえ、これは決議が終わった後でお話ししましょう。キラ事件に関する重要な情報ですから」

 

 勿体ぶるな、という声も上がったが概ね反対の声は少ない。

 スムーズな流れでICPOは『L』に協力すると決議で決定した。

 

「『L』……ICPOのみなさんが全面協力してくださる事を可決しました」

 

「わかりました。特に日本警察の協力を強く要請します」

 

 その一斉に会議室は騒然と行かないまでも驚きの声が上がり騒めいた。

 

「全面協力もして頂ける、という事ですし、理由もお話ししましょう。ですが、まず大前提として。犯人は複数あれ単独であれ日本人である可能性が極めて高い。日本人でないにせよ日本に潜伏している。間違いありません」

 

「そ……そんな、何を証拠に……」

 

 夜神と名札を付けた日本人男性がそう言って呻いた。

 

「ご安心を、お話しします。──何故日本なのか……それは……近々、犯人との直接対決でお見せできると思います。と、言うつもりだったんですが、簡単に理由だけ話します。まず、今回の事件が発生したのは5日前の日本時間18:00丁度でした。そして、毎日同じ時間に犯罪者が殺されている。キリが良いから、ではありません。それなら日本を装う事も可能ですから。だが、隠せない情報もある。つまり、殺害する犯罪者です。日本で報道される犯罪者の死亡率が明らかに高い。海外と比較すれば明確です。海外から情報を得たにしても、日本のニュースでしか報道されていないような犯罪者まで裁かれている。と、理由はこんなところです。とはいえまだ皆さんの中に疑念はあるでしょう。ですから、それは近々、犯人との直接対決で、確証をお見せできると思います。──とにかく、捜査本部は日本に置いて頂きたい」

 

 

 

 

『──よって私はこの犯罪の首謀者。俗に言われている『キラ』を必ず捕まえます』

 

 テレビから流れる音声だけ聴きながら、海砂は机に向き直ってまたデスノートに書き込みを再開した。

 ふんふんと鼻歌を口ずさみながら、ご機嫌な調子で続けていた。

 

「おいおい、観なくて良いのか? お前を捕まえるって言ってるぞ、コイツ」

 

「あはは、うん。いまちょうどその対処をしてるんだよ。──リュークは楽しみに続きを見てていいよ。きっと面白いものが見られるから」

 

「なんだもう殺しちまうのか。つまんねーな。あ、そうだ。操って変な踊りでも踊らせようぜ」

 

「あははリュークってば、おバカー。そんなことしたって『キラ』が死の前の行動を操れるって教えるだけじゃん。せっかくみんなが見てる『犯罪者』なんだから、教えるにしても、もっと有効活用しないと」

 

「……そうだな」

 

 冗談のつもりだったが、真面目に言ったと受け取られて地味にショックを受けていた。

 そんなリュークの肩に、ポンと手がのせられる。

 白い角ばった骨。レムだった。

 

「リューク、お前はもう黙ってた方が良いよ」

 

 慰めではなくトドメだった。

 

「海砂に任せれば良い。きっと悪いようにはしないさ。なんだかんだ賢い子だからね」

 

「うん、なんだかんだって気になるけど。レムも期待してて。世間と『L』に、ちょっとしたお知らせをしないとね」

 

 心底楽しげに笑いながら、海砂はデスノートにペンを走らせた。

 拗ねた様子で、リュークはテレビ画面に齧り付いた。

 

 

 

 

『──『キラ』、もしもお前が罪の意識に苛まれているなら、まだ間に合う。これ以上の罪を重ねる前に、自、首、を……』

 

 海砂がデスノートに死因を書き記してから、6分40秒が経過した。

 その間『LIND.L.TAILOR』は『キラ』に投降を促すような文言での呼びかけを繰り返しており、そして。

 時間を迎えたことによって、その無意味な時間は終わりを告げた。

 

「さぁ、始まるよ」

 

 テレビ画面に映るその後の光景を、弥海砂だけが知っていた。

 海砂は何の感慨もなく、いつも通りの微笑みを浮かべて見守っていた。

 これで一つ駒が前に進んだ。

 ただ冷徹に、そう判断しながら。

 

 

 

 

「──なんだ?」

 

 凶悪犯連続殺人特別捜査本部。

 そう書かれた幕の張らせた一室の中で、夜神総一郎は怪訝な声を上げた。

 スムーズに語っていた『LIND.L.TAILOR』通称『L』が、急に語り掛けを止めたからだ。

 

 そして、僅かに俯いたテレビ画面上の『L』は次の瞬間に顔を上げると、今までの冷静な仮面を脱ぎ捨てて、狂ったように笑い始めた。

 

『ふふ、ふははは、馬鹿が。オレは『L』なんかじゃない。ただの替え玉だ』

 

