博士は激怒した。必ず、かの無知蒙昧な習慣を除かなければならぬと決意した。
(この作品は小説家になろうにも掲載しています)

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千羽鶴が被災者及びボランティアの負担となることを防ぎ、国家社会の有益なる存在たらしめるための未来技術を駆使した穏当なる提案(火気厳禁)

 

『戦争終結を願い千羽鶴を』

『日本各地で相次ぐ千羽鶴制作』

『千羽鶴:頑張っている人に届けたい』

 

「なんと悪しき文化か……!」

 

 ニュースサイトに書かれた見出しの数々を眺めて男は悲嘆の声をあげた。

 

「どうしたんです博士」

 

「見たまえこの労力を」

 

 博士と呼ばれた男はパソコンの画面を指さす。

 

「まるきり無駄。無駄。戦地にただの紙きれ送り付けて何ができる。こんなの馬鹿の行動だ。最初にこんなこと考えたやつは地獄に落ちてしまえ」

 

「あー、いやまあ、でも祈りとか気持ちが大事だという人もいるんですよ」

 

「祈りで戦争も災害も無くなるなら人類みんな僧侶にでもなってるわ」

 

 軽視するような口調で言う博士。ニュースの記事を流し読みしていく。

 

「せめて缶詰とか寄付金送るとか、まず優先すべきものがあるだろうに。なんで最初にやることが千羽鶴なんだ。現地で飢えて死にそうになって、やっと届いた段ボールに千羽鶴が詰まっていたヤツの身にもなってみろってんだ」

 

「そうは言っても、たぶん無理ですよ」

 

 やや感情的になりつつある博士をなだめるように助手。

 

「どれだけ論理的に指摘したところでこの文化は無くならないですよ」

 

「なぜそう思う」

 

 理由は二つあります。と助手は前置きをして説明した。

 

「まず被災地や戦地に千羽鶴を送れば良いと考える人は何言っても聞きません。おっしゃる通り馬鹿か、あるいは想像力が足りていませんので」

 

「確かに。で、二つ目は」

 

「祈りは精神安定剤としての役目があるからです。願掛けやお百度参りと同じですよ。やるだけのことは全部やったけど、何かやらないと気が落ち着かない。そういう人を何かに夢中にさせておくという役目です」

 

「手を動かせば気がまぎれる、と」

 

 納得したように息をつく博士。

 

「働き者の無能をその作業に閉じ込めておくという意味もありそうだな」

 

 ニュースサイトを見れば、侵攻した側の国の大使館に嫌がらせ行為をしたり、その国の人間を差別したりする話題がチラホラあった。

 

 働き者の無能というのはこういうやつらのことだ。優先順位を間違っている。まだSNS上で抗議の声を上げていた方が世間に対して効果はあるだろうに。

 

「ふうむ。確かに」

 

 この無能どもを千羽鶴で封じ込めることができるなら悪くはないだろう。

 

 しかしそれでも博士は千羽鶴の大いなる無駄を許せなかった。

 

 戦地被災地への貴重な輸送の枠をつぶして送るのが紙切れというのはあまりに酷い。無駄にかさばるし、焼却処分するにも二酸化炭素が出る。何より被災地の人間を馬鹿にしている。

 

 この文化を辞めさせることができないなら、せめて役立つものに成らないだろうか。

 そう考えたところで自分の専門分野を思い返した博士はあるアイデアを思い付いた。

 

「ひらめいたぞ」

 

 

 

 

 

 

 そしてとある日曜日。博士は近所の公民館を借りてちょっとしたイベントを開催することにした。

 

「皆さん。今日はお集まりいただきありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 公民館の一室では親子連れと中年、それから老人達が集まっていた。博士は彼らに色とりどりの折り紙を配っている。

 

「この紙は平和への祈りが込められた特別製です。一枚一枚丁寧に、気持ちを込めて折ってください」

 

 そして集まった人々は黙々と鶴を折っていく。博士はその様子を満足気に見つめていた。

 

「どうしちゃったんですか博士。戦争地帯に千羽鶴送るなんて」

 

 先日の意見とまるで違う行動に戸惑う助手が博士の耳元でささやいた。周囲では紙のこすれる音が響いており参加者たちには聞こえない。

 

「大丈夫だ。私には腹案がある」

 

 えへん、と胸を張る博士。

 

「悪しき文化が無くならないなら、役立つ文化にしてやればいいんだ」

 

 

 

 

 

 

 森の中を進む兵士達。隣国へ侵攻したにも関わらず手痛い反撃を受けてしまい、陣地へ戻るため森を抜けるルートを選んだ彼らは上空警戒を続けていた。

 

 あともう少しで自軍陣地というところで一人の兵士が異音を聞きつけて叫んだ。

 

