六花の思想   作:風梨

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約5000字



静寂

 

 

「──『L』、さすがにもうあんな真似は認められない」

 

 凶悪犯連続殺人特別捜査本部。

 そう銘打たれた会議室で、夜神総一郎は机の上に置かれたパソコンの向こう側に居るであろう『L』に向けて真剣な表情で意見を伝えていた。

 

 それに対して合成の機械音声で答えるべく『L』が思案する。

 

 死刑囚を使った方法。

 それは他者が抵抗を覚えるには十分すぎる方法だ。

『L』は無知でもなければ人の心が理解できない怪物でもない。

 推理するには犯人の心理を読み解く必要があるから、という理由だが、人の心の機敏も理解できる。

 夜神総一郎の反応は何も予想から漏れないものだった。

 

 だが、結果を得るために少なくとも後三度は実施する必要がある。

 それを懇切丁寧に話しても理解されないだろう、と『L』は理解していた。

 

 それ故に断れない方法で拒否した。

 

『認める、認めない。ではありません。現状あれしか有効な手立てがありませんから。それにICPOの決議で決まったはずです。私に対する全面協力をしていただく、と。約束は守ってもらわねば困ります』

 

「しかし! また死刑囚をテレビに出すなんて! 到底認められる訳がない!」

 

『──であれば何か代案を用意してください。私はあの方法で、様々な立証を行いました。同じく立証ができる方法であれば、どんな方法でも構いませんよ』

 

 当然の主張ではあるが、総一郎は何も言えなかった。

『L』が用意したように何か画期的なアイデアを。

 捜査本部でもそういった意見が出た。

 全員でこぞって案を出し合ったが、有効性が認められるものは残念ながら思いつかなかった。

 

「……それは、そうだが」

 

『……わかりました。あと3回。3回だけ私にチャンスをください。確かめねばならない事がありますから』

 

「3回もか……」

 

『これが私に出来る最大の譲歩です。『キラ』は前回強いメッセージ性のあるシンボルを残しました。次回も、何か仕掛けてくる可能性はある。『キラ』を捕まえるために、絶対に必要な事です。わかって頂きたい』

 

 渋々、といった様子で総一郎は同意した。

 わかっていた。

 これが自分のわがままであると。

 しかし、どうしてもあのやり方を認めることができない。

 あんな実験するような方法で行うなど、警察官としてあるまじき行為だと思っていた。

 

 その後。

『L』から『キラ』に対するメッセージは3回実施され、3回ともなんの変化もなく終了した。

『L』は宣言通りにその3回以降メッセージの実施を中止して、捜査は一般的な方法でのみ行われるようになった。

 

『キラ』に殺されるかもしれない。自分なら捕まえようとする人間を殺す。

 そう考える者たちは恐怖心から転籍願を出し、捜査本部から人員が減りながらも問題なく動いていた。

『原作』のようにFBIが殺されることはなかったから、『キラ』への恐怖心が捜査本部に蔓延することはなかった。

 

『キラ』出現から1ヶ月が経過しようとしていた。

 その間。

『L』が『キラ』の存在証明を行なって以降『キラ』対策は一向に進んでいなかった。

 

 

 

 

 

 

「──海砂。本当にあのメッセージに対して何もしなくて良かったのかい。最後の方なんて、随分と舐められていたけど」

 

 海砂はレムからのその言葉に対して、『くすり』と笑った。

 実際に全く気にしていなかった。

 お前は悪だ、であるとか。

 幼稚な理想主義者、であるとか。

 色んな多種多様な挑発を繰り返されたが、頑張ってるなーと思うだけで特になんの反応も示さず、黙々と犯罪者を裁いていた。

 けれど、どうやらそんな姿勢がレムには気になったらしい。

 

 鏡に向かってメイクをしながら、海砂は何でもないような軽い調子で答えた。

 心配ないと、本当に気にしていないと示すように。

 

「ああ、あれ? いいのいいの。相手にしちゃダメだよ。いまの捜査本部は構ってちゃんだから。あんな盛大な釣りに引っかかる訳ないじゃない?それに犯罪者かどうかわからないのに、『キラ』が裁くわけにはいかないからね。あれはスルーの一手だよ」

 

 チーク塗ってー。

 リップ塗ってー。

 レムと話しながらもメイクを進めていく。

 

「……そういうものか。けど、最近はあんまりデスノートも使ってないみたいだし、もう仕込みっていうのは終わったのかい?」

 

 付け睫をつけた後に目をシパシパさせながら答える。

 

「ううん、まだだよ。けど、ちょっと小休止ってところかなー。私もお仕事しなきゃだし」

 