 そして呟かれた言葉に、一室は騒然とした。

 

「何ぃ!? おい、どうなっている! 『L』は、本物の『L』はどうした!?」

 

 総一郎はテレビ画面に向かって怒鳴りつける。

 だが、当然のようにその声は届かない。

『LIND.L.TAILOR』は続けて語り出した。

 

『オレはテレビやネットで報道されていない警察が極秘に捕まえた犯罪者だ。今日この時間に死刑になる予定だったところを、『L』との司法取引を行なってこの場に座って話している。もしオレが『キラ』に殺されなければ無罪放免となる予定だった。……だが、もう全てがどうでも良い。馬鹿だったよ、そんな全世界で凶悪犯を一斉に殺せるような『キラ』から逃れられる訳がない。ようやくそんな当たり前の事実に気がついた。馬鹿な事をした。もう一度言おう、オレはただの『L』の替え玉だよ。……ああ、そうだ。これも書かなきゃ……』

 

 そう言ってフラフラと立ち上がった『LIND.L.TAILOR』が、自らの指を噛みちぎって、背後にある壁に何事かを記し始めた。

 明らかに常軌を逸している。

 こんなことになるなら『L』に協力するんじゃなかったと思いながらも局長としての意地で総一郎は叫んだ。

 

「おい、何をやっている!? 放送を中止しろ!!」

 

「そ、それが『L』の指示がない限り放送中止できないようになっているらしく……!!」

 

「ならさっさと『L』に連絡を取るんだ!! とんでもないことになるぞ!!」

 

 総一郎たち警察が騒然と対応に追われる中でも、『LIND.L.TAILOR』のお絵かきは止まらない。

 そうこうしている内に描き終わり、血に濡れた口元を歪めながら、『LIND.L.TAILOR』が空を仰いだ。

 

『……ああ、神よ。今そちらに向かいます。……うっ!!』

 

 その一声を最後に、テレビ画面に写っていた『LIND.L.TAILOR』はテーブルに向けてうつ伏せに倒れた。

 その背後の壁には『六つの花弁』が描かれていた。

 どこか見覚えのあるそれをみて気がついた。

 そうだ、雪の結晶体がこんな形だった、と。

 

 そして、死体が映るその画面のまま、今度は別の音声が流れ始めた。

 

『し、信じられない……もしやと思って試してみたが、まさか、こんな事が……『キラ』……お前は直接、手を下さずに人を殺せるのか……?』

 

 それを聞いて総一郎はやっとわかった。

『L』は初めからこうするつもりだったのだと、死刑囚を身代わりとして実験したのだ。

 その所業にふざけるなという思いが噴出するが、その思いが言葉になる前に『L』の音声が続けられた。

 

『や……やはりそうだったのか……この目で見るまでは信じられなかったが……。加えてもしや、お前は死の前の行動すら操れるのか。『LIND.L.TAILOR』はこんな土壇場で自らの所業を語るような男ではない……。もしそうであれば私が事前に弾いている』

 

 そして、ついに画面が切り替わった。

『L』という形象文字で形作られたマークが映っていた。

 

『だが、『L』という私は実在する。さあ! 私を殺してみろ!! さあ、早くやってみろ』

 

「な、何を言っているんだ『L』!! 死ぬ気か!!」

 

 ふざけた所業に怒りすら抱いたが、自らの命を唐突に賭け始めた『L』の姿にそんな思いは吹き飛んだ。

 

『さあ早く! 殺してみろ、どうした。できないのか』

 

「お、おい。いい加減止められないのか? このままだと『L』が死にかねんぞ」

 

 部下に対してそう言うが、困ったように首を振るだけだった。

 そのまま10分ほどが経過する。

 そして、再び『L』が語り始めた。

 

『……どうやら私は殺せないようだな。念のため10分程待ってみたが、私はまだ生きている。殺せない人間もいる、いいヒントをもらった。お返しといっては何だが、もうひとついい事を教えてやろう』

 

 一拍だけ間を空けて『L』が続けた。

 

『この中継は全世界同時中継と銘打ったが、日本の関東地区にしか放送されてない。時間差で各地区に流す予定だったが、もうその必要もなくなった。おまえは今、日本の関東にいる。……人口の集中する関東に最初に中継し、そこにおまえが居たのはラッキーだった。……計算外のこともあったが、おおむねは私の思惑通りにお前は動いてくれた。『キラ』お前を死刑台に送るのもそう遠くないかもしれない』

 

 その言葉を聞き、納得できない思いを抱えたまま総一郎は唸る。

 確かに『L』は証明してしまった。

 キラの存在。

 殺人。

 日本に居る事。

 