『敵のドローンだ!』

 

 たちまち仲間たちが殺気立つ。彼らは敵のドローンを使った戦術によって少なくない損害を受けていた。このまま上空から丸見えの状態を放置すれば、ドローンからのデータを元に砲撃を受けてしまう。

 

『対空ミサイル用意!』

 

 一人の兵士が構えるのは携帯式の対空ミサイル発射機だった。戦闘機を落とすには性能が心許ないが、ドローンくらいならなんとかなる。

 

 ロックオン。そして白煙を引いてミサイルがドローンに向けて突き進む。空中に黒と炎の花が咲いた。

 

『命中!』

『やったぜ!』

 

 男たちの歓声。

 

『なんだ。これ?』

 

 上空からパラパラ降ってくるドローンの破片に混ざって紙のようなものが降ってくる。兵士はそれを手に取った。

 

『紙で折られた百合の花みたいだな。いや、鳥?』

 

 見慣れない造形に首を傾げる兵士。どこかで見たことがある気がするが、思い出せない。外国のものだろうか。爆発の火で少し炙られて焦げ臭い。

 

 それが何なのかはわからないが、戦場で立ちどまるわけにもいかない。兵士はそれを草むらに放り捨てて先へ進む。

 

『おい、なんだ今の』

 

 後続の仲間が驚いたような声を出す。

 

『なんか増えてないか?』

 

 彼の指差す場所を見れば、先程捨てた紙切れがガサガサと音を立てながら小さな山を作っていた。

 

 そこからはあっという間だった。周囲から男たちの悲鳴が上がる。

 

『ぎゃあ!』

『助けて!』

 

 紙切れの山、山、山。それが木々をなぎ倒しながら雪崩のように迫ってくる。

 

 その雪崩に飲み込まれる寸前になって、彼はその紙切れの正体を思い出した。

 

 たしか、日本の──

 

 

 

 

 

 

『先月より大規模な戦闘が続く地域にて、一晩で大量の紙のような物体が出現しました』

 

 数日後、日本のメディアで奇妙なニュースが流れ始めた。

 

『アメリカ国防省によれば、この紙の山により侵攻軍は押しつぶされたと見られています。司令官とも連絡が取れず……』

 

 空撮されたと思われる映像では、戦争で荒れ果てた大地をこんもりとした塊が埋め尽くしていた。ズームするとどうも紙のような材質に見える。

 

「博士、あれ、こないだの千羽鶴……」

 

「有機ナノマシンで構成された疑似セルロース紙だよ。火が着くとそれをトリガーに周辺の植物性有機物を取り込んで自己を複製する。元の形状を維持したままな」

 

 タバコの紫煙をくゆらせながら博士が答える。彼の専門分野はナノマシン工学だった。

 

「それを千羽鶴にして五十羽ずつドローンに詰めたんだ。アメリカ製のドローンにな。それを二十機こさえて送ったのさ。あとは現地の兵隊さんが使ってくれる」

 

「この前に国際便で送ってた荷物の山はそれだったんですね」

 

「もちろん増殖回数に制限を設けてあるから、地球が折り鶴に占拠されるなんてことはない。でも一個師団分の陣地を埋め尽くすことくらいは簡単だ」

 

『類似した現象は他の陣地でも目撃されており、これによって侵攻部隊の大多数が組織だった戦闘が不可能になるほどの被害を受けているとの報告もあります』

 

「でも、なんで折り鶴なんですか?」

 

 テレビ画面を見ながら助手が訊く。

 

「増殖することで侵略者を足止めするのであれば、紙吹雪みたいにしても良かったのでは?」

 

「いや、ただの紙ペラだと体積が足りないんだ。現地の植物を材料にする都合上、同じ質量でより多くかさばらないといけない」

 

「他にもかさばる形はありそうなもんですけど」

 

「鶴であることに意味なんてないさ。ただ役立つ千羽鶴っていうのを見たかっただけだよ」

 

 そう言ってタバコの煙を満足気に吐き出した。

 

「でも五十羽ずつわけたのに一つだけ四十九羽になっちゃったんだよなぁ。折った参加者が数え間違えたのかな」

 

「運んでいるうちにどこかに紛れ込んでしまったのかも」

 

「うーん、まずいな。水に濡れるのは大丈夫だけど何かの拍子で火がついたら大惨事だ」

 

「とりあえず研究室の中を探しますか」

 

 助手の言う通り行方不明の鶴を探すべく、吸いかけのタバコを窓の外へと放り投げた。灰皿が手元になかったからだ。

 

 

 彼が窓から庭の草むらに投げ捨てたタバコ。その落ちた先には、折り鶴。

 

 


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