 最後に口紅を軽く塗る。

 ティッシュで軽く押して、唇同士を食みあわせる。

 

「……ああ、あの仕事か。けど、もっと他に選びようがあったと思うけどね」

 

「この仕事がいいの! 可愛いから」

 

 化粧を終えて、輝かんばかりの笑顔で海砂は振り返った。

 その衣装は普段のゴスロリとは少し違う。

 冬っぽいが、清楚系という雰囲気で纏まっている。

 

 そう、海砂のいう仕事とはモデルのことだった。

 海砂は可愛いものが好きだ。

 唯一感情が動く事と言ってもいい。

 けれど、それとは関係なく。

 

 メディアに露出した立場で非常に有名になるために、モデル業に精を出していた。

 

 

 

「──うん、いいよー、いいねー海砂ちゃん。可愛いよ〜!!」

 

『パシャパシャ』と写真を撮る音が響き渡る。

 カメラの前に立って、色んなポーズを取りながら微笑む海砂は非常に可愛らしい。

『キラ』である経験も相まって、どこか尋常ではない迫力すら滲む姿は極めて存在感を濃くしていた。

 可愛らしい容姿の中から滲み出す、どこか倒錯的な破滅感。

 それは見る者に興味を抱かせ、強烈に惹きつけた。

 

 そこから何時間かの撮影が終わり、お茶をクピクピと飲んでいる海砂にカメラマンの男性が機嫌良さげに話しかけてくる。

 非常に好意的な様子だった。

 拒否する理由もないので、海砂も笑顔で会話を受け入れる。

 

「いやー、海砂ちゃん見違えたね! これなら読者アンケートで一位も全然狙えるよ、うん」

 

「あはは、ほんとーですかー? ありがとうございます!」

 

「ホントホント! なんていうか、浮世離れした雰囲気が出てきたよね〜。超然としてるっていうか、この世のものじゃない透明感っていうか。あっもちろん良い意味でね!」

 

「あはは、わかってますよー。今『キラ』とかって世間が大変じゃないですか。……私の両親を殺した犯人も『キラ』が裁いてくれたので、もしかしたらその影響かも」

 

 少し曖昧に微笑みながら言えば、カメラマンも瞳を潤ませて頷いた。

 嘘ではない。

 裁いたのが自分であるだけだ。

 

「……そっか。海砂ちゃんのご両親を。……じゃあ、これからは前向きに進んでいけるね! 今の海砂ちゃんなら『エイティーン』誌の顔も目じゃないよ。頑張って!」

 

「はーい! 応援ありがとうございます! またお願いしまーす!」

 

 元気良く笑顔で海砂は見送る。

 こういう人間関係もバカにできない業界であるから、愛想は振りまいておいて損がない。

 なので、その他のスタッフにも愛想を振りまいて。

 

 そのまま自宅に帰宅して、お風呂など必要な事も済ませてベッドに腰かけた。

 レムがフラリと近くに寄ってきた。

 リュークは点けているテレビに夢中で、時折『がはは』と笑っている。

 海砂のことを一切気にしていなかった。

 

「さてっと、今日もお仕事終わりー」

 

「お疲れ様。けど、良かったのかい。あんな事言ってしまって」

 

「うん。別に隠してないからね」

 

 事務所のプロフィールにも載せているくらいだ。

 ああやって直接『両親が殺された事』を話すくらい、どうということはなかった。

 

「……けど、まさか海砂が『キラ』だなんて思ってもみないだろうね。教えてやったらどんな顔をするんだか」

 

「あはは、それはもー、すんっごく驚いた顔してくれるんじゃないかな? 私も自分を客観視したら全然『キラ』に見えないし」

 

「そりゃ、そうだろうね。もしかして、それが狙いでモデルになっているのかい? 『キラ』がメディア露出なんてする訳がない、という盲点を突くために」

 

「ん〜、そういう側面もあるけど、メインは違うかな。……安心してよ、しっかり考えてるから」

 

「そうか。なら、これ以上の質問はやめておくよ。リュークほどじゃないが、私も海砂の結末が気になってきたからね」

 

「あは、気にしてくれるんだ? ありがと。レムも楽しんでね」

 

「そうさせてもらうよ。せっかく人間界に降りて来たんだしね」

 

「そうそう、何事も楽しまないとねー」

 

 プラプラと脚を揺らしながら海砂が言う。

 その言葉は『本心』だった。

 

 

 

「──どうした『キラ』。何故動かない……。いや、他者になど影響されない精神性を維持している、という事か」

 

