大魔王ゾーマになってしまった男の末路   作:黒雪ゆきは

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004 街。

 

 何人たりとも入ることを許していない俺の聖域。

 それはこの寝室だ。

 

 そこで俺は重い瞼を持ち上げる。

 何度か目をこすり、大きなあくびをひとつ。

 正直まだ眠い。

 寝ていたい。

 寝てしまおうか。

 いやダメだ。

 

 俺はいつまでも寝ていたい欲望に何とか打ち勝ち、ベッドを出た。

 くいー、と伸びをする。

 あぁ、この部屋にいる時は心が安らぐ。

 今の俺は恐怖の大魔王なんかじゃない。

 ただの人間だ。

 ここにいるときだけが人間の姿でいられる唯一の時間。

 

 あまりにも大きくなってしまった人々の盲目的信仰心。

 それを裏切るのが怖すぎて、俺が本当はただの人間だなんてもう言えやしない。

 てか普通の人間ならあの魔王っぽい喋り方や態度はなんだったのって話になる。

 

 ……恥ずすぎる。

 

 恥ずすぎるにも程があるッ! 

 

 皆の期待を裏切らない為にも、俺は大魔王であり続けなければならないんだッ! 

 

「はぁ……どこか遠い海へでも逃げてしまおうか」

 

 いかんいかん。

 良くない考えだ。

 まあ、この島を出てもっと広い世界を冒険することに興味が無いわけじゃない。

 ちょっと面白そうだ。

 ロマンがあり、男心がくすぐられる。

 

「───ハハっ、俺も変わったな」

 

 つい笑ってしまった。

 これまでは日々を生きることに必死だったが、今は外の世界に興味を持てるほどに心に余裕がある。

 それが少しだけおかしかった。

 まあ、何はともあれ今は無理だ。

 とりあえず目先のことに集中しよう。

 

「さて、今日も頑張りますか」

 

 ちょっと気合いを入れ、俺は『大魔王ゾーマ』へと姿を変える。

 そして大魔王用に設計されたドデカい扉をゆっくりと開けた。

 

 

 ++++++++++

 

 

「…………」

 

「ん? どうかなさいましたかゾーマ様?」

 

「……うむ、何も問題はない」

 

「左様でございますか。それでは本日の報告を始めさせていただきます」

 

 ……いや、言いたいことはある。

 俺は今『玉座』的な椅子に腰を下ろしているんだけど……ゴツゴツしてお尻が痛い。

 いつも思ってたわ。

 何これ? 

 なんか色んな獣の骨を使っているっぽいんだけど……痛い。

 お尻がすんごく痛い。

 

 分かるよ。

 これが努力の結晶であることはとても伝わってくる。

 めちゃくちゃ精巧にできてるし。

 魔王っぽさを追求したのも分かる。

 

 ……でもいいから!! 

 

 何でもかんでも魔王っぽくする必要ないから!! 

 

 ふかふかのソファとかでいいわ!! 

 

 俺結構な時間ここに座ってるから毎日お尻が痛いのッ!! 

 

 すごく痛いんだよッ!! 

 

「…………」

 

 って、言えたらいいんだけど。

 度胸のない俺は言えないんだ。

 

 てかそれ以前に……いつも俺の傍にいる付き人っぽい君は誰なの!? 

 

 定期的に入れ替わるし。

 日替わりなんかな。

 

「続きまして、本日は───」

 

「あぁ、少しいいか? 話を遮ってすまない」

 

「いえ、滅相もありません!! なんなりとお申し付けください!!」

 

 さすがに名前も分からんのはヤバいと思ったので、聞くことにした。

 

「貴様の名はなんという?」

 

 ごめんね、貴様とか言って。

 でも魔王っぽく振る舞おうと思ったらこんな感じの言葉遣いになっちゃうの。

 許して欲しい。

 

