「えええぇぇぇぇぇぇぇぇッ!!!」
ほぼ全員の叫び声が重なった。
その瞬間だけは、敵同士のはずの海賊と村人の心が完全に1つとなっていた。
何故か妙に冷静な心で、人間って本当に予想外の出来事が起きるとこうなるんだなー、と考えていたのを覚えている。
……さて、どうするか。
大魔王ゾーマと言えばやはり冷気系の呪文。
その能力のせいなのだろうか。
今こんなにも空気が凍りついているのは。
「なな、なななな、何者なんだお前はァァァッ!?」
そんな時、海賊の船長っぽい奴がガクガクと震わせた剣先をこちらに向けながら俺にそう問いかけてきた。
ある意味ホッとしたよ。
このまま誰も何一つ喋らない状況が続いたらどうしよって、内心ドキドキしてたから。
「ふっふっふっ……我が名を知りたいか。良かろう」
ここが大切だ。
変な恥じらいは捨てろ。
ウジウジとした演技ほど見苦しいものはない。
大きな声を意識して、堂々とするんだ。
なりきれ、お前は世界を世界を恐怖のどん底にたたき落とした大魔王。
大丈夫。
絶対にみんなビビる。
今の俺はそれくらい怖いッ!!
超怖いッ!!
必死に心を落ち着け、そして少しだけ笑みを浮かべながらその口を開いた。
「───我が名は大魔王ゾーマッ!! 全てを滅ぼす者だッ!!」
……我ながら何言ってるんだろう俺は。
恥ずっ、恥ずすぎるだろう普通に。
大魔王ゾーマって名乗るだけでいいのに、アドリブで全てを滅ぼす者だーとか言っちゃったんだけど。
「だだだだだ、大魔王だとぉぉぉおおお〜!?!?」
良かったー、ちゃんとビビってくれてそう。
「やべぇよお頭ァッ!! アイツは見るからにやべぇッ!! 逃げやしょうッ!!」
「ぃぃぃぃやぁぁぁあああ!!」
「おいバカッ!! 船長をおいて逃げんじゃねぇッ!!」
村人は状況が未だに飲み込めないのか、ただ唖然と立ち尽くしている。
海賊達はいい感じにビビってくれた。
よしよしいい感じだ。
このままビビって逃げ出して───
「馬鹿やろうッ!!! テメェらそれでも海賊かッ!!!」
……え。
なんか船長さんがやたらと気合いに満ちた目で俺を見てくる。
いやいいってそういうの。
勇気を振り絞って挑んでくるみたいな展開はいらないって。
「化け物が怖くて海賊なんてやってられるかッ!!! そうだろうお前らァッ!!!」
……あれ。
なにコイツ。
急に主人公感だしてきたんだけど。
最悪なんですけど普通に。
うん、正直に言う。
その時の俺は馬鹿だった。
海賊を見くびっていた。
見栄と度胸だけはいっちょ前だということを知らなかったんだ。
「そ、そうだ。船長の言う通りだ!!」
船長に鼓舞され、1人がそう叫んだ。
最悪の極み。
「よく考えりゃあ、アイツ1人だぜ!! 俺たちが負けるはずねぇッ!!」
「しゃああああッ!! やってやるぜぇぇぇぇッ!!」
「ぶち殺してやるよッ!! 覚悟しやがやれ大魔王っ!!」
……俺、完全に悪役なんですけど。
なんでなん。
なんかすっごい負ける雰囲気なの何?
おい神ッ!! 仕事しろよ馬鹿たれッ!!
お前いつになったら働くんだよッ!!
いっつも俺ばっかり不幸にしやがってッ!!
