大魔王ゾーマになってしまった男の末路   作:黒雪ゆきは

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005 出逢い。

 この子の存在に気づけたのは、何となく第3の目のおかげな気がする。

 生活の大半を大魔王ゾーマとして過ごしてきたおかげで、その能力についてもだいぶ分かってきたが未だに完璧とはいかない。

 

 ほんと悪魔の実の能力ってのは奥が深いよ。

 

 いや、ゾーマの能力が奥が深いのか? 

 

 まあいい。

 今は自分の能力について考えてる場合ではないな。

 俺はふと腕の中で気を失っている女の子に目を移す。

 ウェーブのかかったピンク色の長髪。

 歳で言えば俺と同じくらいか。

 なぜそんな10代そこそこの子供が倒れていたんだ? 

 壊れた船があったってことは、別の島から流れ着いたってことなんだろうか? 

 

 疑問は尽きない。

 

 でも大丈夫だ。

 かなり衰弱しているが生きている。

 必ず助かる。

 

 気になることは多いが、この子が元気になってからゆっくりと聞けばいい。

 うーん、回復の呪文でも使えれば良かったんだが。

 少なくとも今の俺は使えない。

 とりあえず街の医者に見せよう。

 きっと大丈夫だ。

 

 

 ++++++++++

 

 

 少女は唐突に目を覚ました。

 すぐさま体を起こし、キョロキョロと辺りを見渡すが、

 

「いっ……」

 

 ズキリと鋭い痛みが走った。

 

「まだ寝とくんじゃ」

 

 その時、近くから声がした。

 少女が振り向くと、白衣を着た初老の男が奥からゆっくりとこちらへ歩いて来るのが見えた。

 

「軽度の裂傷数箇所に打撲多数、それに重度の栄養失調ときちょる。元気になりたかったら今は大人しく横になっちょれ」

 

「……だ、だれだおまえ。ここは……どこだ」

 

 少女は警戒していた。

 並々ならぬほどに。

 それほどまでに心が荒み、人を信用出来なくなってしまっていたのだ。

 

「まったく、口の悪い嬢ちゃんじゃわい」

 

 医師の男は呆れたようにため息をつき、近くにあった椅子に腰を下ろした。

 

「まずわしの名はイチジクという。医者じゃ。一応、嬢ちゃんの治療をしたのがわしじゃよ」

 

「…………」

 

 お礼の一つでも貰えるかと少しだけ期待したイチジクだったが、少女はただ睨みつけるのみ。

 周りの全てを敵と見なしているかのような鋭い眼光だ。

 

 その目には覚えがあった。

 

 イチジクは後からこの島に来た住人ではなく、貧しい『村』だった頃からこの島にいる。

 だからこそこういう目をした身寄りの無い子供をたくさん見てきたのだ。

 

 

 ただ───その中に奇妙な少年がいた事を不意に思い出した。

 

 

 何度か食べ物を分け与えたこともあった。

 その時は素直に喜ぶが、断ったとしても嫌な顔一つしなかったのだ。

 それどころか笑顔で『いつもありがとう』と言う。

 まだ小さく極めて過酷な環境で生きているというのに、異様に大人びた心を持った奇妙な少年。

 

(今はどうしているのじゃろうか。もしかするともう既に……)

 

 ひょんなことから昔のことを思い出し、イチジクは少しだけ感慨深いものを感じた。

 

「おい! 何黙ってんだ! 私の質問にまだ答えてねーぞ!」

 

 少女の声がイチジクを現実へと引き戻した。

 

(いかんいかん。わしも歳をとった)

 

 いつの間にか思考が脱線してしまっていることに、その時ようやく気づいたのだ。

 

「おーすまんすまん。えぇーどこまで話したかのう?」

 

「ここはどこだ!?」

 

「あぁ、そうじゃったな。ここは───」

 

 イチジクは少しだけ溜めを作り、そして答えた。

 

「───大魔王ゾーマ様の治める島『アレフガルド』じゃよ」

 

 とても誇らしげな目をしている。

 実際、彼にとってこれ以上に誇らしいことは無かった。

 とはいえ、この少女には説明しなくてはならないことがたくさんある。

 

(まずは大魔王様のことから───)

 

「大魔王……ゾーマ。それに『アレフガルド』……! やったー! ちゃんと着いたー! やったやったー!」

 

 少女は初めて子供らしく喜ぶ様子を見せた。

 

「なんじゃい嬢ちゃん。大魔王様のことを知っとるんか?」

 

 イチジクはこの子を連れてきたゾーマから話は聞いている。

 海岸に打ち上げられていたと。

 まだ子供だということもあり、間違いなく意図せずこの島に流れ着いたのだとイチジクは考えていた。

 だが、少女の喜びようから察するにその考えは間違いであったようだ。

 

「噂は本当だったんだ……! 大魔王はどこにいる!? すぐに会ってみたい!! 案内してくれ!!」

 

「“様”を付けんか。まったく忙しい子じゃわい。……はぁ。大魔王様は逃げはしない。まずは元気になることを考えんかい」

 

「でも私は───」

 

「───ダメじゃ!! 元気になるまではここから一歩たりとも出さんぞ!!」

 

 今まで大人しかったイチジクの突然の怒声。

 少女はビクリと肩を震わせた。

 でもそれも仕方ないのだ。

 