『L』は思考を続けていた。

 3回。

 生中継でのメッセージを実施した。

 まず最初に死刑囚でも犯罪者でもない何の罪もない者で1回。

『LIND.L.TAILOR』と同じく、警察が極秘に捕まえた、その日に死刑になる予定だった犯罪者を使ったのが1回。

 犯罪者ではあるが、死刑ではない犯罪者が1回。

 

 

 その全てに対して『キラ』は無反応を貫いた。

 

「……私の思考を読まれたか? 初めの1回は確実に『替え玉』で犯罪者である、と断定した故に殺したが、2回目以降は犯罪者であるという確証が得られず、殺さなかった? ……そうとしか考えられない。であれば『キラ』。お前は私の思考を完璧に読み、その上で犯罪者以外は殺すつもりがない」

 

 さらに思考を深く潜らせる。

 そのような思想、考えに至る『キラ』のプロファイルを行なっていく。

 結果として出来上がったモノは、とてもではないが、その精神性は異常極まるものだった。

 

「これほどの大事件。自己顕示欲も強いと見ていたが、こうまで挑発に反応しないとなると、それも考え直さざるを得ない。まさか本当に神にでもなるつもりか? この世界に君臨するとでも? ……いや、それよりも、もっと正確な言葉がある」

 

 ──『歯車』染みている。

 

『L』は静かにそう呟いた。

 

 

 

 

 

「──『キラ』に動きはなし、か。挑発にも全く動じていない。黙々と淡々と犯罪者だけを裁き続けてる。『LIND.L.TAILOR』を殺したのは、犯罪者である確証があったから。『L』の思考を完璧に読み切っていないと出来ない芸当だ。けど、その後の3回に犯罪者が含まれていないとも思えない。それをあえて殺さなかったのは、罪のない者である可能性があるなら、殺さないという『キラ』の明確な意思表示。これは、『L』も対処に困るだろうね」

 

 結論として、現時点での月が抱く『キラ』の印象。

 

『犯罪抑止』を狙う思想犯。

 非常に頭が良く、そしてスマートだった。

 特に『L』の狙いを読み切っているところが良い。

 

 さらには犯罪者以外を殺さないという、強い意思が感じられるところも良い。

 だが、思想犯としてこれ以上ない適役ではあるが。

 その分のリスクが高まるとは思わないのだろうか。

 自分を追う警察関係者。

 それすらも許容しているのか。

 

 捕まる訳がないと言う強烈な挑発であるのか、それとも捕まっても構わないと思っているのか。

 

 いや、思想犯である以上捕まって良いと思っているはずがない。

 つまりは、『捕まえられるものなら捕まえてみろ』という意思表示に他ならない。

 それを思い、月は心底面白げに笑った。

 

「ふ、ふふ。『キラ』お前は最高だ。お前は犯罪者であり、殺人鬼でもあるが、君のファンに成り掛けてる僕がいるのを感じるよ」

 

 月はそう言いながら、天気の良い空をベランダから眺めた。

 

「──いい天気だ」

 

 そんな時。

 ふと以前『黒いノート』を落とした時のことを思い出した。

 いや、正確に言うなら、拾って返した時のことを。

 

「……待て」

 

 月の中で、点と点が、線で結ばれようとしていた。

 

「関東圏内。『キラ』が登場し始めた時期。そして『黒いノート』……確か名前は『DEATH NOTE』直訳で『死のノート』……? 待て、僕は今、何かとんでもない事に気がつき始めていないか?」

 

 ぶわっと冷や汗が溢れた。

 それは恐怖だったのか、興奮だったのか、月にもわからない。

 

「……落ち着いて整理しよう。まずは、『キラ』が出現した日とあの女と会った日が一致するかどうかだ」

 

 月はパソコンに戻って、出来る限りの冷静さを維持したままキーボードを叩いた。

 結果は1日違い。月が『黒いノート』を渡した翌日から、裁きが開始されている。

 ほぼ同時と言って良い結果だった。

 

「もしかすると、もしかするのか……? だが、そんな事が──」

 

 またふと脳裏に蘇ったのは、『黒いノート』が空から降ってきた光景。

 授業中、暇つぶしに外を眺めていた時に明らかにおかしな位置から『何か』降ってきていたので、月はその落下地点にあった『黒いノート』に興味を抱き、拾ったと言う事実。

 何か不可思議な力を持っていても、おかしくない超常現象。

 それを思い出した。

 

「……まさか」

 

 点と点が、線で結ばれた。

 それはもはや疑惑というにはあまりにも鮮明に、月の中で形作られた事実となった。

 

 これで、『DEATH NOTE』の存在に気がついた者が一人増えた。

 物語は急激に加速を始める。

 それが、良い悪いに関わらず。

 

 ただ急激に加速し始めた。

 結果は『弥海砂』だけが知っていた。

 

 

 

 

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