盛り上がる海賊を目の前に、俺は内心で冷や汗をかいた。
「いくぞテメェらァァァッ!!!」
「おおおおぉぉぉぉぉぉッ!!!!!」
怒号と共にこちらへ走ってくる海賊達。
いやどうしよう。
本当にどうしよう。
覚悟ガンギマリしてる顔なんだけど。
目とか完全に血走ってるし怖っ。
はぁ、本当に俺ってつくづく運がない男だなって思う。
でもなんでだろう。
やっぱり───まるで恐怖は感じない。
不思議なもんだ。
このままじゃ間違いなく殺されるってのに。
何故かは自分でも分からない。
「……愚か者共が。貴様ら程度がこの大魔王ゾーマに挑もうなど片腹痛いわッ!!」
自然とそんなセリフが口から出ていた当たり、俺も完全に役者だ。
周りから見たらだいぶイタイ奴だろうけども。
ドクン。
そのとに、心臓がやたらと大きく脈打った。
ドクン、ドクン。
凄まじく激しくなる動悸。
とてつもなく困惑した。
でも不思議と嫌な感じはしない。
絶対に悪いことではないとなぜか確信できた。
そして───頭の中に大量の情報が流れ込んできた。
俺はこれがゾーマの力なのだと感覚で理解した。
手足を扱えるように、この『呪文』を使える。
いや、まだ完璧にとはいかないだろう。
ゾーマの力を引き出すにはそれ相応の時間が必要だ。
それでも今はこれで十分すぎる。
どれにしようか。
どの呪文でコイツらを倒そうか。
そうだな。
今扱える最高の呪文が相応しい。
そんな浅はかにも程がある考えで、俺は“その呪文”を選択してしまったんだ。
今でもすごく後悔してます。
まあ、もう遅いけど。
使用する呪文を決めた俺は、ゆっくりと両手を海賊共へと向けた。
そして───
───『マヒャド』
その瞬間、圧倒的質量の氷塊が打ち出された。
「ぎぃやあああぁぁぁッ!!! マジの大魔王じゃねぇかァァァッ!!!」
断末魔と共に海賊共はもちろん、俺の視界に映るほぼ全ての景色が氷の世界へと変わってしまったんだ。
その一部始終を見ていた村人たち。
当然のようにまたエネル顔になっていた。
……え、やばっ。
その時は驚きすぎて、そんな感想しかでてこなかった。
威力はそれなりに高いだろうなと思っていた。
でも予想以上に半端じゃなかった。
想像の5000倍くらいの威力があった。
村の半分以上が凍りついてしまったし。
「だ、大魔王様が海賊を倒してくれた……」
「……え」
村人の1人がポツリとそんなことを言った。
だから思わず『え』って言っちゃった。
「大魔王様が海賊を倒してくれたぞォォォォッ!!!!」
その瞬間、歓声が爆発した。
絶対怖がられると思っていたのに。
最早意味が分からない。
「ありがとうございます!! ありがとうございます大魔王様ッ!!」
「娘の命を救っていただき感謝の言葉もありません!!」
「うわぁぁぁいッ!!!」
もはやそれは狂喜と言っていいレベルだった。
これは俺の予想だが、多分吊り橋効果的なやつだろう。
めちゃくちゃ化け物な奴が、何故か自分達の命を救ってくれた。
そのギャップが村人達をここまで狂喜させたのだ。
「う……うむ」
とりあえずそれだけ言っといた。
++++++++++
ってのが、約2年前の話。
「ゾーマ様、何かご所望のものはありますか?」
「……いや、うん、ないぞ」
「かしこまりました。何かあればいつでもお申し付け下さい」
「……うむ」
あぁ……胃が痛い。
あの海賊を退けたことにより村人は狂喜した。
そしてそれからも何度か海賊を撃退したことで、狂喜は狂信へと変わってしまったんだ。
それで今となってはなんか崇め奉られている。
それは百歩譲っていい。
あのゴミを漁っていた毎日からは想像も出来ないほど良い生活をさせてもらってる。
ただ最悪なのが……魔王のロールプレイをやめられないこと!!
いつまで続けんのこの口調っ!!
辞めたいんだけど!!
てか人間に戻れるっぽいのに、戻るタイミング完全に失ってるよ!!
……はぁ。
まあ贅沢は言ってられない。
やることは意外と多いから。
この世界では『安全』ってのがすごく価値あるものらしい。
そりゃそうか。
大海賊時代なんて言われてるし。
そのせいで、どこからか噂を聞きつけた人々がどんどんこの島に集まっているんだ。
そのおかげで発展してるけど、俺の魔王ロールプレイは永遠にやめられそうにない。
はぁ……胃が痛い。
++++++++++
とある西の海。
小さな島の小さな教会。
そこには『化け物』と呼ばれた孤児の女の子がいた。
奇妙な果実を食べてしまったのが運の尽き。
周りの人間に気味悪がられ、避けられてきた。
そのため部屋に閉じこもり、人との関わりを避けるようになってしまうのも仕方の無いことだ。
そんなとき、その女の子は1つの噂を耳にした。
───『大魔王の住む島』
その島は大魔王が支配するという。
なのにそこは笑顔に満ち溢れ、どんな海賊も手を出せない。
そんな根も葉もない噂だ。
でも、その女の子にとっては大きな希望となった。
自分と同じ化け物がいる。
なのにそこは笑顔に溢れてるというのだ。
行ってみたい。
女の子がそう思うのに時間はかからなかった。
そして女の子は『航海術』の勉強をするようになった。
いつかその島に行くために。
お読みいただきありがとうございました。