「お、大きな声出すんじゃねーよ……! びっくりするだろうが……」

 

 イチジクは医師としての知識を持ちながら、貧しかった頃にたくさんの救える命を見殺しにしてきた。

 否、見殺しにするしかなかったのだ。

 だからこそ、彼は病気や傷が癒えぬまま患者が病院を去ることを許さない。

『自身の患者は絶対に元気にする』というのが彼の信条なのである。

 

「それに、嬢ちゃんの今の状態じゃ歩くのもままならんわい」

 

「…………」

 

 諦めたのか、少女は俯き黙りこんだ。

 やれやれ、という思いとともにイチジクは大切なことを聞きそびれていることを思い出した。

 

「そういや嬢ちゃん、名前はなんというんじゃ?」

 

 少女はすぐには答えなかった。

 ほんの少し間を置いてから、

 

 

「……ペローナ」

 

 

 そう小さく呟いた。

 

 

 ++++++++++

 

 

「大魔王様、この度はこの老いぼれに御謁見の機会を下さり───」

 

「だ、大魔王っ! わ、わわ、私を一緒に居させて!」

 

 その瞬間、空気が凍った。

 言うまでもないが、ゾーマの能力によってではない。

 今俺の目の前にいる少女の理解を超えた発言によってだ。

 

「……え?」

 

 思わず渋い声で『え』と言っちゃった。

 すぐに咳払いをして誤魔化す。

 あの少女を連れ、医者のイチジクさんが訪ねてきたんだ。

 一緒に連れてきた子を見て、『ペローナ』じゃんと思っていた矢先にこの発言である。

 

 いやー気づかんかった。

 あの時はボロボロだったし、めちゃくちゃ痩せこけていた。

 だが今となっては血色もよくなり、まだ子供だが俺の知る『ゴーストプリンセス』の面影がある。

 

 てか、それよりもだ。

 

 ……何でここにいんの? 

 

 マジで意味がわからん。

 ペローナって本来ゲッコー・モリアと一緒にいるべきだよね。

 なぜこの島にいんの? 

 しかもいきなり一緒に居させて欲しいという謎発言。

 

 俺の脳内でこれでもかと疑問符が乱舞する。

 

「子供と言えど、大魔王様にその口の利き───」

 

「よい」

 

 俺は今日の補佐役であるリノンの言葉を遮った。

 当然だが今の俺の姿は大魔王ゾーマ。

 言うなれば『化け物』だ。

 ぶっちゃけめちゃくちゃ怖いはず。

 だからこそ分からないんだ。

 この島に居たいではなく、俺と一緒に居たいという言葉の意味が。

 

「何か訳があるのだろう。話してみよ」

 

「……あまり他の人には聞かれたくない。できれば……大魔王だけに話したい」

 

「ふむ」

 

 ペローナは本当に言いづらいのか俯きながらそう言った。

 

「よかろう。貴様ら、席を外せ」

 

「で、ですが───」

 

「わしはこやつの話を聞くことにした。その意味が分かるな?」

 

「……かしこまりました」

 

 何か言いたげではあったが、リノンとイチジクはこの場を後にした。

 残ったのはペローナと俺のみ。

 

「では、話してくれるか?」

 

「……うん」

 

 

 ───私は『化け物』なんだ。

 

 

 その言葉とともにペローナは語り始めた。

 これまでの日々を。

 

 それは、俺ととてもよく似た境遇の悲劇だった。

 

 ペローナは孤児であるため、教会で暮らしていたそうだ。

 とはいえ友達もいてそれなりに楽しかったという。

 だが、ある日を境にそれは一変することになる。

 

 

 ───『悪魔の実』だ。

 

 

 奇妙な果実を食べてしまったことでペローナの世界は暗転した。

 ホロホロの実の能力によって意図せずゴーストを出せるようになってしまった彼女を、普通の人間は受け入れられなかったのだ。

 

 

 ───怖い。

 

 

 ───気味が悪い。

 

 

 そんな負の感情のみを向けられ、『化け物』と呼ばれ続けた彼女が心を閉ざすまで時間はかからなかった。

 

 そして、この島の噂を耳にしたのだ。

 自分と同じ『化け物』がいる。

 なのに笑顔に溢れている、そんな嘘のような噂。

 

 同じ化け物なら一緒にいてくれるかもしれない。

 私を怖がらないかもしれない。

 

 そんな根拠のない希望のみで、彼女は本当にこの島まで辿り着いてしまったのだ。

 

 

「お前も……私を『化け物』と言うか?」

 

 

 不安に満ちた弱々しい声を聞きながら、俺はペローナに自分自身の姿を重ねていた。

 ありえたかもしれない未来。

 俺も化け物と呼ばれ、迫害されていたかもしれないんだ。

 

 まったく、運がいいよな俺は。

 

「フ……笑わせおる」

 

 こんなの断る理由を探す方が難しいだろ? 

 

「わしは貴様よりもはるかに『化け物』───大魔王ゾーマだぞ」

 

「え、じゃあ……」

 

 そんな期待に満ちた目を向けるのはズルだって。

 

「よかろう! 貴様を我が側に置いてやる!」

 

 俺の言葉を聞いたペローナは向日葵のように笑った。

 

 

 ───これが俺とペローナの出逢いだ。

 

 




お読みいただきありがとうございました。

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