「これはこれは! 申し遅れました! 私は本日の大魔王様の補佐を担当致します、『クルミン』です! まだ不慣れなことも多いためお役に立てるか分かりませんが、誠心誠意務めさせていただきます!」

 

「……あ、うむ。よろしく頼む」

 

「はい!」

 

 すっごい元気。

 それにクルミンって。

 名前可愛いなオイ。

 

 へぇー、補佐ね。

 いつから補佐なんて制度が始まったんだろう……。

 何も聞いてないよ俺。

 いいのかなぁこんな感じで。

 

「本日、愚かにも大魔王様の島を侵略しようと海賊が襲ってまいりましたが、我が島の警備隊が撃退しました」

 

「うむ、素晴らしいではないか」

 

「後ほど私の方から大魔王様のお言葉は伝えておきます。彼らも喜ぶことでしょう」

 

 そう、うちの島にあるのはもはや村という規模でなく『街』と言っていい。

 ここ2、3年ですごく発展したんだ。

 襲ってくる海賊共を撃退し、そこで手に入れた金銭をこの島の発展に投資した。

 それが怖いほどに上手くいったんだ。

 島が発展し、より多くの人々が集まり、さらに発展していく。

 そんな好循環が続いた。

 

 結果として『村』は『街』になった。

 ついこの前まで、その日の食べ物さえ危うかったとはとても思えない。

 

 今となっては海賊が襲ってきても俺が出る幕はほとんどない。

 いつの間にか結成されていた『警備隊』なる組織が撃退してくれるんだ。

 

 ……一体いつ出来たんだよそんなの。

 

 まあこう聞くと良いことばかりにのように思えるだろうが、そんなことはない。

 この異様なほど島の発展が上手くいってしまったことで、俺への信仰心が加速度的に増長したんだ。

 

 大魔王様が現れてからというもの、全てが上手くいっている。

 

 大魔王様バンザイ、大魔王様バンザイ。

 

 ……てな感じ。

 ただの偶然でしかないかもしれない、なんて思考は誰も抱かないのだろうか。

 どうやら、人は幸福な時ほど盲目になってしまうらしい。

 不思議だよな。

 

「ゾーマ様の城の建築も滞りなく進んでおります。予定ではあと───」

 

「待て」

 

 ……ん? 

 今なんて言ったのこの子。

 

「城……と言ったか? 城が出来るのか?」

 

「え……た、大変申し訳ありませんッ!! 大魔王様への伝達に不備があったなんて!! あぁ……私はなんて大罪をッ!!」

 

「お、落ち着け。失敗は誰にでもある事だ。大切なのはそこから学ぶこと。違うか?」

 

「はぁぁぁ、なんて寛大な御心。私は感激いだじまじだぁぁぁぁ」

 

「えぇ……」

 

 泣き始めたんだけどこの子。

 なんなの一体。

 感情の起伏が激しすぎるよ。

 これも大魔王ゾーマの能力なんですか? 

 魔王のカリスマ的な? 

 頼むからON/OFF機能つけてくれ。

 

「すみません、大変お見苦しいところをお見せしました」

 

「うむ、気にするな」

 

「はぅぅ……なんと寛大な───」

 

「───そ、それで、城の外観などはどのようになるのだ?」

 

 またしても面倒くさいことになりそうだったので、俺は言葉を遮り続きを促した。

 

「あ、はい! 完成予想図はこちらに!」

 

 そう言ってクルミンは一枚の紙を渡してきた。

 今の姿では普通の人間サイズの紙はとても小さい。 

 だから摘むように受け取り、出来上がる城とやらがどんなものか確認した。

 

 そして、嫌な予感は的中した。

 

 そこに描かれていたのは……まさしく『魔王城』だったんだ。

 

 黒を基調とした禍々しいにも程があるデザイン。

 今にも勇者が攻め込んできそうである。

 でも話を聴けば既に建設を始めてるっぽい。

 ここで俺が少しでも嫌な顔をしようものなら、泣きながら造り直しますぅぅぅ! と言い出すことは想像に難くない。

 