 もし自分であればこんな手段は思いついても実行できない、という意味でも『L』が卓越した人物であるのは間違い無いだろう。

 だが、決して認められる方法ではない。

 警察官として培ってきた経験が、『L』の行動を批判している。そういう意味でも総一郎は苦々しく唸った。

 

『『キラ』、お前がどんな手段で殺人を行なっているのか、とても興味がある……しかし、そんな事は……お前を捕まえればわかる事だ!! 必ず、お前を捜し出して始末する!! 私が、正義だ。また会おう、『キラ』』

 

 その言葉を最後に映像が途切れ『ザーザー』という音声だけが流れる。

 画面を見つめながら、総一郎は汗を流した。

 

「局長……。大変なことになりましたね」

 

「ああ、松田。これからが大変だぞ。お前の力を私に貸してくれ」

 

「はい!! 僕の力でよければ、是非使ってください!!」

 

 元気のいい部下の声を聞き、総一郎は今日初めての笑顔を、疲れ切った表情の上から浮かべた。

 

 

 

 

 

「──って感じでしたー。はい拍手ー。パチパチパチパチ〜」

 

 もう海砂は机の前に座ってはいなかった。

 ベッドサイドに腰掛けて、スプリングを効かせながら、笑顔で足をプラプラと振っている。

 

 今殺人を行ったとは思えないほど平然とした調子だった。

 その精神力が並外れているのか、あるいは壊れているからなのか。

 それは誰にも、海砂本人でさえもわからない。

 

 そんな海砂に合わせてリュークとレムはペチペチと形だけの掌を鳴らした。

 

「中々面白かったぜ。あれ全部デスノートに書いたのか?」

 

「あー、あれ? 適当だよ。『キラに殺される危険を感じ、Lの身代わりである事、自分が死刑囚である事をカメラに向かって開示し、あまりの恐怖から自らの指を噛み千切り、カメラに映るように背後の壁に『六花』のマークを描いた後、神に許しを請うてその直後に心臓麻痺で死亡』これで問題なし! 丁度いいセリフとか、あの人が考えてくれたみたいだね」

 

「くっくっく、たぶんだが、ここまで上手くデスノートを使ったのは、海砂。お前が初めてだ」

 

「でしょー? 結構考えたからね、上手くいって良かったー。これで『キラ』のシンボルマークも無理なく世間に周知出来たし、一歩前進かな」

 

「ああ、あの花みたいなマークか。けど、そんな必要があるのか?」

 

「大事だよー。シンボルって、あるだけで影響力が段違い。形あるものにしちゃえば、それをイメージの依代にして偶像化が進むからね。とっても便利だよ。これから『キラ』の思想を布教していくにあたって、結構重要な役割を果たしてくれるはずだよ?」

 

「ふーん、そういうもんか」

 

 あんまり理解してなさそうなリュークだったが、海砂も理解して欲しいとは思っていない。

 ただ説明を求められたから説明しただけに過ぎない。

 それ故にその反応に引っ掛かる事もなく、海砂はまたいつも通りに微笑んだ。

 

「しっかし、面白いな。お互いに顔も名前も、全てがわからない相手を見つけ出す。そして見つかった方が死……。はは、楽しめそうだ」

 

「うーん、まぁ別に私は『L』じゃなくってもいいんだけど。しょうがないから相手してあげよっかな」

 

「くっくっく、それを聞いたら、奴は悔しがるんじゃないか?」

 

「ふふ、でも、もうサービスタイムはお終い。関東圏内に居るって事は教えてあげたんだし、ここからは自力で頑張ってもらわないとね」

 

 そんな調子の海砂を見て、リュークは気がついた。

 そういえば、テレビで『L』が出てきた時も予定通りとでも言わんばかりの余裕を滲ませていた、と。

 

「……まさか、このためだけにわざと日本に居るって隠さなかったのか?」

 

 日本時間の18:00ピッタリに犯罪者を殺し続けたこと。

 わざと日本の犯罪者の殺害数を偏重(へんちょう)させて、テレビ番組でしか報道されないような犯罪者すらも殺すことで日本にいると匂わせたこと。

 その全てが、この一幕のため。

 

「そうだよ?」

 

 極自然に、当然の如く答えた海砂の様子を見て、リュークは背筋を震わせた。

 全てが計算済み。

 まるで全てを知っているかのようなその返事に、ありえないと思いながらも、この女ならあるいは、と思わせる雰囲気がある。

 それを思ってリュークは裂けた口元を、もっともっと裂いて笑いながら続けた。

 

「……くっく!!ははっ、お前の相手をさせられるなんざ、『L』って奴も災難だな」

 

 そんなリュークの言葉に、海砂は無言で妖艶に微笑んだ。

 そんな二人を尻目にレムだけが海砂をじっと見つめ続けていた。

 

 

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