「う、うむ。とても素晴らしいな。わしに相応しい城だ」

 

 だからとりあえずこう言っといた。

 

「はい! 私もそう思います!」

 

 ……そう思いますって、悪意のないディスを少し感じちゃったんですけど。

 この城が似合うってどうなのよ。

 まあいいけど。

 

「本日の報告は以上になります」

 

「そうか」

 

 さて、どうしようか。

 ぶっちゃけ最近の俺はこの島でなんら仕事をしていない。

 きっとこの島を回しているのは俺よりずっと賢い人達で、俺はただの象徴でしかないんだ。

 

「少し街を見て回るか」

 

 ほんの気まぐれでそう言った。

 

「かしこまりました。直ぐにお付きの者を手配致します」

 

 

 ++++++++++

 

 

 いやぁ、見違えたな。

 マジですっかり街じゃん。

 あんな小さな村だったのに。

 拙いながら道も整備されてるし。

 店もたくさん並んでいる。

 

「素晴らしいな」

 

 それはポロリと零れ落ちた本音だった。

 

「はい、私もそう思います。これも全て大魔王様のおかげです」

 

「そんなことはな───」

 

「あ、だいまおうさまだ!!」

 

「ほんとだ! だいまおうさまー!」

 

 その時、数人の子供が群がってきた。

 いや本当に意味わからん。

 この見た目が怖くないんか? 

 みんな感覚麻痺しすぎじゃない? 

 よく見て。

 めちゃくちゃ化け物よ。

 

「わっはっはっはっはっ! どう、上手いでしょ!」

 

 子供のひとりが満面の笑みでそう言ってくる。

 どうやら俺の笑い方を真似ているらしい。

 

「ふ、本物を見せてやろう。───わははははは!! こうだ!!」

 

「わははははは!!」

 

「わははははは!!」

 

「そうだ! それでいい!」

 

『わははははは!!』

 

 2の子供と1人の大魔王。

 その笑い声が重なった。

 

 ……何やってんだ俺は。

 

「も、申し訳ありません大魔王様!! 子供たちが無礼を!!」

 

 すると恐らく親であろう女性が走ってきて、凄い勢いで片膝をついた。

 

「よい、楽にせよ」

 

「はい!」

 

「強き子を育てよ。ではな」

 

「あ、ありがとうございます!!」

 

 なんか逆に申し訳ない気持ちになったので、このくらいで立ち去ることにした。

 人の上に立つ器じゃないんだよ俺は。

 

「またあそぼうねー! だいまおうさまー!」

 

「わははははは!!」

 

 運がいいよな俺は。

 迫害されてもおかしくないのに。

 めちゃくちゃ認められてるよ。

 

 それからしばらく街を回った。

 どこへ行っても笑顔で溢れている良い街だ。

 怖いほどに俺を慕っている。

 

「それでは戻るとするか」

 

「はい!」

 

 辛いことや不満は沢山あるが、まあ俺もそれなりに頑張ろうって思えた。

 できることなんてほとんどないだろうけど。

 

 

 ───ん? 

 

 

 帰路につき歩き始めたその時。

 なんか気配を感じた。

 これもゾーマの力なのかどうかは分からないわ。 

 今にも消えそうな弱々しい灯火のような気配だ。

 これは悠長にしていられない。

 

 俺はふわりと空中へ浮かび上がった。

 

「え、大魔王様!? どちらへ!?」

 

「お前たちは先に戻っていろ」

 

「待っ───」

 

 すぐさま加速する。

 海岸の方だ。

 気のせいならそれでいい。

 でも絶対に確認した方がいい気がする。

 

 それなりの速度で飛んだ為、すぐさま目的の海岸へとたどり着いた。

 

 

 そして───壊れた小さな船と倒れた女の子を見つけたんだ。

 




お読みいただきありがとうございました。

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